熱間圧延用複合ロール及びその製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.06.09
事件番号 H26(行ケ)10225
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 熱間圧延用複合ロール及びその製造方法
キーワード 進歩性、実施可能要件
事案の内容 無効審判における無効不成立審決に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された。
「当業者が,熱疲労亀裂を原因とするロール表面の損傷の防止をするという上記技術常識の観点から,甲1発明の熱間圧延複合ロールを,周知技術に従い棒鋼又は線材の粗圧延のためのものとすることは,格別困難ではない。」と判断されたことがポイントである。

事案の内容

【経緯】

出願:2008年3月7日

特許:2012年2月10日(特許4922971号)

無効審判請求:2013年3月15日(請求項1~9)

訂正請求:2013年6月3日(請求項1,2,4~9、請求項3は削除)

審決の予告:2014年1月7日(請求項1,2,4~9を無効とする)

訂正請求:2014年3月17日(請求項1,2,4~8、請求項3、9は削除)

無効審判審決:2014年8月25日(訂正を認め特許維持)

 

訂正後の請求項

【請求項1】

金属製の中空式冷却型の上部内側面に冷却緩衝材を有する組合せモールドの内部に,鋼を素材とする中実又は中空の芯材を同心垂直に挿入し,該芯材の外周の環状空隙部に溶湯を注入して該芯材を連続的に降下させ,該芯材の外表面に前記溶湯を溶着させながら冷却により凝固させ,該芯材の外周に肉盛層を形成した後,熱処理と機械加工を行って製造される,棒鋼,線材,あるいは形鋼の粗圧延のための熱間圧延用複合ロールであって,

圧延速度が小さいために鋼材と長時間接触することによりロール内部まで温度上昇するとともに水冷による冷却が回転ごとに繰り返されることによる熱疲労き裂が起点となってロール表面が損傷することを防止するため,

前記溶湯は,

C:1.0質量%以上2.0質量%以下,

Si:0.2質量%以上2.0質量%以下,

Mn:0.2質量%以上2.0質量%以下,

V:4.0質量%以上8.0質量%以下,

Cr:2.0質量%以上5.0質量%以下,

Mo及びWのいずれか1種の量又は2種の合計量を2.0質量%以上8.0質量%以下,

及びTi:0.05質量%以上0.30質量%以下含有し,

残部がFe及び不可避的不純物元素からなり,

かつ,前記肉盛層に晶出したMC,MC,及びMのいずれか1種又は2種以上からなる金属炭化物の占有率を3.0面積%以下,及び前記金属炭化物のサイズと前記肉盛層の二次デンドライト組織の結晶粒サイズを,それぞれ50μm以下に微細化するとともに,

 前記熱処理により,前記肉盛層の硬さを,ショアー硬さ:45以上70未満,かつ破壊靱性値KIC又は疲労破壊靱性値KICf:35MPa・m0.5以上としたことを特徴とする熱間圧延用複合ロール。

 

甲1発明

モールドの内部に,鋼を素材とする中実又は中空の芯材を同心垂直に挿入し,該芯材の外周の環状空隙部に溶湯を注入して該芯材を連続的に降下させ,該芯材の外表面に前記溶湯を溶着させながら冷却により凝固させ,該芯材の外周に肉盛層を形成した後,熱処理と機械加工を行って製造される,仕上げタンデム圧延機群の後方3基の圧延機に作動ロールとして組み込まれる熱間圧延用複合ロールであって,

前記溶湯は,

C:1.0~3.0%,

Si:0.2~2.0%,

Mn:0.2~2.0%,

V:3.0~10.0%,

Cr:3.0~10.0%および

Mo,Wの1種または2種を2.0~10.0%含有し,残部Feおよび不可避的不純物からなり,

かつ,前記肉盛層に晶出したM,MCもしくはMC炭化物の面積率が10%以下である熱間圧延用複合ロール。

 

