室内芳香器事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2012.07.25
事件番号 H23(行ケ)10389
発明の名称 室内芳香器
キーワード 進歩性
事案の内容 実用新案登録に対する無効審判での無効審決の取消訴訟。原告主張の取消事由が認められ、特許庁の審決が取り消された。
花弁を含む花全体からの芳香の発散を行う本件考案に対して、引用考案においては、芳香の発散も、花の一部から行われるにとどまり、花弁や花全体から芳香を発散させるという技術的思想は存在しないと判示された点がポイント。

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【経緯】

平成19年 8月 1日  登録第3134691号実用新案 設定登録

平成23年 4月15日  実用新案登録無効審判請求(無効2011-400005号事件)

平成23年10月17日 「実用新案登録第3134691号の請求項1ないし5に係る考案についての実用新案登録を無効とする。」旨の本件審決

 

【本件考案の要旨】

本件考案は、室内芳香器に関する。従来の室内芳香器は、アロマオイル、アロマキャンドル、ルームスプレー、リードディフューザー等があるが、次のような問題がある。アロマオイル・アロマキャンドル→火や電気を使う、ルームスプレー→芳香が持続しない、リードディフューザー→インテリア性において検討の余地あり。

本件考案は、実用性およびインテリア性に優れた性能を持つ室内芳香器を提供することを課題とする。

 

<訂正後の請求項1~5>(以降、「本件考案1」ないし「本件考案5」という。)

※ 審決によって認定された本件考案と引用考案との相違点を赤字にする。

【請求項1】

a)液体芳香剤を収容する、上部に開口を有する容器と、

b)前記開口の上に配置された、ソラの木の皮で作製した(相違点1)造花と、

c)下端が前記液体芳香剤中に配置され、上部において前記造花と接続されている浸透性の紐(相違点2)と、

を備えることを特徴とする室内芳香器

【請求項2】

前記液体芳香剤が有色であり、前記造花が淡色である(相違点3)ことを特徴とする請求項1に記載の室内芳香器

【請求項3】

前記紐が綿糸を編んだ綿コードである(相違点4)ことを特徴とする請求項1又は2に記載の室内芳香器

【請求項4】

前記綿コードの中にワイヤが挿入されている(相違点5)ことを特徴とする請求項3に記載の室内芳香器

【請求項5】

前記容器が透明であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の室内芳香器

 

※注1:ソラ(Sola)は、タイ原産のマメ科ツノクサネム属の低木である。その幹(茎)を一皮むくと、光沢のある茎実が現れる。この光沢のある茎実の皮を薄くむき、乾燥させたものがポプリとして販売されているが、本考案ではそれを花びらの形にして造花を作製する。乾燥させたソラの皮は繊維が非常に細かく、浸透性の紐が吸い上げた液体芳香剤を十分に吸収し、それをゆっくりと揮発させる。そのため、本考案に係る室内芳香器では、芳香の揮散が長時間安定的に持続する(段落0009、0010)。

 

【審決の判断】

本件考案1ないし5は、下記引用例に記載された考案(以下「引用考案」という。)及び周知例1ないし6に記載された周知の事項等に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものであって、本件実用新案登録は、実用新案法37条1項2号の規定により無効にすべきものである。

審決が認定した相違点は以下の通り。

・相違点1:造花に関して、本件考案1ないし5では、「ソラの木の皮で作製した」ものであるのに対して、引用考案は、花芯付属品(おしべ等)、花弁、額とからなる花形の形態からなる点

・相違点2:浸透材に関して、本件考案1ないし5では、「浸透性の紐」であるのに対して、引用考案は、多数のポリエステル長繊維を棒状に束ね、周面を熱融着によって被覆した浸透性の気散管である点

・相違点3:本件考案2ないし5は、「液体芳香剤が有色であり、造花が淡色である」のに対し、引用考案は、芳香剤の色や花形の形態の色については不明な点

・相違点4:浸透材に関して、本件考案3ないし5は、「紐が綿糸を編んだ綿コードである」と特定しているのに対して、引用考案は、多数のポリエステル長繊維を棒状に束ね、周面を熱融着によって被覆した浸透性の気散管である点

