座椅子事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2010.10.1
事件番号 H21(ワ)31831
発明の名称 座椅子
キーワード 技術的範囲の属否、104条の3
事案の内容 原告が、被告に対し、被告製品の差止請求等を行い、原告の請求が棄却された事案。
構成要件Bに記載の「座部の中央部」の解釈にあたり、明細書の記載から「当該円穴の位置は,上記目的及び効果を達成できる程度の範囲をもって,座部の中央部の辺りに存在すればよい」と解釈した点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第4132056号(登録日:平成20年6月6日)

(2)出願番号:特願2004-179489(出願日:平成16年6月17日)

(3)特許請求の範囲(構成要件の分説)

A 座部と前記座部に対して傾倒自在な背部とを備えた座椅子において,

B 前記座部は,座面中央に座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴を有するとともに,

C 当該座部の垂直断面において上面側表層カバー部材の直下に円穴の内周面側から座部の外周面側にかけてその長さ方向の中央が高く全体として弧状になるように配設された低反発クッション部材

D を有することを特徴とする座椅子。

 

【被告製品の構成】

判決文の別紙参照

 

【争点】

(1)技術的範囲の属否(構成要件B,Cの充足)

(2)無効事由の有無(特許法104条の3の抗弁の成否)

(3)損害額

 

【裁判所(東京地裁)の判断】

1.争点(1)(技術的範囲の属否)について

(1)略

(2)構成要件Bの充足性について

ア)略

イ)被告は,中空孔80の設置位置につき,「座部10を上から見たとき,その面の前後の略2対1の比率位置」に設定されているとして,中空孔80が構成要件Bでいうところの「座面中央」に位置することを否定する。

しかし,この場合の「座面中央」とは,本件明細書の段落【0003】に記載されている本件発明の目的「本発明は,背部の傾斜角度如何に拘わらず,或いは長時間使用しても,初期の座り位置から位置ずれが生じ難い座椅子の提供を目的とする。」や,段落【0005】に記載されている本件発明の効果「本発明によれば,座部の座面に臀部が落ち込む円穴を設けてあるので,座面に対する臀部の前後左右方向(ここで前方とは足先方向をいう)の位置連れ(判決注:「位置ずれ」の誤記と認める。)を防止することができると共に,当該座面の表層カバー部材の直下に低反発クッション部材が配設してあるので,臀部の形状に相応した形状で臀部を座部に受けることができ,これによって更に位置ずれを防止することができると共に初期の座り心地を長時間にわたって保持することができる。」からすれば,その位置は厳密に解されるべきものではなく,要するに,座部の座面に臀部が落ち込む円穴を設けたこと自体で,座面に対する臀部の前後左右方向の位置ずれが防止できればよいのであって,そのためには,当該円穴の位置は,上記目的及び効果を達成できる程度の範囲をもって,座部の中央部の辺りに存在すればよいというべきである。

そうすると,「前後の略2対1の比率位置」は,上記の意味合いで座部の中央部の辺りということができるから,被告製品の中空孔80は,構成要件Bとの対比においては,なお「座面中央」に位置するものと評価できる。

ウ)略

エ)以上によれば、被告製品は、本件発明の構成要件Bを充足するものと認められる。

 

(3)構成要件Cの充足性について

ア 略

イ 被告は構成要件Cの「全体として弧状」の「全体」は,「低反発クッション部材」が「板状全体」という意味ではなく,「中層クッション部材6の外表面を含んでの全体」と解釈するのが合理的である旨主張する。しかし,本件明細書の記載によれば,構成要件Cは,必ずしも中間クッション層を念頭に置いているとは認められず,そこでいう「全体として弧状」とは,飽くまで作成された座部において低反発クッション部材がどのような形状を呈しているかを規定したものと理解される。

また,被告は,仮に構成要件Cの「全体として弧状」の「全体」が「低反発クッション部材」の「板状全体」という意味であるとしても,構成要件Cの「全体として弧状」の構成を有していない旨主張するが,上記認定の被告製品の形態を見れば,被告製品の低反発材50は,被告が主張するように内面側に変形が見られるものの,全体としては弧状を呈していると評価できる。