【争点】

(1)相違点1についての判断の誤り

(ア)相違点1

熱間圧延用複合ロールが,本件訂正発明1では,「棒鋼,線材,あるいは形鋼の粗圧延のため」の,「圧延速度が小さいために鋼材と長時間接触することによりロール内部まで温度上昇するとともに水冷による冷却が回転ごとに繰り返されることによる熱疲労亀裂が起点となってロール表面が損傷することを防止するため」のものであるのに対し,甲1発明では,「仕上げタンデム圧延機群の後方3基の圧延機に作動ロールとして組み込まれる」ものである点。

(2)相違点2~4の判断の誤り

  (イ)相違点2

 モールドが,本件訂正発明1では,「金属製の中空式冷却型の上部内側面に冷却緩衝材を有する組合せモールド」であるのに対し,甲1発明では,それが明らかではない点。

  (ウ)相違点3

 本件訂正発明1では,溶湯に,Tiを0.05質量%以上0.30質量%以下含有するのに対し,甲1発明では,それが明らかではない点。

  (エ)相違点4

 本件訂正発明1では,「前記肉盛層に晶出したMC,MC,及びMのいずれか1種又は2種以上からなる金属炭化物の占有率を3.0面積%以下,及び前記金属炭化物のサイズと前記肉盛層の二次デンドライト組織の結晶粒サイズを,それぞれ50μm以下に微細化するとともに,前記熱処理により,前記肉盛層の硬さを,ショアー硬さ:45以上75以下,かつ破壊靱性値KIC又は疲労破壊靱性値KICf:30MPa・m0.5以上とした」のに対し,甲1発明では,「前記肉盛層に晶出したM,MCもしくはMC炭化物の面積率が10%以下」である点。

(3)訂正発明2、4~8についての進歩性判断の誤り

本件訂正発明1が容易に発明できない以上,これに発明特定事項を付加した本件訂正発明2,4~8も容易に発明できない。

(4)実施可能要件充足に関する判断の誤り

 

【審決の判断】

(1)相違点1について

① 本件訂正発明1は,[1]棒鋼,線材,あるいは形鋼の熱間圧延において,特に圧延速度が遅い上流側の粗圧延機として使用する場合に,[2]ロールが高温となった鋼材と比較的長い時間接触することにより,熱伝導によってロールの内部まで温度が上昇し,また,水冷による冷却がロールの回転ごとに繰り返されることにより,ロールの表面から深い亀裂が生じ,この亀裂が起点となって,ロールの表面が損傷し,ひいては表面の一部が剥離する点を解決すべき課題とする,熱間圧延複合ロールである。

一方,甲1発明は,[1]熱間の帯鋼又は鋼板の仕上げ圧延の後段機群における,[2]高圧下時のスリップ現象の防止等を課題とする,熱間圧延用複合ロールである。

② そうすると,甲1発明と本件訂正発明1とは,使用される用途及び解決課題が明らかに異なるところ,甲1~甲7,甲11~甲13の記載事項を見ても,甲1発明に係る熱間圧延用複合ロールを棒鋼,線材又は形鋼の粗圧延に適用しようとの動機付けがあるとは認められない

③ 甲11には,「分塊,鋼片,線材,棒鋼圧延用の熱間圧延用ロールには,強靭性(耐折損性),耐ヒートクラック性,耐肌荒れ性,耐摩耗性等の特性が求められるが,主に粗列スタンドロール等で非常に圧延負荷の激しいスタンドには,強靭性(耐折損性)を重視し,」(【0002】)との記載があるものの,粗圧延における強靭性(耐折損性)を重視したものであって,本件訂正発明1のような,粗圧延における「圧延速度が小さいために鋼材と長時間接触することによりロール内部まで温度上昇するとともに水冷による冷却が回転ごとに繰り返されることによる熱疲労亀裂が起点となってロール表面が損傷するのを防止」するものとはいえない。

④ そうすると,甲1発明において,相違点1に係る本件訂正発明1の構成とすることは,当業者が容易になし得たものではない。

(2)相違点2~4について

本件訂正発明1は,相違点1に係る特定の用途とするために,相違点2に係る製造方法,相違点3に係る溶湯の成分組成,相違点4に係る肉盛層の組織・ショアー硬さ・破壊靱性値KIC又は疲労破壊靱性値KICfを採用したものである。

