幼児用補助便座事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2011.1.21
事件番号 H23(ワ)18507
発明の名称 幼児用補助便座
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 原告が、被告製品が原告の特許に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して製造・販売の差止等を請求し、請求が認容された事件。
構成要件Bの「載置部」の解釈と、構成要件Bに関する被告製品への当てはめの判断の方法がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第2121350号

(2)出願日:平成6年2月22日

(3)登録日:平成8年12月20日(一発特許査定)

(4)特許請求の範囲(請求項1の分説)

A 座面の中央に穿設した縦長の透孔を長円形状に形成するとともに,

B 座面の周縁部を少しの高さだけ下方に湾曲させて便座に対する載置部としてなる幼児用の補助便座において,

C 座面の周縁部に形成した載置部を,先端縁及び両側縁部をほぼ水平に形成し,後縁部には,変形した便座に対応させるための上向きの切欠部を形成してなる

D 幼児用補助便座。

 

【争点】*本レジュメでは、争点1について紹介

(1)争点1:被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか → 裁判所:「属する」

(2)争点2:原告の本件特許権の行使は特許法104条の3第1項により制限されるか

→ 裁判所:「制限されない」

(3)争点3:被告が賠償すべき原告の損害額 → 裁判所:原告の請求通りの額を認容

 

【争点1についての被告の主張(抜粋)】*被告物件目録の図面は閲覧できなかった

・認否

被告製品は幼児用補助便座であり、座面2の中央に縦長長円形状の透孔3が形成されていること、座面2の周縁部4が下方に湾曲していること、周縁部4の下部5の先端縁部6及び両側縁部7がほぼ水平に形成されていることは認めるが、その余は否認する。

・「載置部」の不存在による構成要件B及びCの非充足

被告製品においては、(中略)下方に支脚10が設置され,支脚10のうち,プラスチックで形成された部分が周縁部4の下部5よりも下方に位置し,さらにその下方にゴム製のキャップが取り付けられているため,被告製品を大人用便座に載せる場合,支脚10のみが大人用便座に接触し,周縁部4の下部5は大人用便座に接触しない。このように被告製品の周縁部4の下部5は,大人用便座に接触せず,「便座に載せるための」載置部とはいえないから,被告製品には,構成b,c1及びc2記載の「載置部5」は存在しない。

・「切欠部」の不存在による構成要件Cの非充足

本件発明の「切欠部」とは,「本来あるべきものをあるべき場所から分離した結果生じた局部的なへこみの部分」を意味するところ,被告製品は,座面後方部から何かを分断・分離しているわけではなく,局部的なへこみも存在しないから,被告製品は,「切欠部」が存在せず,構成要件Cを充足しない。(中略)被告製品を通常の洗浄機能付き便座に載置した場合,その後縁部が便座の傾斜に乗り上げてしまい,後縁部が補助便座を支持するような格好となり,便座の傾斜を吸収するものとはいえない。したがって,被告製被告製品には「変形した便座に対応させるための切欠部」があるとはいえないから,この点においても,被告製品は構成要件Cを充足しない。

 

【裁判所の判断】

・構成要件Bの充足性に関する部分の抜粋

《1》「載置」とは,「物の上に他の物を置くこと」を意味すること(「特許技術用語集(第3版)」(日刊工業新聞社)67頁)(中略)からすれば,本件発明の「載置部」は,便器付属の便座の上に補助便座を置く部分をいい,換言すれば,補助便座において便器付属の便座の上面に接する部分を意味するものと解される

一方で(中略)本件発明は,座面全体を水平かつ平滑に形成した従来構造の便座だけではなく,様々な座面の形状を有する近時の便座に対応することを前提とするものといえるから,本件発明の「載置部」は,その構成部分(先端縁,両側縁部及び後縁部)の全体が便器付属の便座の上面に接することまで想定したものではなく,少なくともその構成部分の一部が便座の上面に接する部分として規定されているものと解するのが相当である。

このような解釈は,《1》本件明細書には,本件発明において,「載置部」の構成部分全体が便座の上面に接するものでなければならないことを明示した記載はないこと,《2》かえって,請求項1を直接又は間接的に引用する形式で記載された請求項3ないし6の記載(前記(イ)a(a))によれば,(中略)便座設置用の支脚については,「載置部」の下端よりも下方に露出した便座設置用の支脚のゴム座が便座と直接接する場合があることが想定されており,このような場合,便座の形状やゴム座の露出の程度如何によっては「載置部」の構成部分の一部のみが便座と接し,その構成部分全体が便座に接しない場合があり得ることにも,符合するものといえる。

 

(中略)被告製品を便器に付属する便座に使用した場合に,被告製品の周縁部の下部が便座の上面に接する部分の構成を備えているかどうかを検討するに,(中略)このような後方部分が上方に傾斜した形状の便座に被告製品を使用した場合は,被告製品の周縁部の下部のうち,被告製品の前方の2個の支脚は便座の上面に接するが,被告製品の周縁部の下部のうち,正面側の先端縁部及び側面側の両側縁部が便座の上面に接しないものがあるものと推認される。

