樹脂凸版事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.10.4
事件番号 H22(行ケ)10329
担当部 第2部
発明の名称 樹脂凸版
キーワード 進歩性
事案の内容 拒絶審決に対する審決取消請求事件であり、原告(特許出願人)の請求が認容された事案。
本件補正発明の「刷版」の技術分野と、周知技術の「複写機やプリンタ、ファクシミリなどの電子写真方式による印刷技術」に関する技術分野とについて、機能・原理・使用される機械等が全く異なると判示された点がポイント。

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【本件発明の要旨】

本件発明は、各種の印刷に用いられる樹脂凸版に関する。

(1) 補正前の【請求項3】

「印刷部の表面に多数の凸部が形成された透明な凸版本体と、この凸版本体の裏面に接合され裏打ちされた透明なベースフィルムと、このベースフィルムの裏面に透明な接着剤層を介して積層された透明な合成樹脂板とを備えた樹脂凸版であって、上記合成樹脂板にバーコードが、上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されていることを特徴とする樹脂凸版。」(以下「補正前発明」という。)

(2) 補正後の【請求項3】

「印刷部の表面に多数の凸部が形成された透明な凸版本体と、この凸版本体の裏面に接合され裏打ちされた透明なベースフィルムと、このベースフィルムの裏面に透明な接着剤層を介して積層された透明な合成樹脂板とを備えた樹脂凸版であって、上記合成樹脂板の裏面にバーコードが、上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されていることを特徴とする樹脂凸版。」(補正部分に下線を付した。以下「補正発明」という。)

 

【審決の判断】

(1) 補正発明は、引用例(特開平10-230581号公報、甲1)に記載された引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、出願の際独立して特許を受けることができない。したがって、本件補正は却下すべきである。そして、補正前発明は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(2) 引用発明の内容、補正発明と引用発明との一致点及び相違点並びに相違点についての判断は、次のとおりである。

 

【引用発明】

「印刷部の表面に多数の凸部が形成された樹脂凸版本体、ベースフィルム層、感圧型接着剤層、透明な合成樹脂板の順に積層されてなり、版胴に設けられた位置合わせマークの見える、低カッピング性樹脂凸版。」

 

【補正発明と引用発明との一致点】

「印刷部の表面に多数の凸部が形成された透明な凸版本体と、この凸版本体の裏面に接合され裏打ちされた透明なベースフィルムと、このベースフィルムの裏面に透明な接着剤層を介して積層された透明な合成樹脂板とを備えた樹脂凸版。」

 

【補正発明と引用発明との相違点】

透明な合成樹脂板に関し、補正発明が「合成樹脂板の裏面にバーコードが、上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されている」と特定されるのに対して、引用発明では上記特定を有していない点。

 

【相違点についての判断】

刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理することは、例えば、甲2-1~2-3(以下「周知技術1」という。)により、本願の出願前に周知である。また、透明基材の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることは、甲3-1~甲3-6(以下「周知技術2」という。)により、本願の出願前に周知である。そうすると、引用発明の「樹脂凸版」を管理するため、樹脂凸版の一方の面(合成樹脂板側の表面)にバーコードを設けるとともに、他方の面(樹脂凸版本体側の表面)からバーコードを読み取るようにすることは、当業者が容易に着想し得たことである。

さらに、合成樹脂板側の表面にバーコードを設ける際に、凸版本体の印刷部と重ならない位置を選択することは、適宜なし得る設計事項である。

以上のことから、引用発明において、上記相違点に係る補正発明の構成を採用することは、当業者が、周知技術1及び周知技術2に基づいて、容易になし得たことである。

 

【裁判所の判断】

1 まず、取消事由5(周知技術2についての認定の誤り)について判断する。

原告は、審決が、甲3-1~甲3-6を例示して、補正発明の技術分野において、透明基材の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが本件出願前に周知である(周知技術2)と認定した点が誤りであると主張する。

