液体インク収納容器,液体インク供給システム事件

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判決日 2012.10.30
事件番号 H23(ワ)24355
担当部 東京地裁民事第46部
発明の名称 液体インク収納容器,液体インク供給システムおよび液体インク収納カートリッジ
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 特許権侵害差止等請求事件において、原告の請求が認容された事案。
本件訂正発明における「光」には、「赤外光」も含まれると判断された点、及び、米国特許商標庁審査官の許可理由に基づく被疑侵害者側の主張が採用されなかった点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第3793216号

(2)登録日:平成18年4月14日

(3)特許請求の範囲

(本件訂正発明1)(請求項1の分説)

1A1 複数の液体インク収納容器を搭載して移動するキャリッジと,

1A2 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,

1A3 前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え,該受光手段で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,

1A4 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し,

1A5 前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置の

1A6 前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において,

1B 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,

1C 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と,

1D 前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と,

1E 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部と,

1F を有することを特徴とする液体インク収納容器。

(下線の構成要件が争点)

 

【争点】

1.直接侵害の成否

 構成要件1A3,1A5,1D及び1Eの充足性

2.間接侵害の成否(101条2号)(略)

3.権利行使制限の抗弁の成否(104条の3第1項)(略)

 

【東京地裁の判断】

1 争点1(被告各製品の本件訂正発明1の技術的範囲の属否)について

(1) 被告各製品の構造等

~略~

被告各製品が本件訂正発明1の構成要件1A1,1A2,1A4,1A6,1B及び1Cを充足することは,前記争いのない事実等(4)イ(イ)のとおりであり,また,被告各製品は,「液体インク収納容器」であるから,構成要件1Fを充足する。

 

(2) 被告各製品についての構成要件1A3,1A5,1D及び1Eの充足性

前記(1)認定の被告各製品の構造によれば,被告各製品は,原告製プリンタに設置された受光手段に投光するための赤外線を発する発光部(LED)を有している。

原告は,本件訂正発明1の「光」は赤外線を含むものと解すべきであり,本件訂正発明1の「発光部」(構成要件1A3,1A5,1D及び1E)は,赤外線を発する構成のものも含まれるから,被告各製品の発光部は本件訂正発明1の「発光部」に該当し,被告各製品は,構成要件1A3,1A5,1D及び1Eを充足する旨主張する。

そこで,まず,本件訂正発明1の「光」は赤外線を含むものと解すべきかどうかについて判断し,その上で,被告各製品が構成要件1A3,1A5,1D及び1Eを充足するかどうかについて判断することとする。

 

ア 本件訂正発明1の「光」について

(ア) 特許請求の範囲の記載

~略~

(イ) 本件訂正明細書の記載事項

~略~

(ウ) 検討

本件訂正発明1の特許請求の範囲(本件訂正後の請求項1)の記載中には,「前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部」との記載があり,「発光部」が発光する「光」は,「受光手段に投光するための光」であると規定しているが,この「光」を特定の領域の波長に限定したり,可視光に限定する旨の文言は存在しない。

 加えて,甲18(岩波理化学辞典(第5版))に,「光」は,「可視光線に限定することもあるが,ふつうは紫外線,赤外線をあわせ波長が約1nm~1mmの範囲にある電磁波を光とよぶ。」との記載があること,本件訂正明細書(甲24)の「発明の詳細な説明」中には,本件訂正後の請求項1の「光」の用語を定義する記載や,この用語を普通の意味とは異なる特定の意味で使用することを説明した記載がないことに照らすならば,本件訂正後の請求項1の「光」は,その文理上,可視光に限定されるものではなく,赤外線を含むものと解される。

 

