洗浄剤組成物事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.08.26
事件番号 H26(行ケ)10235
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 洗浄剤組成物
キーワード 一時不再理
事案の内容 無効審判における無効不成立審決に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された。
「特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なる場合も,主引用発明が同一で,これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も,いずれも異なる無効理由となるというべきであり,これらは,特許法167条にいう「同一の事実及び同一の証拠」に基づく審判請求ということはできない。」と判断されたことがポイントである。

事案の内容

【経緯】

優先日:平成7年12月11日

出願:平成8年7月24日

設定登録:平成20年4月25日(特許第4114820号)

第1次無効審判請求:平成21年7月13日(無効2009-80152号事件)第三者?

引例1:甲4(特開昭50-3979号公報)+周知例の1つとして甲2(特開平7-238299号公報)

引例2(DE4240695A1)+周知例の1つとして甲2

訂正請求:平成21年10月5日

無効審決:平成22年3月2日

第1判決(審決取消):平成22年11月10日(平成22年(行ケ)第10104号事件)

無効を認めない審決:平成23年1月31日⇒3月14日確定

第2次無効審判請求:平成23年8月25日(無効2011-80147号事件)

主引例:甲3(英国特許第1439518号公報)+甲2(特開平7-238299号公報)

主引例:甲4+甲2

請求不成立の審決(第2審決):平成24年4月12日

第2判決:平成25年2月27日,原告の請求を棄却

第2審決確定:平成25年3月13日

本件審判:平成26年9月16日(無効2014-800045)

甲1(「入門キレート化学(改訂第2版)」)、甲2(特開平7-238299号公報)、甲3(英国特許第1439518号公報)、甲4(特開昭50-3979号公報)

本件審判の請求を却下:平成26年9月16日

 

【争点】

一時不再理

 

【請求項1】水酸化ナトリウム,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類,及びグリコール酸ナトリウムを含有し,水酸化ナトリウムの配合量が組成物の0.1~40重量%であることを特徴とする洗浄剤組成物。

 

【引用文献の内容】

甲1:入門キレート化学(改訂第2版)1988年出版

ガラス瓶,金属表面の洗浄において2%以上のNaOH(水酸化ナトリウム)水溶液が,キレート剤としてコンプレクサン型であるEDTAを添加して常用されていた。

 

甲2:特開平7-238299号公報

 アルカリ金属水酸化物(水酸化ナトリウム)、グルコン酸塩およびヒドロキシエチルイミノジ酢酸塩を有効成分として含有することを特徴とする硬表面洗浄用組成物

 EDTAの生分解性が低いという問題があることが知られており,それに代わり,同じくコンプレクサン型の,しかし生分解性に優れるキレート剤を1~5重量%の水酸化ナトリウム水溶液に添加して,ガラス瓶,金属表面の洗浄に用いること

 

甲3:英国特許第1439518号公報

 OS1(コンプレクサン型の生分解性に優れるキレート剤を主成分)

  モノクロル酢酸の溶液と苛性ソーダの溶液をグルタミン酸モノナトリウム塩の水溶液に同時に添加することにより得られ,ここで(a)該アルカリは反応媒体のpHが9.2~9.5に維持される量で使用され;(b)反応は70~75℃の範囲の温度で行われ,かつ;(c)グルタミン酸のモル当たり2.6モルのモノクロル酢酸が使用される,反応によって得られた,N,N-ジカルボキシメチル-2-アミノペンタン二酸のトリナトリウム塩60重量%(判決注・グルタミン酸二酢酸塩類である。)を含み,さらに,該反応の二次的反応によって生成した不純物であるグリコール酸ナトリウム12重量%及び全体が100重量%となる量の塩化ナトリウムを含む,無毒性,非汚染性かつ生物学的易分解性の金属イオン封鎖剤組成物

 

甲4:特開昭50-3979号公報(甲3を基礎とするパリ優先権出願)

 OS1

  モノクロル酢酸とアミノジカルボン酸のジナトリウム塩とをアルカリ性水性媒体中で反応させることによりアミノジカルボン酸のアミノ基の窒素にカルボキシメチル基を結合させて得られる,グルタミン酸二酢酸ナトリウム塩60重量%を含み,さらに,該反応の二次的反応によって生成した副生物であるグリコール酸ナトリウム12重量%及び全体が100重量%となる量の塩を含む,無毒性,非汚染性かつ生物学的易分解性の金属イオン封鎖剤組成物

【裁判所の判断】

1.本願発明の概要

本件発明は,主成分に水酸化ナトリウム,アミノジカルボン酸二酢酸塩類(グルタミン酸二酢酸等)及びグリコール酸ナトリウムの三成分を混合した洗浄剤組成物が,それぞれの相乗効果によりその単独のものより優れた洗浄効果を現すことを見出したことによりなされた発明であり,生分解性にも優れ,EDTAと同等の洗浄性能を有する洗浄剤組成物である。

 

2.第2審決と第2判決

~略~

 

