建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材及びその製造方法並びに建物のモルタル塗り外壁通気層形成工法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.6.30
事件番号 H26(行ケ)第10241号
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材及びその製造方法並びに建物のモルタル塗り外壁通気層形成工法
キーワード 拡大先願、相違点の認定の誤り
事案の内容 本件は、特許(特許第5177826号)に対する特許無効審判の請求に対する棄却審決の取消しを求めた審決取消訴訟において、審決が取り消された事案である。
特許法第29条の2に規定されている「同一」に該当するか否かの具体的な判断が示されている点がポイント。

事案の内容

【本件発明】

[訂正後請求項1]

連続敷設用の建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材(1)であって,

前記連続敷設用のモルタル塗り外壁通気層形成部材(1)は,

水平方向に延びる,断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブ(2)が間隔をあけて複数設けられ,前記溝条リブ(2)間には網目部が形成されたラス材(3)と,該ラス材(3)の一面側に貼着された防水シート(4)とを有し,

前記溝条リブ(2)の長手方向に向かっては,該溝条リブの長手方向と略直交し,前記貼着された防水シート(4)側に向けて略台形山状に突出させて形成された,底面が平面とされ,上方に向かって斜めに拡開し,逆台形型の凹溝条をなし,該凹溝条の各隅部がRを設けて形成されてなる通気胴縁部(5)が,間隔をあけて複数設けられ,隣り合う前記通気胴縁部(5)間の谷部は,通気層用空間(7)とされ,

前記モルタル塗り外壁通気層形成部材(1)の連続敷設時には,前記通気胴縁部(5)同士及び前記溝条リブ(2)同士が重ね合わせられ,前記逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部(5)の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブ(2)の形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成された,

ことを特徴とする建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材(1)

 

【審決の概要】

(1)原告主張の無効理由:

・根拠条文:特許法第29条の2

・引例:特許第4990409号公報

なお、以下の記載において、「本願先願特許」とは、上記引例の特許を意味し、「先願当初明細書等」は、当該特許出願の願書に最初に添付された明細書等を意味し、「甲5発明」とは、先願当初明細書等に記載された発明を意味する。

 

(2)審決の理由

 本件発明と,甲5発明との間には,実質的な相違点が存在するから,本件発明は,甲5発明と実質的に同一であるとはいえず,本件発明に係る本件特許は,特許法29条の2の規定に違反してなされたものではない。

 

 

(3)審決が認定した本件発明と甲5発明の相違点(一致点については割愛)

(相違点1)

凹溝条の形状について,本件発明では,逆台形型であり,底面が平面とされ,上方に向かって斜めに拡開し,逆台形型の凹溝条の各隅部(4つ)にRを設けているのに対し,甲5発明では,半円形状であり,2つの隅部にRを設けている点。

(相違点2)

水平方向に延びるリブが,本件発明では,略凹溝条に形成された溝条リブであるのに対して,甲5発明では,そのようなものであるかどうか不明である点。

(相違点3)

建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材が,本件発明では,連続敷設用のものであり,連続敷設時には,通気胴縁部の形状及びリブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成しているのに対して,甲5発明では,連続敷設用のものであるかどうか不明であるとともに,通気胴縁部同士及び(溝条)リブ同士が重ね合わされ,通気胴縁部の形状及びリブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成しているかどうか不明である点。

 

【取消事由】

(1)相違点1の認定の誤り(取消事由1)

(2)相違点2の認定の誤り(取消事由2) ※本紙では割愛

(3)相違点3の認定の誤り(取消事由3) ※本紙では割愛

 

【裁判所の判断】

(1)本件審決による本件先願当初明細書等記載の発明の認定について

…本件審決は,前記第2の3⑵ウ(上記相違点1)のとおり,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の形状につき,本件発明では,「逆台形型」であり,各隅部(4つ)にRを設けているのに対し,甲5発明では,「半円形状」であり,2つの隅部にRを設けている点を相違点1として掲げており,この点に鑑みると,本件審決は,甲5明細書等においては,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」,すなわち,「突条部10a」が半円形状のもののみに限定されており,その他の形状のものは排除されていると解したものと推認できる。

