知的能力を発達させる練習用箸事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2013.10.31
事件番号 H25(ワ)2464
担当部 大阪地裁第26民事部
発明の名称 子供の知的能力を発達させる練習用箸
キーワード 構成要件充足性、用語の意義の解釈
事案の内容 特許権侵害訴訟において、非侵害と判断された事案。
特許請求の範囲における用語の意義が、明細書および図面に基づき限定解釈された点がポイント。

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【請求項1】

A親指を挿入する親指挿入穴と

B固形物を掴み取る第1パッドとを有する第1箸部材であって,

C第1箸部材の上部に親指挿入穴を形成し,

D第1箸部材の下端に第1パッドを形成した第1箸部材と,

E人差し指および中指を挿入する保持ユニットと,

F保持ユニットの固定位置を調節する調節手段と,

G固形物を掴み取る第2パッドとを有する第2箸部材であって,

Hこの保持ユニットが人差し指を挿入する人差し指挿入穴と中指を挿入する中指挿入穴とを有し,

I第2パッドを第2箸部材の下端に形成した第2箸部材と,

J第1箸部材および第2箸部材の上部に形成され,第1箸部材および第2箸部材を所定の間隔で結合する結合手段と

Kを有する,知的能力を発達させる練習用箸。

 

【裁判所の判断】

被告製品の構成は,少なくとも構成要件B,D,F,G及びIを充足するとは認められない。

 

(1)構成要件B,D,G及びIの充足性

ア【特許請求の範囲】の記載

構成要件Bの文言からすると,第1パッドは第1箸部材の下端に形成されるものであり,固形物をつかみ取るための構成であることが読み取れる。

同様に,構成要件G及び同Iの文言から,第2パッドは第2箸部材の下端に形成されるものであり,固形物をつかみ取るための構成であることが読み取れる。

「パッド」とは,一般に,衝撃・摩擦を防ぐための「当て物,詰物」を意味するものであるから,本件特許発明における「パッド」は,固形物をつかみ取るための部材(当て物)として特に形成されるものであり,通常の箸先とは異なるものであると解される。

【特許請求の範囲】の文言を子細に検討しても,上記の他に「パッド」の具体的な構成は明らかでない。

 

(イ)検討

前記アの各記載によれば,本件特許発明のパッドは,固形物をつかみ取るための部材であり,箸を使う能力に応じて取り外すことが可能とされている(同【0045】及び【0052】。)

【0045】

さらに,使用者が固形物を容易に掴み取ることができるように,第1パッド200および第2パッド210の内面それぞれをエンボス加工する。各パッド200,210はそれぞれ箸部材110,130に結合する結合穴201を有する。従って,使用者が箸の使い方を練習した後,パッドを取り外すことができる。

【0052】

すなわち,箸を使う能力に応じて,第1箸部材110および第2箸部材130からパッド200および210を取り外すことができる。

これにより,箸に慣れていない者や子供に箸を簡単に使えるようにする(同【0009】及び【0050】)とともに,箸の使い方を段階的に学ぶことができるものである(同【0010】【0051】から【0054】まで)。

【0009】

本発明の一つの目的は,箸に慣れていない者や子供に箸を簡単に使えるようにする練習用箸を提供することである。

【0010】

本発明のもう一つの目的は,箸の使い方を段階的に学ぶことができる練習用箸を提供することである。

【0050】

既に説明したように,第1箸部材110および第2箸部材130を相互に接続している本発明の箸100を使用した場合,箸になれていない者や子供でも簡単に固形物を掴み取ることができる。

【0051】

本発明の箸で使い方を練習すると,使用者はパッド200,210がなくても,またさらには結合手段400がなくても箸100を使うことができるようになる。

【0052】

すなわち,箸を使う能力に応じて,第1箸部材110および第2箸部材130からパッド200および210を取り外すことができる。

【0054】

以上説明したように箸の使い方に習熟するうちに,箸に慣れないものや子供でも箸の使い方を段階的に学ぶことができる。

また,前記従来技術(段落【0006】及び【図2】)と対比すると,本件特許発明は,①箸部材の結合手段を取り外し可能とした点及び②箸先に取り外し可能なパッドを設けた点においてのみ相違する(進歩性を有する)ことが認められる。

