樹脂封止型半導体装置の製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.01.31
事件番号 H23(ネ)10121
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 樹脂封止型半導体装置の製造方法
キーワード 進歩性
事案の内容 拒絶審決に対する審決取消請求事件であり、原告(特許出願人)の請求が認容された事案。
周知例1ないし3には,本願発明の相違点2に係る構成を採用することによる解決課題及び解決手段に係る事項についての記載も示唆もないと判示された点がポイント。

事案の内容

【出訴時クレーム】(出訴時の請求項1に係る発明を「本願発明」という。)

[請求項1]

(a) 上面と,前記上面に設けられた複数の半導体チップ搭載領域と,前記上面とは反対側の下面とを有するマトリクス基板を準備する工程,

(b) 複数の半導体チップを前記複数の半導体チップ搭載領域に,それぞれ搭載する工程,

(c) 前記複数の半導体チップのそれぞれと前記マトリクス基板に形成された(前記)複数の第1パッドとを,複数のワイヤで接続する工程,

(d) 前記複数の半導体チップおよび前記複数のワイヤを樹脂で封止する工程,

(e) 前記複数の半導体チップのうちの互いに隣り合う領域における前記マトリクス基板および前記樹脂を切断し,複数の樹脂封止型半導体装置を取得する工程,を含み,

取得された前記複数の樹脂封止型半導体装置のそれぞれは,分割された前記マトリクス基板の前記下面に,複数の第2パッドと,複数の配線と,アドレス情報パターンとを有し,

分割された前記マトリクス基板の前記上面は,前記樹脂で覆われており,

前記複数の配線は,前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成され,

 前記アドレス情報パターンは,前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており,

   前記アドレス情報パターンは,前記(b)工程に先立ち,形成されていることを特徴とする樹脂封止型半導体装置の製造方法。

 

【審決の概要】

本願発明は,以下の引用文献及び周知例1~4から特許法29条2項により特許を受けることができないとするものである。

・引用文献(甲5):特開平11-74296号公報

・周知例1(甲16):特開平7-335510号公報

・周知例2(甲17):特開平5-3227号公報

・周知例3(甲4) :特開平11-204720号公報

・周知例4(甲21):特開平11-204720号公報

(1)引用発明の内容

~略~

(2)一致点

~略~

(3)相違点

ア 相違点1

本願発明では,分割されたマトリクス基板の下面に,複数の配線を有し,前記複数の配線は,前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているのに対し,引用発明では,本願発明の「第2パッド」に相当する「接続領域104」は有しているものの,複数の配線を有し,前記複数の配線は,前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているかどうかについては,不明な点。

イ 相違点2

本願発明では,分割された前記マトリクス基板の前記下面に,アドレス情報パターンとを有し,前記アドレス情報パターンは,前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており,前記アドレス情報パターンは,前記(b)工程に先立ち,形成されているのに対し,引用発明では,このような構成は備えていない点。

 

【裁判所の判断】

当裁判所は,以下のとおり,審決が,相違点2に係る構成について,引用発明に周知例1ないし3に記載されたような周知技術を適用することにより,容易に想到することができたと判断したことには誤りがあり,これを取消すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりであり,事案に鑑み,取消事由1及び取消事由2を併せて判断する。

 

1.事実認定

(1) 本願明細書の記載等

ア 特許請求の範囲の記載

~省略~

イ 発明の詳細な説明の記載

~省略~

ウ 上記特許請求の範囲の記載によれば,本願発明は,複数の半導体チップ及び複数のワイヤのほか,複数の半導体チップのうちの互いに隣り合う領域におけるマトリクス基板上も樹脂で一括して封止した上で,上記マトリクス基板及び樹脂を切断することにより,複数の樹脂封止型半導体装置を製造する,樹脂封止型半導体装置の製造方法に関する発明と認められる。

