旨み成分と栄養成分を保持した無洗米事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2017.12.21
事件番号 H29(行ケ)第10083号
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 旨み成分と栄養成分を保持した無洗米
キーワード 明確性要件、プロダクト・バイ・プロセスクレーム
事案の内容 無効審判(無効2015-800173号)の無効審決に対する取消訴訟であり、請求が認められて請求項1に係る部分の無効が取り消された。PBPクレームであっても、当該製造方法が当該物のどのような構成又は特性を表しているのかが一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、明確性要件違反にはあらたないと判断された点がポイント。

事案の内容

【特許請求の範囲】(下線は訂正部分。)

【訂正後 請求項1】(本件発明)

外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、

 前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、摩擦式精米機により搗精され、表層部から糊粉細胞層(4)まで除去された、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)米粒の表面に露出しており、且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部削り取れた基底部である胚盤(9)』が残っており、更に無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみ分離除去されてなることを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。

 ※請求項2および請求項3は、カテゴリーを「無洗米」から「無洗米の製造方法」に訂正。

 

【審決の概要】

本件発明は、明確性要件を満たさない。

『本件発明には、物の製造方法が記載されているといえる。・・・ここで、物の発明に係る特許請求の範囲にその物を製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)。

しかしながら、特許明細書及び図面には不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであるともいえない。

したがって、請求項1に係る発明は明確でない。』

 

【取消事由】

明確性要件に係る判断の誤り。

 

【裁判所の判断】

・・・特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

 

(製造方法の記載の有無)

・・・請求項1における「摩擦式精米機により搗精され」という記載は,本件発明に係る無洗米の前段階である,玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され,亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており,米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っている米の製造方法を記載したものと解するのが相当である。また,請求項1における「無洗米機(21)にて」とは,上記無洗米の前段階である米から,糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去された,本件発明に係る無洗米を製造する方法を記載したものと解するのが相当である。

以上のような特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載によれば,請求項1は全体として,物の発明である「無洗米」を特定する事項の一部に製造方法が記載されているということができる。

 

(本件発明の明確性)

ア 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。しかるに,原告は,本件特許の出願時において上記「無洗米」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することについて,主張立証しない。

イ 他方,前記最高裁判決が,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,上記一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には,第三者の利益が不当に害されることはないから,明確性要件違反には当たらない。

ウ そこで検討するに,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本件発明は,玄米粒において,⒜表層部から糊粉細胞層までが除去され亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており,⒝米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,⒞糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去されてなることを特徴とする,旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の発明であることが記載されている。

・・・

オ 以上のような特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の「摩擦式精米機により搗精され」という記載は,本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ⒜⒝の構造又は特性を有する精白米を製造する際に摩擦式精米機を用いることを意味するものであり,「無洗米機(21)にて」という記載は,上記精白米から前記ウ⒞の構造又は特性を有する無洗米を製造する際に無洗米機を用いることを意味するものであって,前記ウ⒜ないし⒞のほかに本件発明に係る無洗米の構造又は特性を表すものではないと解するのが相当である。そして,本件発明に係る無洗米とは,玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され,亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出し,米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」が分離除去された米であるといえる。

そうすると,請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても,本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは,特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって,請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない。

 

(小括)

したがって,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は明確であって,これが明確性要件に違反するということはできない。よって,取消事由は理由がある。

 

【所感】

裁判所の判断は、以下の2つの理由から、妥当であると考えられる。

●特許法36条6項2号の制度趣旨に合っているため。

明確性要件は、第三者に不測な不利益を与えないために設けられているため、第三者に不測な不利益を与えるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

●最高裁判決において、「PBPクレームでは不可能・非実際的事情の立証を要する」とした理由に反するものではないため。

最高裁判決では、物同一性説を採用し、一般的には、製造方法が物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり、権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから、不可能・非実際的事情が存するときに限ってPBPクレームを認めることとした。
しかしながら、上記一般的な場合と異なり、物のどのような構造又は特性を表しているのかが明細書等の記載から一義的に明らかであれば、第三者の利益が不当に害されることがないと考えられる。

 

本判決により、PBPクレームにおいて明確性要件違反を解消するために、「製造方法が物のどのような構造又は特性を表わしているかが一義的に明らかであること」を主張することも有効であることが明らかとなった。

このような主張は、不可能・非実際的事情を立証することよりも容易な場合があるのではないかと考えられる。

また、本判決では、特許庁が最高裁判決後に改訂した審査ハンドブックの記載と齟齬がない判断が示された。審査ハンドブックには、以下のように記載されている。

『「その物の製造方法が記載されている場合」の類型、具体例に形式的に該当したとしても、「当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表わしているのか」が明らかであるときには、審査官は、「その物の製造方法が記載されている場合」に該当するとの理由で明確性要件違反とはしない。』