導光フィルム事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2018.05.22
事件番号 H29(行ケ)10146
担当部 知財高裁第3部
キーワード 進歩性、数値限定
事案の内容 進歩性がないとする拒絶審決の取消しを求める訴訟において、原告(出願人)の請求が棄却された。請求項1には、接着部分の形状に関して、数値限定がなされている。「これらの数値範囲については,いずれも,本願明細書においては多数列記された数値範囲の中の一つとして記載されているにすぎず,本願発明においてこれらの数値範囲に限定する根拠や意味は全く示されていない。」と判断されたことがポイント。

事案の内容

【経緯】
平成23年 4月11日 特許出願(特願2013-504971号、パリ条約による優先権主張を伴う国際特許出願、優先日:平成22年 4月12日)
平成27年 7月 3日 特許請求の範囲の補正
平成27年12月24日 拒絶査定
平成28年 5月 6日 拒絶査定不服審判請求(不服2016-6672号)
平成29年 3月 6日 拒絶審決
平成29年 3月25日 審決取消訴訟提起
 
【本願発明の要旨】
【請求項1】(筆者注記:補正後の請求項1に記載された発明。以下、本願発明と呼ぶ)
 構造化された第1主表面と,相対する第2主表面と,を含む導光フィルムであって,前記構造化された第1主表面が,複数の単位個別構造を含み,各単位個別構造が,
 主に光を導くための導光部分であって,
 複数の第1側面であって,各第1側面が,前記導光フィルムの平面に対して35度~55度の範囲の角度をなす,複数の第1側面と,
 前記複数の第1側面で画定され,第1最小寸法を有する第1底面と,
 第1最大高さと,を含む,導光部分と,
 主に導光フィルムを表面に接着するための,前記複数の第1側面の上及び間に配置される接着部分であって,
 複数の第2側面であって,各第2側面が,前記導光フィルムの平面に対して70度超の角度をなす,複数の第2側面と,
 前記複数の第2側面によって画定され,前記第1最小寸法の10%未満の第2最小寸法を有する第2底面と,
 第2最大高さであって,前記第2最大高さの前記第2最小寸法に対する比が少なくとも1.5である,第2最大高さと,を含む,接着部分と,を含む,導光フィルム。
 
【本件審決の概要】
 本願発明は,本願発明は,本願の優先日前の刊行物である引用例1(特開2008-122525号公報,甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。),引用例2(国際公開第2008/047855号,甲2)に記載された技術(以下「引用例2記載技術」という。)及び周知技術に基づいて,その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により特許を受けることができないから,他の請求項に係る発明について審理するまでもなく本願は拒絶すべきであるというものである。
 
