散乱光式煙感知器事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2019.07.22
事件番号 H30(行ケ)10055
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 散乱光式煙感知器
キーワード 進歩性
事案の内容 無効審決に対する取消訴訟で、無効が取り消された(請求項1-6、8)。
【ポイント】引用発明(国際公開第01/059737号)の認定において、特徴n)は記載されているが、n)に至る説明に矛盾があるため、技術的に理解できず、n)の技術的思想を認識できないとされた。

事案の内容計算式、別紙表

【経緯】
出願 2003年4月24日(特願2003-119394)
本願登録日 2007年9月14日(特許第4010455)
無効審判請求日 2016年6月29日(無効2016-800079)
訂正 2016年9月23日
無効審決 2018年3月19日(請求項1-6、8:無効、請求項7:無効審判成立せず)
 
【請求項1】
請求項1の分説
A)検煙空間に向け,第1波長を発する第1発光素子と,第1波長とは異なる第2波長を発する第2発光素子と,
B)第1発光素子と第2発光素子から発せられる光を直接受光しない位置に設けられた受光素子とを備えた散乱光式煙感知器に於いて,
C)前記第1発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第1散乱角に対し,第2発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第2散乱角を大きく構成し,
D)第1発光素子から発せられる第1波長に対し,第2発光素子から発せられる第2波長を短くし,
E)前記第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別することを特徴とする
F)散乱光式煙感知器。
【審決】
3 審決の理由の要旨
(1) 被告は,本件発明について,①サポート要件違反(無効理由1),及び②国際公開第01/059737号(甲1。以下「甲1文献」という。)に記載の発明(以下「引用発明」という。)及び下記甲3,5~11の文献(以下,それぞれ「甲3文献」などという。)記載の技術事項に基づく進歩性欠如(無効理由2)を主張した。
審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに,①本件発明はサポート要件に適合するが,②本件発明1~6,8は,引用発明及び甲3,5~11文献に基づき当業者が容易に想到することができたものであり進歩性を欠くから,本件発明1~6,8についての特許を無効とすべきであるというものである。
(2) 審決が認定した引用発明及び本件発明との一致点及び相違点は次のとおり
である。
ア 引用発明(国際公開第01/059737号:特表2003-523028号公報)
省略(裁判所の判断2.(2)アに記載)
イ 本件発明1と引用発明の対比
本件発明1と引用発明は以下の[一致点]で一致し,[相違点1]について相違する。
[一致点]
A)検煙空間に向け,第1波長を発する第1発光素子と,第1波長とは異なる第2波長を発する第2発光素子と,
B)第1発光素子と第2発光素子から発せられる光を直接受光しない位置に設けられた受光素子とを備えた散乱光式煙感知器に於いて,
C)前記第1発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第1散乱角に対し,第2発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第2散乱角を大きく構成し,
D´)第1発光素子から発せられる第1波長に対し,第2発光素子から発せられる第2波長を異ならせ,
E)前記第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別する
F)散乱光式煙感知器。
[相違点1]
 本件発明1は,第1発光素子から発せられる第1波長に対し,第2発光素子から発せられる第2波長を短くしているのに対し,引用発明の第1の照明と第2の照明とは,どちらの照明の波長が短いか特定されていない点。
 
【争点】
(1) 引用発明の認定の誤りに基づく相違点の看過(無効理由2)
原告(特許権者は、引用発明は、分説Eに相当する構成を有していない)
(2)相違点1の容易想到性判断の誤り(無効理由2) 判断されず。
(3)手続違背 判断されず。
 
