有精卵の検査法および装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.07.15
事件番号 H26(行ケ)10262
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 有精卵の検査法および装置
キーワード 審判請求書の却下決定
事案の内容 本件は、無効審判請求書の却下の決定に対し、原告が取消を求めて決定が取り消された事案である。本件における却下決定とは、無効審判請求書に記載された請求の理由1ないし3について、いずれも特許法131条2項で規定される記載要件を満たすものではないとして手続補正が命じられたものの、不備が解消されなかったとして133条3項の規定により、なされたものである。
請求の理由に、誤記や意味するところが不明である記載があったとしても、主張する無効理由自体が特定されていれば131条2項の要件を満たすと判断された点がポイント。

特許無効審判を請求する場合における前項第三号に掲げる請求の理由は、特許を無効にする根拠となる事実を具体的に特定し、かつ、立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載したものでなければならない。(131条2項)

事案の内容

【経緯】

平成14年 9月 4日 特許出願(特願2002-259297号)

平成16年 4月 2日 出願公開(特開2004-101204号)

平成19年 7月 5日 特許請求の範囲の補正

平成19年 8月17日 設定登録

平成26年 7月24日 原告による無効審判請求

平成26年 9月 5日 原告に対し、手続補正指令書を発送

平成26年10月 1日 原告による手続補正書の提出

平成26年10月24日 審判長による「本件審判の請求書を却下する」との決定

平成26年11月 4日 謄本送達

 

【無効審判請求書の記載】

原告が提出した平成26年7月24日付け無効審判請求書(甲6の1。以下「本件審判請求書」という。)は,その別紙に「請求の理由」が記載されており,そのうち「(3)特許無効審判の根拠」欄には,特許法(以下単に「法」ということがある。)29条1項1号,同項2号及び38条が無効の根拠条文として記載され,「(4)本件特許を無効にすべき理由」欄には,以下の記載がされていた。

 

「理由1:本件特許発明は,いわゆる公知の発明である。」

「本件特許出願は,平成14年9月4日付で出願されたものであり,その出願日以前の平成14年5月28日に公開されている特開2002-153262号の「公開特許公報」で公開されている発明(鶏卵の処理方法及び処理装置)の「発明の詳細な説明」によって開示された発明から容易に発明することができた特許発明と解すべきである。」(以下「無効理由1の1」という(※)。)

※…無効理由1の2は割愛。

 

「理由2:本件特許発明は,いわゆる公用の発明である。」

「本件特許発明の「自動検卵機」(乙5の8)は,2004年4月2日に公開された特開2004-101204(判決注:本件公開公報)と同一の発明であり,しかも,本件請求人が公開した「自動検卵機」とも全く同一の装置である。すなわち,乙5の6によって熊本アイディーエム㈱から坪井種鶏孵化場のX社長に報告されている「検卵機開発経過報告書」(乙5の6)に記載されている開発経過,打合せ議事録,設定見積仕様書などによって明らかにされている。(・・略・・)この設備見積仕様書に基づいて,坪井種鶏孵化場において直ちに試作品を製造するとともに,乙5の7に示されている各孵化工場で何回かのテストを繰り返して市場化が開始されている。」(以下「無効理由2」という。)

 

「理由3:本件特許発明は,いわゆる共同開発による共同出願である。」

「本件特許出願は,発明者を追加補正するとともに共同発明に補正して認められた特許権である。よって,この追加発明と共同発明に発明者を補正しながら特許を受ける権利を承継することを証明する書面(譲渡書等)の提出をされていないのに,担当審査官がこの補正を職権でこの補正を認めていることは,無効な手続による補正であるから本件特許出願は無効な特許出願と解すべきである。すなわち,特許法に違反する特許出願の手続であるから,特許無効の審判請求によって無効な特許と解すべきである。」(以下「無効理由3」という。)

 

【裁判所の判断】

当裁判所は,原告の取消事由の主張には理由があり,却下決定にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 

