携帯型コミュニケータ事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2010.3.30
事件番号 H21(ネ)10055
発明の名称 携帯型コミュニケータおよびその使用方法
キーワード 文言解釈
事案の内容 原告が、被告に対し、被告製品の差止請求等を行い、原告の請求が棄却された事案。
「発明が解決しようとする課題」の記載から、訂正発明の前提として「機能の一部を他のサーバ等に置くことを想定したものということはできない。」と認定されたことがポイント。

事案の内容

【一審】

平成20年(ワ)第12952号

 

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第2590397号(登録日:平成8年12月19日)

(2)出願番号:特願平5-72367(出願日:平成5年3月30日)

(3)訂正審判:訂正2009-390042号→請求項2について訂正審判を行い訂正が認められる。訂正後の発明を「本件訂正発明」という。

(4)特許請求の範囲:

《1》本件訂正発明(請求項2)の分説(訂正部分には下線)

【a】携帯可能な筐体と,

【b】上記筐体内に設けられ,公衆通信回線に無線によって接続され,該公衆通信回線を経由して発信,または受信を行う無線通信手段と,

【c】上記筐体内に設けられ,該無線通信手段に対する制御指令の出力,上記無線通信手段を経由して上記公衆通信回線からデータを入力,または上記無線通信手段を経由して上記公衆通信回線にデータを送出する携帯コンピュータとを備え,

【d】上記携帯コンピュータは,さらに上記筐体に保持された,又は該筐体外のGPS利用者装置から位置座標データを入力する位置座標データ入力手段と,

【e】ディスプレイと,

【f】CPUと,

【g】上記ディスプレイに表示された所定の業務名を文字画像で示す発信先一覧から選択された選択項目の名称に基づき,上記位置座標データ入力手段の位置座標データに従って,所定の業務を行う複数の個人,会社あるいは官庁の中から現在位置に最も近いものの発信先番号を選択する選択手段と,

【h】上記選択手段の選択した発信先の発信先番号に電話発信を実行して通信する電話発信手段と,

【i】上記電話発信処理によって電話が接続されて後,上記通話中の文字画像を上記ディスプレイに表示する通話中手段と,を備え,

【j】上記位置座標データ入力手段と,上記選択手段と,上記電話発信手段と,上記通話中手段とは,上記CPUによって実行されることを特徴とする携帯型コミュニケータ。

 

 

【被告製品の構成】

判決文の別紙被告製品説明書を参照

 

【争点】

(1)被告製品は本件訂正発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(構成要件d~jの充足性)

(2)構成要件gにおける均等の成否(争点2)

 

【裁判所(知財高裁)の判断】

当裁判所は,被告製品は本件訂正発明の構成要件gの「選択手段」を具備せず,また,被告製品は,本件訂正発明の均等物ではないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 争点1イ(被告製品は,構成要件gの「選択手段」を具備するか)について

(1) 特許請求の範囲の記載

本件訂正発明の特許請求の範囲には,「上記携帯コンピュータは,・・・上記ディスプレイに表示された所定の業務名を文字画像で示す発信先一覧から選択された選択項目の名称に基づき,上記位置座標データ入力手段の位置座標データに従って,所定の業務を行う複数の個人,会社あるいは官庁の中から現在位置に最も近いものの発信先番号を選択する選択手段と,・・・を備え」と記載されている。上記特許請求の範囲の記載によれば,「選択」は,「所定の業務を行う複数の個人,会社あるいは官庁の中から現在位置に最も近いものの発信先番号」を対象としているが,「所定の業務を行う複数の個人,会社あるいは官庁」の発信先番号等の情報取得態様及び選択態様について,必ずしも明確であるとはいえない。そこで,本件訂正明細書の発明

の詳細な説明を参酌する。

 

(2)略

 

(3)「選択手段」の意義について

以上によれば,本件訂正発明は,従来の無線電話装置と,携帯型コンピュータとGPS利用者装置とをすべて携帯することができず,かつ相互を組み合わせてそれらを複合した機能を得ることができないとの課題を解決するために,複合した機能を,実用的に得ることを目的とするものである。そうすると,本件訂正発明は,携帯型の情報装置がこれらの装置の機能を複合させた機能を有することに特徴があり,機能の一部を他のサーバ等に置くことを想定したものということはできない。

そして,前記認定の本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,「携帯型コミュニケータ」は,CPUを備えた携帯コンピュータと無線電話装置とGPS利用者装置とを備えるとともに,地図情報を備えた地図データROMが接続されており,CPUにより実行される最寄発信処理においては,まず,現在位置の座標と発信先の名称が入力され,次に,地図データROMから現在位置から最も近い発信先番号を選択する処理を行い,それは,現在位置の座標と地図データROMから読み込まれた地図情報とに基づいて選択しているものと認められる。したがって,「選択手段」による「発信先番号の選択」は,携帯コンピュータのCPUが,携帯型コミュニケータ自体で取得できるデータを用いて,発信先番号の選択に係る処理を実行することを指すと解するのが相当である。

 

(4)被告製品の「選択手段」の充足性

ア 略

イ 上記認定によれば、

(ア) 被告製品のCPUは,

(略)

