暗記学習用教材,及びその製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2015.1.22
事件番号 H26(行ケ)10101
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 暗記学習用教材,及びその製造方法
キーワード 産業上利用することができる発明
事案の内容 拒絶査定不服審判(不服2013-25925)の拒絶審決に対する取消訴訟であり、審決が維持された事案である。本願発明の技術的意義が、暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものにあるといえるから、本願発明は自然法則を利用した技術的思想の創作には該当せず、「発明」に該当しないと判断された点がポイント。

事案の内容

【特許請求の範囲】

[請求項1]

原文文字列の一部を伏字とすることにより作成された暗記学習用虫食い文字列が表示された暗記学習用教材であって,

 前記暗記学習用虫食い文字列は,

 前記原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,

 前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含み,

 前記原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである,

暗記学習用教材。

【審決の理由の要旨】

①本願発明は,何ら自然法則を利用したものではなく,「発明」に該当しないものであり,特許法29条1項柱書きに規定される「産業上利用することができる発明」に該当しないから,同項の規定により特許を受けることができず,②仮に,本願発明が「発明」に該当するとしても,本願発明は,本願の出願日前に頒布された刊行物である特開平9-160476号公報(刊行物1)に記載された発明(引用発明)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本願は拒絶すべきものである。

 

【原告主張の取消事由】

取消事由1:本願発明の発明該当性に係る判断の誤り

取消事由2:本願発明の容易想到性に係る判断の誤り (←判断されず)

取消事由3:手続違背 (←本レジュメでは省略)

 

【裁判所の判断】

2 取消事由1(本願発明の発明該当性に係る判断の誤り)について

(2)特許法2条1項所定の「発明」の意義について

…(略)…

また,特許の対象となる「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいい(特許法2条1項),一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。

そうすると,請求項に記載された特許を受けようとする発明が特許法2条1項に規定する「発明」といえるか否かは,前提とする技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。

そして,「発明」は,上記のとおり,「自然法則を利用した」技術的思想の創作であるから,単なる人の精神活動,抽象的な概念や人為的な取り決めそれ自体は,自然界の現象や秩序について成立している科学的法則とはいえず,また,科学的法則を利用するものでもないから,「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当しないことは明らかである。

したがって,請求項に記載された特許を受けようとする発明に何らかの技術的手段が提示されているとしても,前記のとおり全体として考察した結果,その発明の本質が,人の精神活動,抽象的な概念や人為的な取り決めそれ自体に向けられている場合には,「発明」に該当するとはいえない。

 

(3)本願発明の技術的意義について

ア 前記1の本願明細書の記載事項によれば,本願明細書には,次の点が開示されていることが認められる。

(ア)本願発明の技術的課題

従来,…(略)…紙面に掲載された文字列の一部を空欄にすることにより,いわゆる「虫食い」の文字列を作成すると共に,空欄に入れるべき文字列を紙面の別の場所に解答として掲載するものが知られていた(段落【0003】)。

…(略)…紙面に掲載された文字列の一部を空欄にした教材は,学習者が空欄に入れるべき文字列を思い出すことに汲々として,空欄以外の文字列には注意が向かない傾向があり,前後の文脈の中で空欄に入れるべき文字列を意識する姿勢に欠けやすいという問題があった(段落【0005】)。

そこで,本願発明は,従来の暗記学習用教材に存する上記問題の解決を課題として,簡素で取扱性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる暗記学習用教材を提供することを目的とする。

(イ)課題を解決するための技術的手段の構成

…(略)…

すなわち,本願発明は,従来から原文文字列の一部を空欄(伏字の一態様である。)にすることにより作成された暗記学習用虫食い文字列が表示された暗記学習用教材が知られているが(段落【0003】参照),前記(ア)の課題を解決するために,このような暗記学習用教材において,

① 暗記学習用虫食い文字列は,原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,同じ原文文字列を対象として第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列とを含み,

② 原文文字列は,本願の特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである,

という構成を採用したものである。

したがって,本願発明は,暗記学習用教材という媒体に表示される暗記学習用虫食い文字列の表示形態(上記①)及び暗記学習の対象となる文字列自体(上記②)を,その課題を解決するための技術的手段の構成とするものであると認められる。

(ウ)採用した技術的手段の構成から導かれる効果

本願発明の暗記学習用教材は,…(略)…次の効果を奏する。

…(略)…学習者は,与えられた文字列のうち,伏字部分のみならず,伏字とされていない箇所についても意識して読む癖をつけなければ両方の伏字部分に正答することが難しいことから,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習をするようになるため,本願発明の暗記学習用教材によれば,簡素で取扱い性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる(以上につき段落【0008】)。

さらに,本願発明の暗記学習用教材は,「原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである」という構成を採用したことにより,次の特徴を有する。

すなわち,上記著作物は,一般に,注意深い精読が求められるものであるため,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うのに好適である(段落【0012】)

…(略)…

イ 以上によれば,本願発明は,暗記学習用教材という媒体に表示される暗記学習用虫食い文字列の表示形態及び暗記学習の対象となる文字列自体を課題を解決するための技術的手段の構成とし,これにより,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができるという効果を奏するとするものであるから,本願発明の技術的意義は,暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものにあるといえる。

 

(4)本願発明の発明該当性について

上記(3)で認定した本願発明の技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義を総合して検討すれば,本願発明は,暗記学習用教材という媒体に表示される暗記学習用虫食い文字列の表示形態及び暗記学習の対象となる文字列自体を課題を解決するための技術的手段の構成とし,これにより,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができるという効果を奏するとするものである。そうすると,本願発明の技術的意義は,暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものにあるといえるから,本願発明の本質は,専ら人の精神活動そのものに向けられたものであると認められる。

したがって,本願発明は,その本質が専ら人の精神活動そのものに向けられているものであり,自然界の現象や秩序について成立している科学的法則,あるいは,これを利用するものではないから,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作には該当しない。

以上によれば,本願発明は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないものである。

 

(6)小括

以上によれば,本件審決が,本願発明は,何ら自然法則を利用したものではなく,「発明」に該当しないものであり,特許法29条1項柱書きに規定される「産業上利用することができる発明」に該当しないから,同項の規定により特許をすることができないとした判断に誤りはなく,原告の取消事由1に係る主張は理由がない。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると考える。

学習用教材であっても、例えば教材そのものを技術的に改良したもの等であれば、自然法則を利用した技術的思想の創作に該当する余地はある。しかしながら、学習用教材において、どのような原文文字列を用いるか、原文文字列のどの部分を伏字にするかは、教材作成者が適宜定めるものである。このため、本願については、自然法則を利用しているとは言い難い。
特許法2条1項に定義する「発明」に該当せず特許法第29条1項柱書きの規定により特許を受けることができるか否かが争われた同様の事件として、対訳辞書事件(平成20年(行ケ)第10001号)が知られている。かかる事件では、使用する対訳辞書自体に大きな特徴があるため、人間の識別能力を利用するものであっても、反復可能性があるものとして発明該当性が肯定されたと考えられる。

これに対し、本願においては、2つの虫食い文字列において原文文字列のうち異なる部分を伏字とするという特徴を有するものの、学習教材自体の特徴としては大きくない。そのため、上述の事件とは異なる判断がなされた可能性がある。