…法131条2項にいう「特許を無効にする根拠となる事実」とは,無効理由を基礎付ける主要事実をいうものと解されるから,同項は,請求人が主張する無効理由を基礎付ける主要事実を具体的に特定し,かつ,そのうち立証を要する事実については,当該事実ごとに証拠との関係を記載することを記載要件とするものと解される。しかし,同記載要件を欠くことを理由とする法133条3項に基づく却下決定は,合議体による主張内容自体についての判断(請求が不適法であるかどうかの判を含む。)ではなく,審判長による単独の決定として,形式的な事項のみを審査して,審理を行うことが可能な程度に主張が特定されているかどうかを判断して行うものであるから,無効理由を基礎づける主要事実が具体的に特定されていないことを理由とする審判請求書の却下は,審判請求書の無効理由の記載(補正を含む。)を,その記載全体及び提出された書証により容易に理解できる内容を併せ考慮して合理的な解釈をしても特定を欠くことが明らかな場合にされるべきであるし,請求人が主張する無効理由が証拠上認められないということをもって同項の特定を欠くとはいえないことはもちろんのこと,請求人が主張する無効理由が,法定された無効原因についての独自の見解ないし法解釈に基づくものであるため,審判体において無効理由としては失当又は不十分な事実の記載であると思料する場合であったり,また,請求人が主張する無効原因が一事不再理違反に当たるなどの理由により,請求が不適法である場合であっても,このことのみをもって同項の特定を欠くということはできないというべきである。

 

以上を前提として,本件審判請求書の記載について検討する。

 

(1)無効理由1の1について

本件審判請求書の記載によれば,原告は,無効理由1の1については,法29条1項1号を根拠条文として挙げ,本件特許発明は,いわゆる公知の発明であると主張している。同号違反による無効の根拠となる事実とは,特許発明と同一の発明が存すること及び当該発明が特許出願前に日本国内又は外国において公然知られたことであるところ,原告は,本件審判請求書において,自己の主張の根拠となる発明として本件特許に係る出願日よりも前の平成14年5月28日を公開日とする引用公報記載の発明を挙げ,その引用公報を書証として提出している。

そして,引用公報は,全6頁と比較的短いものであり,基本的な発明の実施の形態としては一つしか記載されていない上(乙5の5),原告は,本件補正の際に,別紙2-2(乙6の4)を提出し,引用公報記載の発明の要約として,その実施形態の要約を「解決手段」として記載している。そうすると,原告の上記主張は,引用公報記載の発明を具体的に特定した上で,本件特許発明は,出願前に公然知られていた引用公報記載の発明と同一の発明であり,したがって,本件特許に係る出願は法29条1項1号に反し,無効であるとの主張をするものであると理解することができ,これらの事実を立証する証拠として引用公報を提出したものであるから,法131条2項の「特許を無効とする根拠となる事実を具体的に特定し,かつ,立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載したもの」との記載要件を満たすものといえる。

なお,無効理由1の1についての本件審判請求書の記載には,「本件特許出願は,・・引用公報記載の発明から容易に発明することができた特許発明と解すべきである」という部分があり,原告は,本件補正指令においてこの点についての釈明を求められたにもかかわらず,同記載を補正していないことからすると,同主張部分は,法29条2項による無効をも主張するかのように解する余地はある。しかし,原告(代理人弁理士)が,明確に同条1項1号を根拠条文として挙げ,本件特許発明は,「いわゆる公知の発明である」と主張しているという無効理由1の1の記載全体からみれば,同記載部分は,単なる誤記であると解するのが相当であり,同記載部分があることをもって,法29条1項1号違反の主張が特定されていないということはできない。また,原告は,本件補正の際に提出した別紙2-2(乙6の4)において,引用公報記載の発明と,本件公開公報記載の発明(出願時の発明)とを対比しており,本件特許時の請求項ではなく,本件公開公報の公開時の請求項に係る発明と同一であることをもって,本件特許に係る出願に無効理由があるとの主張をしているものと解される。この点,無効原因の判断をする際には,本件特許に係る特許された請求項の記載と,引用公報記載の発明とを対比すべきであることは,却下決定においても指摘されているとおりであるから,原告の主張は,独自の見解にたつものである。

しかし,原告の主張自体は理由がないとしても,前記のとおり,同別紙の記載事項から,原告が無効原因として主張する引用公報記載の発明は特定されているといえる以上,同主張が,法131条2項にいう特定を欠いているということはできない。

 

