炭化方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2012.1.31
事件番号 H23(ネ)10031
発明の名称 炭化方法
キーワード 技術的範囲の属否
事案の内容 原告が、被告に対し、差止請求等を行い、請求が認められなかった事案。
甲94の実験においては,倍率100倍・1000倍・5000倍)で観察したものにすぎず,ベントナイトの粒子の大きさが0.005~0.2μm と微細であること(甲37)なども考慮すると,被膜の状態を特定するまでには至っていないものと解されると判示された点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第3364065号(登録日:2002年10月25日)

(2)出願番号:特願平7-252462(出願日:1995年9月29日)

(3)特許請求の範囲(構成要件の分説)

A 可燃物あるいは可燃物を含む材料を出発原料とし,

該出発原料に水を添加し,もしくは添加しないで出発原料の水分量を所要量に調整し,該出発原料とベントナイトを含む無機質粘結材とを混練して原料の表面を該無機質粘結材で被覆して,

C 該原料を,大気に開放された筒状の炉部を有する炭化炉の該炉部内を,該炉部の一端側にある投入口側から他端側にある排出口側へ送り,該原料の送り方向とは反対方向から着火させ,前記投入口側で乾燥させ,

D 前記排出口側で,前記無機質粘結材が被覆されていることにより酸化を抑制しつつ焼成して,前記可燃物を炭化させること

E を特徴とする炭化方法。

(4)本件特許の特許請求の範囲等の訂正

本件訂正のうち,本件特許の請求項1に係る部分は,次のとおりである。

(ア) 「反対方向から着火させ,」を「反対方向から,原料のガス成分に着火および燃焼させ,」と訂正する。

(イ) 「投入口側で乾燥させ」を「投入口側で原料を乾燥させ」と訂正する。

(ウ) 「酸化を抑制しつつ」を「可燃物の酸化を抑制しつつ」と訂正する。

 

 

【原審の判断】(平成21年(ワ)第19013号:東京地方裁判所)

【争点】

(1)被告カーボテックによるセラミック炭の製造方法(以下「被告製造方法」という。)が本件特許発明の技術的範囲に含まれるか。

 被告製造方法においては,可燃物である原料の表面が無機質粘結材で被覆され,そのことによって酸化を抑制しつつ焼成して,前記可燃物を炭化させているか(構成要件B及びDの充足性)。

(2)他の争点は省略

 

【争点に対する判断】

(3) 構成要件B及びDについて

ア 構成要件B及びDの技術的意義について

構成要件B及びDの「該出発原料とベントナイトを含む無機質粘結材とを混練して原料の表面を該無機質粘結材で被覆して」,「前記無機質粘結材が被覆されていることにより酸化を抑制しつつ焼成して,前記可燃物を炭化させること」に関する本件明細書の記載は,以下のとおりである。(以下、略)

 

b このように,炭化させるためには,酸素の供給を遮断し,又は酸素の供給を少なくする必要があるところ,前記第2の1(争いのない事実等)(2)アの本件特許発明に係る特許請求の範囲の記載及び前記(ア)の本件明細書の記載からすれば,本件特許発明における炭化は,炭化炉内への酸素の供給を抑制することによって酸化を抑制して炭化する従来の炭化方法とは異なり,炭化炉内には酸素は供給されるものの,原料をベントナイトを含む無機質粘結材で被覆することによって酸化を抑制しつつ,他方で,原料をベントナイトを含む無機質粘結材で被覆した状態であっても,主として原料のガス成分を燃焼させることによって原料の可燃物を炭化させるものであると認められる。

そして,このような本件特許発明における炭化方法の特徴並びに前記(イ)及び(ウ)の本件特許の出願過程や特許無効審判において提出された意見書の記載からすれば,本件特許発明における,原料の表面をベントナイトを含む無機質粘結材で被覆するとは,単に原料の表面の一部分のみが被覆される程度では足りず,被覆されることによって,炭化炉内に酸素が供給された状態であっても酸化を抑制して炭化させることができる程度に原料の表面を覆っていることが必要である反面,原料に着火させ,原料のガス成分を燃焼させることができる程度には原料の表面を覆わない部分が存在することを意味するものと解される。

なお,被告らは,「混練して…被覆」するとは,原料の表面全体にベントナイトを含む無機質粘結材がコーティングされ,原料の表面全体が完全に被覆されていることを意味すると主張する。

しかしながら,原料のガス成分を燃焼させるためには,原料の表面にベントナイトを含む無機質粘結材で覆われていない部分が存在することが必要であるから,被告らの主張は,理由がない。

 

イ 被告製造方法について

(ア) 被告製造方法において,原料である木質チップに対するベントナイトの実際の付着又は被覆の状態を示す証拠は,被告カーボテックの写真撮影報告書(乙10)のみであるところ,当該写真撮影報告書に添付された写真のみでは,前記アの本件特許発明にいう「被覆」された状態,すなわち,炭化炉内に酸素が供給された状態であっても酸化を抑制して炭化させることができる程度に原料表面を覆っている反面,原料に着火させ,原料のガス成分を燃焼させることができる程度には原料の表面を覆わない部分が存在する状態であるか否かを判別することはできない。なお,原告は,ベントナイトの粒子の大きさが0.005~0.2μmである(甲37)のに対し,光学顕微鏡の分解能の限界は0.24μmであること(甲38)から,当該写真撮影報告書の写真をもって,被告らが主張する「付着」された状態であるということはできないと主張し,上記甲号証によれば原告の主張はその限りで理由があると認められる。しかし,他方,原告らが主張するのと同様の理由により,当該写真をもって,ベントナイトが「被覆」されていると認めることもできない。(以下、略)

