振動低減機構および振動低減機構の諸元設定方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.4.28
事件番号 H26(行ケ)第10175号
担当部 知財高裁 第2部
発明の名称 振動低減機構および振動低減機構の諸元設定方法
キーワード 文言の意義、容易想到性
事案の内容 本件は、無効審決(特許第4968682号)に対する無効審決の取消を求めた訴訟であり、原告(特許権者)の請求が認められて、無効審決が取り消された事案。
特許請求の範囲に記載された「同調」の意味について、無効審判では広義に解釈されたが、本裁判では「一致」と同じ意味として狭義に解釈された。また、無効理由3における甲9発明と甲10発明との組み合わせによって当業者が容易に導き出せたという無効審決での判断が本裁判では否定された。

事案の内容

【請求項1】(本件請求項1、本件発明1)

多層構造物の振動を低減する機構であって,

多層構造物の全層を除く任意の層に,層間変形によって作動して錘の回転により回転慣性質量を生じる回転慣性質量ダンパーを設置するとともに,該回転慣性質量ダンパーと直列に付加バネを設置し,回転慣性質量と付加バネとにより定まる固有振動数を前記多層構造物の固有振動数や共振が問題となる特定振動数に同調させてなることを特徴とする振動低減機構。

【請求項2】(本件請求項2、本件発明2)

多層構造物の振動を低減する機構の諸元設定方法であって,

多層構造物の全層を除く任意の層に,層間変形によって作動して錘の回転により回転慣性質量を生じる回転慣性質量ダンパーを設置するとともに,該回転慣性質量ダンパーと直列に付加バネを設置し,回転慣性質量と付加バネとにより定まる固有振動数を前記多層構造物の固有振動数や共振が問題となる特定振動数に同調させるように回転慣性質量ダンパーと付加バネの諸元を設定することを特徴とする振動低減機構の諸元設定方法。

甲1号証:特開2003-56199号公報

甲9号証:斉藤賢二ほか「慣性質量要素を利用した粘性ダンパーによる構造骨組の応答制御(その7 弾性バネ付きMVDダンパーによる最適応答制御)」,日本建築学会大会学術講演梗概集(関東),2006年9月発行,21364,727頁から728頁

甲10号証:杉村義文ほか「慣性質量要素を利用した粘性ダンパーによる構造骨組の応答制御(その8 弾性バネ付きMVDダンパーを適用した建物の応答特性)」,日本建築学会大会学術講演梗概集(関東),2006年9月発行,21365,729頁から730頁

甲13号証:特開平9-25740号公報

 

【裁判所の判断】

1.争点

(1)取消事由1(本件発明の認定の誤り 「同調」の意義に関して)

(2)取消事由2(無効理由2(甲1号証と甲13号証とに基づく進歩性)に係る判断の誤り)

(3)取消事由3(無効理由3(甲9号証と甲10号証とに基づく進歩性)に係る判断の誤り)

 

2.本件発明1,2について

一般に、TMD(Tunned Mass Damper)TMDは,振動を制御しようとする構造物に,付加マス(付加質量)をバネとダンパーで結合したものであり,付加マス系の固有周期を,上記構造物の振動の固有周期に合わせて,その固有周期成分の構造物の振動を吸収しようとするものであるなお,TMDにつき,本件訂正明細書においては,「構造物に付加バネを介して付加質量を接続し,それらの付加バネと付加質量により定まる固有振動数を構造物の固有振動数に同調させることにより,構造物の共振点近傍における応答を低減するものである(甲18号【0002】)。

それに対して、本件発明では、下図に示すように、錘の回転によって生じる回転慣性質量を利用するものである。回転慣性質量を利用することで、小質量の錘を回転させる構成の小形軽量でコンパクトな回転慣性質量ダンパー及びこれに直列した小さな付加バネを設置するのみで,錘の実際の質量の10倍から1000倍もの大きな付加質量を付加したことと等価となり,構造物の質量の10%から50%以上の回転慣性質量を支障なく容易に得ることができ,それによって,従来一般のTMDによる場合と比べて,格段に優れた振動低減効果を得られる。しかも,本件発明については,回転慣性質量ダンパーの設置位置に係る制約がなく,任意の層に設置すれば足り,各層に設置する必要はない。

 

3.各争点に対する裁判所の判断

3-1.取消事由1

本件訂正明細書中,本件発明の「同調」の意義を端的に説明する記載は,見られない。しかしながら,本件発明の「回転慣性質量と付加バネとにより定まる固有振動数を前記多層構造物の固有振動数や共振が問題となる特定振動数に同調させ」(本件請求項)につき,本件訂正明細書の段落0012-0014には,固有角振動数Ωを角振動数ωに「一致」させることによる式の展開が記載されており、本件発明の「同調」は「一致」を意味すると解される。

本件審決では、本件訂正明細書の段落【0002】記載の「同調」の意義につき,甲21号証の記載によれば,「『同調』とは,吸振器系の固有振動数ωnと主振動系の固有振動数Ωnとを(1)式(判決注:ωn/Ωn=1/(1+μ))の関係にして主振動系の振幅倍率の最大値を最小にすることを意味する。」とした。本件審決は,本件発明の「同調」の意義につき,結論として,「回転慣性質量と付加バネとにより定まる固有振動数と,多層構造物の固有振動数や共振が問題となる特定振動数とを,本件訂正明細書記載の作用,効果を達成できるように特定の関係とすること」と解される旨述べているところ,「一致」が,比較対象とされるものの完全な合致のみを指す一義的な用語であるのに対し,「特定の関係」は,「一致」よりも広義の用語であることは,明らかである。この点に関し,「特定の関係」の具体的内容については,本件訂正明細書において記載も示唆もされておらず,不明といわざるを得ない。よって、本件審決は、本件発明の「同調」の意義を,誤って認定したものといえる。