【裁判所の判断】
4 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 相違点の容易想到性について
イ 引用発明に引用例2記載技術を組み合わせた場合について
(ア) 引用発明の凸部の頂部に引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した場合,引用発明の凸部は,プリズム体の底面と突起状の固定部との間に「第1最大高さ」を備え,また,プリズム体の頂部に配置された突起状の固定部は「接着部分」を構成する。
 ここで,本願発明においては,「接着部分」の形状に関し,それぞれ,①「前記第1最小寸法の10%未満の第2最小寸法を有する第2底面」,②「各第2側面が,前記導光フィルムの平面に対して70度超の角度をなす」及び③「前記第2最大高さの前記第2最小寸法に対する比が少なくとも1.5である」という数値範囲による特定(限定)がされている。
 しかしながら,これらの数値範囲については,いずれも,本願明細書においては多数列記された数値範囲の中の一つとして記載されているにすぎず,本願発明においてこれらの数値範囲に限定する根拠や意味は全く示されていない。
 すなわち,上記①の数値範囲については,「いくつかの場合において,最小寸法d2は,最小寸法d1よりも実質的に小さい。例えばそのような場合,最小寸法d2は,最小寸法d1の約20%未満,又は約18%未満,又は約16%未満,又は約14%未満,又は約12未満(原文ママ),又は約10%未満,又は約9%未満,又は約8%未満,又は約7%未満,又は約6%未満,又は約5%未満,又は約4%未満,又は約3%未満,又は約2%未満,又は約1%未満である。」(【0041】)と記載されているのみであり,上記①の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
 上記②の数値範囲についても,「いくつかの場合において,接着部分の各側面が,導光フィルムの平面に対して,約65度超,又は約70度超,又は約75度超,又は約80度超,又は約85度超の角度をなす。」(【0039】)と記載されているのみであり,上記②の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
 上記③の数値範囲についても,「いくつかの場合において,接着部分170は1より大きい縦横比を有する。例えば,いくつかの場合において,接着部分170の最大高さh2の,第2最小寸法d2に対する比は,1より大きい。例えばそのような場合,比h2/d2は,少なくとも約1.2,又は少なくとも約1.4,又は少なくとも約1.5,又は少なくとも約1.6,又は少なくとも約1.8,又は少なくとも約2,又は少なくとも約2.5,又は少なくとも約3,又は少なくとも約3.5,又は少なくとも約4,又は少なくとも約4.5,又は少なくとも約5,又は少なくとも約5.5,又は少なくとも約6,又は少なくとも約6.5,又は少なくとも約7,又は少なくとも約8,又は少なくとも約9,又は少なくとも約10,又は少なくとも約15,又は少なくとも約20である。」(【0042】)と記載されているのみであり,上記③の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
 以上によれば,本願発明の「接着部分」の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義があるものとは認められない。
(イ) 他方,上記①の数値範囲に関しては,引用例1には,引用発明に係る凹凸部の頂部の接合部幅(Pw)を凹凸部の配列ピッチ(P)の20%以下になるようにすることが記載されている(【0013】及び【0051】)。
 上記②の数値限定に関しては,引用例2においては,起状の固定部は,多角柱,円柱,円錐台,角錐台が好ましいとされ,引用例2記載技術の固定部として平面に対して70度超の角度をなすものが当然に想定されているといえる([0038]及び[図1])。
 上記③の数値限定に関しては,引用例2記載技術の出射光制御板の凸部形状は,「所望の視野角特性に合わせて決定され」るものであるから([0003]),凸部の頂部及び頂部に設けられた固定部の幅にも自ずと制限があるところ,引用例2には,接着面積を大きくするために突起状の固定部の高さを固定層の厚みに対して好ましくは50%以上,より好ましくは80%以上としてできる限り大きくすることが記載されているから([0040]),接着面積を確保するために固定部を縦長とすることが示唆されているといえる。
 そして,上記(ア)のとおり,本願発明の「接着部分」の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義が認められないことからすれば,引用発明の集光シートの凸部の頂部に,引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した構成において,①突起状の固定部の底面(Pw)を凸部の底部(P)の10%未満とすること,②突起状の固定部の各側面を導光シートの平面に対して70度超の角度を成すようにすること,③突起状の固定部を縦長として,固定部の高さの底面に対する比を少なくとも1.5とすることは,いずれも,当業者が適宜調整する設計事項というのが相当である。
 以上によれば,引用発明に引用例2記載技術を適用し,相違点に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことであると認められる。
(中略)
(3) 小括
以上の次第であるから,原告が主張する取消事由2は理由がない。
 
5 本願発明の効果について
 原告は,審決が,引用例1の延長線上にすぎないことを理由に「顕著な効果」を認めなかったのは誤っているとして,本願発明の効果に関する審決の認定判断についても争っている。
 しかしながら,引用発明の集光シートの凸部の頂部に,引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した構成のものは,本願発明と同程度の接着性及び集光機能を有すると認められる。逆にいえば,本願発明の効果は引用例1及び引用例2から当業者が予想し得る程度のものを超えるとはいえない。
 したがって,本願発明の効果に関する審決の認定判断に誤りがあるとは認められず,これに反する原告の主張は採用できない。
 
6 結論
 以上の次第であるから,原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消されるべき違法があるとは認められない。
 よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 裁判所の判断は、妥当であると感じた。今回の事案では、引用例1と引用例2とを組み合わせることによって、本願発明と数値範囲が相違するのみの構成が得られる。上記数値範囲に臨界的な技術的意義があることが示されていたならば、進歩性が肯定された可能性があるが、上記数値範囲に臨界的な技術的意義があることは示されていない。そのため、本願発明は、進歩性を有しないと判断されても致し方ないと考えられる。