(2)無効理由2について

本件審判請求書の記載によれば,原告は,無効理由2については,法29条1項2号を根拠条文として挙げ,本件特許発明は,いわゆる公用の発明であると主張している。同号違反による無効の根拠となる事実とは,特許発明と同一の発明が存すること及び当該発明が特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされたことであるところ,原告は,本件特許発明は,原告が公開した「自動検卵機」と同一の装置であると主張して,本件報告書(=「検卵機開発経過報告書」)を書証として提出している。本件報告書は,報告文書及びその添付書面という複数の書面から構成されているが,これらの添付書面は,原告から依頼を受けて熊本アイディーエムが設計した「自動検卵機」の一連の開発経緯を説明するための資料であり,報告文書の記載からすれば,その最終的な開発結果として平成14年10月8日付の設備見積仕様書が添付されているのであるから,原告は,同設備見積仕様書記載の装置が本件特許発明と同一であると主張しているものと理解できる上,原告は,本件補正の際に,本件特許発明と同一の装置であることは上記設備見積仕様書の「装置概要」の記入によって明らかである旨の記載及びこの設備見積仕様書に基づいて製造された試作品でテストを繰り返して市場化が開始されたことをもって公然実施と解するべきであるとの記載も加えている。そして,同設備見積仕様書の「装置概要」には,「卵トレーを,装置内にセットし,そのトレーを1個毎に搬送させ,整列・検卵・不良取出しを行うもので,検卵部でライトアップを行い,目視によって,良否判定を行い,次工程で不良品を自動的に取り出す装置です。」との記載がされている(乙5の6)。そうすると,原告の上記主張は,本件特許発明(ただし,原告の主張によれば,本件公開公報記載の発明)と同一の発明であると主張する発明を,上記設備見積仕様書に記載されたものと具体的に特定した上で,同仕様書に基づいて製造した試作品を原告の孵化工場でテストを繰り返して市場化が開始されたことをもって,本件特許出願前の公然実施を主張するものと理解することができ,これらの事実を立証する証拠として本件報告書等を提出したものであるから,法131条2項の「特許を無効とする根拠となる事実を具体的に特定し,かつ,立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載したもの」との記載要件を満たすものといえる。

なお,無効理由2の末尾には「(別紙2-1と2参照)」との記載があり,その意味するところは不明であるが,参照との記載にすぎないことからすれば,同記載をもって,法131条2項の特定を欠くとはいえない。また,無効理由2について原告がした本件補正のうち,「本件請求人が公開した『自動検卵機』とも全く同一の発明である。」という文中の「本件請求人」を「本件被請求人」と補正した点は,同文に続く「すなわち」以下の文章からすれば,補正の方が誤記であると合理的に理解できる。本件補正のうち,「別紙4-1の装置概要に赤文字で記入されているのと,」に続く,「それに添付されている「有精卵の検査方法」の冊子によって明らかである。」という部分は,そもそも本件補正書にはそのような冊子は添付されていないから,その意味するところが明らかではないが,前記のとおり,本件審判請求書の記載から,本件特許発明と同一の発明であると主張する発明は,本件報告書の設備見積仕様書に記載されたものと理解することができるのであるから,上記冊子の内容が不明であるとしても,無効理由2について法131条2項の特定を欠くとはいえない。

 

(3)無効理由3について

本件審判請求書の記載によれば,原告は,無効理由3については,法38条を根拠条文として挙げている。そして,原告が主張する無効理由3についての具体的な理由は,原告が提出した書証(乙5の10,11)を併せて読めば,本件特許発明は四国計測内の社員及び財団法人阪大微生物病研究会内の社員が共同発明者である共同発明であるのに,出願時には四国計測の社員のみが発明者とされ,四国計測が単独出願をしていたものであり,その後,四国計測が,特許を受ける権利を承継することを証明する書面(譲渡書等)の提出をしていないのに,担当審査官が共同発明として発明者を追加する補正を認めたことは違法であり,このような手続違背があることをもって無効な出願と解すべきであるとの主張をするものと解することができる。この点,法38条違反は,特許を受ける権利が共有に係るときに,各共有者が共同で特許出願をしなかった場合が該当するものであり,補正についての瑕疵があっても同条違反に該当するとは解されないから,原告の主張は同条についての独自の理解を前提とするものであり,失当であるというべきであるが,原告の主張する無効理由自体は特定されているというべきであるから,このことをもって,法131条2項の特許を無効にする根拠となる事実が特定されていないということはできない。

そうすると,無効理由3についての記載は,法131条2項の「特許を無効とする根拠となる事実を具体的に特定し,かつ,立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載したもの」との記載要件を満たすものといえる。

 

【結論】

以上のとおりであり,原告の主張する取消事由は理由があり,これが却下決定の結論を左右することは明らかである。したがって,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。

 

【所感】

本判決の判断は不当と考えられる。なぜなら、青本における131条2項に記載には、「請求の理由が曖昧であると、被請求人が反論の対象を特定できないため適切な防御ができなくなり、また、仮に反論の対象を特定しようとすれば、被請求人が請求人に釈明を求めることとなるため、被請求人に不必要な対応負担が生じ、かつ、審理の遅延を招くからである。同項はこのような問題を除去することを目的とするものであり…」と書かれており、この131条2項の趣旨から考えると、原告の無効審判請求書における記載は、131条2項の目的に適っているとは言えないからである。自分が審判請求書を作成する際には、誤記や意味するところが不明な記載をせず、無効理由を基礎づける主要事実を具体的に特定するよう心がける。