投影光学系,露光装置,露光方法,デバイス製造方法,および屈折光学素子事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2015.01.28
事件番号 H27(行ケ)10114
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 投影光学系,露光装置,露光方法,デバイス製造方法,および屈折光学素子
キーワード サポート要件
事案の内容 拒絶査定不服審判における審判請求時の補正発明および補正前発明がサポート要件違反とする拒絶審決に対して、審判請求人が取り消しを求め、請求が容認されて拒絶審決が取り消された事案。
サポート要件の判断において、突出部の構成要件全体で考えるべきであり,これを形状に関する構成と配置に関する構成に分け,前者について課題を解決することができるかどうかを検討するのは適切ではないと判断した点がポイント。

事案の内容

<本願>

特願2011-148301号(不服2013-21075号事件)

<補正発明>

【請求項1】

第1面のパターンの像を第2面に投影するとともに,液体を介して照明光で基板を露光する液浸露光装置に搭載される投影光学系において,

前記照明光が通過する第1レンズ群と,

前記第1レンズ群からの前記照明光を反射する複数の反射ミラーと,

前記反射ミラーからの前記照明光が通過するとともに,最終レンズを有する第2レンズ群と,を備え,

前記第1レンズ群と前記第2レンズ群とは,前記投影光学系の光軸上に配置され,前記第2面に投影される前記パターンの像の投影領域の中心は,前記光軸と直交する第1方向に関して前記光軸から離れており,

前記最終レンズは,前記液体と接する面であって前記照明光が通過する射出領域を一部に含む射出面と,当該最終レンズの射出側の一部に,前記射出面が他の部分に対して突出して形成される突出部を有し

前記第1方向の幅に基づいて規定される,前記突出部の中心は,前記第1方向に関して前記光軸から離れており,前記光軸に対して前記投影領域の中心と同じ側にあることを特徴とする投影光学系。

【裁判所の判断】

当裁判所は,審決には,補正発明が発明の詳細な説明に記載された発明ではない発明を含むと判断した点に誤りがあり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する

その理由は,次のとおりである。

1 補正発明における「突出部」に係る構成の内容について

審決は,「当該最終レンズの射出側の一部に,前記射出面が他の部分に対して突出して形成される突出部を有し」との特定事項を含む補正発明は,発明の詳細な説明に記載された事項を超えた事項を含むと判断した。

これに対し,原告は,審決が突出部に関する要件の一部を看過したと主張する(前記第3の1)。そこで,当該突出部の構成要件の内容について,以下,検討する。

(1) 補正発明は,「前記最終レンズは,前記液体と接する面であって前記照明光が通過する射出領域を一部に含む射出面と,当該最終レンズの射出側の一部に,前記射出面が他の部分に対して突出して形成される突出部を有し,前記第1方向の幅に基づいて規定される,前記突出部の中心は,前記第1方向に関して前記光軸から離れており,前記光軸に対して前記投影領域の中心と同じ側にある」との構成要件(以下「突出部の構成要件」という。)を備えている。

ここで,「最終レンズ」に形成される「前記突出部の中心は,前記第1方向に関して前記光軸から離れており,前記光軸に対して前記投影領域の中心と同じ側にある」から,その突出部(射出面)は,その形状がどのようなものであれ,光軸から第1方向に関して投影領域の中心と同じ側に離れた位置に中心を有する。さらに,「第1方向」とは,「投影領域の中心は,前記光軸と直交する第1方向に関して前記光軸から離れて」いるという補正発明の構成要件における「第1方向」であり,投影領域の中心が光軸から離れる方向のことである。したがって,光軸から第1方向に関して投影領域の中心と同じ側に離れた位置とは,要するに,光軸から投影領域の中心に向かって離れた位置のことである。

そうすると,突出部の構成要件は,全体として,最終レンズの突出部(射出面)が,それ自体の形状を問わず,光軸から投影領域の中心に向かって離れた位置に中心を有するという一つの事項を特定するものであるということができる。

補正発明が発明の詳細な説明に記載された発明であるか否かを判断するに当たっては,突出部の構成要件が全体として特定する上記の一つの事項が発明の詳細な説明に記載されているかどうかを検討すべきである

これに対して,審決は,前記のとおり,突出部の構成要件の一部のみ取り出して特定事項とし,当該特定事項を含む補正発明が発明の詳細な説明に記載された事項の範囲内にあるかを検討している。したがって,その判断手法には誤りがあるといわざるを得ない

