建具用ランナー事件
判決日 | 2010.08.27 |
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事件番号 | H23(ワ)14669 |
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担当部 | 東京地裁民事第40部 |
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発明の名称 | 建具用ランナー |
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キーワード | 104条の3 |
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事案の内容 | 特許権侵害差止等請求事件において、特許法第104条の3の規定により、原告の請求が棄却された事案。 引用発明の係合ロックの構成を,構成部材が少ないより単純な構成である周知の係合ロックの構成に置き換えることは,当業者にとって,十分に動機付けられていたということができ,通常の創作能力により容易になし得たといえると判断された点がポイント。 |
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事案の内容
【原告の特許】
(1)特許番号:特許第2889538号
(2)出願日:平成8年8月29日
(3)登録日:平成11年2月19日
(4)特許請求の範囲(本件特許発明)(請求項1の分説)
[1] レールを走行するランナー部材と,戸板に固定される取付部材と,ランナー部材,取付部材を連結する支軸とが備えられ,取付部材が戸板に固定されるカップ部材と支軸を支持してカップ部材の内部に着脱されるホルダ部材とから分割されてなる建具用ランナーにおいて,
[2] カップ部材とホルダ部材を係合ロックするための係合溝と係合突起とからなる係合部の一方がカップ部材に設けられ,係合部の他方がホルダ部材の可動片に設けられ,
[3] ホルダ部材の可動片には弾性が付与されているとともに係合部の一方の手前には係合部の他方への案内面が設けられ,
[4] 可動片を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材として一体成形され,
[5] 可動片の中途部には係合部の他方が設けられるとともに
[6] 自由端には指先を掛けることのできる操作部が形成されている
[7] ことを特徴とする建具用ランナー。
(注:下線は伊藤による)
【争点】
原告の特許は、進歩性を有するか。
【裁判所(東京地裁)の判断】(判決文P32~P51)
5 争点(3)イ(進歩性欠如)について
《1》 乙40刊行物の記載
本件特許出願前に頒布された刊行物である乙40刊行物には,以下の記載がある。
~~省略~~
《2》 乙40刊行物記載の発明
上記《1》の記載から,乙40刊行物には,少なくとも以下の構成を有する開閉体取付装置に関する発明(以下「引用発明」という。)が開示されていると認められる。
~~省略~~
《3》 本件特許発明と引用発明との対比
~~省略~~
〔一致点〕
「レールを走行するランナー部材と,戸板に固定される取付部材と,ランナー部材,取付部材を連結する支軸とが備えられ,取付部材が戸板に(掘込まれる取付溝に埋込み)固定されるカップ部材と支軸を支持してカップ部材の内部に着脱されるホルダ部材とから分割されてなる建具用ランナーにおいて,
カップ部材とホルダ部材を係合ロックするための係合溝と係合突起とからなる係合部の一方がカップ部材に設けられ,係合部の他方がホルダ部材の可動片に設けられ,
ホルダ部材の可動片には弾性が付与されているとともに係合部の一方の手前には係合部の他方への案内面が設けられ,
可動片の中途部には係合部の他方が設けられるとともに
自由端には指先を掛けることのできる操作部が形成されている
ことを特徴とする建具用ランナー」である点
〔相違点〕
本件特許発明では,可動片を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材として一体成形されているのに対し,引用発明においては,可動片であるロックレバーとホルダ部材であるローラケースが別部材であり,その素材が不明である点
なお,本件特許発明では合成樹脂材を素材として成形されている可動片に弾性が付与されているのに対し,引用発明の可動片であるロックレバーはローラケースに軸支されたコイルスプリングによって弾性が付与されているが,本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】及び発明の詳細な説明の段落【0010】,【0011】の記載に照らすと,本件特許発明において,可動片に弾性を付与する方法が合成樹脂材自体が有する性質によるものに限定されているということはできないから,可動片に弾性を付与する仕組みの違いは相違点にはならないというべきである。
《4》 相違点についての判断
そこで,上記相違点に係る構成について,当業者が容易に想到できたものであるか否かについて検討する。