次に,本件訂正後の請求項1の文言,前記(イ)の本件訂正明細書の「発明な詳細の説明」の記載事項及び各図面を総合すれば,本件訂正明細書には,

《1》従来,キャリッジに複数のインクタンクを搭載して使用する記憶装置としてのプリンタにおいては,インクタンクの誤装着を防止するために搭載位置を特定する構成として,インク色に対応するインクタンクの搭載位置を定めた上,搭載部とインクタンクが係合する相互の形状を搭載位置ごとに異ならせ,他のインク色のインクタンクが装着できないようにする構成や,インクタンクの電気接点とキャリッジ等の搭載位置における本体側の電気接点とが接続して形成される回路の信号線を,搭載位置ごとに個別のものとし,この個別の信号線を用いてインクタンクからインク色情報を読み出し,インクタンクが正しい位置に装着されているか否かを検出する構成が提案されていたが,これらの構成では,インク色ごとに異なる形状のインクタンクを製造したり,信号線の配線数を増す必要があり,コスト増の要因となるなどの課題があったこと,

《2》一方で,信号線の配線数を削減するための配線方式としては,複数のインクタンクと記録装置との間に共通の信号配線を用いる共通バス接続方式が有効であるが,共通バス接続方式を採用した場合,全てのインクタンクからの信号が共通の信号配線で送信されてくるため,インクタンクからの信号を受信しただけでは当該インクタンクがキャリッジ内に装着されていることを検出することはできても,その搭載位置を特定することができず,それが正しい搭載位置に装着されているか否かを検出できないという課題があったこと,

《3》本件訂正発明1は,共通バス接続方式を採用しながらも,各インクタンクがインク色に応じてキャリッジの所定の位置に正しく装着されているか否かを検出することを目的とし,上記課題を解決するための手段として,キャリッジに搭載された複数のインクタンクにそれぞれのインク色情報を保持可能な情報部と,本体側の記憶装置に設けられた受光部に投光するための光を発光する発光部と,その発光を制御する制御部とを設け,インクタンクが受光部に対向する位置で発光する場合には受光部が受光できるようにし,キャリッジを相対移動させることにより,所定の位置で各インクタンクと受光部とを対向させ,本来装着されるべき位置のインク色のインクタンクを順次発光させ,受光部が受光できたときは当該インク色のインクタンクが本来の正しい搭載位置に装着されていると判断し,受光部が受光できなかったときは受光部に対向する位置には誤ったインク色のインクタンクが装着されていると判断するという「光照合処理」(前記(イ)i)の方法を採用することにより,共通バス接続方式を採用しつつインクタンクの装着位置の誤りを検出するという作用効果を奏するようにした点に技術的意義があることが開示されているものと認められる。

そして,上記「光照合処理」は,インクタンクの発光部が発する光が赤外線であっても行うことができること(甲3ないし12)からすると,本件訂正発明1の上記技術的意義に鑑みても,本件訂正発明1の「光」から赤外線を除外すべき理由はない。

 

以上によれば,本件訂正発明1の「光」は,原告が主張するとおり,赤外線を含むものと解すべきである。

 

(エ) 被告の主張に対する判断

被告は,

《1》本件訂正明細書の「発明の詳細な説明」の記載及び図面を参酌すれば,本件訂正発明1の「光」は,ユーザが発光部の発光を認識できる可視光にのみ限定して解釈すべきであること,

《2》原告は,本件前訴において,本件訂正発明1(本件訂正後の請求項1)の「光」は,可視光を意味するとの主張を繰り返し行っていたにもかかわらず,本訴において,この「光」に赤外線も含まれると主張することは,禁反言の法理に反し,許されないこと,

《3》当業者である米国特許商標庁審査官は,本件訂正発明1の「光」は可視光に限定されると認識していたことを理由に(以下,それぞれを「被告の主張《1》」などという。),本件訂正発明1の「光」は,可視光に限定して解釈すべきであり,赤外線は含まれない旨主張する。

しかしながら,被告の主張は,以下のとおり理由がない。

 

a 被告の主張《1》について

被告は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の各記載及び図面には,本件各訂正発明は,インクタンクの搭載位置のユーザへの「報知」を「発光手段」で行い,そのインクタンクの搭載位置を特定するための「発光手段」としてLEDなどの「表示器」を用い,「表示器」の「発光」によりインクタンクの搭載位置を「ユーザ」に「認識」させ,「ユーザ」に対してインクタンクを正しい位置に再装着することを促す処理を行うものであることが開示されまた,本件訂正明細書に開示された本件各訂正発明の実施例は,全て可視光を用いた実施例であって,不可視光を用いた実施例の記載がないことを参酌すると,本件訂正発明1の「光」とは,インクタンクの搭載位置を「ユーザ」に知らせること(「報知」)を可能にすべく,LEDなどの「表示器」によって発光され,かつ,「ユーザ」がその発光を「認識」できる「可視光」のみに限定して解釈すべきである旨主張する。

