横型冷蔵庫無効審判審決取消訴訟事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2016.09.26
事件番号 H28(行ケ)10020
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 横型冷蔵庫
キーワード 進歩性、阻害要因
事案の内容 本件は、無効審判請求を不成立とした審決に対し、原告が取消を求めた事案である。審判時における相違点についての判断は誤りであると判断された点がポイント。

事案の内容図を含む全文

【争点】
(1)進歩性の有無(相違点についての判断の誤り)
 
【横型冷蔵庫】
飲食店等の厨房で使用される冷蔵庫。寿司ネタや野菜等の食材を保冷するショーケースを設置したものもある。
(図は添付PDFファイルを参照)
 
【審決の理由の要点】
b 相違点2(符合は発表者が適宜付した。)
 ケース内の冷却について,本件発明1は,天板(19)が配設される天井部に冷気用の開口部が形成されておらず,ケース(12)が断熱箱体(16)の上面に断熱的に完全に遮断された状態で配置されるとともに,その上部にのみ開口部(12a)が設けられ,冷凍機構(24)に接続する冷却パイプ(47)が内箱(38)の断熱材(39)側の外面に接触するよう配設されて内箱(38)を冷却し,該内箱(38)に接触して冷却された空気が自然対流しているのに対して,
 甲1発明は,天面に開口(11)を有していて,ケース(断熱箱体12)が断熱箱体本体(1)の天面開口部(11)と合致する間口を底面に備えていて,庫内ファン(14)によって冷却室(9)の上部に設けられた冷気吹出口(15)から送られる冷気は,まず断熱箱体(12)に送られ,断熱箱体(12)の冷却を行い,その後,断熱箱体本体(1)に送られ,断熱箱体本体(1)内の冷却を行った後,冷気吸込口(16)から吸い込まれ,再び蒸発器(8)と熱交換を行っている点。
 
b 相違点2の判断
 ケースの冷却について,本件発明1に係る「ケース(12)が前記断熱箱体(16)の上面に断熱的に完全に遮断された状態で配置され,冷凍機構(24)に接続する冷却パイプ(47)が内箱(38)の断熱材(39)側の外面に接触するよう配設されて内箱(38)を冷却し,該内箱(38)に接触して冷却された空気が自然対流している」構成自体は,本件出願前周知の事項といえる。
 しかし,甲1発明は,「断熱箱体本体(1)の天面開口部(11)」及び「断熱箱体(12)」の「底面」の「間口」を設けることにより,「冷却室(9)内の蒸発器(8)と熱交換を行い,庫内ファン(14)によって冷却室(9)の上部に設けられた冷気吹出口(15)から送られる冷気」を,「まず断熱箱体(12)に送」り,「断熱箱体(12)の冷却を行い,その後,断熱箱体本体(1)に送」り,「断熱箱体本体(1)内の冷却を行った後,冷気吸込口(16)から吸い込ま」せるようにしたものである。
 そして,甲1発明は,当該構成を採用することにより,「1つの冷却ユニットでこの両方を冷却することができる」という効果も奏し,かつ,「一般的にアンダーカウンターと称する業務用横型冷蔵庫に関し,特に使用用途の拡大」が図れるというものである。そして,このことから,「断熱箱体本体(1)の天面開口部(11)」及び「断熱箱体(12)」の「底面」の「間口」を設ける構成は,甲1発明の主要部分といえる。そうすると,本件発明1に係る前記ケースの冷却についての構成が本件出願前周知の事項であるとしても,甲1発明が「天面に開口を有していて,ケースが断熱箱体本体の天面開口部と合致する間口を底面に備え」ていたものを,「断熱箱体本体の天面開口部」及び「断熱箱体」の「底面」の「間口」を設けないようにすることは,甲1発明の主要部分を変更するものであって,その結果,断熱箱体に追加の冷却手段を設ける必要があり,甲1発明が「1つの冷却ユニットでこの両方を冷却することができる」という効果も奏さないものとなすことから,甲1発明において,「断熱箱体本体の天面開口部」及び「断熱箱体」の「底面」の「間口」を設けないようにする構成を採用することの動機付けはない。したがって,甲1発明に,甲2~10の記載事項を適用することは,その適用に動機付けがないから,当業者が容易になし得たこととはいえない。
 
