強度と曲げ加工性に優れたCu-Ni-Si系合金事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2015.1.22
事件番号 H24(ワ)15621
担当部 東京地裁民事第47部
発明の名称 強度と曲げ加工性に優れたCu-Ni-Si系合金
キーワード 技術的範囲
事案の内容 本件は,発明の名称を「強度と曲げ加工性に優れたCu-Ni-Si系合金」とする特許権(特許第4408275号)を有する原告が,被告による合金の製造等が原告特許権侵害に当たるとして、その生産等の差止めを請求し、差止請求が棄却された事案である。
被告製品サンプルの一部が原告特許の構成要件を充足すると判断されたものの、過剰な差止めを認めることとなるとして、差止請求が棄却された点がポイント。

事案の内容

【争点】

(1)被告各製品の特定とその適法性(争点1)省略

(2)被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か(争点2)

ア 被告各製品が構成要件Cを充足するか否か(争点2-1)

イ 被告各製品が構成要件Dを充足するか否か(争点2-2)

(3)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か(争点3)

ア 新規性を欠くか否か(争点3-1)

イ 進歩性を欠くか否か(争点3-2)

ウ いわゆる実施可能要件に反するか否か(争点3-3)省略

エ いわゆるサポート要件に反するか否か(争点3-4)省略

(4)被告が先使用による通常実施権を有するか否か(争点4)省略

(5)差止めの必要性があるか否か(争点5)
【本件発明】

A 1.0~4.5質量%のNiと

B 0.25~1.5質量%のSiを含有し,

C 残部が銅および不可避的不純物からなり,

D {111}正極点図において,以下の(1)~(2)の範囲のX線ランダム強度比の極大値が6.5以上10.0以下であることを特徴とする集合組織を有する

(1)α=20±10°,β=90±10°

(2)α=20±10°,β=270±10°

(但し,α:シュルツ法に規定する回折用ゴニオメータの回転軸に垂直な軸,β:前記回転軸に平行な軸)

E 強度と曲げ加工性に優れたCu-Ni-Si系合金。

 

*本件特許の訂正箇所(上記下線部)

第一次訂正(審決日:平成24年2月15日)

構成要件Dの下線部を、2.0→5.5に訂正

第二次訂正(審決日:平成25年6月20日(本訴継続中))

構成要件Dの下線部を、5.5→6.5に訂正

 

【被告各製品】

被告製品は、型式番号で特定され、さらに、構成要件Dを充足するものに限定されている。

被告製品1:型式番号M702S

被告製品2:型式番号M702U

*型式番号を「M702S」とする銅合金を、「被告合金1」,型式番号を「M702Uとする銅合金を、「被告合金2」という。

ア 被告合金1

1-a 2.2~3.2質量%のNiと

1-b 0.4~0.8質量%のSiを含有し,

1-c 残部が主として銅からなり,さらにSn,Zn,Ag,Bを含有し,

1-e 引張強さが750~850N/mm2,0.2%耐力が730STDN/mm2,90°曲げ試験結果が圧延方向及びこれと直角な方向において夫々1.0maxR/tであるCu-Ni-Si系合金。

 

イ 被告合金2

2-a 2.2~3.2質量%のNiと

2-b 0.4~0.8質量%のSiを含有し,

2-c 残部が主として銅からなり,さらにZnを含有し,

2-e 引張強さが750~850N/mm2,0.2%耐力が730N/mm2,90°曲げ試験結果が圧延方向に直角な方向において1.5max(厚さ0.3mm以上では2.0max)R/tであるCu-Ni-Si系合金。

 

【裁判所の判断】

<争点(2)(被告製品の構成要件C及びDの充足性)について>

*構成要件A,B,Eの充足性については争いがない。

(1)争点2-1(被告各製品が構成要件Cを充足するか否か)について

構成要件Cは,本件発明に係る銅合金の組成につき,「残部が銅および不可避的不純物からなり,」と規定するものであり,これは,「残部が銅および不可避的不純物のみからなり,」などと規定するのとは異なるから,構成要件Aが規定する「1.0~4.5質量%のNi」及び構成要件Bが規定する「0.25~1.5質量%のSi」のほか,銅及び不可避的不純物のみが本件発明に係る銅合金を構成すると,当然に限定して解釈すべきものではない。本件特許請求の範囲の請求項3は,ZnやSn等の物質の含有を予定した記載がされていること,本件明細書の発明の詳細な説明には,SnやZn等の物質の含有を予定した記載がされている(段落【0008】,【0015】)ほか,実施例で用いられている合金は,0.5質量%のSn及び0.4質量%のZnを含有する合金Aと0.1質量%のMgを含有する合金Bであること(段落【0023】)が記載されていることが認められる。

そうすると,構成要件Cは,所定量のNiとSi,銅及び不可避的不純物以外に,SnやZn等の物質の含有を排除するものではないと解するのが相当である。

被告合金1は,「残部が主として銅からなり,さらにSn,Zn,Ag,Bを含有し,」(構成1-c)との構成を有し,被告合金2は,「残部が主として銅からなり,さらにZnを含有し,」(構成2-c)との構成を有する。被告合金1に含まれるAg及びBの量は,Ag+Bで0.1max質量%と微量であることが認められるところ,被告もこれらが不可避的不純物に当たることを争っていないことを考慮すれば,被告合金1の構成1-c及び被告合金2の構成2-cは,いずれも構成要件Cを充足するものと認められる。

 

 