3.本件審判における無効理由と本件審決の認定の誤りについて

(1) 本件審判において原告が主張した無効理由は,次のとおりである(甲8)。

 ~略~

 原告は,本件審判の無効理由として,甲1文献に記載された従来技術甲3公報に記載された「OS1」との組合せによる容易想到性(特許法29条2項)を主張していること,すなわち,甲1文献に記載された従来技術である「ガラス瓶,金属表面の洗浄において2%以上のNaOH(水酸化ナトリウム)水溶液が,キレート剤としてコンプレクサン型であるEDTAを添加して常用されていたこと」を主引用発明とし,生分解が低いという問題があるEDTAを,それと同じくコンプレクサン型の生分解性に優れるキレート剤に変更するという技術思想が甲2公報に記載されていることを動機付けとして,甲3公報に記載された,同じくコンプレクサン型の生分解性に優れるキレート剤である「OS1」を,主引用発明におけるEDTAに代えて用いて,「2%以上のNaOH水溶液に,キレート剤として「OS1」を添加して,ガラス瓶,金属表面の洗浄に用いる」ことにより,本件発明の構成とすることは,当業者が容易に想到することができたと主張しているものと解される。

 ~略~

ウ これに対し,本件審決は,前記認定のとおり,本件審判において原告が主張する無効理由における主引用発明は,第2審判における主引用発明である,甲3公報ないし甲4公報に記載された「OS1」なる金属イオン封鎖剤組成物(引用発明1bないし引用発明2b)であると認定したのであり,本件審決のこの認定は誤りである。

(2) 特許発明が出願時における公知技術から容易想到であったというためには,当該特許発明と,対比する対象である引用例(主引用例)に記載された発明(主引用発明)とを対比して,当該特許発明と主引用発明との一致点及び相違点を認定した上で,当業者が主引用発明に他の公知技術又は周知技術とを組み合わせることによって,主引用発明と,相違点に係る他の公知技術又は周知技術の構成を組み合わせることが,当業者において容易に想到することができたことを示すことが必要である。そして,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なれば,特許発明との一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになるのであるから,主引用発明が異なれば,無効理由も異なることは当然である。

 ~略~

 また,主引用例は,特許発明の出願時における公知技術を示すものであればよいのであるから,甲1文献のように出願時における周知技術を示す文献であっても,主引用例になり得ることも明らかであり,これを主引用例たり得ないとする理由はない。さらに,主引用発明が同一であったとしても,主引用発明に組み合わせる公知技術又は周知技術が実質的に異なれば,発明の容易想到性の判断における具体的な論理構成が異なることとなるのであるから,これによっても無効理由は異なるものとなる。

 よって,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なる場合も,主引用発明が同一で,これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も,いずれも異なる無効理由となるというべきであり,これらは,特許法167条にいう「同一の事実及び同一の証拠」に基づく審判請求ということはできない。

(3)

 ~略~

(4)

 以上によれば,第2審判と本件審判では,特許法29条2項に係る無効理由における主引用発明が異なることが認められるから,「同一の事実及び同一の証拠」に基づく請求であるとはいえない。

 よって,本件審判における特許法29条2項による無効理由は,第2審決と同一の事実及び同一の証拠に基づく審判請求であり,一事不再理効に反し許されないとして,本件審判について実質的な判断をせずに,本件審判請求を却下した本件審決の判断には誤りがあり,これを取り消すべき違法があるというべきである。

4 結論

 以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由があり,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。

【所感】

 一時不再理効に関する判断は妥当と考える。

同じ引例の組み合わせでも、主引例と副引例を入れ替えれば、異なる判断がされることがあることを示す判決例として重要な判決と思われる。

なお、本判決は、一時不再理効に反するとした審決を取り消しただけであり、本願発明に無効理由があるか否かについて判断したわけでは無い。

甲3(甲4)では、グリコール酸ナトリウムを除去したときの洗浄結果は記載されておらず、グリコール酸ナトリウムを仕方なく含んだ状態の洗浄結果が記載されている。しかし、甲3(甲4)には、グリコール酸ナトリウムは、二次生成物であり、含まない方が良いと記載されており、第1判決、第2判決では、この記載を根拠に、グリコール酸ナトリウムを含む本願発明は進歩性があると判断している。甲1には、キレート剤としてEDTAが記載されているが、グリコール酸ナトリウムは記載されていない。したがって、甲1に甲2を動機付けとしてグリコール酸ナトリウムがない方が良いとされている甲3を組み合わせても、グリコール酸ナトリウムを含まないものが想到されるだけであり、グリコール酸ナトリウムを含む本願発明は進歩性があるものと思われる。

3つの無効審判、裁判が行われているが、甲4が、甲3のパリ優先権出願であることを考慮すれば、いずれも同じ引例である甲4(甲3)と甲2が登場している。基礎出願と優先権主張出願のように文献名が異なれば、内容が同じであっても、一時不再理効には反しないと判断されるのであろうか?3つの裁判とも代理人は同じであり、最初の裁判の被告Yは、第2判決、本判決のダミーであるかもしれない。3つの裁判ではいずれも相違点として、甲4(甲3)が水酸化ナトリウムの含有を規定していない点が認定されている。甲4では後で水酸化ナトリウムを追加していないが、甲4には、「苛性ソーダ」およびその使用量が記載されている(甲4の実施例1,2)。当初の苛性ソーダ(=水酸化ナトリウム)の使用量は、副反応を考慮しても過剰な量である。従って、水酸化ナトリウムを追加しなくても、少なくとも0.1重量%以上の未反応の水酸化ナトリウムが残っているはずで、原告がこの点を主張していない理由が不明である。