そうすると,相違点1に係る特定の用途へ適用することを当業者が容易になし得ない以上は,この用途とするために採用した相違点2~4に係る本件訂正発明1の構成とすることも,当業者が容易になし得ない。

 

相違点1の部分に進歩性を認めたため、相違点2~4については、形式的な判断をして進歩性がある旨の審決をしました。

 

【裁判所の判断】

1 認定事実

(1) 本件訂正発明について

 本件訂正発明1に係る特許請求の範囲には,「熱間圧延用複合ロール」との記載があるところ,ハイスロール(工具鋼としての高速度鋼系の化学成分によって構成される表面層を持つ圧延ロール)が,一般的に,耐摩耗性に寄与する硬質,粒状のMC系炭化物を形成するVを多量に含有し,基地の熱間強度を増加するMo,W等の元素を多量に含有するのを特徴とすることは,本件特許出願当時の技術常識であるから(甲31,35,36,39~41,44),本件訂正発明1に係る熱間圧延複合ロールは,ハイス(High Speed Steel)を用いたハイスロールであると認められる。なお,この点は,当事者間に争いがなく,審決も,このことを当然の前提としている。

 その上で,本件訂正発明を認定するところ,本件訂正明細書(甲30)の記載によれば,本件訂正発明は,次のとおりのものと認められる。

~略~

(2) 甲1発明について

 甲1の記載によれば,甲1発明は,次のとおりの発明と認められる。

 甲1発明は,鉄鋼の圧延において,特に熱間帯鋼連続圧延,すなわち,ホットストリップミルの仕上圧延機群に用いられる作動ロール及びそのロールを用いた圧延方法に関するものである。(【0001】)

2 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について

(1) 使用用途及び解決課題について

 原告は,①熱間仕上げ圧延ロールと同材質のロールを粗圧延ロールとして用いることが本件特許出願前から周知である,②本件現象(粗圧延ロールにおいて,圧延速度が小さいために鋼材と長時間接触することによりロール内部まで温度上昇するとともに水冷による冷却が回転ごとに繰り返されることによる熱疲労亀裂が起点となって,ロール表面が損傷しやすいという現象)の防止は,本件特許出願前から周知である,③それゆえ,相違点1に係る本件訂正発明1の構成は容易に想到できる旨を主張するので,以下,検討する。

~略~

イ 検討

 前記1(2)のとおり,甲1発明は,熱間の帯鋼又は鋼板の仕上げ圧延の後段機群における高圧下時のスリップ現象の防止等を課題とする熱間圧延複合ロールである。そして,上記アの各刊行物の性質を踏まえて,その各記載を総合すれば,①ハイスロールを棒鋼,線材の圧延に使用すること(甲31,甲35)及びハイスロールを粗圧延に使用すること(甲35,甲36,甲45)は,本件特許出願当時の周知技術であること,②熱間圧延において,粗圧延時における熱疲労亀裂を原因とするロール表面の損傷を防止することは,技術常識として,ロールの材質いかんにかかわらない技術課題として当業者に認識されていたこと(甲2,甲3,甲11,甲12,甲13,甲31,甲35,甲36,甲37,甲44,甲45,甲46)が認められる。

 そうであれば,当業者が,熱疲労亀裂を原因とするロール表面の損傷の防止をするという上記技術常識の観点から,甲1発明の熱間圧延複合ロールを,周知技術に従い棒鋼又は線材の粗圧延のためのものとすることは,格別困難ではない。

 そうすると,甲1発明に上記周知技術・技術常識を組み合わせて,相違点1に係る本件訂正発明1の構成とすることは,当業者が容易になし得たことといえる。

(2) 被告の主張について

ア 使用用途及び解決課題について

 被告は,本件訂正発明1のハイスロールは,従来のハイスロールでは対応できなかった特に高温高圧下でなされる棒鋼,線材又は形鋼の粗圧延に使用されるものであるから,その用途・課題は容易に想到できない旨を主張する。

