揺動型遊星歯車装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.3.11
事件番号 H25(行ケ)10330
担当部 知財高裁 第1部
発明の名称 揺動型遊星歯車装置
キーワード 補正(新規事項追加)
事案の内容 特許第4897747号に対する無効審判(無効2012-800135号)の請求不成立審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」を「揺動型遊星歯車装置」とする補正は、本件特許に「外歯揺動型遊星歯車装置」を含ませるのであるが、外歯揺動型遊星歯車装置を含めた技術が本件当初明細書に実質的に記載されているということはできない、と判断された点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成20年7月11日 出願(分割出願)

平成21924日 補正(自発補正)

平成23年6月10日 補正(拒絶理由通知に対する応答補正)

平成24年1月 6日 登録(特許第4897747号)

平成24年8月29日 無効審判請求

平成25年8月 1日 訂正請求

平成25年10月30日 審決(訂正を認める。請求不成立。)

平成25年12月 6日 出訴

(平成27年 3月11日 判決)

(平成27年 4月13日 訂正申立)

 

【取消事由】

取消事由1:補正要件違反に関する判断の誤り

・取消事由2:甲5(進歩性違背の引例)発明の認定の誤り

・取消事由3:甲6(進歩性違背の引例)発明に関する相違点3,4の判断の誤り

(本レジュメでは、取消事由1についてのみ述べる)

 

【本件補正前の請求項1】

外歯歯車と該外歯歯車と僅少の歯数差を有する内歯歯車とを有すると共に,前記内歯歯車を揺動回転させるための偏心体軸を備え,該偏心体軸に配置された偏心体を介して外歯歯車の周りで内歯歯車を揺動回転させる内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置において,

前記偏心体軸を,前記外歯歯車の軸心と平行に複数備えると共に,

該複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と,

該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と,を備え,

該伝動外歯歯車を介して前記駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達される

ことを特徴とする内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置。

 

【本件補正の請求項1】(下線部は補正箇所)

複数の偏心体軸の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において,

前記複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と,

該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と,

該伝動外歯歯車の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に,該駆動源側のピニオンが組込まれた中間軸と,を備え,

前記中間軸を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオンを回転させ,前記伝動外歯歯車を介して駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達される

ことを特徴とする揺型遊星歯車装置。

 

【審決の概要】(原告主張から抜粋。下線は筆者が付した。)

審決は,本件補正前発明の課題を,入力軸が出力軸と同軸に配置されていることにより,歯車装置全体を貫通するホローシャフトを有するように設計することが困難であるという課題と認定した上で,「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」を「揺動型遊星歯車装置」と上位概念化することで,同じく「揺動型遊星歯車装置」である「外歯揺動型遊星歯車装置」が発明の対象となることが想定されるとしても,このような課題は,本件当初明細書等に従来の技術として例示された内歯揺動型遊星歯車装置だけでなく,入力軸から偏心体軸歯車までの構成が共通する外歯揺動型遊星歯車装置にも内在することが,技術的に明らかであるから,本件補正により新たな技術上の意義が追加されるとまではいえないと判断した。

 

【裁判所の判断】(下線は筆者が付した。)

1 当裁判所は,原告の取消事由1には理由があり,審決にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(略)

(2) 補正要件違反に関する判断の誤りについて

ア(略)減速機に関する技術については,(略)内歯揺動型と外歯揺動型との間には,両者で異なる技術も存在すれば,両者に共通する技術も存在すると認められる。したがって,本件補正が外歯揺動型遊星歯車装置を含めることになるからといって,そのことから直ちに本件補正が新たな技術的事項を導入するとまでいうことはできない。

イ そこで,本件補正前発明で開示されている技術が,内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置において共通する技術であるか否かについて具体的に検討する。

(ア) 本件補正前発明の課題は,装置の中心部に配管や配線等の配置スペースを容易に確保するとともに,動力伝達の更なる円滑化を図るものであると認められるところ(【0014】【0015】),本件補正前発明は,これを解決するため,(略)という技術を開示するものである。そして,同技術は,駆動源側のピニオンと伝動外歯歯車と偏心体軸歯車との関係を特定するものと解されることから,これを言い換えれば,「複数の偏心体軸の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において,前記複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と,該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と,該伝動外歯歯車の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に該駆動源側のピニオンが組込まれた中間軸と,を備え,前記中間軸を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオンを回転させ,前記伝動外歯歯車を介して該駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達されるように構成する」という技術(以下「本件技術」という。)を開示するものと解される。

(イ) そこで,本件技術が外歯揺動型遊星歯車装置においても共通する技術であるか否かについて検討する

甲5文献,特開2002-317857号公報(甲24)及び本件特許についての訂正請求書(甲30)並びに弁論の全趣旨によれば,減速機において,「出力部材」と「固定部材」とは相対関係にあり,入れ替え自在であること自体は周知技術であると認められる。したがって,外歯揺動型遊星歯車装置としては,下記模式図のとおり,①外側の内歯歯車を出力歯車とする型(外側に出力軸,内側に固定部材を配置する動作。以下,「①型」という。),②外側の内歯歯車を固定部材とする型(内側に出力軸,外側に固定部材を配置する動作。以下,「②型」という。)が想定される(ただし,下図からも理解されるとおり,構造が変わるものではなく,あくまで出力を歯車からとるか,固定部材からとるかの差異である。)。