しかしながら,本件訂正発明1の特許請求の範囲(本件訂正後の請求項1)には,「前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置」との記載はあるが,「液体インク収納容器」の「発光部」が発光する「光」をユーザに認識させることにより,「液体インク収納容器の搭載位置」をユーザへ報知することを規定した明示の記載や,これを規定したことをうかがわせる記載はない。

もっとも,被告が指摘する本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面中には,「本発明」の実施例として,インクタンクに設けられたLEDなどの表示器の可視光を発生する発光部が発光することにより,記録装置側は受光部の受光内容からインクタンクに係る所定の情報(装着状態の良否,装着位置の適否,インクの残量等)を認識することが可能となるだけでなく,ユーザがその発光状態を目視することによりインクタンクに係る所定の情報を認識することが可能となり,ユーザに上記情報を直接提示することが可能となることが開示されているが(例えば,前記(イ)f,図3(別紙明細書図面参照)等),上記のとおり,本件訂正後の請求項1には,「発光部」が発光する「光」により「液体インク収納容器の搭載位置」をユーザへ報知することを規定した記載はないことに照らすと本件訂正発明1の「液体インク収納容器」の「発光部」は,上記実施例のように,インクタンクの発光部が記録装置に対する当該インクタンクに係る所定の情報の提供の提示とユーザに対する上記情報の提供の直接提示(報知)の両方を兼用する構成のものに限定されるものと解すべき理由はなく,上記実施例(本件訂正明細書記載の他の同様の実施例を含む。)は,本件訂正発明1の一実施態様を説明したにすぎないものといわざるを得ない。また,本件訂正明細書には,「発明の効果」(前記(イ)e)として,「例えばキャリッジに搭載された複数のインクタンクについて,その移動に伴い所定の位置で順次その発光部を発光させるとともに,上記所定の位置での発光を検出するようにすることにより,発光が検出されないインクタンクは誤った位置に搭載されていることを認識できる。これにより,例えば,ユーザに対してインクタンクを正しい位置に再装着することを促す処理をすることができ,結果として,インクタンクごとにその搭載位置を特定することができる。」(段落【0019】)との記載があり,「ユーザに対してインクタンクを正しい位置に再装着することを促す処理」をできることが示されているが,このユーザに対する「促す処理」の手法がインクタンクの「発光部」それ自体によってされなければならないとする記載はなく,一般的に知られているプリンタと接続したPC(パソコン)を介してそのモニタ上で確認する手法(段落【0002】)や,プリンタ本体の表示器(段落【0068】)などで表示する手法が除外されるべき理由はない。

さらに,被告は,「表示」とは,「はっきり表に現れた形で示すこと」をいうから(乙16),LEDなどの「表示器」がユーザに報知するために行う「発光」が可視光を発することを意味することは自明であり,また,本件訂正後の請求項1には「光らす」との記載があるところ,「光る」とは「ぴかっと光を放つ。」の意であり(広辞苑(第五版)),不可視光が「ぴかっと光を放つ。」わけはないから,特許請求の範囲の記載自体からも「光」が可視光のみを意味する旨主張するが,いずれも独自の見解であって,採用することはできない(なお,広辞苑(第六版)には,「光」とは,「目に感ずる明るさ。目を刺激して視覚を起こさせる物理的原因。その本質は可視光線を主に赤外線・紫外線をふくめ,波長が約1ナノメートルから1ミリメートルの電磁波。」を意味するとの記載があり,「光」には,可視光線以外の赤外線が含まれることが示されている。)。