【裁判所の判断】
1. 本件発明について
(1) 特許請求の範囲の記載 省略、請求項1の分説を上に記載。
(2) 本件明細書の記載 省略
(3) 本件発明の特徴
上記(2)によれば,本件発明の特徴は次のとおりと認められる。
ア 省略
イ 省略
ウ 本件発明は,検煙空間に向け,第1波長を発する第1発光素子と,第1波長とは異なる第2波長を発する第2発光素子と,第1発光素子と第2発光素子から発せられる光を直接受光しない位置に設けられた受光素子とを備えた散乱光式煙感知器について,第1発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第1散乱角に対し,第2発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第2散乱角を大きく構成し,第1発光素子から発せられる第1波長に対し,第2発光素子から発せられる第2波長を短くし,第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別することを特徴とする(【0008】,【0009】,【0014】)。
エ 本件発明によれば,2つの発光素子につき受光素子に対する散乱角を異ならせることで煙の種類による散乱特性の相違を作り出し,同時に2つの発光素子から発する光の波長を異ならせることで波長に起因した散乱特性の相違を作り出し,この散乱角の相違と波長の相違の相乗効果によって煙の種類による散乱光の光強度に顕著な差を持たせることで煙の識別確度を高め,調理の湯気やタバコの煙による非火災報を防止し,更に火災による煙についても黒煙火災と白煙火災といった燃焼物の種類を確実に識別することができる(【0097】)。
2 取消事由1(引用発明の認定の誤りに基づく相違点の看過)について
(1) 甲1文献の記載 省略
(2) 引用発明の認定
上記(1)の記載によれば,甲1文献には,前記第2の3(2)アのa)~m),o),p)の構成を備えた煙検知装置が開示されており,この点については当事者間に争いがない(以下「引用発明の争いのない構成」という。)。
ア 引用発明
a) 空気中に浮遊する煙粒子を感知する装置であって,
b) 少なくとも第1の照明および第2の照明を与えるように構成された光源と,
c) 煙粒子を含み得る検出対象空気が流れるように構成された煙粒子感知区画と,
d) 前記第1または第2の照明によって,前記煙粒子感知区画を交互に照射するように構成された諭理手段と,
e) 前記煙粒子感知区画内の煙粒子で散乱した光を受光するセンサ手段と,
f) 前記煙粒子感知区画の所定の状態の指標を提供する出力手段と,
g) 当該装置の構成要素が,適所に機械的に固定されており,
h) 前記第1および第2の照明が,独立して放射され,
i) 前記第1および第2の照明が,異なる位置から与えられ,
j) 前記第1および第2の照明が,異なる角度で照射し,
k) 前記第1の照明の光軸と散乱した光を受光するセンサ手段の光軸と交差する角度を前方散乱を検出する角度とし,第2の照明の光軸と散乱した光を受光するセンサ手段の光軸と交差する角度を後方散乱を検出する角度とするような態様とされ,
l) 前記第1および第2の照明が,一方が短波長光で他方が長波長光等,異なる波長であり,
m) 前記第1の照明および第2の照明の照射方向が,前記散乱した光を受光するセンサ手段の受光方向に直接向いていない態様とし,
n) 長波長光からの振幅信号と短波長光からの振幅信号との比を比較することにより煙粒子の大きさを判定し,
o) 判定を行うための照明の光は,10ms等の短い幅にパルス化されており,センサでは,各波長の散乱光の各パルスに応答して,信号が生成される,
p) 煙粒子感知装置
を備えた煙感知器。
 
さらに,この煙検知装置について,「n) 長波長光からの振幅信号と短波長光からの振幅信号との比を比較することにより煙粒子の大きさを判定し,」との構成が開示されているかが問題となる。
ア 甲1文献の記載
(ア) 本件記載においては,
① 信号は,デジタルフィルタリングを用いた増幅によって,信号対雑音比が改善されており,パルス信号の絶対振幅および相対振幅の両者(both the absolute and relative amplitudes of the pulse signals)が格納される。
② 絶対値(the absolute value)が粒子濃度を示す一方,相対値(therelative value)が粒子サイズまたは粒子群の平均サイズを示す。
③ レイリーの理論から,浮遊粒子の所与の質量濃度において,長波長光は,小さな粒子の場合に小さな振幅信号(a low amplitude signal)を生成し,大きな粒子の場合に大きな振幅信号(a large amplitudesignal)を生成することになる。
④ 短波長光は,大小の粒子いずれの場合にも,相対的に等しい振幅信号(a relatively equal amplitude signal)を生成することになる。
との記載に続いて,
⑤ 「したがって,信号の比を比較することにより(by comparing theratio of the signals),粒子が大きいか小さいかを判定することができる。」
との記載がある(以下,これらを,「記載①」などという。下線は裁判所による。)。
(イ) これによれば,「信号の比」(記載⑤)における「信号」は,「長波長光」が生成する「振幅信号」(記載③)と,「短波長光」が生成する「振幅信号」(記載④)であり,「信号の比」とは,長波長光が生成する振幅信号と短波長光が生成する振幅信号の比であると理解することも文脈上は可能であるようにみえる。
イ 本件記載の技術的意義について
そこで,このような理解を前提に,本件記載を技術的に理解することができるかについて検討する。
(ア) 技術常識
a α<0.3とα>5の領域における散乱光強度の特徴(甲3,18,弁論の全趣旨)
 粒径パラメータα<0.3のレイリー散乱領域においては,散乱光強度は,次の式によって算出される(レイリーの理論。なお,Iθは散乱角θにおける散乱光強度,aは半径,Rは粒子からの距離,λは波長,mは屈折率)。
 