そこで,本件技術を前記①型及び②型に適用できるか否かについて検討すると,本件補正前発明は,伝動歯車が「外歯」に限定されているのであるから,伝動外歯歯車は,偏心歯車との噛み合わせの位置関係から各偏心体軸歯車の内側に位置することとなる。ここで,本件当初明細書には,本件発明の構成要件である「伝動外歯歯車は単一の歯車からなり,出力軸(出力部材)に軸受を介して支持され」る構成が開示されており,伝動外歯歯車と出力軸との関係についてその余の構成は開示されていないところ,伝動外歯歯車と出力軸との上記位置関係を前提とすると,②型においては,出力部材が内側となることから,「伝動外歯歯車は単一の歯車からなり,出力軸(出力部材)に軸受を介して支持され」る構成を想定できるとしても,①型においては,下記模式図のとおり,伝動外歯歯車は,減速機の一番外側に位置する出力軸とはかけ離れた位置に存在することとなる

そうすると,このようなかけ離れた位置にある伝動外歯歯車を出力軸に軸受を介して支持する構成については,当業者であっても明らかではないから,本件技術を外歯揺動型遊星歯車装置に直ちに適用できるということはできない

したがって,本件補正は,新たな技術的事項を導入するものであると認められることから特許法17条の2第3項に違反するものであって,これを適法とした審決の判断には誤りがある。

ウ 被告の主張について

(ア) (略)

(イ) 被告は,本件当初明細書(【0039】,図1)の記載によれば,本件発明において,内歯揺動型に限定されない遊星歯車装置として,外歯揺動型遊星歯車装置を想定する場合,「伝動外歯歯車を当該伝動外歯歯車よりもさらに装置の外周方向に位置する出力軸にあえて支持させる」構成を想定することはできず(本件当初明細書の記載事項の範囲を超える解釈である。),本件当初明細書の記載事項に従って解釈すれば,外側の内歯歯車の自転を拘束し,外歯歯車の自転成分を出力する筒状の部材を含む部材を出力軸とすべきであって,当業者であれば,被告主張模式図の構成を想定する旨主張する。

しかし,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書には,出力軸についての限定はないのであるから,本件発明には②型のみならず①型が含まれることは明らかであって,本件発明の解釈において,外側の内歯歯車の自転を拘束し,外歯歯車の自転成分を出力する筒状の部材を含む部材を出力軸とする構造のみのものであると限定して解釈することはできない。

 

(ウ) 被告は,内歯揺動型のみならず,外歯揺動型の減速機においても,「伝動外歯歯車が出力軸に軸受けを介して支持される」構成は採用されているものである旨主張する

確かに,特開2002-106650号公報(乙2),「精密制御用高剛性減速機 RVSERIES 技術資料集」(帝人製機株式会社,1998年12月1日発行。乙5),特開2002-317857号公報(甲24)によれば,「伝動外歯歯車が出力軸に軸受けを介して支持される」構成は,外歯揺動型の減速機においても,採用されている構成であると認められる。

しかし,外歯揺動型の減速機において,「伝動外歯歯車が出力軸に軸受けを介して支持される」構成が採用されている例があるからといって,直ちに,本件当初明細書に接した当業者が本件技術を外歯揺動型遊星歯車装置に適用できるということはできない。本件技術については,上記構成のみならず,「前記伝動外歯歯車は,単一の歯車からなる」など,その他の部品の配置,構成も有しているのであるから,これを全体として検討すべきところ,本件技術を外歯揺動型遊星歯車装置に適用した場合には,当業者であっても①型において伝動外歯歯車を出力軸に軸受を介して支持する構成が明らかではないことは,前記イで判示したとおりである。

したがって,被告の主張は理由がない。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると思われる。

被告は、当初より外歯揺動遊星歯車装置への適用は想定していなかったものと推測される。これは、例えば、手続補正書と同日提出の上申書において、発明の名称を「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」から「揺動型遊星歯車装置」とする補正の根拠として挙げていた本件明細書の段落0028,0029には、内歯揺動体についての言及はあるものの、外歯揺動遊星歯車装置について何ら開示・示唆が無いため、強引な主張であることからも明らかと考える。

しかしながら、裁判所において「外歯揺動遊星歯車装置であっても②型においては・・・構成が想定される」と認定されているように、外歯揺動遊星歯車装置についても②型に限定すれば、当初明細書から自明の範囲と見なされる可能性はあるとも思われる。よって、本件は、当初想定していた技術以外の技術を含む補正を行なった場合、無効と判断される可能性がある、という事例であると共に、上位概念化の程度によっては認められる可能性もあるかもしれない、という事例として、参考にしたい。