したがって,被告の上記主張は,理由がない。

 

b 被告の主張《2》について

(a) 被告は,原告は,本件前訴において,訴状,平成21年2月26日付け「原告第1主張書面」,同年5月18日付け「原告第2準備書面」,同年7月31日付け「原告第3準備書面」,同年9月16日付け「原告第4準備書面」及び同年10月9日付け「原告第5準備書面をもって,前訴被告製品との対比とは関係なく,本件特許の有効性を議論する中で,設定登録時の請求項1あるいは本件訂正後の請求項1の「光」とは,可視光を意味するとの主張を繰り返し行っていたにもかかわらず,本訴において,本件訂正後の請求項1の「光」に赤外線も含まれると主張することは,禁反言の法理に照らし,許されない旨主張する。

しかしながら,まず,被告が指摘する本件前訴の訴状の記載箇所は,本件訂正前の明細書(甲2)記載のインクタンクの発光部が可視光を発する実施例の記載に基づいて,設定登録時の請求項1及び5に係る各発明を利用する態様を説明したものであり,その中には,インクタンクの発光部の制御(発光,点滅)によりユーザー(ユーザ)に対してインクタンクの情報を分かりやすく提供することを可能にした旨の記載があるが,上記記載箇所の文言から,設定登録時の請求項1及び5の「光」の用語を可視光に限定する趣旨を明示したことを読み取ることはできないし,また,前訴被告製品は,上記実施例と同様に,可視光を発するインクタンクであったこと(争いがない。)に照らすならば,上記記載をもって,そのような限定解釈をすべきことを原告が主張したものと解することはできない。

次に,被告が指摘する「原告第1主張書面」ないし「原告第5準備書面」の記載箇所は,被告が本件前訴で主張した本件特許の無効理由に対する原告の反論が記載された部分であり,その中には,設定登録時の請求項1及び5に係る各発明あるいは本件各訂正発明が,被告主張の引用文献記載の発明とは異なり,インクタンクの位置情報等をインクタンク自体の発光によってユーザーに直接的に通知するという機能を可能とした旨の記載や,ユーザーへの報知も発光部によって実現する機能を有している旨の記載がある。例えば,「原告第3準備書面」(乙6)中には,「乙第11号証と乙第12号証」(本訴乙29及び30)は,「いずれも,インクタンクに設けた標識手段を光学的に読み取る技術を開示している。」,「光の使用という点だけが共通点であって,インクタンクには何らの電気的な制御も行われない。本件特許発明では,インクタンクとバス接続し,インクタンクの状態を把握するなどの高度の制御を実現しつつ,その配線と制御機能に,発光/受光部を加えることによって,インクタンクの誤装着検知を行い,さらにユーザーへの報知も発光部によって実現するという一連の機能を可能にしている。」(以上,26頁12行~19行)との記載がある。

他方で,「原告第3準備書面」(乙6)中には,「訂正請求項1及び3において明記されたように,インクタンクに発光手段を設け,キャリッジに搭載されて移動するインクタンクと対向し,インクタンクの発光を受光し得る(必要な強度で受光し得る)位置に受光手段を設ける。キャリッジが移動すると,各インクタンクと受光手段の位置関係が変動するので,例えば,各インクタンクが,受光手段の正面に来たときに発光させるようにすると,予定どおりに発光されたインクタンクは,正しい位置に取り付けられていること及び発光機能が正常であることが確認される。予定どおりに受光しない場合には,当該インクタンクの発光機能が故障しているか,または,装着位置が誤っていることが認識される。何らかの異常が検知された場合には,利用者に報知し,印刷を開始する前に,インクタンクの発光機能や装着状態を正常のものとすることができる。」(9頁6行~17行),「この手段を設けることによって,構造が簡易で安価なバス接続を使用する利益を享受しながら,あたかも全部のインクタンクにつき個別の配線を設けたのと同じように,インクタンクの位置を含む情報を取得し,かつ,発光などの動作を制御することができるようになった。」(9頁18行~21行),「このように,多様な利用価値を有しているけれども,本件特許発明の構成が備える最も重要な機能は,各インクタンクを所定の位置(例えば受光手段の正面位置)で発光させることにより,インクタンクが正しい位置に搭載され,かつ正しく機能していることを確認できることである。この本件特許発明の特徴は,被告引用のいずれの公知文献にも記載されておらず,また,どのように公知文献を組み合せても到達できるものではない。」(9頁末行~10頁5行)との記載部分があり,これらの記載部分に照らすならば,原告は,本件前訴において,「本件特許発明の構成が備える最も重要な機能」は,「各インクタンクを所定の位置(例えば受光手段の正面位置)で発光させることにより,インクタンクが正しい位置に搭載され,かつ正しく機能していることを確認できること」,すなわち,「光照合処理」(前記(ウ)b)を採用した点にあり,この点が,設定登録時の請求項1及び5に係る各発明あるいは本件各訂正発明と被告主張の引用文献記載の発明との最も重要な相違点であると主張していたものと認められ,「ユーザーへの報知も発光部によって実現する機能」は,「多様な利用価値」の一つとして付随的な相違点として主張していたにすぎないものとうかがわれる。

