渡り通路の目地装置事件

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判決日 2012.05.17
事件番号 H23(ワ)8405
担当部 大阪地方裁判所第26民事部
発明の名称 渡り通路の目地装置
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 特許権者と独占的通常実施権者による、差止請求・損害賠償請求事件。原告らの請求は棄却された。
「取付け」という言葉を用いられた構成につき、間隔の空いた状態で設置された被告製品が充足するか争われた。「取付け」という用語の通常の意味での解釈のあと、明細書の記載が参酌され、スライド側壁と目地部側の側壁とが接触しない構成の場合、何をもってスライド側壁が目地部側の側壁に取付けられているといえるのか具体的な説明はない、と判示された点がポイント。

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【原告の特許】

(1)特許番号:2906374号

(2)発明の名称:渡り通路の目地装置

(3)出願日:平成8年2月13日

(4)登録日:平成11年4月2日

(5)特許請求の範囲(本件特許発明1:請求項1の分説)(注:下線部が争点)

A 一方の建物の外部通路の外壁に形成された渡り通路用開口部と、

B この渡り通路用開口部と目地部を介して連通するように他方の建物より突出するように設けられた渡り通路と、

C この渡り通路の目地部側端部の床面上に一端部が前後方向にスライド移動可能に支持され、他端部が前記渡り通路用開口部の床面に左右方向にスライド移動可能に取付けられた目地プレートと、

D 前記渡り通路の目地部側の側壁に一端部が前後方向にスライド移動可能にそれぞれ取付けられ、他端部が前記渡り通路用開口部が形成された外壁に左右方向にスライド移動可能に取付けられた一対のスライド側壁

E とからなることを特徴とする渡り通路の目地装置。

 

【被告製品の構成】

以下の渡り通路用免震エキスパンションジョイント。

1 隙間1を介した建物2と建物3がある。

2 建物2の屋外部4の外壁5には幅約2メートルの開放部分6がある。

3 開放部分6の両脇の床面及び外壁には、直角に切り取られた半凹部7a、7bが設けられている。

4 建物3には建物2側へ向けて突き出た通路8が設けられている。

5 建物3の通路8の隙間1側の床面は凹状となっており、この凹状の床面上の隙間1側に通路状のボード9が置かれている。ボード9は、隙間1を覆い、建物2の開放部分6を経て建物2の屋外部4に通じている。

6 建物2の開放部分6の両脇の半凹部7と、建物3の通路8の側壁9a、9bの内側との間を直角にそれぞれ覆う、一対の手摺10a、10bが設けられている。

7 手摺10a、10bの建物2側の下枠11が半凹部7a、7bに設置されており、ボード9の建物2側の端部は下枠11に噛み合う形で半凹状に切り取られて下枠11を覆っている。

8 手摺10a、10bの建物3側の下枠12a、12bは、ボード9の両端部上の通路8の側壁9a、9bに近接した位置に設置されている。

※なお、被告製品の手摺10a及び10b(本件特許発明1のスライド側壁に相当)は、通路の目地部側の側壁9a及び9bに近接した状態で設置されているものの、間隔の空いた状態で設置されていることについて当事者間に争いがない。

 

【争点】被告製品は、構成要件Dを充足するか。

 

【裁判所の判断】

イ号製品は、少なくとも本件特許発明1の構成要件Dを充足するとは認めることができないから、本件特許発明1の技術的範囲に属するということはできない。以下、詳述する。

 

(1) 本件特許発明1の技術的範囲(構成要件D)の解釈について

ア 本件特許発明1の【特許請求の範囲】の記載中「取付け」の意味について

原告らは、「取付ける」とは、「特定の目的のためにある物件を備え付けること」をいうものであり、「接着」することをいうものではなく、イ号製品のスライド側壁(手摺10a 及び10b)は、通路の目地部側の側壁(側壁9a 及び9b)に近接した場所に設置されているから、本件特許発明1の構成要件Dを充足する旨主張する(上記第3の1【原告らの主張】)。

そこで検討すると、一般に、「取付ける」とは、「機器などを一定の場所に設置したり他の物に装置したりする」ことをいうものと解されるから、他の物と間隔の空いた状態で設置された物について、他の物に「取付けられた」ということは困難である。他に当業者が別の意義を有するものと解釈するなどと認めるに足りる証拠もない。

そうすると、構成要件Dの「側壁に‥‥取付けられ」という用語を通常の意味で解釈すると、「側壁」と間隔の空いた状態で設置された物は、仮に近接した状態で置かれていたとしても、「側壁に‥‥取付けられ」た物ということはできないと解される。

 