 

 

(イ) 原告らの主張について

a 原告らは,被告製造方法において,原料表面が手で触ってヌルヌルする程度になっているということは,原料表面にベントナイトが被覆されていることにほかならず,また,被告製造方法におけるベントナイトの混合量は,ベントナイトを木質チップの表面に被覆させるのに十分な量であると主張する。

しかしながら,本件各証拠に照らしても,原料の表面が手で触ってヌルヌルする程度であることが,原料の表面がベントナイトによって被覆されており,それによって酸化が抑制されていることを裏付ける根拠となると認めることはできない。

そして,ベントナイトの混合量についても,本件明細書には,ベントナイトを含む無機質粘結材の混合量についての記載はない。(以下、略)

 

(4) 小括

以上のとおり,被告製造方法が本件特許発明の技術的範囲に属するものと認めることはできない。

したがって,被告カーボテックが被告カーボテック装置並びにハイモックス及びセラミック炭を製造・販売することが,それぞれ本件特許権の間接侵害又は侵害に当たるものと認めることはできない。

 

 

【当裁判所の判断】

当裁判所は,本件控訴はいずれも理由がなく棄却すべきものと判断する。(中略)

(ア) A准教授の試験結果等について

原告らは,A准教授の試験結果(甲86,94),長野県工業技術総合センターの試験結果(甲87)及び被告カーボテック提出の「工程説明書」(乙9)により,被告製造方法における被覆の状態は,炭化炉内に酸素が供給された状態であっても酸化を抑制して炭化させることができる程度に原料の表面を覆っているとともに,原料に着火させ,原料のガス成分を燃焼することができる程度には原料の表面を覆わない部分が存在することを確認できると主張する。しかし,原告らの上記主張は採用することができない。

すなわち,被告カーボテックにおいては,被告製造方法を実施するに当たり,木質チップ1㎥当たりベントナイト(カサネン工業株式会社製,商品名「出雲ベントナイト」)50㎏を,ミキサーで約5分間回転させながら散水し混合して原料を作成し,これを開放型回転式キルンで乾燥及び焼成し,炭化させるものと認められる(乙2,9,10,弁論の全趣旨)。

これに対し,A准教授の実験は,ビーカー内の木材チップ(代表長さ3~10㎜)約10ml にベントナイト粉末(甲86の実験において使用されたベントナイトの種類は不明。甲94の実験においては,カサネン工業株式会社製「出雲ベントナイト」を使用。)0.50g を添加し,霧吹きを用いて蒸留水を適量吹きかけながら,薬匙を用いて上記木材チップとベントナイトを均一に混合した後,濡れた状態の木材チップ数片をサンプルとして取り出し,それぞれのサンプルについて光学顕微鏡を用いて表面状態を観察し,さらに,上記木材チップをシャーレに取り出して,95℃の乾燥機で一昼夜乾燥させた上で,光学顕微鏡ないし走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて表面状態を観察したものである。

上記によれば,A准教授の実験は,木材チップ約10ml に対し,ベントナイト0.50g という少量の試料について,ビーカー内において,霧吹きを用いて蒸留水を適量吹きかけながら,薬匙を用いて上記木材チップとベントナイトを均一に混合したり,上記木材チップをシャーレに取り出して,95℃の乾燥機で一昼夜乾燥させるなど,上記被告製造方法とは大きく異なる条件の下でなされたものといえる。また,その観察方法についてみても,上記方法で作成された試料の一部分を光学顕微鏡ないし走査型電子顕微鏡(SEM)(甲86の実験においては,倍率200倍・1000倍・5000倍,甲94の実験においては,倍率100倍・1000倍・5000倍)で観察したものにすぎず,ベントナイトの粒子の大きさが0.005~0.2μm と微細であること(甲37)なども考慮すると,被膜の状態を特定するまでには至っていないものと解される。

 

(中略)

以上のとおりであり,被告製造方法は,本件特許発明の構成要件B及びDを充足すると認めることはできない。

 

2 結論

以上のとおり,本件控訴は,いずれも理由がない。その他,原告らは,縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。よって,主文のとおり判決する。

 

【感想】

 特許権侵害訴訟では、被告の製品(方法)が特許発明の構成要件を充足しているかどうかを特許権者が立証する必要がある。

 方法の発明の構成要件中において、成分割合等の立証が難しいと考えられる構成要件(本事案では、「原料の表面を該無機質粘結材で被覆して、」)は、予め測定方法や観察方法等の立証方法を明細書中に記載しておくべきである。

 本事案では、例えば、「原料に対するベンナイトの混合割合」が明細書中に例示してあれば、明細書中の混合割合をもとに、被告の実施方法において「原料の表面をベンナイトが被覆」しているか否かが判断されたかもしれない。

(発表後の所内での感想)

 特許権者側は、SEM写真での立証では不十分であり請求不成立となったが、東京地裁の「被覆」の解釈からすると、SEM写真ではなく被告の製品(方法)においても、原料とベンナイトを混合し、生成物が炭化されているため、被告の製品(方法)は特許権を侵害する旨を主張すれば、請求が認められたかも知れない。