(計算式 添付参照)
 
 そうすると,粒径パラメータα<0.3(α=2πr/λ(rは粒径,λは波長)であるレイリー散乱領域においては,1つの粒子により散乱された光の強度は粒径の6乗に比例するということができる。
 そして,散乱光強度は,1つの粒子により散乱された光の強度に粒子の個数を乗じたものとなるところ,粒子の個数は粒径の3乗に反比例するから,結局,質量濃度が一定の場合,散乱光強度は粒径の3乗に比例するということができる。
 また,散乱光強度は,波長の4乗に従って低下する。
 他方,粒径パラメータα>5では,1個の粒子による散乱光強度は粒径の2乗に比例するところ,粒子の個数は粒径の3乗に反比例するから,結局,質量濃度が一定の場合,散乱光強度は,粒径に反比例することになる(弁論の全趣旨)。
b 散乱角による散乱光強度の変化(甲3)
 散乱角による散乱光強度の変化は甲3文献の図3(B)(図7.2と同旨のもの。)のとおりである。
 そして,粒子径が波長より大きい領域(フラウンホーファ領域)では,散乱光はほとんど前方にだけ集中し,粒子径の大きさに依存して散乱光強度が大きく変化するため,前方散乱光の光強度分布を検出することにより粒子径を特定することができる
 これに対し,粒子径が波長より小さい場合(ミー領域)では,散乱光は散乱角に依存して側方・後方散乱の割合が増加し,やがて全方向に広がるようになる(レイリー散乱)。 0.1μm以下の粒子では,前方散乱光の強度分布に明確な差がなくなるため,前方散乱の情報だけでは粒子径を判断することはできない
 
c 散乱光強度と粒径の関係
 甲3文献の図3(B)(図7.2と同旨のもの。)により,次の①②のとおり,α=0.5,1.0,2.0,4.0における,質量濃度を一定とした場合の散乱光強度I(垂直成分と平行成分の散乱光強度の和)について,α=0.5の値を基準に散乱角θごとに比較すると,おおむね別紙「散乱光強度と粒径の関係」のとおりとなる。
 
(別紙 添付参照)
 
