歯車ポンプ事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.03.05
事件番号 H23(行ケ)10237
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 歯車ポンプまたはモータ
キーワード 容易想到性

事案の内容

【本願発明の要旨】

特願2004-148619(出願日:平成16年5月19日)

(特開2005-330858)

 

【請求項1】(下線は争点となった箇所)

噛合する一対の歯車と、これら歯車の側面に隣接する可動側板と、前記歯車及び前記可動側板を収容するケーシングとを具備し、可動側板の外側面とケーシングの内周面との間に形成される圧力バランス領域に高圧流体を導き入れるように構成した歯車ポンプまたはモータにおいて、

前記圧力バランス領域の高圧側と低圧側とを隔てるガスケットを前記可動側板の外側面に形成したガスケット溝に嵌め入れて装着し、

かつ、前記圧力バランス領域の高圧側に連通する凹欠を、互いに接合する前記ガスケットと前記可動側板との何れかの接合面に設けており、

前記凹欠が、前記ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達していることを特徴とする歯車ポンプまたはモータ。

 

【審決の理由の要点】

本願発明は、本件出願前に頒布された下記刊行物1に記載された引用発明に基づいて、本件出願当時、当業者において容易に発明することができたもので、進歩性を欠く。

刊行物1:実願昭58-152705号(実開昭60-58889号)のマイクロフィルム(甲1)

 

<相違点1>

本願発明は、「凹欠」であるのに対し、引用発明は、隙間10である点。

<相違点2>

本願発明は、「前記ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達している」のに対し、引用発明は、そのような構成を具備しているかどうか明らかでない点。

 

【知財高裁の判断】

1 取消事由1(引用発明の認定の誤り及び一致点,相違点の認定の誤り)について

・・・省略・・・

2 取消事由2(相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り及び本願発明の作用効果の看過)について

(2)・・・

そうすると、本願発明のガスケット又は可動側板に設けられる「凹欠」は、従来のガスケット及び可動側板(可動形側板)の技術的問題点であった、高圧側から作動液(高圧流体)が侵入してガスケットを低圧側の溝壁に押し付けて密着させた際に、ガスケットと可動側板の隙間に侵入する作動液が減少して、作動液がその液圧で可動側板を歯車端面に向かって押し付ける力が、「Rをとっている部位」すなわち可動側板の溝の底部の隅(隅部)の曲面状の部位(部分)に対応する分だけ失われて小さくなるという問題点を解決するため、「Rをとっている部位」にまで達するように、例えば溝状の部分をガスケットの可動側板と対向する面又は可動側板の溝の底面に設け、この部分(凹欠)に作動液が侵入できるようにして、ガスケットが作動液によって低圧側の溝壁に押し付けられたときでも、可動側板の溝の隅部近傍(Rをとっている部位及びその近傍)に侵入した作動液が、その液圧で、ガスケットをケーシングに向かって押し付け、また可動側板を歯車端面に向かって押し付けることができるようにし、その結果、可動側板の圧力バランス及び歯車端面に対する封止機能(シール)を確保できるようにするものであるということができる(次の模式図を参照)。

 

 

【原告が示した模式図】

(省略)

そして、本願発明の実施形態のうちガスケットに「凹欠」を設ける形態は、例えば下記の図のとおりのものである。

 

【原告が示した図面】

(省略)

したがって、本願発明にいう「Rをとっている部位」の意義も、上記のとおりに解釈されるのであって、本願発明が予定する作用効果を奏するためには、「凹欠」が可動側板の溝底隅の「Rをとっている部位」の全部又は相当部分に及んでいることが好ましいことは明らかである。

 

(3) 前記のとおり、引用発明のガスケット(6)に設けられた突条部17の役割は、その弾性力(反発力)で、可動側板(可動形側板4)を歯車端面側に押し付けることにあり、突条部17と可動側板の間に作動液(高圧流体)が侵入して、液圧でガスケットをケーシング(1)に押し付ける(押し上げる)こと等は想定されていないが、本願発明のガスケット又は可動側板に設けられる「凹欠」は、可動側板の溝の底部の隅(隅部)の「Rをとっている部位」すなわち曲面状の部位(部分)にまで達するように、例えば溝状の部分を設け、この部分に作動液が侵入できるようにして、ガスケットが作動液によって低圧側の溝壁に押し付けられたときでも、作動液の液圧で、ガスケットをケーシングに向かって押し付け、また可動側板を歯車端面に向かって押し付けて、可動側板の圧力バランス及び歯車端面に対する封止機能(シール)を確保できるようにするものである。そうすると、本願発明のガスケットの「Rをとっている部位」や「凹欠」が果たす機能と引用発明のガスケットの突状部17等が果たす機能は異なり、引用発明のガスケットでは、可動側板(可動形側板4)の溝底隅部でガスケットと可動側板との間に作動液が侵入して可動側板の圧力バランスをとることが想定されていない。したがって、引用発明ではガスケットと可動側板(可動形側板4)との間の隙間10が可動側板の溝底隅の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶことが予定されていない。

