室内芳香器事件
判決日 | 2012.07.25 |
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事件番号 | H23(行ケ)10390 |
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担当部 | 知財高裁第4部 |
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発明の名称 | 室内芳香器 |
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キーワード | 進歩性 |
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事案の内容 | 拒絶審決に対する審決取消請求事件であり、原告(出願人)の請求が棄却された事案。 引用考案の「揮散体」を,これと同様の作用・機能を有する周知のソラフラワーに置き換える動機は十分に存在し,それを阻害する要因も存在しないから,相違点1に係る構成は,きわめて容易に想到できるものであると判示された点がポイント。 |
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【経緯】
平成19年 8月 1日 登録第3134691号実用新案 設定登録
平成23年 4月15日 実用新案登録無効審判請求(無効2011-400006号事件)
平成23年10月17日 「実用新案登録第3134691号の請求項1ないし5に係る考案についての実用新案登録を無効とする。」旨の本件審決
【訂正後の請求項1~5】(以降、「本件考案1」ないし「本件考案5」という。)
※ 審決によって認定された本件考案と引用考案との相違点を赤字にする。
【請求項1】
a)液体芳香剤を収容する、上部に開口を有する容器と、
b)前記開口の上に配置された、ソラの木の皮で作製した(相違点1)造花と、
c)下端が前記液体芳香剤中に配置され、上部において前記造花と接続されている浸透性の紐(相違点2)と、
を備えることを特徴とする室内芳香器
【請求項2】
前記液体芳香剤が有色であり、前記造花が淡色である(相違点3)ことを特徴とする請求項1に記載の室内芳香器
【請求項3】
前記紐が綿糸を編んだ綿コード(相違点4)であることを特徴とする請求項1又は2に記載の室内芳香器
【請求項4】
前記綿コードの中にワイヤが挿入されている(相違点5)ことを特徴とする請求項3に記載の室内芳香器
【請求項5】
前記容器が透明である(相違点6)ことを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の室内芳香器
【審決の判断】
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件考案1ないし5は,下記引用例に記載された考案(以下「引用考案」という。)及び下記周知例に記載された周知の事項等に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり,実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものであって,本件実用新案登録は,実用新案法37条1項2号の規定により無効にすべきものである,というものである。
ア 引用例:特開2004-329794号公報(甲1)
イ 周知例:「Saison de かおん」(株式会社主婦と生活社,平成17年(2005年)11月1日発行)44頁(甲3)
(2) なお,本件審決が認定した引用考案並びに本件考案1ないし5と引用考案
との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりである。
ア 引用考案:香料及び色素を含む溶液を収容する,上部に開口部を有する容器と,前記開口部の上に配置された,花弁部を複数集めた集合体で構成された濾紙からなる揮散体と,下端が前記溶液中に配置され,上部において前記揮散体と接続されている,ポリプロピレン・ポリエチレン複合繊維からなる吸液部材と,を備える揮散器
ウ 本件考案1ないし5と引用考案との相違点1:造花に関して,本件考案1ないし5では,「ソラの木の皮で作製した」ものであるのに対して,引用考案は,花弁部を複数集めた集合体で構成された濾紙からなる揮散体からなる点
エ 本件考案1ないし5と引用考案との相違点2:浸透材に関して,本件考案1ないし5では,「浸透性の紐」であるのに対して,引用考案は,ポリプロピレン・ポリエチレン複合繊維からなる吸液部材である点
オ 本件考案2ないし5と引用考案との相違点3:本件考案2ないし5は,「液体芳香剤が有色であり,造花が淡色である」のに対し,引用考案では,溶液が色素を含むものの,揮散体の花弁部の色については不明な点
