破砕カートリッジ事件
判決日 | 2013.05.29 |
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事件番号 | H24(ワ)10289 |
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担当部 | 知財高裁 第1部 |
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発明の名称 | 破砕カートリッジおよび破砕カートリッジによる岩盤あるいはコンクリート構造物の破砕方法 |
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キーワード | 進歩性(相違点の作用・効果の記載無し) |
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事案の内容 | 特許無効審判における請求棄却審決(進歩性等違反無し)に対して、審判請求人である原告が審決の取り消しを求め、請求が認められた(進歩性違反有り)と認定された)事案。 引用文献との破砕用物質の組成上の相違点について、被告(特許権者)が主張する作用・効果が明細書等に記載されておらず、かつ、自明ではなく、また、破砕用物質の成分調整が一般的に行われていることに照らすと、当業者が容易に想到し得たと認定された点がポイント。 |
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事案の内容
【出訴時クレーム】
【請求項1】
高電圧・高電流を発生する高電圧・高電流発生装置に2本の母線を介して接続するための,2本の脚線を有し,主成分のニトロメタンと,メタノールおよびオイルからなるラジコン用のグロー燃料を入れたPET容器に線径0.4mmの100mmの長さの銅-ニッケル抵抗細線で短絡した上記2本の脚線の他端を該容器に封入したことを特徴とする岩盤あるいはコンクリート構造物の破砕用の破砕カートリッジ。
【取り消し事由】
取消事由1:「グロー燃料」に関する実施可能要件の判断の誤り
取消事由2:「高電圧・高電流発生装置」に関する実施可能要件の判断の誤り
取消事由3:「グロー燃料」に関する明確性・サポート要件違反
取消事由4:一致点・相違点の認定及び容易想到性判断の誤り
【審決が認定した一致点・相違点】
・一致点:
「高電圧・高電流を発生する高電圧・高電流発生装置に2本の母線を介して接続
するための,2本の脚線を有し,破砕用物質を入れた容器に金属細線で短絡した上記2本の脚線の他端を該容器に封入した岩盤あるいはコンクリート構造物の破砕用の破砕カートリッジ。」である点
・相違点1:
容器に入れる破砕用物質に関し,本件特許発明1においては,「主成分のニトロメタンと,メタノールおよびオイルからなるラジコン用のグロー燃料」であるのに対して,甲1発明においては,「ニトロメタンなどの爆発性物質あるいは可燃性物質」である点
・相違点2,相違点3:略
【相違点1に関する原告および被告の主張】(下線は担当が付与)
<原告>
本件特許発明に係る破砕カートリッジでは,空気のない密閉された小さなPET容器内に燃料が封入されるため,酸素があってはじめて燃焼するメタノールやオイルを封入する意義は皆無である。また,エンジン各部を潤滑させることを目的とするオイルを封入する意味も皆無である。本件明細書にはメタノールないしオイルにつき作用効果を示唆する記載すらなく,メタノール及びオイルは意味のない不要物であるとの前提で考察されるべきである。
甲1発明の「ニトロメタン」に,わずかでも他の液体(例えば水やアルコール類)を加えれば,「ニトロメタンを90%以上含有する燃料」となり,本件特許発明1に係る「主成分のニトロメタンと,メタノールおよびオイルからなるラジコン用のグロー燃料」になる。「ニトロメタン」と「ニトロメタンを90%以上含有する燃料」とは,10%以内の濃度の差があるだけであり,両者は,実質的に同一と解すべきである。
<被告>
原告は,メタノール及びオイルは不要物であると主張する。しかし,メタノール及びオイルには,燃焼時にニトロメタンの反応を穏やかにする作用がある。乙1,乙2の試験では,ニトロメタンの量は同じであるが,破砕結果をみると,ニトロメタン100%のものは,強く破砕された様子が示されている。他方,ニトロメタン65%,75%のグロー燃料の場合は,破砕片がある程度の大きさをして,適切に破れている。これは,メタノールやオイルが分散混合されていることから,ニトロメタンの素早い反応が阻害され緩やかになったことによる。