 

また、刊行物1の8頁6ないし13行には、「前記隙間10内に導入された高圧流体の圧力によって、前記ガスケット6の帯状部16がボディ7の端壁7bの内面7cに押し付けられ固定されるので、高圧領域Hと低圧領域Lとの圧力差によってガスケット6が低圧領域側へはみだすという不都合も有効に防止されるものであり、該ガスケット6の耐久性を向上させることができる。」との記載があるから、引用発明のガスケット(6)と可動側板(可動形側板4)の構成には、作動液の液圧でガスケットの低圧側の側面を可動側板の溝の側面(内側面)に押し付け密着させて固定することで、ガスケットのそれ以上の低圧側へのはみ出しを有効に防止するという機能があるということができる。ここで、ガスケットがかかる機能を発揮するためには、可動側板の溝の側面と底面が成す隅部に向かってガスケットが密着するように押し付けられるのが好ましく、上記溝の底面から離れるように、すなわち上記隅部付近でガスケットが可動側板から離れるように押し上げられると、ガスケットが上記溝の低圧側側面を超えてはみ出すおそれが生じるし、また、上記隅部付近で

ガスケットが可動側板を歯車端面に向かって押し付ける力を得る必要があるとはいえない。

そうすると、引用発明のガスケットと可動側板の構成を、可動側板の溝の低圧側側面と底面が成す曲面状の隅部にまで作動液が侵入して可動側板の圧力バランスをとることができるよう、ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶように改めることは、突条部17の機能を害し、またガスケットの低圧側へのはみ出しを防止するという技術的思想に反するものであるから、上記構成に改める発想が生じるはずはなく、当然のことながら当業者には容易に想到できる事柄ということはできない。

 

(4) 被告は、本願発明と引用発明とは静圧バランスの適正化という共通の技術的課題を有しており、刊行物1には、歯車ポンプのシール構造において、圧力バランスを保ってシール作用を良好に行うという動機付けが記載ないし示唆されていると主張する。確かに、本願発明の歯車ポンプも引用発明の歯車ポンプも、歯車端面とケーシングの間に設けられた可動側板(可動形側板)が、高圧側から流れ込む作動液の作用を利用して両部材の間でバランスし(圧力バランス)、歯車端面から生ずる作動液の漏出を封止(シール)するという構成ないし動作を有するものであるが、かかる共通点は高圧の流体を扱うこの種の歯車ポンプに広く見られるものにすぎない。そうすると、かかる共通点があるからといって、シール作用をさらに高めるべく、ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶように改めるという具体的な構成に容易に想到できるものではない。

・・・

 

(5) 結局、本件出願当時、引用発明に基づいて、相違点2に係る構成、すなわちガスケットと可動側板の溝が成す隙間が、上記溝の低圧側側面と底面とが成す曲面状の隅部(Rをとっている部位)にまで及ぶように構成して、上記隅部にまで作動液が侵入して可動側板が圧力バランスをとれるようにする構成に想到することは、当業者にとって容易ではなかったというべきであるし、本願発明にいう「凹欠」も、かかる形状を前提とするものであるから、相違点1は実質的なもので、相違点1に係る構成に想到することも当業者にとって容易ではなかったというべきである。当事者双方が取消事由2について種々述べるその余の点について判断するまでもなく、相違点1の構成を容易想到とした審決の判断は誤りであり、原告の取消事由2は理由がある。

 

【所感】

審決では、明細書や図面の記載の不備から、本願の範囲Rがどこからどこまでを指すのか必ずしも明確でないことを指摘し、引用発明において,隙間10を設ける範囲を,良好な圧力バランスとなるように必要かつ適切な範囲とすることは,当業者における設計変更の範囲内の事項にすぎない、と判断している。このような判断は、本願の凹欠が、ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達している、という特徴の技術的意義を全く無視したものであり、裁判所の判断は極めて妥当であると考える。

 

以上