(イ) 他方、ナビタイム社が所有、運営するナビタイムサーバは、

「(1)《4》CPUから受信した現在位置情報に基づいて現在位置を中心とする所定範囲の地図画面データを作成して被告製品に対し送信し,

(2)A《2》現在位置情報に応じた現在位置周辺の施設をカテゴリー別に検索することができるカテゴリー選択画面データを作成して被告製品に送信し,

(2)B《2》ナビタイムサーバが有するデータベースに基いて,現在位置情報を中心とする東西南北方向各2km(4km四方)の正方形エリア内に存在する施設について,現在位置との直線距離をそれぞれ計算し,施設の名称及び距離数を距離の近い順に表示したリスト画面データを作成して被告製品に送信し,

(2)C《2》ナビタイムサーバが有するデータベースに基づいて,施設の詳細情報(名称,電話番号,住所)の表示並びに現在地から当該施設へのルート地図,周辺スポット情報及び地点情報(緯度経度)等へのリンクからなる画面データを作成して被告製品に送信し」ている。

すなわち,現在位置に最も近い施設を含む施設及びその電話番号の検索並びにその検索結果たるリストの作成は,データベースを有するナビタイムサーバが実行している。

ウ 以上からすると,被告製品においては,専らナビタイムサーバが,そのデータベースを用いてディスプレイに表示される発信先番号の「選択」に係る検索処理を実行しており,被告製品は,地図情報も備えておらず,構成要件gの「選択手段」に相当する検索処理を実行することなく,単に,施設カテゴリーの選択及び現在位置情報の送信と検索結果の取得のみを行っている。

したがって,被告製品は,構成要件gの「選択手段」を具備するものではなく,同構成要件を充足しない。

 

(5) 原告の主張に対し

ア 略

イ 被告製品の構成要件gの充足性に係る原告の主張について

(ア)原告は,被告製品のCPUが現在位置に最も近いものの発信先番号を選択するための指令を発しない限り,ナビタイムサーバがこれに該当するデータを送信することはあり得ないから,最も近い「コンビニ」を選択しているのは,被告製品のCPUであると解するのが相当である旨主張する。

しかし,上記のとおり,「選択手段」による「発信先番号の選択」とは,現在位置の位置座標データに基づいて最も近い施設を選択し,それと関連付けて記憶されている同施設の発信先番号を取り出すことであって,処理を他のコンピュータに指令することを含まないと理解すべきである。そして,被告製品のCPUは,そのような処理をすることなく,単にその前提となる現在位置情報とユーザの選択内容を外部のナビタイムサーバに送信して,その結果であるナビタイムサーバが作成した画面データを受信しているにすぎないから,被告製品のCPUは,選択に係る検索処理に関与しているとはいえない。原告の上記主張は,採用することができない。

 

 

(イ)原告は,被告製品にあっては,地図データが膨大となる等の理由で遠隔地にあるサーバに記憶されているデータを読み出しているにすぎないのであって,筐体内部のメモリや外付けのSDカードに記憶させる場合と実質的に相違がない旨主張する。

しかし,被告製品にあっては,ナビタイムサーバの地図データが利用されているだけではなく,その検索処理についても,被告製品のCPUではなくナビタイムサーバが行っているのであって,単に地図データを外部のサーバから取得する態様とは異なる。したがって,原告の主張はその前提において誤りがあり,採用できない。

 

2 争点2(構成要件gの均等の成否)について

原告は,被告製品のCPUにより実行される処理が「選択手段」に該当しないとしても,同処理は,構成要件gの「選択手段」と均等である旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

 

(1) 置換可能性の有無について

…(中略)…本件訂正発明における「携帯コンピュータ」が,「位置座標データ入力手段の位置座標データに従って,所定の業務を行う複数の個人,会社あるいは官庁の中から現在位置に最も近いものの発信先番号を選択する選択手段」との構成を被告製品における上記処理手段に置換することは,解決課題及び解決原理が異なるから,置換可能性はないものというべきである。

(2) 本質的部分か否かについて

乙5(前記第3,7(1)ア)によれば,自動車電話において,GPS装置を利用して現在位置に最も近い施設を検索して選択することは公知であると認められる。したがって,乙5の開示内容と対比するならば,本件訂正発明においては,構成要件gの「携帯コンピュータ」が「・・・上記位置座標データ入力手段の位置座標データに従って,所定の業務を行う複数の個人,会社あるいは官庁の中から現在位置に最も近いものの発信先番号を選択する選択手段」を有することが,本件訂正発明の本質的部分であるといえる。

被告製品は,ナビタイムサーバが,ナビタイムサーバのデータベースを用いて検索処理を実行するものであって,上記の構成を具備しない点において相違する。被告製品における本件訂正発明との異なる構成部分は,本件訂正発明の本質的部分における相違であるというべきである。

(3) したがって,原告の均等に係る主張は,理由がない。

 

3 結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

【感想】

 この判決では、「発明が解決しようとする課題」の記載から、「機能の一部を他のサーバ等に置くことを想定したものということはできない。」との訂正発明の前提が認定されている。

 しかしながら、訂正明細書の「発明が解決しようとする課題」から、上記認定を行うのはやや無理があると考えられる。例えば、他のサーバ等と通信により情報交換を行うことでも、課題は解決できる。

 ただし、本件明細書において、「一部の機能を他の外部機器に行わせても良く、こうしても本実施例と同様の効果を奏する」といった、訂正発明が限定解釈されないようにするための記載が無かったことから、本判決は選択手段の具体的構成を実施例レベルまで限定して解釈したものと思われる。