【当裁判所の判断】
2.取消事由に対する判断
(1) 取消事由1(本件発明の進歩性の不存在-甲1発明を主引用例とするもの)
について
ア 甲1発明への甲7に記載された事項の適用について
a 本件発明1と甲1発明の相違点として,前記第2,4(1)イ(イ)b記載
のとおりの相違点2がある(当事者間に争いはない。)ところ,
甲1発明は,それぞれ要冷蔵品を収納する保存室を有する上下2つの断熱箱体により構成された業務用横型冷蔵庫に関する発明であるから,断熱箱体の内箱及び外箱並びにその間に充填された断熱材により区画された上下2つの保存室を有する業務用横型冷蔵庫,すなわち,庫内が断熱材により複数に区画された業務用横型冷蔵庫に関する発明であるといえる。
甲7には,断熱性の仕切壁によって区画された,冷蔵室,冷凍室及び野菜室がある家庭用冷蔵庫における冷却の実施例が記載されているが,家庭用冷蔵庫に限らず,庫内を複数に区画してそれぞれ異なる温度で管理する各種冷蔵庫に有効な発明であることが記載されている。
以上によれば,甲1発明と甲7に記載された事項は,少なくとも,複数の保存室を有する冷蔵庫に関するものという点で,技術分野が共通である。
 
b …甲1には,特に使用用途の拡大のため,庫内に収容できる商品の幅を広げることを目的とする断熱箱体の改良に関する発明である旨が記載されている。そうすると,甲1発明の課題は,使用用途の拡大,収容できる要冷蔵品の幅を広げることということができる。
 
甲7に記載された事項の課題は,温度が低い冷気の循環による冷蔵室内や野菜室内の乾燥の防止,高湿状態である冷蔵室や野菜室内の水分が霜となって冷却器に付着することによる冷却能力の低下の防止,冷却器の大型化及び背面ダクト等の設置による冷凍室,冷蔵室及び野菜室の有効容積の圧迫の防止であるといえる。
これらは,庫内の複数の区画の存在を前提としているが,冷凍が必要な食品等については冷凍室,冷蔵が必要な食品等については冷蔵室,特に高湿状態が望ましい野菜については野菜室の各区画を設け,冷蔵室及び野菜室については,高湿状態に保つことを課題としていると解することができるのであって,各食品等に応じた適切な冷蔵状態を提供することで,庫内に収容できる要冷蔵品の幅を広げることを課題としていると評価することができる。
以上によれば,甲1発明と甲7に記載された事項は,使用用途の拡大,収容できる要冷蔵品の幅を広げることという点で,課題が共通であるということができる。
 
c…甲1発明は,断熱箱体(1)からなる横型冷蔵庫の天面に,別の断熱箱体(12)を据え付け,下の断熱箱体(1)の内箱の内部に,圧縮機及び凝縮器と連結されて冷媒を循環させている蒸発器(8)を設け,前記蒸発器(8)により冷却された冷気を,下の断熱箱体(1)だけではなく,上の断熱箱体(12)にも循環させることによって,上下2つの断熱箱体(1)(12)を冷却するものである。
 …甲7には,圧縮機及び凝縮器と連結された冷凍室用冷却パイプ及び野菜室用冷却パイプを設けて冷媒を循環させ,冷凍室(8)は,冷凍室用冷却器(15)により冷却された冷気を循環させることによって冷却し,冷蔵室(6)及び野菜室(9)は,冷蔵室用冷却パイプ(18)及び野菜室用冷却パイプ(19)の内部を循環する冷媒の蒸発により,各室の内壁面を冷却し,冷気の自然対流により各室内を冷却することが記載されている。
以上によれば,甲1発明と甲7に記載された事項は,…1つの圧縮機及び1つの凝縮器を,冷却器ないし冷却パイプと連結し,その中に冷媒を循環させ,冷媒の蒸発により,冷蔵庫内の複数の保存室を冷却するという作用・機能において,共通する。
 