 

3-2.取消事由2

甲1発明の制振装置(以下「甲1制振装置」という。)は,基本的には,①建物2の上下階の層間に設けられ,層間の動きを増幅して出力する増幅機構20と,②増幅機構20の出力端に取り付けられた錘32などの付加質量体とを備え,当該付加質量体を含む出力端の慣性力により,建物2を制振することを特徴とするものである(甲1【0008】,【0014】)。

付加ばねについて、本件訂正明細書(甲18)中,本件発明の付加バネの意義を端的に説明する記載は,見られない。本件訂正明細書には,本件発明の実施形態に係る本件振動低減機構につき,「構造物(図示例は3階建ての建物)の任意の層に,層間変位が生じた際に作動して錘を回転させることにより所定の回転慣性質量Ψ0を生じる回転慣性質量ダンパー1を設置するとともに,その回転慣性質量ダンパー1に対して付加バネ2を直列に設置することを主眼とする。」(甲18【0007】)との記載があり,さらに,「回転慣性質量と付加バネとにより定まる固有振動数」(本件請求項)について,「固有角振動数Ωは回転慣性質量Ψ0および付加バネ2のバネ定数k0から,Ω2=k0/Ψ0なる関係で定まる」(甲18【0012】)旨の記載がある。これらの記載からは,付加バネが,技術常識としてのばねとは異なる特性を備えていることは認められず,本件訂正明細書中,他に,そのような特性の存在をうかがわせる記載も見当たらない,以上によれば,本件発明の付加バネは,技術常識としてのばねを指すものと解するのが相当である。

甲1発明では、第1取付部材24及び第2取付部材26には,上記層間変位の力を可能な限り吸収することなく,相対移動(往復直進運動)に用いることができるよう,JISによるばねの定義の本質的要素と解される「たわみ」のない材質が求められる。甲1制振装置において,第1取付部材24及び第2取付部材26のいずれについても,JISによるばねの定義に係る機能,すなわち,「たわみを与えたときにエネルギーを蓄積し,それを解除したとき,内部に蓄積されたエネルギーを戻す」を果たしていることは,うかがわれない。以上によれば,第1取付部材24及び第2取付部材26は,JISによるばねの定義に該当せず,したがって,技術常識としてのばねではない。

 以上のとおり,本件審決は,本件発明と甲1発明との一致点の認定を誤ったものであり,この認定誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取消事由2には理由がある。

 

3-3.取消事由3

甲10号証および甲9号証に記載されている式を展開することで、MVEDダンパーを含む系においては,主に,弾性バネ剛性,MVEDダンパーの質量(慣性質量)及びダンパーの粘性減衰係数の最適化によって,最適無次元化マックスウェル緩和時間が算出されることがわかる。

甲9号証及び甲10号証は,いずれも同じ執筆者らが「慣性質量要素を利用した粘性ダンパーによる構造骨組の応答制御」について著した一連の論文(甲3号証から甲10号証)の一部であるから,甲10発明に甲9号証に記載された事項を適用できることは,自明のことといえる。そして,同適用によって得られた制振装置において,MVEDダンパーの固有振動数ωrと中層建物(系)の固有振動数ωnとの比β(=ωr/ωn)は,前記(59)式で与えられる最適振動数比β*=1/√(1-μ)になる。イ しかしながら,質量比μ=mr/mは,ダンパーの質量mrと系の質量mとの比であるから,明らかにμ>0である。この点,甲10発明においては,質量比μ=sM’/sMuは広義慣性接続要素質量sM’と広義節点質量sMuとの比であるが,同様に,μ>0であると認められる。そうすると,最適振動数比β*>1になり,前述したとおり,β*=β=ωr/ωnであることに鑑みると,これは,MVEDダンパーの固有振動数ωrが中層建物の固有振動数ωnと一致しない,すなわち,中層建物の固有振動数ωnに同調されない,ことを意味する。

したがって,甲10発明に甲9発明を適用しても,相違点4に係る構成が得られるとはいえない。以上によれば,当業者は,甲10発明の「弾性バネ付きMVDダンパーの各パラメータを最適無次元化マックスウェル緩和時間の条件を満足するように設定する」ことが,弾性バネ付きMVDダンパーの固有振動数と中層建物の固有振動数とを特定の関係とすること,すなわち「回転慣性質量と付加バネとにより定まる固有振動数を前記多層構造物の固有振動数」「に同調させ」ることであると容易に理解し得たか,又は,甲9発明に基づいて容易に導き出すことができたという,本件審決の相違点4に係る判断は,誤りである。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当である。無効審判において、「同調」の意味について、明細書の記載の根拠もなしに、「本件訂正明細書記載の作用,効果を達成できるように特定の関係とすること」と認定したことが、全ての取消事由の理由となっている。本件明細書の段落0013の後半には、「・・・構造物の固有振動数と一致しないが、ほぼ同じであるため、・・・」との記載があり、特許請求の範囲に記載された「同調」について、「一致」か否かの判断について曖昧さが存在する。そのため、明細書には、一致や同じについて、一定の幅を持たせて記載するのであれば、具体的な数値を挙げることが好ましい。少し話はずれるが、特許請求の範囲における「・・・や共振が問題となる特定振動数に同調させて・・・」の記載は、不明確である。

以上