ウ 以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件Cを充足するものと認められる。

 

(4) よって,被告製品は,本件発明の構成要件をすべて充足し,その技術的範囲に属するものと認められる。

 

2 争点(2)(無効事由[進歩性欠如]の有無)について

(1)乙1(実願昭63-57584号(実開平1-159873号))の記載

本件特許出願前に頒布された刊行物である乙1には,図面とともに,次の事項が記載されている。

(略)

(2)略

(3)本件発明と引用発明の対比

引用発明の「尻乗せ座」,「前後に傾斜調整自在」,「背もたれ部」,「表面張材」は,それぞれ,本件発明の「座部」,「傾倒自在」,「背部」,「上面側表層カバー部材」に相当する。

引用発明の「クッション材」も,本件発明の「低反発クッション部材」も,「クッション部材」という点では一致している。

また,本件発明も,その実施例の構成から明らかなように,低反発クッション部材の下方に他のクッション材を配置してもかまわないものであるから,引用発明が「成形クッション材(4b)」を備えることにより本件発明と相違することにはならない。

(中略)

 なお引用発明の,「凹部(41)」は,必ずしも本件発明にいうところの「円穴」に該当するものとは断定できない。

イ そうすると,両者の一致点及び相違点は,次のとおりである。

(ア) 一致点

「座部と前記座部に対して傾倒自在な背部とを備えた座椅子において,当該座部の垂直断面において上面側表層カバー部材の直下にクッション部材を有する座椅子」である点

(イ) 相違点

本件発明では,座部が「座面中央に座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴」を有しており,「クッション部材を座部の垂直断面において上面側表層カバー部材の直下に円穴の内周面側から座部の外周面側にかけてその長さ方向の中央が高く全体として弧状になるように配設している」のに対し,引用発明では,木製ベース板(4a)に貫通孔があって,その貫通孔以外の部分に成形クッション材(4b)を上方突出状態に付設しているものの,成形クッション材(4b)の上方に位置する上面側表層カバー部材及びクッション部材に明確な「穴」が存在するとまでは認められない点

座部の表面張材の直下に張設されるクッション部材につき,本件発明では「低反発」性のものに限定されているのに対して,引用発明では,そのような性質のものであるか否かが明らかでない点

 

(4)相違点についての容易想到性

そこで,上記各相違点に係る構成について,当業者が容易に想到できたものであるか否かについて検討する。

ア 相違点aについて

(ア)実願昭63-39417号(実開平1-143952号)のマイクロフィルム(乙3)の記載事項

(中略)

(イ)実願昭62-26203号(実開昭63-133142号)のマイクロフィルム(乙5)の記載事項

(中略)

(ウ)(中略)また,本件発明は,本件明細書の段落【0011】に「この円穴3は座部1の座面11に乗せられる臀部が,少なくともその臀部の中央が浅く落ち込む穴或いは有底の窪み(以下これらを総称して円穴ともいう)を設けて・・・」とあるように,座面上に設けられる円穴は,「貫通孔」に限定しておらず,したがって,当業者が当該「円穴」を「貫通孔」として構成するか,それとも有底の「窪み」として構成するかは,正に設計事項にすぎないといえる。そして,引用発明のうち木製ベース板(4a)に設けられた貫通孔が「円穴」の構成を備えていることは前示のとおりであり,その上部に形成される凹部(41)についても,完全な円形かどうかはともかくとして,おおむね「窪み」の形状をしていることは図面上明らかといえる。

したがって,相違点aのうち,座部の「座面中央に座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴」を設けることについては,既に引用発明においてその開示があるか,少なくとも示唆があるということができる。

そして,上記乙3及び乙5の記載によれば,本件特許の出願時において,座椅子の座部の座面中央に座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴を設けることは,周知の技術的事項であったと認めることができる。

また,引用発明においても,既に木製ベース板(4a)と成形クッション材(4b)に孔が設けられていることからすると,この周知技術を適用して,更に上方の成形張材(4c),クッション材(4d)及び表面張材(4e)にも孔を設けたからといって,直ちに技術的不合理(所与の課題が解決できなくなる,あるいは著しい欠点が生じる等)が生じるものとも認められない。