カ 本件考案3ないし5と引用考案との相違点4:浸透材に関して,本件考案3ないし5は,「紐が綿糸を編んだ綿コードである」と特定しているのに対して,引用考案は,ポリプロピレン・ポリエチレン複合繊維からなる吸液部材である点
キ 本件考案4及び5と引用考案との相違点5:綿コードに関して,本件考案4及び5は,「綿コードの中にワイヤが挿入されている」のに対して,引用考案では,吸液部材の補強について不明な点
ク 本件考案5と引用考案との相違点6:容器に関して,本件考案5では,「透明である」としているのに対して,引用考案では,容器が透明かどうか不明な点
4 取消事由
(1) 本件考案1の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1)
(2) 本件考案2の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)
(3) 本件考案4の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3)
【当裁判所の判断】
3 取消事由1(本件考案1の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 相違点1について
本件考案1と引用考案との相違点1は,造花に関して,本件考案1では,「ソラの木の皮で作製した」ものであるのに対して,引用考案は,花弁部を複数集めた集合体で構成された濾紙からなる揮散体からなる点である。
(2) ソラフラワーの周知性について
周知例には,ソラフラワーとリフレッシャーオイルの画像の説明文として,「植物繊維で作った花にバラの香りを染み込ませて」及び「ローズの香りの花ポプリ。ソラという植物の茎をスライスして作った花に,オイルを染み込ませています。ほかにヒヤシンスやシクラメンも。」との記載がある。それによれば,ユーザーが,ソラフラワーに芳香剤を染み込ませて使うものであることが理解できる。また,そもそも,ソラフラワーにリフレッシャーオイルを別売しているということは,当該オイルをソラフラワーに染み込ませて使い切った後に,改めて追加で当該オイルを入手できるように販売しているものである。よって,周知例には,本件審決が認定した,「造花であるソラフラワーと芳香剤とを別体として販売し,ユーザーがソラフラワーに芳香剤を染み込ませて使うもの」であることが記載されている。
周知例は,株式会社主婦と生活社が一般の主婦を対象として出版した雑誌「Saison de かおん」にソラフラワーという商品の概要や用途が紹介されているというものであるところ,室内芳香器やソラフラワーのユーザーである主婦を対象とした雑誌に掲載された事項については,本件考案の属する技術分野の出願時の技術水準にあるものを全て自らの知識とすることができる当業者としても,ユーザーのニーズや商品の評価などには相当な関心を払うはずである。そうすると,当業者は,ユーザー向けの雑誌に掲載された事項についても,当然,自らの知識としているものと考えられ,そこに掲載された事項は,当業者にとっても周知な事項といって差し支えない。
よって,周知例の上記記載をもって,そこに紹介されたソラフラワーも,当業者に周知のものということができる。
(3) 容易想到性について
ア 引用例には,本件考案1の「造花」に相当する揮散体は,「その材質として,上記の溶液を保持でき,かつ,溶液中の有効成分(揮散成分)を揮散させることができるものであればいずれのものでも使用でき」と記載され,その具体例として,「樹脂,パルプ等の有機材料やガラス等の無機材料の多孔性材料」を用いることができることが記載されている(【0010】)。
引用例には,ソラの木の皮等の天然素材については明記されていないが,ソラの木の皮等の天然素材も,造花に吸収された液体芳香剤をゆっくり揮散させることができ,芳香の揮散を長時間安定的に持続できるという作用効果を有することは明らかであり,上記のとおり,ソラフラワーは,従来周知の造花である。そうすると,ソラの木の皮等の天然素材が記載されていないとしても,引用考案における花弁部の集合体である揮散体に代えて,ソラフラワーを適用することができる。
イ このように,引用考案の「揮散体」を,これと同様の作用・機能を有する周知のソラフラワーに置き換える動機は十分に存在し,それを阻害する要因も存在しないから,相違点1に係る構成は,きわめて容易に想到できるものである。
そして,本件考案1が奏する作用効果,すなわち,ソラの木の皮で作製されたものを用いることにより,造花に吸収された液体芳香剤をゆっくり揮散させることができ,芳香の揮散を長時間安定的に持続できるという作用効果も,引用考案等から予測できる範囲内のものにすぎず,格別のものとは認められない。
ウ よって,本件考案1は,引用考案及び周知例に基づき,きわめて容易に想到し得るものである。
(4)原告の主張について
省略
(5) 小括
よって,取消事由1は,理由がない。
