物品事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2010.12.15
事件番号 H22(行ケ)10188
発明の名称 物品
キーワード 補正要件、進歩性
事案の内容 拒絶審決に対する審決取消請求事件であり、原告(特許出願人)の請求が棄却された事案。
「明細書に特定がない」、「特許請求の範囲の記載から読み取れない」として、原告の主張を退けた点がポイント。

事案の内容詳細はこちら

2.本件特許発明の要旨

本件発明は、タペストリー、安全格子、障子、窓、引き違い戸等に用いられる物品で、構造体を重ねることにより、彩色やずらし、稼働させたり、光等を当て、透過させることによって、図柄が変化し、影やゆらぎ、時の変化などを現出させ、立体感をかもし出す審美性に富んだものである。本件補正前後の請求項1の記載は下記の通り。

 

【補正前請求項1】

亀甲模様を施した、透過部を有する構造体に、同じ亀甲模様を施した透過部を有する構造体を角度を30度回転させた状態で間隙を設けて重ね合わせて構成されてなる物品。

【補正後請求項1】

図1の図形模様を施した、透過部を有する構造体と、図1の図形模様を前記構造体の図形模様に対し角度を30度回転させた状態で施した、透過部を有する構造体とを間隙を設けて重ね合わせて構成されてなる物品。

 

3.審決の理由の要旨

本件審決の主たる理由は、下記通り。

(1)本件補正は、請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明のいずれをも目的とするものではないから、法17条の2第4項各号のいずれの事項にも該当しないから却下を免れず、

(2)本願発明は、実願昭56-78790号(実開昭57-189900号)のマイクロフィルム(以下「引用例」)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、法29条2項により特許を受けることができない、

本件審決が認定した引用発明、本願発明と引用発明との一致点、相違点を示す。
ア 引用発明:六角模様を施した、透明板(1a)に、同じ六角模様を施した、透明板(1b)を角度を30度回動させた状態で隙間を設けて重ね合わせて構成されてなる装飾板

イ 一致点:亀甲模様を施した、構造体に、同じ亀甲模様を施した構造体を角度を30度回転させた状態で間隙を設けて重ね合わせて構成されてなる物品

ウ 相違点:構造体が、本願発明では、亀甲模様を施した透過部を有するものであるのに対して、引用発明では、透明板(1a)、(1b)に六角模様を施したものである点

 

【裁判所の判断】

1.取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について

(1) 本件補正のうち請求項1についての補正は、前記のとおり、

(1)「亀甲模様」を「図1の図形模様」とするとともに、
(2)「同じ亀甲模様を施した透過部を有する構造体を角度を30度回転させた状態で間隙を設けて重ね合わせて」を「図1の図形模様を前記構造体の図形模様に対し角度を30度回転させた状態で施した、透過部を有する構造体とを間隙を設けて重ね合わせて」とするものである。
(2) 原告は、上記(1)②の補正部分につき、図形模様と構造体とは一体のものであって、図形模様を30度回転させるということは、構造体を30度回転させることと実質的に同一であるので、変更には当たらないとした上、「構造体」を「図形模様」に補正することは、図柄の組合せ状態を明確にしたものであって、明瞭でない記載の釈明に該当するものであると主張する。
(3) しかしながら、(略)明瞭でない記載の釈明として補正が許されるのは、拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限られるところ(法17条の2第4項4号)、平成20年7月4日付け拒絶査定の理由となる同19年10月1日付け拒絶理由通知は、引用文献との関係で進歩性の欠如を指摘するものであって、上記(1)②の補正部分の補正前の規定について指摘するものではなく、同部分の補正は、拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものではないから、明瞭でない記載の釈明に該当するということはできない。

 

2. 取消事由2(本願発明を拒絶した判断の誤り)について

(1) 引用発明の内容

引用発明は、「六角模様を縦横方向に等間隔をあけて規則正しく多数施した透明板(1a)に、同じ六角模様を施した透明板(1b)を角度を30度回動させた状態で隙間を設けて重ね合わせて構成されてなる装飾板」と認めることができる。