…そこで検討するに,本件先願当初明細書等(甲24)中,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」,すなわち,「突条部10a」の具体的形状については,図1から図3及び図9において「半円形状」の「突条部10a」が描かれているのみであり,他に上記具体的形状を示す記載も図面もない。本件先願発明(判決において認定された本件先願明細書等に記載されている発明の課題及びその解決の点からみると,前記2⑵によれば,モルタル塗り外壁通気工法につき,従来技術においては,建築物の外壁内に通気層を形成するに当たり,別部材を要したことから,本件先願発明は,…「通気胴縁部」の「凹溝条」の凸部分,すなわち,「突条部10a」の頂部を建物の外壁に当接させることによって通気層を形成することにより,別部材を用いずに通気層を形成し,前記課題を解決するものである。

この点に関し,通気層を形成するためには,…「突条部10a」の頂部が建物の外壁に接することにより,「凹部分」に通気層となるべき空間が形成されれば足りるといえる。このことから,従来技術の課題を解決するためには,「通気胴縁部」が凹凸部分を備えた「凹溝条」をなしていれば足り,その「凹溝条」の「凹部分」の底が平面であるか否かなどという具体的形状は,上記課題解決の可否自体を左右する要因ではない。

そして,本件先願当初明細書等において,「半円形状」の「突条部10a」,すなわち,「半円形状」の「凹溝条」をなす「通気胴縁部」については,前記のとおり図示されているのみであり,「半円形状」とする意義については記載も示唆もされていない。

加えて,前記2⑴のとおり,本件先願当初明細書の段落【0033】においては,「以上,実施例を図面に基づいて説明したが,本発明は,図示例の限りではない。本発明の技術的思想を逸脱しない範囲において,当業者が通常に行う設計変更,応用のバリエーションの範囲を含むことを念の

ために言及する。」と記載されており,同記載によっても,「突条部10a」,すなわち,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」が,本件先願当初明細書等に図示されている「半円形状」のものに限られないことは,明らかといえる。

以上によれば,本件先願当初明細書等においては,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」,すなわち,「突条部10a」の具体的形状は限定されておらず,図示された「半円形状」のもののみならず,その他の形状のものも記載されているに等しいというべきである。…したがって,本件審決が,本件先願当初明細書等においては,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」,すなわち,「突条部10a」が半円形状のもののみに限定されており,その他の形状のものは排除されていると解したことは,誤りである。

(2)本件発明の「逆台形型」の「凹溝条」をなす「通気胴縁部」について

ア 本件訂正後明細書(甲17)には,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の「逆台形型」の形状に関し,概要,「モルタル塗り外壁通気層形成部材1を構造躯体6に取り付ける際,構造躯体6に接する溝条リブ2の底面は,ラス固定用の例えばステープルガンの銃口が容易に入り,しかもステープルを打ち付けられるように,なるべく平面になるよう設定されている。」(【0028】)との記載がある。

…しかしながら,上記効果は,止着部材を打ち付ける場所である「通気胴縁部」の底面部と壁面との当接部分の面積が大きくなり,安定性が高められることによって生じるものであるから,自明なものといえ,しかも,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」のうち「逆台形型」の形状を有するものに特有の効果ともいえない。

イ また,本件訂正後明細書には,概要,「通気胴縁部5の上面の幅は,その底面の幅のおよそ1.3倍以上を有する逆台形の形状をしており,複数枚のモルタル塗り外壁通気層形成部材1の重ね合わせ時に作業性を損なわないように工夫されている。」(【0029】)との記載もあるところ,訂正後請求項1には,「逆台形型」の「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の上面と底面の各幅の比率については特定されていないことから,上記記載に係る「重ね合わせ時に作業性を損なわない」ことは,本件発明の「凹溝条」をなす「通気胴縁部」が「逆台形型」の形状を有することに係る効果ということはできない。

そして,本件訂正後明細書等には,上記各記載のほか,本件発明において「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の形状を「逆台形型」としたことによる作用,効果に関する記載はない。

 以上によれば,本件発明において「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の形状を「逆台形型」としたことによる特段の作用,効果の存在は認め難い。

⑶ 小括

ア(ア) 前記⑴のとおり,…本件先願当初明細書等においては,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」,すなわち,「突条部10a」の具体的形状につき,「半円形状」のもののみならず,その他の形状のものも記載されているに等しいといえること,甲24号証の図2及び図3においては,「半円形状」の「突条部10a」の各隅部(2つ)にRが設けられていることに鑑みると,本件先願当初明細書等には,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」,すなわち,「突条部10a」がその具体的形状に応じて備える個数の隅部にRを設けることも,実質上,記載されているに等しいということができる。本件先願当初明細書等とほぼ同様の内容を有する甲5明細書等についても,同様のことがいえる。