そこで検討するに、補正発明は、印刷に用いる樹脂凸版に関するものであるから、いわゆる「刷版」の技術分野に属するものと認められる(当事者間に争いがない。)

また、甲3-1(段落【0019】、【0020】、【0024】及び図1参照)には、車両フロントガラスに貼り付ける車検ステッカーの接着面側に、発光物質がバーコード状又はブロックコード(2次元バーコード)状に塗布されることと、蛍光観察用カメラによって車外から車検ステッカーに塗布されたバーコードを撮像し、バーコードの情報を読み取ることが記載されているところ、車検ステッカーは、通常、車内からフロントガラスに貼り付けるものであるから、フロントガラス(透明基板)の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。しかし、甲3-1は、車両の車番等の車両情報を認識するシステムに関するものであって(段落【0001】参照)、刷版に関するものではないから、補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-2(段落【0013】)には、「二次元コードは、透明基板の表面側に形成されているので、透明基板の裏面側から読み取ることができる」と記載されているから、透明基板の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。しかし、甲3-2は、基板上に形成した半導体膜から薄膜トランジスタを形成したTFTアレイ基板などの薄膜装置に関するものであって(段落【0001】参照)、刷版に関するものではないから、補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-3(段落【0008】、【0009】、【0015】~【0017】及び図2参照)には、レチクル1周縁部の一方の面にパターン部とガラス部からなるバーコード2が刻印され、レチクル1周縁部の他方の面からバーコード2に照射された照明光は、パターン部では一旦パターンを透過してからミラー部で反射し、再度パターン部を透過したものがバーコードリーダー3に内蔵された検出部に受光されることが記載されているから、ガラス部を有するレチクル(透明基板)の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。しかし、甲3-3は、フォトマスク、レチクル、ウエハ、ガラスプレート等の基板に刻印されたコードを読み取るコード読取り装置に関するものであって(段落【0001】参照)、刷版に関するものではないから、補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-4(段落【0045】~【0047】、図17及び18参照)には、バーコードMが表裏両面に印刷されているドーナツ形のラベルM1を、ディスク本体P1の回転中心Xと同芯状に透明板部P4の一側面に張り付けて、バーコードリーダ101でディスク本体P1の表裏いずれからでも読み取れるように付設することが記載されているから、透明板(透明基板)の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。しかし、甲3-4は、貸出を管理するための情報を読み取り可能に表示する情報表示部が物品本体に付設されている貸出用物品に関するものであって(段落【0001】参照)、刷版に関するものではないから、補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-5(3頁左下欄11行~4頁左上欄6行、4頁左上欄18行~同頁右上欄11行、4頁左下欄17行~同頁右下欄5行及び第1~4図参照)には、ガラス基板1上に文字列6を形成し裏面又は表面から直視することと、人間目視用の文字列6だけでなく、センサ機器としてバーコードリーダを用いるためにバーコード16を設けることが記載されており、文字列6と同様にバーコードリーダ16も裏面又は表面から読み取れると解するのが相当であるから、ガラス基板(透明基板)の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。しかし、甲3-5は、液晶表示素子に利用される認識マークに関するものであって(1頁右下欄7~10行参照)、刷版に関するものではないから、補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-6(段落【0011】、【0012】、図3~図5参照)には、基盤5の裏面に、記録手段としてバーコードが付されている表示片3を貼付し、その表示片3を外面から透視することが記載されており、基盤5の外面から表示片3を透視している以上、基盤が透明な部材であって、その外面からバーコードを読み取っていることは明らかであるから、透明基板の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。しかし、甲3-6は、容器本体のバルブが取り付けられた肩部に所望の情報を記録した表示片を取り付けるためのガス容器用表示装置に関するものであって(段落【0001】参照)、刷版に関するものではないから、補正発明とは技術分野が異なるものである。

以上によれば、甲3-1~甲3-6には、「透明基板の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすること」が記載されているものの、いずれの証拠も刷版に関するものではなく、補正発明の技術分野とは異なる技術分野に関するものであるから、これらの証拠から、「透明基材の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすること」が、補正発明の技術分野において一般的に知られている技術であるということはできない