【0006】

韓国実用新案第2001-23369号公報には,より改善された練習用箸が開示されている。参照する図2について説明すると,箸部材50a,50bの上部をヒンジ51´を含む接合ピン51によって相互に接続する。箸部材50aに親指を掛ける穴51を形成し,もう一方の箸部材50bに人差し指を掛ける穴52および中指を掛ける穴53を形成する。これらの穴51,52,53は,指の挿入角度に合うように箸部材に対して角度を付ける。指掛けユニット55に,人差し指を掛ける穴52および中指を掛ける穴53を一体に形成する。箸部材50bの外側に雄ネジ50bを,そして指掛けユニット55の内側に雌ネジ55aを形成し,使用者の指の大きさに合わせて,指掛けユニット55の固定位置を調節できるように構成する。

 

ウ本件特許発明における「パッド」の意義

原告は『「パッド」は固定物をつかみ取ることができることに技術的意義がある』と主張する。

しかし、以上に説明したように,本件特許発明の「パッド」とは,通常の箸先とは異なるものであり,固形物をつかみ取るための部材(当て物)として箸先に取り付けられ,取り外しが可能なものであることが認められる。

 

エ被告製品の構成及び構成要件充足性

証拠によれば,被告製品の箸先12,32には滑り止め加工が施されていることが認められるものの,固形物をつかみ取るための部材(当て物)として箸先に取り付けられ,取り外しが可能な構成を有しているとは認められない。

したがって,被告製品は「パッド」に相当する構成を有するものとは認められないから,構成要件B,D,G及びIを充足するとはいえない。

 

 

(2)構成要件Fの充足性

ア【特許請求の範囲】の記載

構成要件Fは「保持ユニットの固定位置を調節する調節手段と,」というものである。

したがって,位置を調節する前後において,保持ユニットを固定することができるものでなければならないと解される。

 

イ本件明細書等の記載

本件明細書等には,以下の記載がある。

【課題を解決するための手段】

【0013】

第2箸部材は,人差し指および中指を挿入する保持ユニットと,保持ユニットの固定位置を調節する調節手段と,固形物を掴み取る第2パッドとを有する。この保持ユニットは,人差し指を挿入する人差し指挿入穴と中指を挿入する中指挿入穴とを有する。第2パッドは,第2箸部材の下端に形成する。

【0015】

調節手段は,第2箸部材に形成した雄ネジを有し,この雄ネジに,保持ユニットの内側に形成した雌ネジを係合する。

【0016】

あるいは,保持ユニットを支持するために固定溝に弾性結合したゴムパッキンと,保持ユニットの内側に形成した突出部とで調節手段を構成してもよく,この場合には,第2箸部材に複数の固定溝を等しい間隔で設け,突出部をこれら固定溝に係合し,保持ユニットの固定位置を調節できるように構成してもよい。

 

ウ本件特許発明における「調節手段」の意義

特許請求の範囲の記載によれば,「調節手段」は,位置を調節する前後において,保持ユニットを固定することができるものでなければならないと解される。

本件明細書等の記載も、上記の通り、この解釈に沿うものである。

なお,「調節手段」のうち前記段落【0015】の構成は,前記1の従来技術(段落【0006】及び【図2】)の構成と異なるものではないと解される。

 

エ被告製品の構成及び構成要件充足性

被告製品の第2箸部材30は,上方位置の正面側に反り板状の親指座があり,下方位置の背面側に突起があるから,上部筒部20aと下部筒部20bは親指座と突起によって上下を挟まれている。

また,上部筒部20aと下部筒部20bの内面にはリブが形成されており,第2箸部材30の側面に設けられた上部凹溝と下部凹溝に嵌着していることが認められる。

そうすると,原告P1が「保持ユニット」に相当する旨主張する被告製品の上部筒部20a及び下部筒部20bは,位置を移動させないことを前提とした構成のものであり,位置を調節するための構成を有するものとは認められない。

したがって,被告製品は,「保持ユニットの固定位置を調節する調節手段」に相当する構成を有するものとはいえないから,構成要件Fを充足しない。

なお,被告製品の上部筒部20aと下部筒部20bはシリコンゴム製であり,弾性変形させることによって第2箸部材30の下方に向かって引き抜くことが可能であると認められる。

これは,被告が主張するとおり,練習の進行に応じ,順次,中指リング22(下部筒部20b),人差し指リング21(上部筒部)を引き抜くことができるようにしたものであると解される。

これらを引き抜くことなく,本来の固定位置から下部にずらした状態で使用を継続することは,構造上,想定しがたい使用態様である。

 

【所感】

判決は妥当であると考えられる。

特にパッドについての原告の主張は、これを認めれば特許発明の新規性が否定されることになるので、無理筋というほかない。

また、調節手段は、先行技術文献として原告が開示した公報に載っていることから、特許請求の範囲に記載しても特許性に貢献しないものであり、余分な発明特定事項であったと考えられる。