(ウ) 以上によれば,本件発明の「逆台形型」の「凹溝条」をなし,その「凹溝条」の各隅部(4つ)がRを設けて形成されてなる「通気胴縁部」は,本件先願当初明細書等に記載されているに等しいということができ,したがって,本件発明と本件先願発明との間に,本件審決のいう相違点1は,存在しないというべきである。

イ(ア) 本件審決は,「逆台形型」の「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の作用効果として,

①本件訂正後明細書(甲17)の段落【0028】に,概要,「モルタル塗り外壁通気層形成部材1を構造躯体6に取り付ける際,構造躯体6に接する溝条リブ2の底面は,ラス固定用の例えばステープルガンの銃口が容易に入り,しかもステープルを打ち付けられるように,なるべく平面になるよう設定されている。」と記載されていること,

②本件訂正後明細書の段落【0030】に,「通気胴縁部5の上面と底面の各隅部には,若干の丸み,すなわちRを設けてあり,溝条リブ2の亀裂や引きちぎれを防止できるように工夫が施されている。」と記載されていること,

③「柱や間柱の面の幅方向中央部と通気胴縁部の平面とされた底面の略中心部分とが正確に一致しなくとも,通気胴縁部の底面が平面であれば,ある程度の誤差を吸収して,すなわち前記底面の中心部分を外してもステープルを前記の柱や間柱に確実に打ち込むことができる」こと,

④「構造躯体に対しモルタル塗り外壁通気層形成部材を取付けのために添設させたとき,その通気胴縁部の底面が平面になっていると,構造躯体の外面には,前記通気胴縁部の底面が面で接触するため,摩擦抵抗が大きくなって,取付けのための作業安定性が格段に優れる」ことを挙げて,相違点1に係る本件発明の構成には,これらの作用効果があることから,相違点1は設計上の微差とはいえない旨判断している。

(イ) しかしながら,①の点は,前記⑵アのとおり,自明のものであり,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」のうち「逆台形型」の形状を有するものに特有の効果ともいえない。

②の点も,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の各遇部にRを設けることによって生じる効果といえ,「逆台形型」の形状を有するものに特有の効果ともいえず,しかも,前記アのとおり,本件先願当初明細書等には,…「突条部10a」がその具体的形状に応じて備える個数の隅部にRを設けることも,実質上,記載されているに等しいということができるから,本件先願発明においても同様の効果が生じ得る。…

③の点は,訂正後請求項1及び本件訂正後明細書等に記載されておらず,自明のものともいえないから,本件発明の作用効果と認めることはできない。

④の点は,前記⑵アのとおり,本件発明に係るモルタル塗り外壁通気層形成部材1を建築物の構造躯体に取り付ける際は,ステープルなどの止着部材を構造躯体の壁面に接している「逆台形型」の「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の底面部に打ち付けて固定するところ,同底面部が平面であれば,上記構造躯体の壁面と接する部分の面積が広くなり,これによって,同部分の摩擦抵抗が大きくなって安定性が高まり,上記取付けをしやすくなることをいうものと解されるが,これは自明なものといえ,しかも,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」の底面部が平面であることによって生じる効果であり,「逆台形型」の形状を有するものに特有の効果とはいえない。

以上によれば,本件審決の前記判断は,前提において誤りがあるといわざるを得ない。

 

【所感】

本件は、29条の2に規定されている「同一」に該当するか否かの判断が具体的に示された事案である。判決では、先願発明の明細書の開示範囲を、その課題や解決手段を考慮した上で、審決よりも広く捉え直し、実質的な差異はないと判断された。また、本件明細書には、審決において相違点として認定された構成について、具体的な実施形態とそれに付随する作用効果も記載されてはいるものの、それらは考慮に足るものではないとの判断が下されている。

本件発明と先願発明とは、課題が共通しており、その課題を解決するための主たる特徴的構成である「通気胴部」と「突状部」とは同じ技術的思想に基づいているものであるため、判決は、何ら新たな技術を開示するものではない後願発明に権利を付与することは妥当ではないとする特許法第29条の2の趣旨に沿った判断が示されたと言えなくはない。

しかしながら、判決では、先願の開示内容を広く解釈しすぎているとも言え、相違点2,3についての判断を示していない点からしても、片寄った乱暴な判断がなされたとの印象は否めない。