 

2 被告は、本訴において、乙9~乙13(及び甲3-5)を提示し、透明な材質に設けられたバーコードは、「シンボルの方向に関係なく両面から機械読み取り可能な情報担体」である旨主張する。そこで検討するに、乙9には、ガラスなどの透明な材質に印字された2次元シンボルが、表からも裏からでも2次元シンボルリーダで読み取れることが記載されており、乙12には、光情報記録媒体の透明な領域の片面に形成されたバーコードが、両面から読み取り可能であることが記載されており、乙13には、透明なプレート(8)に埋め込まれたバーコード(7)が、裏表両側から読み込み可能であることが記載されており、甲3-5(4頁左下欄1行~同頁右下欄17行)には、ガラス基板1に設けたバーコード16が、表面及び裏面から読み取れることが記載されている。

そうすると、審決では示されていないものの、透明な材質に設けられたバーコード自体は、「シンボルの方向に関係なく両面から機械読み取り可能な情報担体」であると解されるが、そのような一般的技術が認められるとしても、「透明基材の一方の面にバーコードを設けて、他方の面からバーコードを読み取るようにする」ことが、補正発明の属する刷版の技術分野において周知の技術であるとはいえない(なお、乙10及び乙11には、バーコードを裏面から読み取ることが記載されているとは認められない。)。

また、被告は、乙17~乙24を提示し、バーコードを読み取る際に、「透明基材を通してバーコードを読み取る」ことは、印刷の技術分野においても広く知られている旨主張する。しかし、乙17、乙19~乙22、乙24は、いわゆる複写機やプリンタ、ファクシミリなどの電子写真方式による印刷技術に関するものであり、乙23は、画像プリンタ用インクリボンを用いた印刷技術に関するものであるから、印刷という点では補正発明の技術分野と関連性はないとはいえないが、いずれの証拠も刷版を用いた印刷技術に関するものではなく、機能・原理・使用される機械等が全く異なるから、補正発明の技術分野と同じ技術分野に関するものであるとは認められない。また、乙18は、バーコード付き包装体に関するものであって、補正発明の技術分野とは明らかに異なる技術分野のものである。

したがって、バーコードを読み取る際に、「透明基材を通してバーコードを読み取る」ことが、補正発明の技術分野において周知とはいえないから、被告の主張は採用できない。

 

3 以上のとおり、審決が、補正発明の技術分野において、透明基材の一方の面にバーコードを設け、他方の面からバーコードを読み取るようにすることが本件出願前に周知であると認定した点は誤りであるから、この周知技術を前提として補正発明の進歩性を否定した審決の判断も、誤りというべきである。

以上のとおり、原告主張の取消事由5には理由がある。よって、原告の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

 

【所感】

審査基準第II部第2章 1.2.4によれば、「周知技術」とは、「その技術分野において一般的に知られている技術であって、例えば、これに関し、相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、あるいは、例示する必要がない程よく知られている技術」と定義されている。

この「技術分野」とは、本件や平成17(行ケ)10490「紙葉類識別装置事件」等で判示されたように、比較的狭い範囲を指すようである。従って、中間対応の際などは、「周知技術」として提示された文献の技術分野(機能・原理・使用される機械等)と、本件の技術分野とを注意深く比較し、反論の糸口を探すことが有効である。

 

(参考)平成17(行ケ)10490「紙葉類識別装置事件」

『紙葉類の積層状態検知装置及び紙葉類識別装置は,近接した技術分野であるとしても,その差異を無視し得るようなものではなく,構成において,紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えるのが容易であるというためには,それなりの動機付けを必要とするものであって,引用発明及び本件周知装置ともに「紙葉類を扱うもの」,「発光素子,受光素子により紙葉類の透過光を検出するもの」であるということで,直ちに,紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えることが当業者において容易であるとすることはできない。』