研磨布事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2011.09.13
事件番号 H22(ネ)10072(原審:H21(ワ)2097)
発明の名称 研磨布および平面研磨加工方法
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 本件特許発明に係る専用実施権を侵害したとして、差止め、廃棄、損害賠償を求めた事案。請求はいずれも棄却された。
控訴人は、特許請求の範囲の解釈においては明細書の記載を参酌すべきであると主張したもの、控訴人の主張は、本件明細書に記載された効果と整合せず、被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するとはいえないと判示された点がポイント。

事案の内容

【請求項1】(※括弧付きの符号は筆者が付した。下線が問題となっている部分)

A ベース層(5a)と該ベース層(5a)の上に積層した軟質プラスチックフォームで作られたシート状の表面層(5b)とからなる研磨布(5)において,

B 前記表面層(5b)を,セル(5b-1)を開口させずに層内に内包するように表面が平坦な非発泡のスキン層(5d)で覆われている独立気泡フォームで形成し,

C 当該スキン層(5d)の表面が,研磨液(6)を介してワーク(4)の加工面と擦り合う研磨面としてなる

D ことを特徴とする研磨布(5)。

 

【被告製品】

被告は、製品名を「ベラトリックス(品番NP025)」とする研磨布を製造販売している。

 

a’PET(ポリエチレンテレフタレート樹脂)支持体(第1層)と該支持体の上に積層したPET-PU(ポリウレタン)共重合アンカー樹脂層(第2層)とPU(ポリウレタン)湿式発泡層(第3層)よりなるシート状の研磨布であり,

b’1 前記第3層は,ごく小さな大きさの表層発泡セルを有する表層部(H1),中程度の大きさの中層発泡セルを有する中層部(H2),より大きな深層発泡セルを有する深層部(H3)よりなり,

b’2 表層発泡セルは,表面(S)においてすべて外部に向って開口しており,中層発泡セル及び深層発泡セルは,下記《1》ないし《3》のとおり,連通あるいは開口しており,これらの外部に通じる開口を表面(S)に有する。

《1》 直接に表面(S)で外部に通じる開口を有するもの

《2》 前記表層発泡セルと一体となって表面(S)で外部に通じる開口を有するもの

《3》 横方向(水平方向等)に連通して,さらに上記《1》又は《2》の形態として表面(S)で外部に通じる開口を有するもの

c’上記シート状の研磨布の表面(S)が,研磨液を介してワークの加工面と擦り合う研磨面としてなる

d’ことを特徴とする研磨布。

 

【原審の争点】(本レジュメでは争点2,3の紹介は省略)

争点1:被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか

争点2:本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(新規性欠如、進歩性欠如、実施可能要件違反、明確性要件違反、サポート要件違反)

争点3:損害の額

 

【原審の判断】

1 争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について

(3) 被告製品が構成要件Bの要件を充足するか

被告製品が湿式研磨布であることは当事者間に争いがないところ,証拠(甲5,甲8)によれば,湿式研磨布においては,その製造過程において溶媒と水の置換により連通孔が不可避的に生成するものであることが認められ,現に証拠(乙8,9)によれば,被告製品をサンプルAとし,被告製品の表面にポリウレタンフィルムで被膜処理をしたサンプルをBとして,両サンプルを22時間純水に浸漬して吸水率を調べたところ,サンプルAの吸水率は平均77%であり,サンプルBの吸水率は平均2%であったこと,両サンプルの表面に水を滴下して1時間後にサンプル表面に残っている水を拭き取って様子を観察したところ,サンプルAは表面及び裏面ともに水が浸み込んで色が変わった様子が観察されたが,サンプルBには水が浸み込んだ様子はうかがわれなかったことが認められるから,被告製品には,少なくとも表面層に層内に内包されたセルに通水可能な穴が開いていることが認められる。すなわち,被告製品の製造過程において生成するセルは,その構造を詳細に認定できないとしても,少なくとも外部に「開口」していることは明らかに認められるばかりでなく,そのセルは,壁によってすべて囲まれ他のセルと連結されていないものがほとんどであるとは認められないから,このようなセルを含むフォームを「独立気泡フォーム」ということはできないことになる。

そうすると,被告製品は,本件特許発明の構成要件Bの「セルを開口させずに」との要件及び「独立気泡フォーム」との要件を充足するとは認められないというべきである。

(4)したがって,被告製品は,少なくとも構成要件Bを充足するとは認められないから,本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められない。

 

【裁判所の判断】

1 構成要件充足の有無について

当裁判所も,被告製品は,少なくとも本件特許発明の構成要件Bを充足しないものと判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決24頁3行目以下の「1 争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について」のとおりである。

