情報処理端末審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2024.11.13
事件番号 R6(行ケ)10023
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 情報処理端末
キーワード 限定的減縮
事案の内容 本件は、拒絶査定不服審判における拒絶審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、拒絶審決が取り消された事案である。審判請求時にした補正が特許請求の範囲の限定的減縮に該当するか否かがポイント。

事案の内容

【手続の経緯】

 令和3年 5月11日 特許出願(特願2021-80176号)

 令和4年11月14日 拒絶理由通知

 令和5年 1月19日 特許請求の範囲を補正

 令和5年 2月21日 最後の拒絶理由通知

 令和5年 4月26日 特許請求の範囲を補正

 令和5年 5月19日 拒絶査定

 令和5年 7月11日 拒絶査定不服審判を請求(不服2023-11666号)、特許請求の範囲を補正(本件補正)

 令和6年 1月30日 本件補正を却下した上で拒絶審決

 令和6年 2月13日 審決謄本送達

 令和6年 3月13日 拒絶審決の取り消しを求める審決取消訴訟を提起

 

【特許請求の範囲】

<本件審決が進歩性を否定した本願発明における特許請求の範囲(請求項1)の記載>

【請求項1】

 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な接触型の読み取り部と、

 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、

 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれにより読み取られた情報を処理する情報処理部とを、備え、

 前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、決済に関する情報の入力の有無に関係なく、情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、前記接触型の読み取り部により読み取られた情報又は前記非接触型の読み取り部により読み取られた情報を処理する、情報処理端末。

 

<本件補正の却下前の本件補正発明における特許請求の範囲(請求項1)の記載>

※下線部は補正箇所を示し、〇付き数字は本件審決にいう「補正事項1」等の数字に対応する。

【請求項1】

 ①決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、

 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な接触型の読み取り部と、

 ②前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、

 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれにより読み取られた情報を処理する情報処理部とを、備え、

 ③前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、

 前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、④(「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」を削除)前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、前記接触型の読み取り部により読み取られた情報又⑤(「は」を削除。ただし、手続補正書の誤記と思われる。)前記非接触型の読み取り部により読み取られた情報を処理する、情報処理端末。

 

【審決の概要】

 本件補正のうち、本件補正前の請求項1から「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との発明特定事項を削除する補正事項4は、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様を限定する事項を削除するものである。

 例えば、本件補正前の請求項1では、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「決済に関する情報の入力」が無い場合には「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」しない一方、「決済に関する情報の入力」が有る場合には「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様が排除されていたが、本件補正後の請求項1では排除されないことになる。

 したがって、補正事項4は、特許請求の範囲を減縮するものではない。

 その他、補正事項4を含む本件補正は、特許法17条の2第5項各号に規定する補正要件を満たしていない。

 仮に本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとしても、本件補正発明の「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」(補正事項1)との記載は、“決済以外の用途においてのみ適用可能な情報処理端末”であることを特定するものであるのか、“決済以外の用途においても適用可能な情報処理端末”であることを特定するものであるのか不明であり、本願明細書の記載を参酌しても同様である。

 したがって、本件補正発明は明確でないから、特許法36条6項2号の要件を欠き、独立特許要件(同法17条の2第6項、126条7項)を満たしていない。

 

【裁判所の判断】

 当裁判所は、本件補正は本願発明の特許請求の範囲を減縮するものであって、かつ、本件補正発明が明確でないということはできないと考える。したがって、本件補正が特許請求の範囲を減縮するものではなく、仮に減縮するものだとしても独立特許要件を満たしていないという理由で本件補正を却下した本件審決は誤りであり、取消事由1が認められるので、その余の取消事由について判断するまでもなく、本件審決は取り消すべきものと判断する。

1 本願発明及び本件補正発明について

(中略)

2 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について

(1)本件補正は特許請求の範囲を減縮するものであるか

ア 本件補正に係る補正事項のうち、「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」(補正事項1)の追加は、本件補正発明の情報処理端末を、決済用媒体と非決済用媒体の双方を処理の対象とするもの(以下「決済・非決済共用端末」という。)及び非決済用媒体のみを処理の対象とするもの(以下「非決済専用端末」という。)に限定するもの、すなわち決済専用の端末を本件補正発明の技術的範囲から除外するものであり、これは特許請求の範囲の減縮に当たると認められる。

 また、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、」(補正事項3)の追加は、読み取り部の機能として、「決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体」を読み取り可能であることを限定するものであり、特許請求の範囲の減縮に当たると認められる。

 原告は、上記の補正により決済用媒体を処理の対象としていないことを特定していると主張するが、これらの補正事項は、それぞれ「決済以外の用途において適用可能」、非決済用媒体から「読み取り対象の情報を読み取り可能」であることを特定するにとどまり、決済用媒体を対象に含む決済・非決済共用端末を除外しているとは解されないから、同主張を採用することはできない。