イ 本件特許1に係る明細書の【発明の詳細な説明】の記載について

上記明細書(以下「本件明細書」という。)には、「取付け」の意義に関する説明は見当たらないものの、以下の記載がある(甲1)。

(ア) 本件明細書には、本件特許発明1の第1の実施の形態として、図1ないし図9が記載されている。このうち図1ないし図3は、以下のとおりである。

また、上記実施例に関する説明として、以下の記載がある。

「【0013】15、15は前記渡り通路用開口部1が形成された両端部の外壁4、4と、前記渡り通路5の目地部6側の側壁16、16との間をほぼ直角に覆う一対のスライド側壁で、この一対のスライド側壁15、15は前記外壁4、4および側壁16、16の端部を覆うことができるように断面コ字状に形成されかつ全体をほぼ直角になるように形成されたスライド側壁本体17、17と、このスライド側壁本体17、17の両端部寄りの内壁面に取付けられた前記外壁4、4および側壁16、16の上面を移動するローラー18、18とで構成されている。」

 

(イ) 他方において、本件明細書には、本件特許発明1の第6の実施の形態として、以下の図22ないし図24が記載されている。

また、上記実施例に関する説明として、以下の記載がある。

「【0022】図22ないし図24の本発明の第6の実施の形態において、前記本発明の第5の実施の形態と主に異なる点は渡り通路5の目地部6側の床面上に目地プレート12を位置させるとともに、側壁16、16の内壁面にスライド側壁15D、15Dを位置させて前後方向にスライド移動可能に取付けた点で、このように構成した渡り通路の目地装置21Eにしても、前記本発明の第5の実施の形態と同様な作用効果が得られる。なお、目地プレート12は渡り通路5の床面上に前後方向にスライド移動可能に位置させただけでもよく、あるいは目地プレート12と渡り通路5の床面との間に小さなローラーを複数個介装させてもよい。」

 

(ウ) 上記各記載について検討すると、まず、上記(ア)の第1の実施形態に係るスライド側壁は、目地部側の側壁の端部を覆うことができるように断面コ字状に形成されたスライド側壁本体17と、このスライド側壁本体の両端部寄りの内壁面に取付けられた、側壁16の上面を移動するローラー18とで構成されているものである。これは、スライド側壁を目地部側の側壁と間隔を空けずに構成したものであって、上記アのとおり、本件特許発明1の構成要件Dについて、通常の意味のとおり解釈した場合における、本件特許発明の技術的範囲に属する実施例を開示したものである。

これに対し、上記(イ)の第6の実施形態に係るスライド側壁は、目地部側の側壁の内壁面に「位置させて前後方向にスライド移動可能に取付けた」ものとされている。しかしながら、上記図22ないし図24によっても、イ号製品のスライド側壁(手摺10a 及び10b)及び通路の目地部側の側壁(側壁9a 及び9b)とは異なり、スライド側壁と目地部側の側壁とが接触しているか否かが判然としない。目地プレート12と一体となったスライド側壁15が、渡り通路5の側壁16で囲まれた空間に嵌合しているものとみることが可能であり、その場合は、スライド側壁を側壁に取付けたということもできる。

しかし、仮に、上記実施例についてスライド側壁と目地部側の側壁とが接触しない構成を説明したものであると解釈する場合、何をもってスライド側壁15が側壁16に取付けられているといえるのか、本件明細書には具体的な説明はなく、この構成について本件特許発明1の技術的範囲に属する構成として開示したと解することはできない。

 

ウ 本件特許発明1の技術的範囲(構成要件D)の解釈について

上記ア及びイで検討したところによれば、少なくとも「側壁」と間隔の空いた状態で設置された物は、近接した状態で設置されていたとしても、構成要件Dの「側壁に‥‥取付けられ」の構成を充足するということは、特許請求の範囲に係る文言解釈上、できない。

 

(2) イ号製品の構成について

イ号製品のスライド側壁(手摺10a及び10b)は、通路の目地部側の側壁(9a及び9b)に近接した状態で設置されているものの、間隔の空いた状態で設置されていることについて当事者間に争いがない。そうすると、イ号製品のスライド側壁(手摺10a及び10b)が本件特許発明1の構成要件Dの「側壁に‥‥取付けられ」たという要件を充足するものであるとは認められない。

 

2 争点2(ハ号製品は,本件特許発明2の技術的範囲に属するか)について

~省略~

 

【結論】以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求にはいずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。

 

【所感】

争い方を変えれば、イ号製品は本件特許発明1の構成要件を充足するとされた余地があったのではないかと感じた。

 

(1)本件特許発明1の構成要件Dは、言葉の掛りの解釈によっては以下のように読むこともできると思われる。構成要件Dをこのように解釈した場合、スライド側壁は目地装置に取り付けられていれば良いため上記裁判所の判断とは異なる結果が期待できると思われる。

・スライド側壁は、前記渡り通路の目地部側の側壁に一端部が前後方向にスライド移動可能とされている

・スライド側壁は、他端部が前記渡り通路用開口部が形成された外壁に左右方向にスライド移動可能とされている

・スライド側壁は、目地装置に取り付けられている

 

(2)段落0022の「図22ないし図24の本発明の第6の実施の形態において、前記本発明の第5の実施の形態と主に異なる点は渡り通路5の目地部6側の床面上に目地プレート12を位置させるとともに、側壁16、16の内壁面にスライド側壁15D、15Dを位置させて前後方向にスライド移動可能に取付けた点…」との記載からすれば、「位置させる」ことも「取り付け」の一態様であると読み取る余地があるのではないかと思われる。