また,上記本願明細書の発明の詳細な説明によれば,本願発明は,個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できるようにし,もって,製造プロセスに起因する製品の不良解析や不良発生箇所の特定を迅速に行えるようにすることを解決課題とし,マトリクス基盤1Bの上面に複数の半導体チップ12を搭載する工程に先立ち,マトリクス基盤1Bの下面のパッド4及び配線5を除く領域に,アドレス情報パターン8を形成するとの構成,すなわち相違点2に係る構成を備えるものである。上記構成を備えることにより,本願発明は,アドレス情報パターン8をカメラ,顕微鏡あるいは目視によって認識することができ,完成品となった個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別することができる上,依頼メーカの標準仕様(既存)の金型を使用する場合にも適用することができ,樹脂封止型半導体装置の製造コストを低減できるとの効果を奏するものである。

(2)引用発明の記載等

~省略~

(3)周知例の記載等

~省略~

 

2 相違点2に係る構成の容易想到性についての判断

上記認定事実に基づいて,本願発明の相違点2に係る構成の容易想到性の有無について,判断する。

(1) 引用発明は,前記第2の3(1)記載のとおりであり,引用文献(甲5)の記載は,第5の1(2)のとおりである。要するに,引用発明は,同発明に基づく方法を採用することによって,基板と,集積回路を形成し,該基板の1つの領域に取り付けられるチップと,該チップを該基板の1つの面に位置する外部電気接続領域に接続する電気接続手段と,封止容器と,をそれぞれに含む複数の半導体パッケージを,効率的に製作することを目的とする発明である。引用発明は,本願発明の解決課題(個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できるようにし,もって,製造プロセスに起因する製品の不良解析や不良発生箇所の特定を迅速に行えるようにする解決課題)及び課題解決手段(マトリクス基盤の上面に複数の半導体チップを搭載する工程に先立ち,マトリクス基盤の下面のパッド及び配線を除く領域に,アドレス情報パターンを形成するとの構成を採用すること)については,何ら示唆及び開示がない。

また,周知例1ないし3にも,本願発明の相違点2に係る構成を採用することによる解決課題及び解決手段については,何らの記載も示唆もされていない。すなわち,周知例1ないし3には,配線基板上にマトリクス状に搭載した複数の半導体チップを一括して樹脂封止した後,この配線基板を分割することによって複数の樹脂封止型半導体装置を製造する,樹脂封止型半導体装置の製造方法において,配線基板の上面に複数の半導体チップを搭載する工程や,これを樹脂封止する工程に先立ち,上記配線基板の下面のパッド及び配線を除く領域にアドレス情報パターンを形成するとの構成(相違点2に係る構成)や,かかる構成を採用することにより,上記アドレス情報パターンをカメラ,顕微鏡,目視等で認識することができ,個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できること,依頼メーカの標準仕様(既存)の金型を使用する場合にも適用することができ,樹脂封止型半導体装置の製造コストを低減できることという本願発明の解決課題及びその解決手段について,記載及び示唆はない。そうすると,引用発明に周知例1ないし3に記載された技術事項を適用して,相違点2に係る構成に容易に想到できたとすることはできない。

(2)この点,被告は,「製造工程において素材あるいは製品を分割して,個々の製品を製造する場合に,分割前の素材に,素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき,製品となった後に,その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」ことは,周知の技術であり,当業者が決定する設計的事項である旨を主張する。

しかし,被告の主張は,失当である。

当該発明が,発明の進歩性を有しないこと(すなわち,容易に発明をすることができたこと)を立証するに当たっては,公平かつ客観的な立証を担保する観点から,次のような論証が求められる。すなわち,当該発明と,これに最も近似する公知発明(主引用発明)とを対比した上,当該発明の引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させ,次いで,主たる引用発明から出発して,これに他の公知技術(副引用発明)を組み合わせることによって,当該発明の相違点に係る技術的構成に至ることが容易であるとの立証を尽くしたといえるか否かによって,判断をすることが実務上行われている。

この場合に,主引用発明及び副引用発明の技術内容は,引用文献の記載を基礎として,客観的かつ具体的に認定・確定されるべきであって,引用文献に記載された技術内容を抽象化したり,一般化したり,上位概念化したりすることは,恣意的な判断を容れるおそれが生じるため,許されないものといえる。そのような評価は,当該発明の容易想到性の有無を判断する最終過程において,総合的な価値判断をする際に,はじめて許容される余地があるというべきである。