甲1には,上の断熱箱体(12)の保存室の外側に冷却空間(18)を形成するように伝熱パネル(19)を設け,前記冷却空間(18)に冷気を循環させることにより前記伝熱パネル(19)を冷却し,前記伝熱パネル(19)の自然対流熱伝達及び輻射冷却作用により,保存室の内部を冷却する方法(実施例3及び4)が記載されており,また,前記方法を採用することにより,下の断熱箱体(1)を通常の横型冷蔵庫,上の断熱箱体(12)を高湿度で保存する必要のある寿司ネタや野菜などを保存することができる恒温高湿ショーケースとして使用することが可能であることが記載されている。そうすると,甲1は,食品の乾燥防止のため,高湿状態を維持できる,冷気の強制対流以外の冷却方法を採用することを記載したものといえるから,甲1発明の上の断熱箱体(12)の保存室の内部の冷却方法を,食品の乾燥を防止し得る別の冷却方法に変更することにつき,示唆があるといえる。
 …甲7には,冷蔵室(6)内や野菜室(9)内に低温となる冷凍室用冷却器(15)からの冷気を供給しないので,冷蔵室(6)内や野菜室(9)内に収納した食品が乾燥することもないとの記載があり,冷蔵室用(18)及び野菜室用冷却パイプ(19)を循環する冷媒の蒸発による冷却が,食品の乾燥防止のため,高湿状態を維持できる冷却方法であることが記載されているといえる。そうすると,甲7には,甲1発明の前記の上の断熱箱体の保存室を高湿度で保存する必要のある寿司ネタや野菜などを保存するために利用する場合には,その内部の冷却方法を,甲7に記載された冷却パイプの設置による冷媒の蒸発による冷却方法に変更することにつき,示唆があるといえる。また,前記aのとおり,甲7には,家庭用冷蔵庫に限らず,庫内を複数に区画してそれぞれ異なる温度で管理する各種冷蔵庫に有効な発明であることが記載されており,甲1発明は,複数の保存室を有する冷蔵庫であるから,甲7には,甲7に記載された事項を甲1発明に適用する示唆があるといえる。
 
e 以上によれば,甲1発明と甲7に記載された事項とは,一般的な技術分野及び課題等を共通にするだけでなく,甲1に記載された実施例3及び4と甲7に記載された事項とにおいて,上の断熱箱体における冷却中の保存品の乾燥を防止するという具体的課題も共通するものであるから,甲1発明につき,上の断熱箱体の保存室の内部の冷却方法として,甲7に記載された冷却パイプの設置による冷媒の蒸発による冷却方法を適用する動機付けがあるといえる。
(イ) …甲1発明には,「断熱箱体本体(1)の天面開口部(11)と合致する間口を底面に備え」る「断熱箱体(12)」という構成が含まれるが,この「天面開口部(11)」及び「間口」は,庫内ファン(14)によって冷却室(9)の上部に設けられた冷気吹出口(15)から送られる冷気を,上の断熱箱体(12)に送ってこれを冷却し,その後,下の断熱箱体(1)に送ってこれを冷却するための冷気用の開口部である。
 そして,冷気を上下の断熱箱体に循環させてこれを冷却する方法においては,上下の断熱箱体の間に冷気を通すための開口部を要するが,冷媒を上下の断熱箱体に循環させてこれを冷却する方法においては,上下の断熱箱体の間に冷気を通すための開口部を必要としない代わりに,冷却パイプを通すための開口部を要するのであって,他に冷気用の開口部を設けるべき理由はないから,上下の断熱箱体の間に冷気用の開口部を要するか否かは,上の断熱箱体を下の断熱箱体からの冷気の循環により冷却するか否かという冷却方法の選択の問題にほかならない。
 
以上によれば,上下の断熱箱体の間に冷気を通すための開口部がない構成になること…が,甲1発明に甲7に記載された事項を適用することの阻害事由たり得るとは認められない。
(ウ) したがって,本件発明1の相違点2に係る構成は,本件出願時,当業者が,甲1発明及び甲7に記載された事項から容易に発明をすることができたといえる。
 
【結論】
 以上の次第で,審決は,甲1発明を主引用例とする本件発明1の進歩性判断に誤りがあり,取消しを免れないから,原告主張のその余の点を判断するまでもなく,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 本判決の判断は妥当と考えられる。審決においては、被告特許および引用文献の各明細書の図に示されている開口部の有無に固執して、発明の本質的な部分を捉える視点が欠けていたために判断を誤ってしまったと思われる。