流し台のシンク事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2011.01.10
事件番号 H22(ネ)10031
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 流し台のシンク
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 特許権侵害差止等請求事件において、原告の請求が認容された事案。
請求項の構成要件の意義を解釈するにあたって、請求項の構成要件を限定的に解釈されないための変形例的な記載が参酌され、実施例の構成や実施例に記載された効果に限定されなかった点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第3169870号

(2)出願日:平成9年11月6日

(3)登録日:平成13年3月16日

(4)特許請求の範囲(本件発明1)(請求項1の分説)

 A1 前後の壁面の,上部に上側段部が,深さ方向の中程に中側段部が形成されて,

 B1 前記上側段部および前記中側段部のいずれにも同一のプレートを,掛け渡すようにして載置できるように,前記上側段部の前後の間隔と前記中側段部の前後の間隔とがほぼ同一に形成されてなり,かつ,

 C1 前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている

 D1 ことを特徴とする流し台のシンク。

※構成要件C1は、補正により追加された。

 

【争点】

 リブ(段部)が,壁面を構成する金属板を折り曲げて加工し,壁面と一体的に形成されたものであり,かつ,リブ(段部)の下部に傾斜面があるという被告製品の構成が,構成要件C1を充足するか。(被告製品のシンクが,本件発明1の構成要件A1,B1,D1を充足することについては,当事者間において争いがない。)。

 

【東京地裁の判断(参考)】

 本件明細書の記載,図面及び出願経過に照らせば,「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」(構成要件C1)という構成は,後方側の壁面の傾斜面が,中側段部によりその上部と下部とが分断されるように後方側の壁面の全面にわたるような,本件明細書に記載された実施形態のような形状のものに限られないと解されるものの,その傾斜面は,少なくとも,下方に向かうにつれて奥方に向かって延びることにより,シンク内に奥方に向けて一定の広がりを有する「内部空間」を形成するような,ある程度の面積(奥行き方向の長さと左右方向の幅)と垂直方向に対する傾斜角度を有するものでなければならないと解するのが相当である。

 したがって,構成要件C1の「下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面」とは,上側段部と中側段部との間において,下方に向かうにつれて奥方に延びることにより,奥方に向けて一定の広がりを有する「内部空間」を形成するような,ある程度の面積と傾斜角度を有する傾斜面を意味すると解するのが相当である。

 これを被告製品についてみるに,証拠(甲11,12)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品の後方側の壁面は,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易にほぼ同一にすることができる形状であるものの,原告自身も認めるとおり,上側段部と中側段部の間は,そのほとんどが垂直の壁面のままであって,上側段部の下面のみが傾斜面となっているものと認められる。したがって,被告製品の上側段部の下面の傾斜面は,段部(リブ)を形成するに当たり,段部(リブ)の下面が傾斜したものにすぎず,奥方に向けて一定の広がりを有する空間を形成するような,ある程度の面積と傾斜角度を有する傾斜面であるということはできない。

 したがって,被告製品は,「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」(構成要件C1)という構成を充足すると認めることはできない。

 

【知財高裁の判断】

(1) 構成要件C1「(前記)後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」の意義について

 被告は,構成要件C1について,《1》「後方側の壁面が,・・・下方に向かうにつれて,奧方に向かって延びる傾斜面」との意義は,後方側の壁面のすべてが,上側段部と中側段部との間において,下方に行くに従って徐々に奥方に向かって延びる傾斜面となっていることを要し,垂直面を含んでいる場合は,同要件に該当しないこと,また,《2》たとえ,「下方に向かうにつれて,奧方に向かって延びる傾斜面である」を呈する形状部分が存在したとしても,それが「棚受の突起の下方」部分である場合には,「後方側の壁面」には該当しないなどと主張する。そこで,以下,この点を検討する。

ア 本件明細書の記載

 本件明細書の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある(甲2)。

~省略~

イ 判断

 上記記載によれば,構成要件C1の「・・・後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」は,従来技術においては,前後の壁面の上部に上側段部が,深さ方向の中程に中側段部が形成されている流し台のシンクでは,上側段部と中側段部のそれぞれに,上側あるいは中側専用の調理プレートを各別に用意しなければならないという課題があったのに対して,同課題を解決するため,後方側の壁面について,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とをほぼ同一の長さに形成して,それら上側段部と中側段部とに,選択的に同一のプレートを掛け渡すことができることを図ったものである。

 ところで,上記記載における「発明の実施形態」では,後方側の壁面は,上側段部から中側段部に至るすべてが,奧方に向かって延びる傾斜面であり,垂直部は存在するわけではない。しかし,本件明細書中には,「本発明は,上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能である。・・・また,シンク8gの後方側の壁面8iは,上側段部8fと中側段部8nとの間が,第2の段部8bを経由して,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる上部傾斜面8pとなっていなくとも,上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう,奥方に延びるように形成されているものであればよく,その形状は任意である。」と記載されていることを考慮するならば,後方側の壁面の形状は,上側段部と中側段部との間において,下方に向かうにつれて奥方に向かってのびる傾斜面を用いることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にすることができるものであれば足りるというべきである。

 そうすると,構成要件C1の「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」とは,後方側の壁面の形状について,上側段部と中側段部との間のすべての面が例外なく,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面で構成されている必要はなく,上側段部と中側段部との間の壁面の一部について,下方に向かうにつれて奥行き方向に傾斜する斜面とすることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にするものを含むと解するのが相当である。

(2) 対比

 証拠(甲11,12)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品のシンクの形状は,別紙物件目録添付の図1ないし4のとおりである。これによれば,被告製品のシンクは,リブ(段部)が,壁面を構成する金属板を折り曲げて加工し,一体的に形成されたものであり,かつ,後方側壁面の上段リブ(段部)の下部に,下方に向かうにつれて奥行き方向に傾斜する斜面が存在する。そして,上記リブ(段部)の下部の傾斜面により,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とがほぼ同一となっていることが認められるから,構成要件C1を充足する。

(3) 被告の主張について

 被告は,被告製品のリブの下面は傾斜しているが,それは「棚受け」の機能を有する部分であって,壁面ではないと主張する。しかし,本件発明の構成要件C1における壁面も,プレートを掛け渡すように載置する目的で設けられた「棚受け」の機能を有する部分の下方部分の形状を特定するための構成である。したがって,前記被告の主張,すなわち,「被告製品のリブの下面は,棚受けの機能を有する部分の下方部分に相当するものであるから,本件発明の構成要件C1を充足しない」との被告の主張は,採用の限りでない。

(4) 小括

 以上によれば,被告製品のシンクは,構成要件A1ないしD1を充足するものであり,本件発明1の技術的範囲に含まれており,本件発明2の技術的範囲に含まれるか否かを検討するまでもなく,本件特許権を侵害する。

 したがって,原告の請求のうち,被告製品のシンク(別紙物件目録記載のシンク(システムキッチンにおけるシンク・商品名「3StepSink」))の製造,販売,販売のための展示の差止め及び廃棄を求める部分には理由がある。

 

【考察】

 この控訴審による判決例では、請求項の構成要件の意義を解釈するにあたって、請求項の構成要件を限定的に解釈されないための変形例的な記載が参酌され、実施例の構成や実施例に記載された効果に限定されなかった。請求項の構成要件と、実施例の内容及び効果との間に差がある場合には、その差を埋める変形例を記載しておくことが重要であることが再確認された。