イ その上で、本願発明の「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」を削除する補正事項4についてみると、文言上は、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様(以下「本件態様」という。)を限定していた事項を削除するものであるから、「『決済に関する情報の入力』の有無が本件態様に関係する情報処理端末」は、本願発明の範囲には含まれていなかったが、本件補正発明の範囲には含まれることになったと解釈する余地がある。

  しかし、本願発明は、決済に関する情報(金額情報、支払方法、決済に使用されるカードブランドの情報など)をユーザが入力してから決済に使用されるカードの読み取り操作を促す処理及び表示を行うという従来技術の構成では、決済以外の用途への適用が難しいという課題を解決するため、決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、接触型・非接触型の別を問わず、情報記憶媒体から短時間で必要な情報を読み取り可能な情報処理端末を提供するものであり(【0004】~【0007】)、この点は、本件補正発明においても同様である。

  そして、「決済に関する情報の入力の有無が本件態様に関係する情報処理端末」としては、「決済に関する情報の入力」によって初めて本件態様になるような情報処理端末が考えられるが、このような情報処理端末を利用するためには、常に「決済に関する情報」の入力が要求されることになるから、本願発明及び本件補正発明の趣旨目的に反するものであるのみならず、例えば、マイナンバーカードのような非決済用媒体を処理対象とする場合には、「決済に関する情報」そのものがないのであるから、「決済に関する情報の入力」がない限り待ち受け状態とならないとすると、いつまでも本件態様となることができず、非決済用媒体を読み取ることができない。そのような端末は「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末」とはいえない。

  逆に「決済に関する情報の入力」により本件態様が終了するような情報処理端末も一応考えられるが、このような端末は、当該入力後は読み取り可能ではなくなり、決済・非決済共用端末の場合において、決済に関する情報を入力すると決済目的で情報処理端末を利用することができなくなる、いい換えると、決済処理を行わないのに決済に関する情報を入力する手段を設けるという、およそ不合理なものとなる。

  補正事項4を含む本件補正後の発明が、これらの「決済に関する情報の入力の有無が本件態様に関係する情報処理端末」をその技術的範囲に含むと解することは、合理的な解釈とはいい難い。

 むしろ、本願発明及び本件補正発明の技術的範囲の内容について、本願明細書の内容を考慮して解釈するならば、本件補正の前後を通じ、本件態様となるために「決済に関する情報の入力」が不要であることに変わりはなく、本願発明の「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言は、決済以外の用途において適用可能であることを特定していたにすぎないものと解するのが相当であるから、補正事項4により、本件補正発明に本願発明に含まれていなかった事項が含まれることにはならない。

ウ 補正事項1及び3が特許請求の範囲の減縮に当たることは前記のとおりであり、補正事項4が新たな事項を追加するものではない以上、結局、本件補正は、全体として特許請求の範囲を減縮するものに当たる。これに反する被告の主張は、以上述べた理由により、採用することができない。

 したがって、補正事項4を含む本件補正は特許法17条の2第5項2号に規定する「特許請求の範囲を減縮」する場合に該当するから、同号の補正要件を満たしていないとする本件審決の判断には、誤りがある。

(2)独立特許要件(本件補正発明の明確性)について

 進んで、本件補正が独立特許要件(特許法17条の2第6項、同法126条7項)としての同法36条6項2号(明確性)の要件を充足するかどうかについて検討する。

 前記のとおり、本件補正発明の「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」との記載は、非決済専用端末のみならず決済・非決済共用端末を含むものと解される。

 このことは、本願明細書において、発明の課題及び効果は「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末」の提供であるとされた上で(【0005】、【0007】)、最初の実施例として決済・非決済共用端末の例が記載されていること(【0011】以下)及びほかの実施例として非決済専用端末の例が記載されていること(【0072】)を参酌すれば、さらに明らかであり、少なくとも、本件補正後の特許請求の範囲の記載が第三者の利益を不当に害すほどに不明確ということはできない。

 これに反する被告の主張は、以上述べた理由により、いずれも採用することができない。

 したがって、本件補正発明の「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」との記載は明確であり、本件補正発明は明確でないから特許法123条1項4号、同法36条6項2号の要件を欠き、独立特許要件(同法17条の2第6項、126条7項)を満たしていないとする本件審決の判断には、誤りがある。

(3)取消事由1についての結論

 以上によれば、本件補正を却下した本件審決の判断には誤りがあるから、取消事由1は理由がある。

(中略)

5 結論

 よって、取消事由1は理由があるから、本件審決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。

 

【所感】

 本件では、拒絶査定不服審判の請求と同時に請求項1に限定事項を追加および削除する補正が行われた。当該補正は、限定事項の削除を伴うものの実質的には特許請求の範囲の限定的減縮に該当すると考えられる。しかしながら、審判請求書では、当該補正が特許請求の範囲の限定的減縮に該当する理由について説明されていなかった。

 限定事項の削除を伴う補正を行う場合には、当該補正が特許請求の範囲の限定的減縮に該当することを審判請求書で丁寧に説明する必要があると考えられる。また、限定事項を削除した内容で早期に権利化を図りたい場合には、分割出願を行うことも一案と考えられる。