(2) 被告は,補正発明における「突出部」は,形状に関する構成(要件1)と配置に関する構成(要件2)とで特定されており,審決は,発明の課題及び発明の課題を解決するための手段は「突出部」の形状に関するものであるため,まず,補正発明の形状に関する構成である要件1について,課題を解決することができるか検討したと主張する(前記第4の1)。

しかしながら,突出部の構成要件は,全体として一つの事項を特定するものであるから,課題を解決することができるか否かについても,突出部の構成要件全体で考えるべきであり,これを形状に関する構成と配置に関する構成に分け,前者について課題を解決することができるかどうかを検討するのは適切ではない

(中略)

4 補正発明が発明の詳細な説明に記載されているか否かについて

(1) 特許請求の範囲の記載が,特許法36条6項1号の規定に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである

前記1(1)のとおりの補正発明における突出部の構成要件の内容に照らすと,補正発明においては,突出部(射出面)が「光軸を中心とする」という条件を満たさない形状であることが特定されていることとなる。さらに,補正発明においては,突出部(射出面)の中心が光軸から投影領域の中心に向かって離れていることが特定されていることとなる。

したがって,補正発明が発明の詳細な説明に記載された発明であるというためには,突出部(射出面)が「光軸を中心とする」という条件1を満たさない形状であること,及び,突出部(射出面)の中心が光軸から投影領域の中心に向かって離れていることが,発明の詳細な説明に記載されている必要がある。

(2) 前記3によれば,本願明細書の発明の詳細な説明に開示された,本願に係る発明における射出面の形状は,条件1に関しては,「射出面の中心軸線は上記2つの軸線方向のうちの一方の軸線方向に沿って光軸から偏心している」(【発明の効果】),あるいは,射出面Lpbの中心軸線Lpbaが光軸から有効投影領域の中心に向かって光軸AXから離れている(【図9】の実施形態並びにその第2及び第3変形例),というものであり,条件2に関しては,「たとえば像面上において直交する2つの軸線方向に関してほぼ対称な形状を有」する(【発明の効果】),あるいは,射出面LpbのX方向の長さとY方向の長さが異なっている(【図9】の実施形態並びにその第1ないし第3変形例),というものである。

そして,【発明の効果】には,条件1及び2の双方を満たさない形状が開示され,【発明を実施するための形態】には,境界レンズLbに適用可能なものとして,これと同様の形状が,第2及び第3変形例として開示されている一方,第1変形例として,条件2のみを満たさない形状が開示されている。

ところで,本願に係る発明は,射出面を光軸に関して回転対称な形状(すなわち,光軸を中心とする円)にすると,投影光学系の像空間において液体が介在する範囲が大きくなるという課題を解決するために,射出面を光軸に関して回転非対称な形状にしたというものであるこのような本願に係る発明の課題及びその解決手段の内容と,従来技術の問題点についての【0064】や【0065】の説明内容や【図8】の内容を踏まえて,【発明の効果】や【発明を実施するための形態】において上記のとおり開示された射出面の形状を見ると当業者において,射出面の中心軸線を有効投影領域の中心に向かって光軸から離すとの形状のみを採用した場合であっても,それに伴い,射出面を光軸に関して回転対称とした場合に比べて射出面の大きさを小さくすることができ,上記の課題を解決することができることを当然に認識できるというべきである

以上によれば,発明の詳細な説明には,発明の課題を解決するための手段としての射出面(すなわち,最終レンズの突出部)の形状として,条件2を満たさない形状並びに条件1及び2の双方を満たさない形状が開示されているだけでなく,条件1のみを満たさない形状,すなわち,射出面が「光軸を中心とする」ものではなく,射出面の中心が光軸から投影領域の中心に向かって離れているとの形状も,同様に開示されているということができる

【所感】

判決の結論には疑問があり、発明の課題を解決するための手段が反映されておらずサポート要件違反との被告(特許庁)側の判断の方が妥当であると考える。例えば、従来技術の不都合を具体的に説明した本願の図8において、有効射出領域(投影領域)31の中心と同じ側に、射出面32を偏心させたとしても、射出面32の大きさは同じであるため、「投影光学系PLの像空間において液体Lm1が介在する範囲が大きくなり、ひいては基本ステージ(9~11)の巨大化やアライメント光学系(不図示)の精度低下などを招く」(本願の【0065】)との発明の課題を解決できない。そのため、この問題を解決するためには、図8の射出面32より面積が小さい旨の限定事項を補正発明に追加する必要があると考える。