…(略)…
原告は,ニトロメタンが主成分であるとき,メタノールとオイルは不純物であり,メタノールやオイルを封入する意義はないと主張する。
しかし,メタノールやオイルは,ニトロメタンと均一に分散混合された状態で気化してニトロメタンの燃焼反応に作用するので,ニトロメタンの燃焼反応の進行を緩やかにするとの効果を有しており,原告の主張は,失当である。
【裁判所の判断】(下線は担当が付与)
当裁判所は,本件特許発明1は,甲1発明に基づいて,容易に想到することができると判断する。その理由は次のとおりである。
1 認定事実
(1)本件明細書の記載 (略)
(2)甲1の記載 (略)
(3)グロー燃料について
一般にグロー燃料は,ラジコンの燃料に使用されるもので,通常,主燃料のメタノール,燃焼を促進させるニトロメタン及び摩擦を低減するオイルの3成分から構成され,さらに,メーカーによっては,汚れやさびの発生を防止する目的で微量の添加剤を加えている。
現在,国内で入手可能なブランドはおよそ20種類近く存在する。
市販品のニトロメタン量としては,ボート用で30パーセントから75パーセントを含有するものがあり,特注すればニトロメタン90パーセント,メタノール5パーセント,オイル5パーセントの組成のものも購入可能である。(甲11,乙7の1ないし3)
2 取消事由4(一致点・相違点の認定及び容易想到性判断の誤り)について
(1) 相違点1に係る容易想到性の有無の判断について
ア 本件特許発明1における「主成分のニトロメタンと,メタノールおよびオイルからなるラジコン用のグロー燃料」の技術的意義
本件特許発明1は,ダイナマイトのような許可を要する火薬類の代替として,非火薬の「グロー燃料」の燃焼による膨張圧を破壊力として使用して,岩盤やコンクリート構造物を破砕することを目的とする発明である(本件明細書の【0006】)。「グロー燃料」の破壊力は,「主成分」とされるニトロメタンの燃焼による膨張圧により生じると解するのが自然である。
他方,本件明細書には,その他の成分である「メタノールおよびオイル」の作用については,何らの記載がない。
この点,被告は,「メタノールおよびオイル」には,ニトロメタンと均一に分散混合された状態で気化してニトロメタンの燃焼反応に作用するので,ニトロメタンの燃焼反応の進行を穏やかにする効果があると主張する。しかし,そのような効果については本件明細書に何ら説明がなく,ニトロメタンの燃焼反応の進行が穏やかになることが当業者にとって自明であるとも認められないから,被告の主張は採用できない。
イ 甲1発明におけるニトロメタンの技術的意義
甲1には,破壊容器に充填される爆発性物質あるいは可燃性物質として,ニトロメタンが例示されているが(【0011】,【0015】,【0032】),ニトロメタンの純度については何ら記載されていない。しかし,前記のとおり,一般に,破砕対象に見合ったニトロメタンの量や含有率を選択して使い分けることは,解体現場において一般的に行われていることからすれば,成分調整されていない純度100%のニトロメタンのみが記載の対象とされていると解すべきでなく,成分調整されたニトロメタンについても記載の対象とされていると解するのが自然である。
また,甲1発明の「ニトロメタンなどの爆発性物質あるいは可燃性物質」に代えて,本件特許発明1の「主成分のニトロメタンと,メタノールおよびオイルからなるラジコン用のグロー燃料」を用いることで,破壊用薬剤としての作用効果に差異は認められず(前記のとおり,「メタノールおよびオイル」にニトロメタンの燃焼反応の進行を穏やかにする効果があるとの主張は,本件明細書及び本件全証拠によるも根拠がない。),そのような破壊用薬剤を生成するための材料として「ラジコン用のグロー燃料」を用いることも,単に,市販されている既存品の一つを選択したにすぎないというべきである。
ウ 小括
以上によれば,本件特許発明1と甲1発明との相違点1に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものというべきであって,これを容易想到ではないとした審決の判断は誤りである。
【所感】
裁判所の判断は妥当であると思われる。
複数の成分からなる混合物を請求項に記載する際には、課題解決の主たる成分の作用・効果のみならず、課題解決に関連する効果を奏し得る他の成分の作用・効果についても明細書に記載しておくことが好ましいと思われる。