・相違点5:綿コードに関して、本件考案4及び5は、「綿コードの中にワイヤが挿入されている」のに対して、引用考案では、気散管の周面を熱融着によって被覆したものである点

 

【裁判所の判断】

1 本件考案

(1) 本件考案1ないし5の実用新案登録請求の範囲の記載は、上記のとおりであり、本件明細書には、以下の記載がある(甲20)。

明細書の「技術分野」、「背景技術」、「考案が解決しようとする課題」、「考案の効果」、「考案を実施するための最良の形態」の記載を参照。ここでは省略。

(2) 本件明細書の上記記載によれば、本件考案は、浸透性の紐を介して液体芳香剤が供給される造花として、ソラの木の皮で作製されたものを用いることにより、造花に吸収された液体芳香剤をゆっくり揮散させることができ、芳香の揮散を長時間安定的に持続できるという作用ないし効果を奏するものと認められる。

 

2 引用考案

(1) 引用例には、以下の事項が記載されている(甲23)。

引用例の「産業上の利用分野」、「従来の技術」、「考案が解決しようとする課題」、「目的」、「課題を解決するための手段」、「作用」、「実施例」、「効果」の記載を参照。ここでは一部のみ参照。

エ 目的

本考案の目的とするところは、室内、事務所、会場、工場等において芳香を発散させるものはもちろん、容器を花形とし、気散管を花の一部として装飾することによって外的美観をもたらし、嗅覚面と視覚面から日常の生活に潤いをもたらす芳香剤発散容器を提供するにある。

キ 実施例

以上の構成により、芳香剤3は気散管1の下部より浸透し、上昇浸透する。この時上記気散管1の茎部の繊維の密度を大として、上昇浸透させやすいものである。そして気散管1の上端部の花芯部より発散する。この時、気散管1の上端部がすそ広がりとなっているので花芯部の繊維の密度が小であり、発散し易いものである。そして、気散管1を花の一部、つまり人造花芯と人造茎として装飾し、花芯付属品5、花弁6、額7を取付けることにより容器2を花形とし、また、容器2、芳香剤3を外的に気散管1が見える程度の透明度とすることにより、芳香を発散させるとともに、外的美観をもたらすことができるものである。より具体的にいえば、気散管1について、上面から見ると人造花芯として見え、側面から見ると人工茎として見ることができるものである。また、ノズル8は花芯付属品5、花弁6、額7へ芳香剤3が接しないようになっていて、その内部が中空になっているので、気散管1をノズル8下部から挿抜でき、そのため挿抜の際に気散管1に付着した芳香剤3が花弁6、額7等に付く事が防止されるとともに取り替え時における挿抜がスムースになされるものである。

(2) 以上の記載事項によれば、従来、芳香剤発散容器の気散管は、芳香剤を上昇浸透し発散させる機能を有する繊維素材が棒状のまま使用されていたため、その外観から外的美観を損なうという問題があったところ、引用考案は、気散管の上端部をすそ広がり状に形成し、その上端部を着色することによって人造花芯、すなわち、花の一部として装飾するとともに、キャップに花弁等を取り付けることによって、外的美観をもたらすものである。そして、引用考案は、気散管の上端部をほぐすことによって形成された花芯のみから芳香を発散させることを技術的思想の中核とするものということができる。

(3) なお、引用考案並びに本件考案と引用考案との一致点及び相違点が、上記のとおりであることは、当事者間に争いがない。

 

3 取消事由1(本件考案1の容易想到性に係る判断の誤り)について

(1) 相違点1について

本件考案1と引用考案との相違点1は、造花に関して、本件考案1では、「ソラの木の皮で作製した」ものであるのに対して、引用考案は、花芯付属品(おしべ等)、花弁、額とからなる花形の形態からなる点である。