4 取消事由2(本件考案2の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 相違点3について
本件考案2と引用考案との相違点3は,本件考案2は,「液体芳香剤が有色であり,造花が淡色である」のに対し,引用考案では,溶液が色素を含むものの,揮散体の花弁部の色については不明な点である。
(2) 容易想到性について
ア 前記3のとおり,引用考案は,引用考案も時間に関する観念が視覚の面でも考慮されており,具体的には,香料に含まれた色素が揮散体に残留して揮散体本来の色を香料に含まれた色素により着色させて,使用者は時間の経過に伴う揮散体の色や模様の変化を楽しむことができるものであって,あたかも実際の花が色づくように見せるものである。
ところで,色や模様の変化を明瞭にするためには,同色系よりも色味が大きく異なるものを選択した方が好ましく,淡色と有色とを選択することは常套手段にすぎない。また,引用考案において,揮散体の色は変化前の色に相当し,これに溶液の色を混ぜた混合色が変化後の色となるが,有色に淡色を混ぜるよりも淡色に有色を混ぜた方が色や模様の変化が明瞭になることは明らかである。よって,色や模様の変化を楽しむという引用考案の着眼に基づき,揮散体を淡色とし,溶液を有色とすることによって,色や模様の変化を明瞭にすることは,当業者が適宜選択することができる事項である。
イ そして,本件考案2が奏する作用効果,すなわち,液体芳香剤が造花の中(花弁)を浸透していく間に,花の色の変化を楽しむことができるという作用効果(【0011】)も格別のものではない。
ウ よって,本件考案2は,引用考案及び周知例に基づき,きわめて容易に想到し得るものである。
(3) 原告の主張について
省略
5 取消事由3(本件考案4の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 相違点5について
本件考案4と引用考案との相違点5は,綿コードに関して,本件考案4は,「綿コードの中にワイヤが挿入されている」のに対して,引用考案では,吸液部材の補強について不明な点である。
(2) 容易想到性について
ア 原告は,引用考案の吸液部材の芯径は例えばφ13㎜とされ,比較的強度の高い合成繊維を素材に,芯径を大きくすることで安定した円柱形状とした場合に,補強のためにワイヤを用いることは,通常必要でないと主張する。
しかし,引用例には,実施例として,芯径φ2㎜又は3㎜で長さ10㎝の場合も示されていることから(【0044】),芯径φ13㎜は一例にすぎない。また,芯径φ13㎜であっても,長さによっては芯の剛性を高めることが必要な場合もあるし,多少の剛性を有する素材・形状でもより高い剛性を求める場合もあるから,引用考案において,補強のためにワイヤを用いる必要がないとはいえない。
そして,保形性と剛性強化とを図るべく芯にワイヤを挿入することは,技術常識であることに照らせば,引用考案の吸液部材の中にワイヤを挿入することは,当業者であればきわめて容易に想到し得るものである。
イ そして,本件考案4が奏する作用効果,すなわち,綿コードの中にワイヤを通しておくと,造花が容器の開口よりも上で自立できるようになり,造花の配置の自由度が高まるという作用効果(【0012】)も,格別のものではない。
ウ よって,本件考案4は,引用考案及び周知例に基づき,きわめて容易に想到し得るものである。
(3) 小括
よって,取消事由3は理由がない。
6 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
【感想】
(1) 芳香剤を揮散させるソラフラワーが周知であることから、ソラの木の皮で作製した造花を芳香剤の揮散部として用いる本件考案1はきわめて容易に想到できるとした裁判所の判断は妥当であると考える。
ただし、本件考案4の取消事由3に対して裁判所は、「保形性と剛性強化とを図るべく芯にワイヤを挿入することは、技術常識であることに照らせば・・・」として、理由がないと判断している。
しかしながら、補強のために吸液部材の材質を変更することも考えられ、引用考案において補強のためにワイヤを用いる積極的な理由もないと考える。
よって、取消事由3の判断はやや権利者側に厳しいようにも感じる。
(事務所の他の意見:ワイヤを用いることは技術常識だと考える。)
(2)別事件(H23(行ケ)10389)
同じ本件考案を対象とした無効審決取消訴訟事件(別事件)であるH23(行ケ)10389では、無効審決が取り消されている。
しかしながら、別事件と本事件とは用いられた引例および周知例が全て異なっている。
別事件の引用考案(主引例)は、気散管の上端部のみから芳香を発散させるものであり、花弁からは芳香を発散させない構成となっていることから、「仮にソラフラワーが周知であったとしても、これを引用考案に適用することの動機づけがないばかりか、むしろ阻害要因があるというべきである」と認定された。