 まず,この点の検討に当たり,本件訂正発明1の特許請求の範囲の記載をみると,「棒鋼,線材,あるいは形鋼の粗圧延のための熱間圧延用複合ロール」との部分は粗圧延全体を示している。そして,特許請求の範囲には,更に「圧延速度が小さいために鋼材と長時間接触することによりロール内部まで温度上昇するとともに水冷による冷却が回転ごとに繰り返されることによる熱疲労き裂が起点となってロール表面が損傷することを防止するため」とあり,本件訂正明細書には「前記したハイス系ロールの使用は,圧延速度の大きな仕上げ及び中間圧延機群での使用に限定されていた。なぜなら,このハイス系ロールを,圧延速度が小さな粗圧延機群に使用する場合,ロールが高温となった鋼材と比較的長い時間接触することにより,熱伝導によってロールの内部まで温度が上昇し,また水冷による冷却がロールの回転ごとに繰り返されることにより,ロールの表面から深いき裂が生じるからである。このため,このき裂が起点となって,ロールの表面が損傷し,ひいては表面の一部が剥離するため,全く使用に耐えるものではなかった。」(【0004】)とあり,圧延速度や温度についての定量的な記載があるものではなく,仕上げ圧延及び中間圧延との相対的な対比として記載されているにすぎず,一方で,本件訂正発明1の「粗圧延」が特定の箇所での使用に限定することを明示する記載は見当たらない(なお,特許法30条1項適用のために示された甲15には,本件訂正発明の熱間圧延複合ロールを,棒鋼,線材の粗スタンドの後段部で使用したことが明示されている〔45~46頁〕。)。

したがって,本件訂正発明1のハイスロールは,棒鋼,線材又は形鋼の粗圧延全般に用いることを目的とするものと認められる

そうすると,前記(1)にて認定判断のとおり,ハイスロールを棒鋼,線材の粗圧延に用いることは周知技術であり,その際の技術的課題は技術常識なのであるから,本件訂正発明1のハイスロールの使用用途及び解決課題が当業者において容易に想到できないとはいえない。

 以上のとおりであり,被告の上記主張は,採用することができない。

3 取消事由4(実施可能要件充足に関する判断の誤り)について

~略~

4.まとめ

 取消事由4は理由がないが,取消事由1は理由があるから,取消事由2・3について判断するまでもなく,審決を取り消すこととする。さらに,特許無効審判において,相違点1が容易想到であることを前提に,相違点2~4及び本件発明2,4~8の容易想到性について改めて判断することが相当である。

【所感】

 判決は妥当と考える。本願発明の構造的な特徴は、

(a)各材料の組成、

(b)金属炭化物の占有率、肉盛層の二次デンドライト組織の結晶粒サイズ

(c)前記熱処理により,前記肉盛層の硬さを,ショアー硬さ:45以上70未満,かつ破壊靱性値KIC又は疲労破壊靱性値KICf:35MPa・m0.5以上とすること、

にある。本願発明と甲1発明とを比較すると、本願発明の特徴(a)のC、Si、Mn、V、Cr、Mo、Wの各成分の質量パーセントは、いずれも甲1発明の各成分の質量パーセントの範囲内にあり、特徴(a)の各成分の質量パーセント部分を訂正してもその数値範囲に顕著な効果が無ければ、進歩性を主張することが困難であると思われる。審決では、「圧延速度が小さいために鋼材と長時間接触することによりロール内部まで温度上昇するとともに水冷による冷却が回転ごとに繰り返されることによる熱疲労き裂が起点となってロール表面が損傷することを防止するため,」という限定により進歩性が認められている。この内容は、構成というよりは、課題、効果そのものである。段落0062しか記載は無いが、熱間圧延用複合ロールと限定した方が良かったかもしれない。

なお、本願発明は、プロダクトバイプロセスクレームの形式で記載されている。請求項1~6に従属する形で請求項8に製造方法が記載されているので、製造方法に訂正せざるを得ないであろう。