ところで,当業者の技術常識ないし周知技術についても,主張,立証をすることなく当然の前提とされるものではなく,裁判手続(審査,審判手続も含む。)において,証明されることにより,初めて判断の基礎とされる。他方,当業者の技術常識ないし周知技術は,必ずしも,常に特定の引用文献に記載されているわけではないため,立証に困難を伴う場合は,少なくない。しかし,当業者の技術常識ないし周知技術の主張,立証に当たっては,そのような困難な実情が存在するからといって,《1》当業者の技術常識ないし周知技術の認定,確定に当たって,特定の引用文献の具体的な記載から離れて,抽象化,一般化ないし上位概念化をすることが,当然に許容されるわけではなく,また,《2》特定の公知文献に記載されている公知技術について,主張,立証を尽くすことなく,当業者の技術常識ないし周知技術であるかのように扱うことが,当然に許容されるわけではなく,さらに,《3》主引用発明に副引用発明を組み合わせることによって,当該発明の相違点に係る技術的構成に到達することが容易であるか否という上記の判断構造を省略して,容易であるとの結論を導くことが,当然に許容されるわけではないことはいうまでもない。

上記観点に照らすならば,被告の主張は,次の理由から採用することはできない。

すなわち,前記のとおり,引用発明は,その解決課題を「基板と,集積回路を形成し,該基板の1つの領域に取り付けられるチップと,該チップを該基板の1つの面に位置する外部電気接続領域に接続する電気接続手段と,封止容器と,をそれぞれに含む複数の半導体パッケージの製作の効率化」とする発明にすぎず,引用発明には,配線基板上にマトリクス状に搭載した複数の半導体チップを一括して樹脂封止した後,この配線基板を分割することによって複数の樹脂封止型半導体装置を製造する,樹脂封止型半導体装置の製造方法において,配線基板の上面に複数の半導体チップを搭載する工程を前提として,これを樹脂封止する工程に先立って,上記配線基板の下面のパッド及び配線を除く領域にアドレス情報パターンを形成するとの構成を採用することにより,上記アドレス情報パターンをカメラ,顕微鏡,目視等で認識することができ,個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できること,依頼メーカの標準仕様(既存)の金型を使用する場合にも適用することができるため,樹脂封止型半導体装置の製造コストを低減することができることという本願発明の解決課題及びその解決手段についての開示ないし示唆は,存在しない。したがって,被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して,個々の製品を製造する場合に,分割前の素材に,素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき,製品となった後に,その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が,周知技術又は当業者の技術常識であるか否かにかかわらず,引用発明を起点として,周知技術を適用することによって本願発明に至ることが容易であるとはいえない。

のみならず,被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して,個々の製品を製造する場合に,分割前の素材に,素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき,製品となった後に,その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が,周知例1ないし3の具体的な記載内容を超えて,技術内容を抽象化ないし上位概念化することなく,当然に周知技術又は当業者の技術常識であると認定することもできない。さらに,周知例1ないし3には,本願発明の相違点2に係る構成を採用することによる解決課題及び解決手段に係る事項についての記載も示唆もない。

そうである以上,引用発明を起点として,周知技術を適用することによって本願発明に至ることが容易であると解することはできない。

 

3 結論

以上のとおりであり,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がある。その他,被告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。

 

【感想】

 周知例1~3には、1つの元部材から複数の小部材を切り分ける際に、切り分けた各小部材が元部材のどの位置にあったのかを確認できるように、アドレスを付した技術が開示されている。

 本願発明の課題(本願段落0008参照)を解決するための構成(アドレス情報パターンを有する点)自体は周知であると考えられ、やや特許庁側にとって厳しい判決であったと感じる。

 しかしながら、最近の進歩性に関する判決例と同様に(例えば、平成23年(行ケ)10142)、本願発明の解決課題及び解決手段と、引用発明や周知例の解決課題及び解決手段とが大きく異なることを理由に審決が覆された。

 また実務において、主引例と周知例との組み合わせによって進歩性を有さないとする拒絶理由通知がしばしば見受けられる。

 しかしながら、引用文献や周知例に記載された技術内容を不必要に抽象化している点や、本願発明と引用文献及び周知例の解決課題及び解決手段が異なる点を主張することが、拒絶理由を解消する上で有効であると考える。

以上