ア 乙2刊行物には,以下の記載がある。
~~省略~~
ク 以上の記載からすると,本件特許出願当時において,一方の部材に係合溝を設け,他方の部材に弾性が付与されてなる可動片に設けられた係合突起を一体成形することにより,2つの部材を着脱自在に係合ロックする構成は,情報カード等の電子装置,ベルト等のバックル,小型無線機等の小型通信機,ヘルメット等のベルト用止め具,机等の引出し,コネクタ,カップリング等の管接続具,端末保護具,ボックス等の配線・配管器具,通信用回路を備えた通信用カード等,様々な技術分野において広く用いられていた周知の技術的思想であったと認められる。
また,乙23《2》刊行物及び乙24刊行物には,係合突起を備えた可動片が一体成形された部材が合成樹脂製であることが明示的に開示されており,さらに,一般に,機械設計上,弾性が必要な部位にはその素材として合成樹脂材が広く用いられていることにかんがみれば,係合突起を備えた可動片が一体成形された部材の素材として合成樹脂材を用いる点も,本件特許出願当時において,様々な技術分野における周知の技術的思想であったと認めるのが相当である。
ケ 機械設計上,構成部材を少なくし構成をより単純化することは,当業者にとって,製造コストの削減や製品の耐久性向上等につながる一般的な技術課題であるといえる。そのため,引用発明においても,カップ部材であるケースホルダー20とホルダ部材であるローラケース21を着脱自在に係合ロックするための構成について,構成部材が少ないより単純な構成とすることは,当業者が当然に認識する自明の技術課題であったといえる。
そうすると,引用発明の係合ロックの構成(ロックレバー39やコイルスプリング46等の部品を組み立てて成るローラケース21をケースホルダー20に係合ロックする構成)を,構成部材が少ないより単純な構成である上記クで認定した周知の係合ロックの構成(一方の部材に係合溝を設け,他方の部材に弾性が付与されて成る可動片に設けられた係合突起を一体成形することにより,2つの部材を着脱自在に係合ロックする構成)に置き換えることは,当業者にとって,十分に動機付けられていたということができ,通常の創作能力により容易になし得たといえる。
また,引用発明のローラケース21,ロックレバー39等の部品の素材は乙40刊行物の記載上明らかではないものの,建具用ランナーに係る乙1発明や乙39発明において,部品の素材として合成樹脂材が用いられていること(乙1刊行物の段落【0011】,乙39刊行物の第1欄)に加え,上記クで認定したように,係合突起を備えた可動片が一体成形された部材の素材として合成樹脂材を用いることが様々な技術分野における周知の技術的思想であったことを併せ考慮すると,引用発明の係合ロックの構成を上記クで認定した周知の係合ロックの構成に置き換える場合に,当業者は,係合突起を備えた可動片が一体成形された部材の素材として合成樹脂材を容易に採用し得たといえる。
さらに,建具用ランナーでは,戸板等の30㎏程度の荷重が係合部位に掛かることも想定されるが,引用発明の係合ロックの構成を上記クで認定した周知の係合ロックの構成に置き換え,その素材として合成樹脂材を採用しても,係合部位の厚さや大きさ等は想定される荷重に応じて設計されるものであるから,係合機能を十分に発揮することができるものといえ,この点を阻害事由と認めることはできない。
また,本件特許発明は引用発明より構成が単純化されているが,その程度は上記クで認定した周知の係合ロックの構成を考慮すれば,当業者にとって想定の範囲内のものといえ,本件特許発明は当業者が通常予想し得る以上の顕著な効果(耐久性の向上等)をもたらすものではない。
したがって,当業者は,引用発明及び上記クで認定した周知の技術的思想に基づいて,相違点に係る本件特許発明の構成を容易に想到できたものと認められる。
また,本件訂正は構成要件[1]に係るものであり,上記《3》のとおり,引用発明は本件訂正後の構成要件[1]の構成を具備するものであるから,本件訂正が上記判断に影響を及ぼすことはない。
6 以上のとおり,本件特許発明は,当業者が引用発明及び上記の周知の技術的思想に基づいて容易に発明をすることができたものであり,その特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告らは被告に対し本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【考察】
引用発明との差異が「合成樹脂材を素材として一体成形」というのみでは、進歩性を有する旨の主張は困難であったと考える。ただし、可動片をホルダ部材と一体成形するにあたって、金型によって作成可能となるように、構造的に工夫された点があった可能性がある。その構造をうまく反映させたクレームを作成していれば、進歩性が認められる可能性があったのではないかと考える。
【参考】
乙40刊行物:特開平8-68258号公報
乙1刊行物:特開平7-11834号公報
乙2刊行物:特開平6-302309号公
乙23《2》刊行物:実開昭55-419号公報の補正公報
乙24刊行物:実開平3-58573号公報
乙39刊行物:実公平5-23734号公報