(2) 一致点の認定の誤りの有無

 ア 原告は、本件審決が、「亀甲形」とは「亀の甲のように六角形が上下左右に並んだ模様」のことであるから、引用発明の「六角模様」は、本願発明の「亀甲模様」に相当するとしたことにつき、「亀甲模様」とは、「亀甲にかたどった六角形が、上下、左右に連なった模様」であるから、「亀甲形模様」と「亀甲(六角)模様」とは別異の模様であるとして、本件審決の一致点の認定には誤りがあると主張する。
イ しかしながら、引用発明は、その第1図に示すように、透明板の少なくとも一方の外表面に、六角模様を縦横方向に等間隔をあけて規則正しく多数形成したものであって、六角模様が適宜の間隔を置いて、上下、左右に連なっているものであるところ、個別の六角模様相互の間隔については、引用例も本願発明も特定しているものではないから、この点については適宜の設計事項ということができ、引用発明における「六角模様を施した」ことは、本願発明における「亀甲模様を施した」ことに相当するということができる。
ウ (略)原告は、本願発明における亀甲模様を重ね合わせてできる模様は、多数の形状のものが有機的に組み合わされて繊細な模様(曼荼羅模様)を生起させることができるのであって、引用発明のような比較的単純なものではないと主張する。しかしながら、本願発明に係る特許請求の範囲の記載による限り、これが多数の形状のものが有機的に組み合わされて繊細な模様(曼荼羅模様)を生起させるものに限定されるものであるとみることができない上に、引用発明においても、六角模様を規則正しく多数施す際、個別の六角模様の輪郭を細くしたり、個別の六角模様同士の間隔を適宜調整したりすることによって、原告が主張するような本願発明における繊細な模様を作り出すことができるものであり、(略)引用発明と比較して本願発明が繊細な模様を生起させるものであるとする原告の主張は採用することができない。
エ 以上によると、本願発明と上記(1)のとおりに認定される引用発明との一致点についての本件審決に誤りはない。

(3) 相違点についての判断の誤りの有無

ア 透過部について
原告は、本件審決が、本願発明の「亀甲模様」自体が「透過部」であることについて、引用発明において、そのモアレ効果を考慮しつつ六角模様の輪郭線内部の色彩や透過性を適宜変更することは、当業者が適宜なし得る設計的事項であるとしたことにつき、引用発明の模様は「亀甲形の模様」であって、本願発明の「亀甲模様」とは別異のものであるから、本願発明のように、亀甲模様とその部分が透過部であることとの組合せによって生起される模様とすることができないと主張する。しかしながら、前記(2)のとおり、本願発明と引用発明とのいずれも、六角(亀甲)模様が上下、左右に連なっているものであって、その六角模様が適宜の間隔を置いている引用発明においても、その間隔のない状態にすることは予定されているから、そのような引用発明の模様が、本願発明の模様とは異なるとの原告の上記主張は理由がない。
イ 作用効果について
原告は、本願発明が奏する作用効果は、引用発明から当業者が予測できないものであるなどと主張する。しかしながら、引用発明も、本願発明との一致点のとおり、「亀甲模様を施した、構造体に、同じ亀甲模様を施した構造体を角度を30度回転させた状態で間隙を設けて重ね合わせて構成されてなる物品」であり、(略)六角模様を規則正しく多数施す際、個別の六角模様の輪郭を細くしたり、個別の六角模様同士の間隔を適宜調整したりすることによって、原告が主張するような本願発明における繊細な模様を作り出すことができるものであるから、本願発明が奏する作用効果も、結局のところ、引用発明から当業者が容易に予測できるものといわざるを得ず、原告の主張を採用することはできない。

 

3.結論

以上の次第であるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、原告の請求は棄却されるべきものである。

 

【感想】

引用発明は「化粧用コンパクト、手鏡或いは容器または建材などに用いる装飾版」を対象としている。一方、本願発明(図5、図6)では、角度を変えた構造体を左右に配置した引き違い戸の例が挙がっている。引き違い戸などに本願発明を適用すれば、その使用時において模様の変化を楽しめるという格別の効果を奏することから、請求項1を「引き違い戸」などに限定してその旨を主張すれば、少しは勝てる可能性があったのではないかと考える。