したがって,被告が指摘する「原告第1主張書面」ないし「原告第5準備書面」の記載箇所をもって,原告が,本件前訴において,本件訂正後の請求項1及び3の「光」の用語を可視光に限定して解釈すべきことを明示していたということはできないし,また,このような限定解釈を前提に被告が本件前訴で主張した本件特許の無効理由を回避しようとしたということもできない。

 以上によれば,原告が本訴において本件訂正後の請求項1の「光」に赤外線も含まれると主張することは禁反言の法理に照らし許されないとの被告の上記主張は,理由がない。

 

(b) また,被告は,原告が,本件前訴において,「本件特許発明の作用効果」としてユーザへの可視光による報知を一貫して主張しておきながら,前訴和解の成立後に,かかる作用効果を奏さない被告各製品も本件訂正発明1の技術的範囲に属すると主張することは,前訴和解の成立の経緯からも,禁反言の法理及び信義則に反する旨主張する。しかしながら,前記(a)で述べたのと同様の理由により,被告の上記主張は理由がない。

 

c 被告の主張《3》について

被告は,当業者というべき米国特許商標庁審査官は,米国715発明の特許出願の審査手続においてした特許許可通知(乙21の1)の許可理由中で,本件特許の関連特許である米国881特許のインクタンクは可視光を利用するものと認定した上で,米国881特許を含む先行技術は,非可視光を利用する発明を含まず,可視光を利用するものであるから,米国715発明の請求項11に係る発明には特許性があると判断しており,このことは,当業者が,本件訂正発明1の「光」は可視光に限られるとの認識を有していることを意味する旨主張する。

しかしながら,乙21の1は,米国特許商標庁審査官が日本で成立した本件特許に係る特許発明に関する見解を示したものではないから,被告の上記主張は,採用することができない。

 

(オ) 小括

 以上のとおり,本件訂正発明1の「光」は赤外線を含むものと解すべきであるから,本件訂正発明1の「発光部」(構成要件1A3,1A5,1D及び1E)には,赤外線を発する構成のものも含まれるというべきである。

 

イ 構成要件1A3,1A5,1D及び1Eの充足性

被告各製品の発光部(LED)は,原告製プリンタに設置された受光手段に投光するための赤外線を発するものであるが,本件訂正発明1の「発光部」は,赤外線を発する構成のものも含まれるから(前記ア(オ)),本件訂正発明1の「発光部」(構成要件1A3,1A5,1D及び1E)に該当する。

そして,被告各製品を原告製プリンタに装着した場合,「光照合処理」が行われ,被告各製品がキャリッジ上の正しい搭載位置に搭載されているか否かを検出することができること(甲3ないし12)及び前記(1)の被告各製品の構造を総合すれば,被告各製品は,本件訂正発明1の構成要件1A3,1A5,1D及び1Eを充足するものと認められる。

 

(3) まとめ

 以上によれば,被告各製品は,本件訂正発明1の構成要件を全て充足するから,本件訂正発明1の技術的範囲に属するものと認められる。

 

【所感】

前訴の原告第3準備書面における「本件特許発明では,~中略~さらにユーザーへの報知も発光部によって実現するという一連の機能を可能にしている。」との権利者側の主張は、「作用効果不奏功の抗弁」を被疑侵害者側に与える余地があり、危険な主張であったと考える。なお、米国特許商標庁審査官の許可理由に基づく被疑侵害者側の主張が一切採用されなかったことは、権利者側の管理負担を考慮すると、好ましい判断であると考える。