(2) 容易想到性

ア 前記2によれば、引用考案の気散管は、《1》芳香剤を上昇浸透させて上端部に導き、《2》すそ広がり状に形成された上端部から芳香を発散させ、《3》当該上端部を着色し人造花芯(人工花芯)とし、花の一部として装飾する、という機能を有する。気散管は、中空のノズル内に収容され、キャップに取り付けられた花弁等と接することはない。芳香の発散は、専ら気散管の上端部のみによって行われ、花弁の材質にかかわりなく、花弁からは芳香が発散されない。このように、引用考案は、芳香剤は気散管から気散するものであって、花形の形態から気散するものではない。これに対し、ソラの木の皮で形成されたソラフラワーは、花全体に芳香剤が浸透して、花全体から芳香が発散されるものと解され、ソラの木の皮から成る花弁部の細かい組織により、液体芳香剤が緩やかな速度で根本から先端の方へ浸透していくのであるから、芳香を発散しない引用考案の花弁とは機能的に相違する。

イ また、引用考案において、花の一部となる人造花芯は、気散管を形成する繊維をほぐして線状化することによって形成されるものであるところ、このような手法では、繊維をほぐしても線状にしかならず面状にはできないから、花弁のような面状のものを形成することはできない。このように、引用考案は、気散管の上端部の繊維をほぐして花の一部とすることを前提とし、気散管の上端部をほぐすことによって形成された花芯のみから芳香を発散させることを技術的思想の中核とするものである。したがって、引用考案においては、芳香の発散も、花の一部から行われるにとどまり、花弁や花全体から芳香を発散させるという技術的思想は存在しない

ウ しかも、引用考案における気散管が、花弁等と接しないように構成されているのは、気散管を挿抜する際、気散管中の芳香剤が花弁等に付着しないようにするという積極的な理由に基づくものであり、そのために、気散管を敢えて中空のノズル内に収容しているものと認められる。花弁への芳香剤の付着を防止することは、花弁を含む花全体からの芳香の発散を否定することを意味するのであるから、この点において、花弁を含む花全体から芳香を発散させるソラフラワーを適用することの阻害要因が存在する

エ 以上のように、機能及び技術的思想が異なることに照らせば、仮にソラフラワーが周知であったとしても、これを引用考案に適用することの動機付けがないばかりか、むしろ阻害要因があるというべきである。したがって、本件考案1は、引用考案に基づいてきわめて容易に想到できたものということができず、これをきわめて容易に想到できるとした本件審決は誤りである。

よって、取消事由1は、その趣旨をいうものとして理由がある。

 

4 本件考案2ないし5の容易想到性

前記3と同様に、本件考案2ないし5の構成も、引用考案に基づいてきわめて容易に想到できるものとはいえない。

5 結論

以上の次第であるから、原告の請求は理由があり、本件審決は取り消されるべきものである。

 

【所感】

引用例と周知例2~6の関係においては、裁判所の判断は妥当であると考える。

しかし、周知例1では、花を発色部ならびに香りの発散部として用いていることから、引用例と周知例1との組み合わせについて検討すると、裁判所の上記判断は疑問である。

(本件考案の特徴である「花を香りの発散部および発色部として用いる」点を開示する周知例1を主引例とした方が良かったのではないかと思われる。)

<周知例1>

【0001】【発明の属する技術分野】本発明は、水の入った容器又は花器に差すことによって造花の花びらが発色し、それとともに花精油などの香料の芳香を発散させ、ブーケのように花の色と芳香を楽しむことができる芳香剤に関する。

【0023】花11は、発色部並びに香りの発散部として機能する。花11は、花としての外観を考慮し、ローズ、ラベンダーなどの各種花の形を薄いろ紙などで形作る。そして、香料、水分が浸透しやすいよう、切れ目をあまりいれず、中に細い針金で補強しておくようにするとよい。

 

(参考)進歩性についての特許法と実用新案法との規定

特許法29条2項(実用新案法3条2項)

「特許出願前にその発明の属する通常の知識を有する者が、前号各号に掲げる発明(考案)に基づいて(きわめて)容易に発明(考案)をすることができたとき…特許(実用新案登録)を受けることができない。」

実用新案法の「きわめて」という文言は形式的であり、実際は特許と同じ進歩性の判断基準が用いられている。