① 1粒子当たりの散乱光強度
 散乱角θごとにi1とi2の和を求め,α=0.5の散乱光強度を「1」とし,α=1.0,α=2.0,α=4.0の散乱光強度をα=0.5の散乱光強度で除する。
② 質量濃度一定の条件での比較
 粒径が2倍になれば,単位体積あたりに含まれる粒子数は1/8になることから,①で求めた数値について,波長が一定であることを前提に,散乱角θごとに,α=1.0の数値を1/8倍し,α=2.0の数値を1/64倍し,α=4.0の数値を1/512倍する。
 これによれば,粒径と散乱光強度との関係は,波長と質量濃度が一定の場合,θ=30°では粒径が大きくなるにしたがって散乱光強度が大きくなり,その際の粒径の変動による散乱光強度の差も大きい。
 また,θ=45°及び60°ではα=2.0のときが最大であり,θ=120°及び150°ではα=1.0のときが最大であり,αの変動による差はθによってまちまちである。
(イ) 本件記載の技術的意義
a レイリー理論を前提とした場合
 記載④には,「短波長光は,大小の粒子いずれの場合にも,相対的に等しい振幅信号を生成することになる」という記載があり,この記載は,記載⑤の前提となっている。
 しかし,審決も指摘しているとおり,レイリーの理論からすれば,質量濃度を一定とした場合,長波長光が,小さな粒子の場合に小さな振幅信号を生成し,大きな粒子の場合に大きな振幅信号を生成するとすれば,短波長光は,長波長光よりさらに小さな粒子についても,粒子の大きさに比例した振幅信号を生成することとなり,大小の粒子いずれの場合にも相対的に等しい振幅信号を生成するとはいえない。
そうすると,レイリーの理論から,記載④のようにいうことはできず,記載④を記載③及び記載⑤と整合的に説明することはできない。
b ミー散乱領域に関する理論を考慮した場合
そこで,審決は,ミー散乱領域も考慮すれば,記載④に矛盾はないとする。すなわち,「α<0.3の領域における散乱光強度は粒径の3乗に比例し,α>5の領域における散乱光強度は粒径に反比例することからすると,α<0.3の領域の方が,α>5の領域よりも散乱光強度に対する粒径の影響が大きいものといえる。そして,同じ粒径の粒子に対して光を当てた場合,長波長の光を当てた場合の方が,短波長の光を当てた場合よりも粒径パラメーターαが相対的に小さくなるから,長波長の光を当てた場合の散乱光強度との関係はα<0.3寄りに,短波長の光を当てた場合の散乱光強度との関係はα>5寄りに位置するものと理解できる。したがって,長波長の場合に比べ,短波長の光を当てた場合の方が,粒子の大きさによって受ける影響の度合いは小さくなるので,『短波長光は,大小の粒子のいずれの場合にも,相対的に等しい振幅信号を生成することになる』といえる。」という趣旨の指摘をするのである。
 しかし,仮にα<0.3に近い領域においては散乱光強度が粒径の3乗に比例する関係が成立し,α>5に近い領域においては散乱光強度が粒径に反比例する関係が成立するとしても,その間における散乱光強度と粒径との関係については,審決は何ら明らかにしていないのであるから,これによって,常に長波長光に比べ短波長光は,相対的に等しい振幅信号を生成するといえるかどうかは明らかではないといわざるを得ない。この点について,被告は,「レイリー散乱領域からミー散乱領域よりもαが大きい条件の領域に向かって,レイリー散乱領域に近い側では,αが大きくなるに従って散乱強度が大きくなり,いずれかで必ず極大値に達し,その後αが大きくなるに従って散乱強度が小さくなって,ミー散乱領域よりも大きい条件の領域に近づく。」と主張するが,この主張は,散乱強度の大きさの変化を説明しているのにとどまるから,散乱強度と粒径と間の定量的な関係について説明がないという問題は,依然として解消されていない。
 また,審決の見解は,散乱角の違いによるばらつきを考慮していないという点においても問題があるものといわざるを得ない。すなわち,レイリー散乱領域よりαが大きい領域においては,上記(ア)b,cのとおり,散乱光強度は散乱角に依存して大きく変化し,αが変化した場合の散乱光強度の変化の仕方や程度は,散乱角θによってまちまちであることがわかる。そうすると,散乱光強度に対する粒径の影響は,散乱角θによって異なるといわざるを得ないのであるから,この点を考慮していない審決の見解には問題があるものといわざるを得ないのである(なお,引用発明の争いのない構成においては,第1の照明から照射される光と第2の照明から照射される光とでは,散乱角が異なることになるから,散乱角θによる影響はより一層複雑なものにならざるを得ないものと予想される。)。
 そうすると,審決の上記理解には問題があるといわざるを得ないから,ミー散乱領域を考慮したとしても,「長波長光が,小さな粒子の場合に小さな振幅信号を生成し,大きな粒子の場合に大きな振幅信号を生成するのに対し,短波長光が,大小の粒子いずれの場合にも相対的に等しい振幅信号を生成する」ということはできない。