したがって,上記に検討したところによれば,引用発明自体から,あるいは,引用発明に乙3及び乙5に記載される周知の技術的事項を考慮して,座部の「座面中央に座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴」を設ける構成を採用することは,当業者が格別の創作能力を発揮しなくとも想到し得たものと認められる。

 

(エ)相違点aのうち,「クッション部材を座部の垂直断面において上面側表層カバー部材の直下に円穴の内周面側から座部の外周面側にかけてその長さ方向の中央が高く全体として弧状になるように配設している」点について,

 (中略)

引用発明において,クッション材(4d)は,成形クッション材(4b)の上面に沿って配置するものと理解されるから,その成形張材(4c),クッション材(4d)及び表面張材(4e)にも円穴が設けられる場合に,併せて,当該クッション材(4d)を円穴の内周面側から座部の外周面側にかけてその長さ方向の中央が高く全体として弧状になるように配設することも,当業者が格別の創作能力を発揮しなくともなし得たものと認められる(低反発クッション部材の具体的な配置の仕方として,座椅子に穴が空いているのであれば,臀部との接触が想定される部位,すなわち,穴の内周面側から座部の外周面側に至るまで配置させることは,当業者が通常の創作能力を発揮してなし得た程度のことというべきであるし,座部の垂直断面を中央部が高くなるようにすることは一般に行われる周知の技術的事項というべきであるから,穴がある座部について,穴の内周面側から座部の外周面側にかけて,その長さ方向の中央が高く全体として弧状になるように当該クッション部材を配設することも,当業者にとって通常の創作能力を発揮してなし得た程度のことと認めるのが相当である。)。

 

イ 相違点bについて

(ア)特開平2-52607号公報(乙6)

(中略)

(イ)特開2000-106969号公報(乙7)

(中略)

(ウ)特開2002-336070号公報(乙9)

(中略)

(エ)特開2000-5327号公報(乙10)

(中略)

(5)以上のとおり,本件発明は,当業者が引用発明及び上記の周知の技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものであり,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,特許法104条の3第1項により,原告は被告に対し本件特許権を行使することができない。

 

3 結論

よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

 

【感想】

1.争点(1)について

 構成要件Bに記載の「座部の中央部」の解釈にあたり、明細書の記載から「当該円穴の位置は,上記目的及び効果を達成できる程度の範囲をもって,座部の中央部の辺りに存在すればよい」と解釈した点は明細書作成の上で参考になると考えられる。

 例えば、特許請求の範囲に抽象的な文言を用いた場合に、数値範囲等で明確に定義しても良いが、その文言の意味する目的・効果を修飾語とすることも一案であると考えられる。

 例えば、「○○反応の発生を抑制できる温度で、」等。

 なお、本事案の場合では、「円穴」の位置を特定する必要は無かったように思う。

 本事案の場合、目的・効果を修飾後として表現するならば、「座部は、臀部が落ち込む円穴を有し」とすれば良く、位置まで限定しなくても円穴を規定できる。

 

2.争点(2)について

 裁判所の判断は妥当であると考える。

 ただし、無効事由となった引例が、実用新案登録出願や特許出願であり一般文献ではない。よって、特許庁の審査の段階でも指摘できたことから、権利者にとって少し酷なようにも思う。

 なお、審査の段階で引かれた主引例は実開平2-22142。

(追記:事務所内の他の感想)

・「2.(4).(エ)」の容易想到性についての裁判所の判断について、裁判所は「…その成形張材(4c),クッション材(4d)及び表面張材(4e)にも円穴が設けられる場合に,…」と仮定している。しかしながら、乙1の技術においてクッション材(4d)や表面張材(4e)にも円穴を設けると、尻乗せ座の中身が外部から見え見栄えが損なわれる恐れがある。よって、そもそもクッション材(4d)や表面張材(4e)に円穴をも設ける思想には至らないように考えられる。

・訂正審判を請求し、「円穴」について有底の窪み等が含まれないよう、「貫通孔」とすれば、進歩性を有し104条の3第1項の規定は適用されなかったかもしれない。

以上