しかしながら,弁論の全趣旨によれば,このような場合であっても,被告製品の周縁部の下部のうち,被告製品の背面側の符号8で示すように上向きに湾曲し,両側縁部に滑らかに繋がっている部分の少なくとも一部は,便座の傾斜部分の上面に接し,上記2個の支脚とともに,補助便座を支えるものと推認される。

また,被告製品の周縁部の下部のうち,背面側の上記部分のほかに,正面側の先端縁部又は側面側の両側縁部の一部が上記2個の支脚とともに便座の上面に接するものもあるものと推認され,このような場合は,上記接する部分は,上記2個の支脚とともに,補助便座を支えるものと推認される。

したがって,いずれの場合であっても,被告の製品において被告製品の周縁部の下部は便座の上面に接する部分を有するということができる。

(中略)

したがって,被告製品は,「座面の周縁部を少しの高さだけ下方に湾曲させて便座に対する載置部としてなる幼児用の補助便座」に該当するから,構成要件Bを充足するものと認められる。

 

・ 構成要件Cの充足性に関する部分の抜粋

このように補助便座の周縁部の下部のほぼ水平の下面を上向きに輪郭が湾曲して変化した形状部分とすることによって,便座の傾斜面との接触による反発を抑制又は緩和させて,補助便座の後方部位が上方に持ち上げられ,前方に移動させられるなどの問題が発生することを回避することができるものといえるから,便座の傾斜面の傾斜を吸収できる機能を有するものと解される

そうすると,補助便座の周縁部の下部のほぼ水平の下面を上向きに輪郭が円弧状に湾曲して変化した形状部分であれば,本件発明の「切欠部」に含まれるものと解するのが相当である。

 

被告製品(検甲1)は,別添第2図に示すように,周縁部の下部5は,先端部6から側縁部7にかけてほぼ水平であったのが,後方の符合8で示す部分において全体的に上向きに円弧状に湾曲し,別添第4図に示すように,背面側ではその湾曲部分が左右方向に滑らかに繋がっている。

被告製品の上記湾曲部分は,被告製品の周縁部の下部のほぼ水平の下面を上向きに輪郭が円弧状に湾曲して変化した形状部分であるから,「切欠部」(前記ア(ア))に当たり,また,この「切欠部」は,上向きに形成され,被告製品の後端ないし後縁にわたって形成されているといえるから,「後縁部」に形成された「上向きの切欠部」に該当するものと認められる。

そして,被告製品は,大人用の「普通便座」のほか,「暖房便座」及び「温水便座」に取り付けることをも用途とする製品として販売されていること(前記(1)ア(オ)),被告製品の全体の形状(検甲1)に照らすならば,被告製品の上記湾曲部分は,後方部分が上方に傾斜した暖房便座又は温水便座などの「変形した便座に対応させるため」に形成されたものと認められる。

以上によれば,被告製品の上記湾曲部分は,載置部(周縁部の下部)の「後縁部」において,「変形した便座に対応させるための上向きの切欠部」に当たるものと認められる。したがって,被告製品の載置部(周縁部の下部)は,先端縁及び両側縁部がほぼ水平に形成され,後縁部には変形した「変形した便座に対応させるための上向きの切欠部」である上記湾曲部分が形成されているといえるから,本件発明の構成要件Cを充足する。

 

・ 小括

以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件AないしDをすべて充足するから,本件発明の技術的範囲に属するものと認められる。

 

【所感】

被告製品の態様の詳細が不明であるため、裁判所の判断を評価するのは難しいが、裁判所による構成要件Bの「載置部」の解釈(「載置部」は便座の上面に接する部分を意味するが、全体が接することまで想定したものではなく、構成部分の一部が接していれば足りる)は妥当であると考える。

一方、構成要件Bに関する被告製品への当てはめにおいて、裁判所は、「弁論の全趣旨によれば、被告製品の周縁部の下部のうち背面側の上向きに湾曲した部分が便座の傾斜部分の上面に接し、2個の支脚とともに補助便座を支えるものと推認される」ことを根拠として、構成要件充足性を肯定している。このような判断によれば、本件発明は、載置部の内、水平部分(先端縁部および両側縁部)は載置機能を発揮せず、切欠部(後縁部)のみが便座と接触して載置機能を発揮する態様も含むこととなり、載置部がすべて水平形状であると安定載置ができないという本件発明の課題に照らして解釈が広すぎるように感じる。

また、裁判所は、上記推認の根拠として、単に「弁論の全趣旨によれば」としている。事実、原告は、被告製品の周縁部が便座に接することを立証するための証拠として、被告製品に幼児の体重相当の人形を載せた状態での写真を提出しているが、裁判所はこれを採用していない。この点でも、裁判所の判断は、その根拠が明確でないように感じる。