c そして,他に記載④が成り立つことを裏付けるに足りるような根拠を見出すこともできないから,結局,記載④を記載③及び記載⑤と整合的に説明することはできないものといわざるを得ない。
 そうすると,当業者は,甲1文献から,引用発明の争いのない構成において「長波長光からの振幅信号と短波長光からの振幅信号との比を比較することにより煙粒子の大きさを判定」するという技術的思想を認識することはできないものというべきである。
(3) 相違点の看過
 以上のとおりであるから,本件発明1と引用発明は,相違点1のほかに,「本件発明1は,前記第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別する構成を有するのに対し,引用発明はこのような構成を有しない点」も相違点とするものといえる。本件発明2~6,8は本件発明1を直接ないし間接に引用するものであるから,上記に説示したところは,本件発明2~6,8にも妥当する。
 そうすると,上記相違点の看過は,本件発明1~6,8についての特許を無効とした審決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかであるから,取消事由1には理由がある。
(4) 被告の主張について
ア 被告は,1つの受光素子と異なる波長の光を発する2つの発光素子とを備えて煙の種類を識別する煙感知器において,2つの発光素子の各散乱強度の比を求めて煙の種類を判別することは,本件出願日当時周知技術であったこと,煙感知器において前方散乱の位置に近赤外線(長波長)光を配置することはごく一般的に行われている技術常識であること,甲1文献の発明の目的が「粒子の大きさからその粒子を識別する」ことにあることなどから,甲1文献には,2つの光の振幅信号の比を求めて煙の種類を判別する構成が記載されていると主張する。
 しかし,甲1文献の記載からは,引用発明の争いのない構成において「長波長光からの振幅信号と短波長光からの振幅信号との比を比較することにより煙粒子の大きさを判定」する技術的思想を認識できないことは上記(2)に説示したとおりであり,被告の主張する点は,この判断を左右するものではない。
イ 被告は,レイリー散乱領域(粒径の3乗に比例)からミー散乱領域よりもαが大きい条件の領域(粒径に反比例)に向かって,レイリー散乱領域に近い側では,αが大きくなるに従って散乱強度が大きくなり,いずれかで必ず極大値に達し,その後αが大きくなるに従って散乱強度が小さくなって,ミー散乱領域よりも大きい条件の領域に近づくこと,また,散乱強度の増減の度合いの傾向も,0.3<α<5の範囲において,レイリー散乱領域に近い側はレイリー散乱領域に似た傾向を示し,フラウンホーファ領域に近い側はフラウンホーファ領域に似た傾向を示すことに変わりはないと主張する。
 しかし,この説明によっても,記載④を意味のあるものとして理解することはできないことは上記(2)に説示したとおりであり,被告の主張は採用することができない。
3 結論
 以上によると,取消事由1は理由があるから,その余の取消事由を考慮するまでもなく,審決にはその結論に影響を及ぼす違法がある。
 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 判決は、妥当ではないと考える。
 引用発明の認定では、本願発明の分説E)に対応する「n)長波長光からの振幅信号と短波長光からの振幅信号との比を比較することにより煙粒子の大きさを判定する」のみが争われ、他は、争われていない。n)を導くレイリーの法則については、引用発明の4つの段落に記載されている(対応日本公開公報(2003-523028号公報)では段落、0058、0063、0074、0079)。判決では、段落0079に記載された記載③~⑤のうち④の記載に誤りがあるから、技術的に理解できず、n)の技術的思想を認識できないとしている。④の記載の誤りも、甲3文献(湯原義公・鈴木哲也,「レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置LA-700」,Readout HORIBA Technical Reports,株式会社堀場製作所,1992年1月26日,No.4,p30-36)の内容を加味して指摘されたものである。しかし、④に誤りがあっても、⑤が成立しないとまでは言えないと思う。本願発明においては、第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別しており(分説E)、この内容は、実質的に引用発明のn)の内容と同じであるため、⑤が成立しないのであれば、本願の分説Eも成立しなくなってしまう。引用発明に結果は記載されているが、結果に至る説明の一部に誤りのある場合に引用発明をどう認定するか、議論の余地があるように感じる