(2)争点2-2(被告各製品が構成要件Dを充足するか否か)について

被告合金1の6つのサンプルのうち1つ(甲4のサンプル)と、被告合金2の6つのサンプルのうち1つ(甲5のサンプル2)は、構成要件Dを充足し、他はこれを充足しない。

原告は,被告合金1の構成1-dにおいて,X線ランダム強度比の極大値を7.601ないし8.185であると特定し,また,被告合金2の構成2-dにおいて,X線ランダム強度比の極大値を6.5ないし8.770であると特定するが,前者に該当するものは甲4のサンプルしかなく,後者に該当するものは甲5のサンプル1しかないのであって,他にこれらに該当する被告合金1及び2の存在を認めるに足りる証拠はないから,被告合金1及び2の全てが,それぞれ上記の構成を有するとは認められない。

 

<争点3(本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か)について>

(1)争点3-1(本件発明が新規性を欠くか否か)について

被告は,本件発明は,当業者が当然に行うありふれた加工条件で製造された合金を,X線ランダム強度比の極大値という他のパラメータで言い換えたことにより見かけの新規性を得たものに過ぎないと主張する。

しかしながら,本件発明は,集合組織(X線ランダム強度比の極大値)と強度及び曲げ加工性との相関により,高強度を維持しつつ,曲げ加工性が良好なCu-Ni-Si系合金を提供しようとするものであり,本件特許出願前に,構成要件Dが規定するような{111}正極点図におけるX線ランダム強度比の極大値に着目したCu-Ni-Si系合金に関する発明が開示されていたことを認めるに足りる証拠はないし,本件発明が上記のとおり言い換えただけであると認めるに足りる証拠もないから,被告の上記主張は失当である。

(2)争点3-2(本件発明が進歩性を欠くか否か)について

被告は、被告合金3(構成要件Dを充足しない)が本件特許出願前に公然実施をされており、本件発明との相違点は、Xランダム強度比の極大値に係る数値限定の有無のみであり,課題が共通するから,このような本件発明に進歩性を認めるためには臨界的意義が必要であると主張する。

しかしながら、被告合金3やそのサンプルは,ただの合金であるから,それ自体がX線ランダム強度比の極大値と強度及び曲げ加工性との相関に係る技術思想を開示するものではないし,本件特許出願前に発行された被告合金3の製品カタログ等にも,これらの技術思想を開示するような記載はない

そうであるから,本件発明は,本件特許出願前に当業者が被告発明(被告合金3または被告合金3のサンプルが開示する発明)に基づいて容易に発明することができたものとは認められない。

また、本件発明と被告発明とは,技術思想を異にするのであって,本件発明が,単に被告発明をX線ランダム強度比の極大値で限定したに過ぎないものであるとはいえないから,被告の主張は,採用することができない。

 

<争点5(差止めの必要性があるか否か)について>

被告各合金について,X線ランダム強度比の極大値を測定した結果は,別紙「被告各合金のX線ランダム強度比の極大値一覧」のとおりであり,被告合金1について構成要件Dを充足するのは,番号3の甲4のサンプルのみであり,他の被告合金1は構成要件Dを充足しない。また,被告合金2について構成要件Dを充足するのは,番号8の甲5のサンプル1のみであり,他の被告合金2は構成要件Dを充足しない。

同一ロットの製品であっても,測定部位によりX線ランダム強度比の極大値が変動する可能性があることは否定し難く,ましてや質別や製造ロットが異なれば,X線ランダム強度比の極大値が異なると考えられる。

そして,被告は,本件特許出願の前後を通じ,構成要件Dを充足しない被告合金1及び2を製造しているのであり,X線ランダム強度比の極大値を6.5以上10.0以下の範囲に収めることを意図して被告合金1及び2を製造していることを認めるに足りる証拠はないから,被告が,今後,あえて構成要件Dを充足する被告合金1及び2を製造するとは認め難い。上記のとおり,本件証拠において,構成要件Dを充足するものが甲4のサンプルと甲5のサンプル1に限られていることからすれば,偶然等の事情により構成要件Dを充足する被告合金1及び2が製造される蓋然性が高いとは認め難いというべきである。

また,原告は,本件における差止めの対象を,被告合金1及び2のうち,X線ランダム強度比の極大値が6.5以上のものであると限定するが,正確なX線ランダム強度比の極大値については,製造後の合金を測定して判断せざるを得ない

そうすると,被告の製品において,たまたま構成要件Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとして,当該製品全体の製造,販売等を差し止めると,構成要件を充足しない部分まで差し止めてしまうことになるおそれがあるし,逆に,一定箇所において構成要件Dを充足しないX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても,他の部分が構成要件Dを充足しないとは言い切れないのであるから,結局のところ,被告としては,当該製品全体の製造,販売等を中止せざるを得ないことになる。そして,本件で,原告が特定した被告各製品について差止めを認めると,過剰な差止めとなるおそれを内包するものといわざるを得ない。

さらに,原告が特定した被告各製品を差し止めると,被告が製造した製品毎にX線ランダム強度比の極大値の測定をしなければならないことになるが,これは,被告に多大な負担を強いるものであり,こうした被告の負担は,本件発明の内容や本件における原告による被告各製品の特定方法等に起因するものというべきであるから,被告にこのような負担を負わせることは,衡平を欠くというべきである

これらの事情を総合考慮すると,本件において,原告が特定した被告各製品の差止めを認めることはできないというべきである。

 

【所感】

本判決の判断は、妥当であると考える。被告合金計12サンプル中、2サンプルは構成要件Dを充足しているが、他のサンプルは構成要件Dを充足していない。このような場合には、個別の事情を考慮して差止請求を認めるか否かを判断するしかないのだろう。特許請求の範囲および明細書の記載において、被告製品の特定方法の容易性を考慮することも大切であると感じた。