(1) 構成要件Bの「セルを開口させずに」について

控訴人は,特許請求の範囲の解釈においては明細書の記載を参酌すべきであり,本件明細書の記載からすると,従来品と異なる本件特許発明の本質的部分は,層内に多数あるセルを表面にむき出しにすることなく,表面層でセルを覆っている点にあるから,本件特許発明の「開口させずに」とは,研磨布の表面に多数のクレータ状空洞部分が露出していないことを意味し,湿式研磨布に生成される通気・通水可能な微細な連通孔は「開口」に該当しないと解すべきである旨主張する。

しかしながら,原判決が31頁8行目から32頁18行目まで((イ)の項)及び34頁2行目から35頁14行目まで((オ)の項)で判示するとおり,本件明細書には,本件特許発明の効果として,「層内に内包した発泡セルはクッションの役目を果たす。」(段落【0018】,下線部付加。)と記載されており,クッション性は,発泡セルを取り囲む軟質プラスチックではなく,発泡セル自体にあると理解されるところ,通気・通水可能な微細な連通孔があり,そこから発泡セル内に空気や水が浸入すると,「発泡セル」自体がクッションの役目を果たさないことになるから,本件明細書に記載された効果を奏しない。同様に,本件明細書には,本件特許発明の効果として,「研磨液は,ワークと研磨布のスキン層表面との間を流れた後にそのまま系外へ流出するので,研磨に伴って生じたスラッジなどの異物も研磨布に付着,滞留することなく研磨液に随伴して素早く系外に排出れさる」(段落【0019】)と記載されており,スラッジなどの異物はセル内に浸入せずに系外へ排出されることが想定されているものと理解されるところ,通気・通水可能な微細な連通孔があると,そこからスラッジなどの異物が浸入する可能性があり,スラッジなどの異物が素早く系外に排出されるという本件明細書に記載された効果を奏しないことになる。

以上のとおり,原判決が,本件特許発明の「開口させずに」とは,研磨布の表面層にその層内に内包されたセルに通じる穴が開いていないという意味であり,湿式研磨布に生成される通気・通水可能な微細な連通孔が「開口」に該当することは否定できないと判断したのは,本件明細書の記載を参酌した上でのものであり,そこに誤りはない。その他,控訴人の主張するところによっても,上記判断が左右されるものではない。

 

(2) 構成要件Bの「独立気泡フォーム」について

控訴人は,本件明細書の「…独立気泡フォームは,…図2の模式図で表すように均一に発泡したセル(気泡)5b-1を内包したコア層5cの両側に非発泡のスキン層5dが形成されたストラクチュアルフォームと同等なセル構造を有し…」(段落【0025】)との記載から,本件特許発明の「独立気泡フォーム」の構成は,研磨布コア層内のセルが,研磨布表面の全体にわたって外部に露出することなく,研磨布表面の緻密層によりコア層内に内包された状態にあることを意味するものであると主張する。

しかしながら,上記段落【0025】の記載は,「独立気泡フォーム」がストラクチュアルフォームと同等なセル構造を有していることを説明したものにすぎない。他方で,段落【0025】には,「独立気泡フォーム」に関して,「セル5b-1は層内に閉じ込め」などの記載があることや,上記(1)で判示したとおり,通気・通水可能な微細な連通孔がある場合に,本件特許発明の効果を奏しないことに照らすと,「独立気泡フォーム」の構成についても,セルが他のセルと連通したり,ましてや,外部から通気・通水可能な微細な連通孔を有することを許容するものであるとは解されない。さらに,本件特許発明における研磨布の表面層は,軟質プラスチックフォームから作られると特定されているのであるから,表面層について規定した「独立気泡フォーム」の意義を解釈する際に,プラスチックに関するJISの用語を参酌して行うことに誤りはない。

したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

(略)

 

よって,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するとはいえず,その余の点について判断するまでもなく請求棄却の原判決は相当で本件控訴は理由がない。また,当審において拡張された請求も理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

【所感】

被控訴人(被告)によって提出された実験結果によれば、純粋に22時間浸漬した後の被告製品の給水率は平均77%であり、また、被告製品の表面に水を滴下して1時間後に観察したところ、被告製品では表面及び裏面共に水が浸み込んだ様子が観察されている。そのため、被告製品は、「前記表面層(5b)を,セル(5b-1)を開口させずに層内に内包するように表面が平坦な非発泡のスキン層(5d)で覆われている独立気泡フォームで形成し,」という構成要件Bを明らかに充足しないと思われる。

よって、控訴人(原告)の主張には無理があり、裁判所の判断は妥当であると考える。

なお、裁判所は、構成要件充足性に関する控訴人の主張が明細書中に記載された効果と整合しているか否かに基づいて判断を行っている。そのため、権利侵害を主張する場合には、どのように理論構成したとしても、明細書中に記載された効果と矛盾してはならない点で注意が必要である。