活性発泡体事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.08.5
事件番号 H26(行ケ)10238
担当部 知財高裁 第3部
発明の名称 活性発泡体
キーワード 実施可能要件
事案の内容 実施可能要件(36条4項1号)を充足しないとした審決の取り消しを求めた訴訟。
審決には、実施可能要件の判断に誤りがあるとして、審決が取消された。

事案の内容

【手続の経緯】

平成17年5月16日   国際出願(特願2006-536494号(国際公開番号:WO2006/117881))

平成23年6月23日   拒絶査定

平成23年9月28日   不服審判請求

同日   手続補正書を提出

平成26年9月22日   「本件審判の請求は、成り立たない」との審決

 

【請求項1】

天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする活性発泡体。

【審決の理由】

別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願明細書は,本願発明について当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されたものとすることができないから,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないというものである。
【裁判所の判断】

当裁判所は,審決には,本願発明に係る活性発泡体の薬剤との併用効果について,当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法36条4項1号の要件を満たしていないと判断した点に誤りがあり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。

その理由は,次のとおりである。

1 本願明細書の記載について

2 本願明細書が実施可能要件を充足しているか否か

(1) 実施可能要件の内容

特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。

特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことにあると解される。

そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),同法36条4項1号の「その実施をすることができる」とは,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できることであり,物の発明については,明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき,当業者がその物を作ることができ,かつ,その物を使用できるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

さらに,ここにいう「使用できる」といえるためには,特許発明に係る物について,例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど,少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである。

これを本願発明についてみると,本願発明は,前記第2の2に記載のとおりの活性発泡体であるから,本願発明は物の発明であり,本願発明が実施可能であるというためには,本願明細書及び図面の記載並びに本願出願当時の技術常識に基づき,当業者が,本願発明に係る活性発泡体を作ることができ,かつ,当該活性発泡体を使用できる必要があるとともに,それで足りるというべきである。

(2) 活性発泡体を作ることができるかについて

これらの記載に接した当業者であれば,本願明細書に記載された各種のゴム又は合成樹脂と,各種のジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物とを組み合わせ,実施例に記載された製造方法に従って,本願発明の「天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有」する活性発泡体を製造することができるというべきであり,また,当該活性発泡体を,例えば,敷きマットのような,「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことができる形態とすることもできるというべきである。

(3) 活性発泡体を使用できるかについて

次に,当業者において,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に

基づいて,本願発明に係る活性発泡体を使用できるかどうかについては,活性発泡体を前記(2)のとおりの形態とすることができる以上,当該活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」こと自体は当然にできると考えられることから,かかる用い方にどのような技術上の意義があるのかについて検討する。

ア 本願明細書には,本願発明が解決しようとする課題として,「血行を促進し,体質改善や,癌等の病気の治癒を促進することができる活性発泡体を提供すること」との記載がある([0007])。しかしながら,これらの効果については「そのメカニズムは解明されていない」とあり([0009]),その作用機序に関しても,ジルコニウム化合物及びゲルマニウム化合物によって活性発泡体外へ発生させた特定波長の赤外線と人体の波長とが共振する結果,人間の自然の治癒力が増進される旨の記載はある([0010])ものの,これも本願明細書自体が認めるとおり,推測の域を出るものではない。

イ そして,本願明細書では,<試験1>として,被験者1名が活性発泡体を敷いた椅子の上に30分間静止状態で座った後の血流量,血液量,血流速度及び体圧を,活性発泡体を敷いていない椅子の上に30分間静止状態で座った後のそれらと比較した結果を踏まえ,「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がることが分かる。」と結論付けている([0035]ないし[0040])。

しかしながら,この試験は,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」態様で行われた試験ではあるものの,この試験において用いられた活性発泡体がどのようなものであるのか(特に,ジルコニウム化合物及びゲルマニウム化合物のどちらを,あるいはその両方を,どの程度含有するのか)については,本願明細書に記載がなく定かではない。また,本願出願当時の当業者の技術常識に照らしても,被験者は50代の女性1名のみであるから,その試験結果を人体一般に妥当する客観的なものとして評価することが可能であるともいい難いし,試験条件の詳細も明らかではないから,この試験における血流量や体圧の計測結果から導かれるとされる「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がる」との効果が,活性発泡体を使用したことによるものであるのか,それ以外の要因に基づくものであるのかどうかについても,直ちに検証することはできない。

そうすると,<試験1>の結果のみから,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,人体の血行を促進することが期待できるという技術上の意義があるというのには疑問がある。とはいえ,例えば,<試験1>に係る諸条件の説明や,他の試験結果の存否及びその内容次第では,本願発明に係る活性発泡体の使用に,かかる技術上の意義があることが裏付けられたということのできる余地もあるというべきである。

(4) 審決の判断について

以上を踏まえて,審決の判断の適否を検討する。

審決は,活性発泡体の薬剤との併用効果について当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法36条4項1号所定の要件を満たしていないと結論付けている。

しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではない。よって,本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。

よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法36条4項1号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。

3 被告の主張について

4 結論

以上によれば,原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

 

【所感】

判決は妥当であると感じた。

実施可能要件は、その物の作り方や使い方が記載されているかどうかについての要件であり、サポート要件とは異なる。このため、本願発明は、少なくとも実施可能要件は満たすと考えられる。

 

参考:偏光フィルムの製造方法事件(平成17年(行ケ)第10042号)

「明細書のサポート要件に適合するか否かは、・・・特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、・・・を検討して判断すべきものであり・・・」     以上