熱応答補正システム事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.02.22
事件番号 H23(行ケ)10214
担当部 第4部
発明の名称 熱応答補正システム
キーワード 容易想到性
事案の内容 拒絶審決が取り消された事案。
相違点を乗り越えるための論理付けの妥当性が争点となった。

事案の内容

・出訴時の請求項1の発明(本願発明)

 プリントヘッド素子を含むサーマルプリンタにおいて,

(A)周囲温度と,該プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギと,該プリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいて,該プリントヘッド素子の温度を予測するステップと,

(B)該プリントヘッド素子の該予測された温度と,該プリントヘッド素子によって印刷されるべき所望の出力濃度の複数の一次元関数とに基づいて,該プリントヘッド素子に提供される入力エネルギを計算するステップと

を包含する,方法。

 

・引用発明との相違点

プリントヘッド素子の温度予測

本願発明(A)

印刷媒体の温度に基づく

引用発明

印刷媒体の温度には基づかない

 

・周知例による開示

印刷媒体の温度に応じてサーマルヘッドへの印加エネルギを制御するサーマルプリンタ(周知例1~3)。

 

・審判での判断(進歩性なし)

(a)引用例の記載

E=G(d)+S(d)Ta【0031】

G(d):?

d:出力密度

S(d):G(d)の温度依存度の勾配

Ta:プリントヘッド素子の現在の温度

 

計算効率を高めるために、等式に対する近似もまた用いられ得る。【0110】

 

(2)論理づけ

G(d)+S(d)Ta≒G(d)+S(d)Ta’

(Ta’=Ta+f(Tm)、f:実験等で定める関数、Tm:印刷媒体の温度)

 

等式に対する近似もまた用いられ得るので、

E=G(d)+S(d)(Ta+f(Tm)) としても良い。

 

「Ta’=Ta+f(Tm)を用いること」は、本願発明の「『プリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度(Tm)』に基づいて『プリントヘッド素子の温度(Ta)を予測する』」ことに相当する。

 

よって、プリントヘッド要素に供給する入力エネルギを計算するようになすことは、当業者が周知技術に基づいて容易に想到し得たことである。

 

 

・裁判所の判断(進歩性あり)

 周知例1ないし3には,印刷媒体の温度に基づいて,サーマルヘッド(本願発明の「プリントヘッド要素」に相当する。)への印加エネルギ(同様に「入力エネルギ」に相当する。)を補正することは記載されている。

 この補正は印刷媒体の温度に基づいて補正されるべきエネルギを計算するものである。

 しかし,プリントヘッド要素の現在の温度を予測するのに際して印刷媒体の温度を考慮することは何ら記載も示唆もされていない。

 また,引用例には,周囲温度及びプリントヘッド要素に以前に提供されたエネルギに基づいてプリントヘッド要素の現在の温度を予測するという引用発明を上位概念化して捉えることを着想させるような記載はない。

 したがって,引用発明に周知例1ないし3記載の周知の技術事項を適用しても,当業者が相違点に係る本願発明の構成を容易に想到することができたとはいえない。

 

【所感】

判決は妥当である。

審決は、(本願発明)印刷媒体の温度→プリントヘッド要素の温度→入力エネルギ算出

に対し、(引用発明+周知例)印刷媒体の温度→入力エネルギ算出

までしか論理づけができておらず、その判断は失当である。

 

つまり、【(入力エネルギの決定に)「Ta’=Ta+f(Tm)を用いること」は、本願発明の「『プリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度』に基づいて『プリントヘッド素子の温度を予測する』」ことに相当する。】との審決による認定は、論理が飛躍している。