白色ポリエステルフィルム事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2014.10.23
事件番号 H25(行ケ)10303
担当部 知財高裁 第3部
発明の名称 白色ポリエステルフィルム
キーワード 新規性、引用発明の認定、刊行物に記載されているに等しい事項
事案の内容 無効審決の取消訴訟であり、審決が取り消された事案である。

事案の内容

【ポイント】

 審決では、引用発明が「刊行物に記載されているに等しい事項」であるとして本件発明の新規性が否定されたが、裁判では、引用発明が「刊行物に記載されているに等しい事項」には該当しないとの理由から、引用発明の認定に誤りがあったとの判断に基づいて、審決が取り消された点。

【特許請求の範囲】

[請求項1](本件発明1)

無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。

30≦Tcc-Tg≦60

【審決の理由の要点】

本件発明1は、特開平7-331038号公報(以下「甲1公報」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一であり,特許法29条1項3号に掲げる発明に該当する。

 

ア 引用発明

「リン酸,亜リン酸,ホスフィン酸,ホスホン酸およびそれらの炭素数3以下のアルキルエステル化合物よりなる群の中から選ばれた少なくとも一種のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウム粉体からなるポリエステル系樹脂用改質剤の含有量が5重量%を越え,80重量%以下であるポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムであって,実施例12の段落【0045】で得られたポリエステル組成物(以下,このポリエステル組成物を「ポリエステル組成物A」ともいう。)からなる白色ポリエステルフィルムの態様を包含する,白色ポリエステルフィルム」

 

イ 一致点

「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルム。」

※無機粒子≒改質剤

 

ウ 相違点:略

 

【審決の認定内容】(判決文に記載の内容から抜粋)

審決は、甲1公報の実施例12には,ポリエステル組成物Aに対して,改質剤を含有しないポリエチレンテレフタレートと混合することによって改質剤の含有量を15重量%に調整したポリエステル組成物Bについてフィルムを成形したものが記載されており,当該フィルムの成形に供されるポリエステル組成物は,ポリエステル組成物Aではなくポリエステル組成物Bであるとした上で,要旨次のとおり述べて,同公報には,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が記載されているに等しいと判断している。

 

 

【裁判所の判断】

1 取消事由1(引用発明の認定)について

(2)「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に記載されているに等しい事項といえるかについて

 

ア 特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明は,その発明について特許を受けることができない(特許法29条1項3号)。

ここにいう「刊行物に記載された発明」の認定においては,刊行物において発明の構成について具体的な記載が省略されていたとしても,それが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,刊行物に記載された発明がその構成を備えていることを当然の前提としていると当該刊行物自体から理解することができる場合には,その記載がされているに等しいということができる。しかし,そうでない場合には,その記載がされているに等しいと認めることはできないというべきである。

そうすると,本件において,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に記載されているに等しいというためには,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,同公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができることが必要というべきである。

しかるに,本件においては,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であることを認めるに足りる証拠はない。したがって,これを自明な技術事項であるということはできない。また,甲1公報の記載を検討しても,実施例12のポリエステル組成物Aは白色二軸延伸フィルムを製造するポリエステル組成物Bを得るための中間段階の組成物にすぎず,同実施例がポリエステル組成物Aについてフィルムを成形するものでないことはいうまでもないし,さらに,同公報のその他の記載をみても,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形することを示す記載や,そのことを当然の前提とするような記載はない。

以上のとおり,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であるとはいえず,また,甲1公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができるともいえない。そうすると,本件において,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」は,甲1公報に記載されているに等しい事項であると認めることはできないものというべきである。

 

イ 被告は,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に記載されているに等しいとした審決の判断に誤りはないと主張する。

 

(ア)・・・すなわち,審決は,【0046】に記載されたポリエステルの添加による改質剤の含有量の調整工程について,甲1公報に「この際本発明のポリエステル組成物と各種のポリエステルと混合して炭酸カルシウムからなる改質剤の含有量を目的に応じて適宜変更することができる。」(【0026】)ことが記載されており,実施例6及び7のように,ポリエステルの添加による改質剤の含有量の調整工程を行わずに白色ポリエステルフィルムを成形する実施例も記載されていることから,ポリエステルの添加による改質剤の含有量の調整工程は,同公報におけるフィルム成形に供されるポリエステル組成物の必須の工程ではなく,ポリエステル組成物中の改質剤の含有量をフィルム成形に好適な範囲内とするべく任意に調整することができるものであるといえること,そして,ポリエステル組成物Aはその改質剤の含有量が30重量%であり,この含有量は,ポリエステル組成物からなる本件発明1のフィルムにおいて,白色性,隠蔽性,機械特性が好ましいフィルムが得られるためのフィルム中の改質剤の含有量の範囲内のものに該当しており(【0027】),改質剤の含有量が同じ30重量%であるポリエステル組成物からなるフィルムが好ましい物性を有するものであることが実施例9に示されていることから,ポリエステル組成物Aについても,好ましい物性を有するフィルムを得るために供されるポリエステル組成物であるといえるとして,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」は同公報に記載されているに等しい事項であると判断している。

 

(イ)審決の上記判断は,要は,甲1公報の【0026】及び【0027】の記載並びに実施例6,7及び9の記載に照らすと,ポリエステル組成物Aは,その改質剤の含有量から見て好ましい物性を有するフィルムを得ることが可能であると認められる,ということを理由として,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が同公報に記載されているに等しいとするものといえる。

しかし,前記アで説示したとおり,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が,甲1公報に記載されているに等しい事項といえるためには,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,同公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができることを要するものであって,このことは,同公報の記載から,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形することが可能であると認められるか否かとは,別の問題である。

したがって,たとえ,審決が述べるように甲1公報の記載内容を手掛かりとして,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形することが可能であるとしても,そのことを理由として,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,同公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができるということはできない。

そして,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であるとはいえず,また,甲1公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものでああることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができるといえないことは,前記アにおいて説示したとおりであり,このことは、前記(ア)のとおりの各項の記載内容や審決の説明振りに照らしてみても明らかというべきである。

したがって,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が,甲1公報に記載されているに等しい事項であるとした審決の判断は誤りであるというべきであるから,被告の上記主張は採用することができない。

 

(3)小括

以上のとおり,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」は,甲1公報に記載されているに等しい事項であるといえない以上,審決の引用発明の認定(「・・・白色ポリエステルフィルムであって,ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルムの態様を包含する,白色ポリエステルフィルム」)が誤りであることは明らかである。

したがって,原告主張の取消事由1は理由がある。

 

2~4 取消事由2~5について:略

 

5 まとめ

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由があるから,審決のうち,本件各発明についての特許を無効とするとした部分は違法であり,取消しを免れない。

 

 

【所感】

引用発明の認定に誤りがあるとした裁判所の判断は妥当であると考える。

新規性の判断の前提となる引用発明の認定において、フィルム成形することが「可能である」という要件だけでは、引用発明が「刊行物に記載されているに等しい事項」とはいえないと判事された。電気などの分野では、「可能である」という要件により「刊行物に記載されているに等しい事項」と判断されることがある。しかしながら、化学の分野では、実際に物を製造してみないと物性や成形性などの結果がわからないという予測の困難性があるため、このように判事されたと考えられる。