核酸の増幅法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.10.11
事件番号 H21(行ケ)10107
担当部 第2部
発明の名称 核酸の増幅法
キーワード 容易想到性
事案の内容 無効審判の請求不成立が取り消された事案。
化学分野の数値限定発明における容易想到性の判断がポイント。

事案の内容

・取消事由

進歩性の判断の誤り(進歩性有り(審決)→進歩性無し(判決))

 

・出訴時の請求項1の発明(本件発明)(下線部は、訂正の請求による訂正個所)

鋳型核酸中の標的核酸配列と相補的な核酸を合成する方法であって,

(a)標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)を3’末端部分に含んでなり,標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなるプライマーであって,

プライマー中において前記配列(Ac’)と前記配列(B’)との間に介在配列が存在しない場合には,前記配列(Ac’)の塩基数をXとし,標的核酸配列中における前記配列(A)と前記配列(B)に挟まれた領域の塩基数をYとしたときに,Xが10~30の範囲にあり,(X-Y)/Xが-1.00~0.75の範囲にあり,かつ,X+Yが30~50の範囲にあり,

プライマー中において前記配列(Ac’)と前記配列(B’)との間に介在配列が存在する場合には,XおよびYを前記の通りとし,該介在配列の塩基数をY’としたときに,Xが10~30の範囲にあり,{X-(Y-Y’)}/Xが-1.00~0.75の範囲にあり,かつ,X+Y+Y’が30~50の範囲にあるプライマーを用意する工程,

(b)鋳型核酸を用意する工程,

(c)前記プライマーを前記鋳型核酸にアニーリングさせ,プライマー伸長反応を行なって前記標的核酸配列の相補配列を含む相補核酸を合成する工程,

(d)工程(c)により合成された相補核酸の5’側に存在する配列(B’)を同相補核酸上に存在する配列(Bc)にハイブリダイズさせ,これにより,鋳型核酸上の前記配列(A)の部分を一本鎖とする工程,および

(e)工程(d)により一本鎖とされた鋳型核酸上の前記配列(A)の部分に,前記プライマーと同一の配列を有する他のプライマーをアニーリングさせて鎖置換反応を行なうことにより,工程(c)により合成された相補核酸を,前記他のプライマーにより新たに合成される相補核酸で置換する工程,

を含んでなり,工程(c),工程(d)および工程(e)が等温で行われる,方法。

 

・主引例(引用例1)との相違点

{X-(Y-Y′)}/Xを値A、X+Y+Y′を値Bと呼ぶ。

本件発明1のプライマー

-1.00≦A≦0.75、30≦B≦50

 

引用例1の「FCおよびRCプライマー」

A=1.00、B=20(ただし、Y′=0)

 

・副引例(引用例3)の開示

10≦Y≦70

実施例8

[1] PSAFAプライマー(配列番号:26)

A=-0.11、B=44(Y=23,Y′=2,X=19)

[2] PSARAプライマー(配列番号:27)

A=0.39、B=41(Y=16,Y′=2,X=23)

ただし、引用例3は、アウタープライマーを用いており、本件発明および引用例1とは増幅方法が異なる。

 

・審判での判断

引用例1に引用例3を組み合わせることで、本件発明を想到するのは容易ではなかった。
[1] [2] は,それぞれ甲第3号証に記載された実施例8に係る増幅反応に用いられるためのものであり、異なる核酸増幅方法に用いることについて記載も示唆もない。

これらのプライマー又はこれらのプライマーが有する各領域の位置関係を他の核酸増幅方法のプライマーの設計に直ちに適用することはできない。

引用例3には、[1] [2] を用いることにより,他のプライマーより効果があることが示されていない。

これに対し,本件発明においては,当該特定の範囲のプライマーを用いることにより,「新たなプライマーが効率よくアニーリングする」(本件特許公報第11頁第1~17行)という甲第3号証の記載からは予測できない効果を奏する。

 

・裁判所の判断

引用例1に引用例3を組み合わせることで、本件発明を想到するのは容易であった。

核酸の増幅方法において効率的な反応を行うことは,当業者にとって自明の技術課題である。

引用発明1及び引用発明3は,いずれもループを形成するプライマーを使用する核酸の増幅方法である。

よって,より効率的な反応を行うこと目的として,引用発明1に開示されたプライマーを、引用例3に開示された効率的な反応が可能なプライマーに置換することは,当業者が容易になし得ることである。

なお、引用例1には,引用例3に記載されるような要件を満足するプライマーの使用を阻害するような記載は認められない。

 

◆審決について

引用例3の図5に開示される方法は,相補鎖の置換をアウタープライマーを用いて行うものである。

同引用例の図2の(7)には,同引用例に記載された要件を満足するプライマーを使用することによって,ループに新しいプライマーがアニールする反応が効率的に起こることが開示されている。

この反応には、当該プライマーと配列が異なるアウタープライマーは関係するものではない。

すなわち,引用発明3に開示された核酸の増幅方法では,ループにプライマーがアニールする段階ではアウタープライマーの使用を必須の構成とするものではない。

一方,引用発明1に開示された核酸の増幅反応においても,図2の(4)に示されるように,ループにプライマーがアニールする反応段階がある。

当業者であれば,引用例1の核酸の増幅方法では,この反応段階を経て核酸が増幅されて行くものと理解できる。

よって,当該反応段階が効率化されれば,引用発明1の核酸増幅反応全体としても,反応が効率化されると当業者は考える。

したがって,当業者は,当該反応段階自体,あるいは,当該反応段階を含む「増幅反応」全体を効率化する目的で,引用発明3に開示された要件を満足するプライマーを使用することを,容易に想到するものと認められる。

 

◆被告の主張について

被告は,訂正発明1の特許請求の範囲の記載に基づき,同発明は「中間体形成反応の初期反応」を特定するものであり,引用発明1及び3は中間体形成反応の後期反応や増幅反応に関するものであるから,訂正発明1とは特定する反応段階が異なると主張する。

しかし、この主張は、明細書等に基づかないので、採用できない。

 

【所感】

 審決が妥当であり、判決は不当である。

 「機能は類似だが、異なる手法に用いられる物質について、置換が容易である」との認定は、少なくともに化学分野の数値限定発明において適用されるべき論理ではない。

 当業者が、より効率の良い反応プロセスを求めて試行錯誤する過程において、上記置換をした可能性はあるだろうが、その置換が容易であったと判断する根拠が「ループを形成する点において共通」や「核酸の増幅方法において効率的な反応を行うことは,当業者にとって自明の技術課題」では、論理が飛躍しており、この判断は失当であると言わざるを得ない。