安定な経口用のCI-981製剤事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2012.5.7
事件番号 H23(行ケ)10091
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 安定な経口用のCI-981製剤およびその製法
キーワード 進歩性
事案の内容 無効審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
審決における本件発明の認定が硬直に過ぎる(行き過ぎた評価である)と判断された点がポイント。

事案の内容

【出訴時クレーム】(訂正後)

[請求項1]

混合物中に,活性成分として,〔R-(R*,R*)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル)-1H-ピロール-1-ヘプタン酸半-カルシウム塩および,少なくとも1種の医薬的に許容し得る塩基性の安定化金属塩添加剤を含有する改善された安定性によって特徴づけられる高コレステロール血症または高脂質血症の経口治療用の医薬組成物。

 

【先行技術との関係】

ア 甲1発明

HMG-CoAレダクターゼ抑制であるプラバスタチン,及び,酸化マグネシウム及び水酸化マグネシウム等の塩基性化剤を含有する安定性良好な医薬組成物。

イ 本件発明1と甲1発明との一致点

「活性成分として,HMG-CoAレダクターゼ抑制剤および少なくとも1種の医薬的に許容し得る塩基性の安定化金属塩添加剤を含有する改善された安定化によって特徴づけられる高コレステロール血症または高脂質血症の経口治療用の医薬組成物」という点

ウ 本件発明1と甲1発明との相違点

使用するHMG-CoAレダクターゼ抑制剤が,本件発明1はCI-981半カルシウム塩であるのに対して,甲1発明はプラバスタチンである点。

エ 甲2発明

HMG-CoAレダクターゼを抑制し,高コレステロール血症の治療に用いられる薬剤として〔R-(R*,R*)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フエニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩

(※甲2には、開環型のCI-981ヒドロキシカルボン酸塩に加えて、CI-981ラクトン体についても開示あり)

 

【審決概要】

《1》明確性あり(詳細略)

《2》本件明細書の記載によって、「塩基性の安定化金属塩添加物」として使用できるとされている各金属塩について、総じて何らかの安定化効果が示されるであろうことが当業者には容易に理解しうるといえるから,特許法36条5項1号違反があるとはいえない。

《3》(ア)甲1記載の発明(甲1発明)におけるプラバスタチンに代えて、甲2記載のCI-981半カルシウム塩を使用すること(上記相違点の構成)を当業者が容易に想到し得たとすることはできない。(イ)甲2を主引用例としても、本件発明1の進歩性は否定できない。

→開環型のCI-981ヒドロキシカルボン酸と、CI-981ラクトン体とを全て並列的或いは同等なものとして記載しており、いずれが好ましい或いは有利であるといった示唆はない。(開環型のCI-981ヒドロキシカルボン酸の形態で用いることを志向させる記載はない)

 

【取消事由】

取消事由1(サポート要件違反に関する判断の誤り)

取消事由2(甲2に記載された技術内容の認定誤りによる容易想到性判断の誤り)

取消事由3(周知技術の認定誤りによる容易想到性判断の誤り)

 

【裁判所の判断】

甲1発明を主引用例とした場合の相違点を判断するに際し,審決は,『そうすると,「低pH環境に対して変質し易い薬物」に関する引用発明1の安定化技術を適用するための前提としては,低pH環境では望ましくない形態に変化してしまう薬物,すなわち投薬時の形態として開環ヒドロキシ-カルボン酸の形態が選択される薬物であって,低pHではラクトン型となって所望の投薬時の形態からは変化してしまう薬物であることが前提となることは明らかである。というのは,仮に投薬時の形態として開環ヒドロキシ-カルボン酸が選択されるのであれば,低pH環境でもラクトン型とならずに開環型を保持することが求められるものであるから引用発明1でいう「低pH環境に対して変質し易い薬物」に該当し,引用発明1に係る技術の適用が考慮されることになるといえるが,反面,そのような開環型の形態のままでいることが求められるのでなければ,引用発明1に係る安定化技術とは無関係の薬剤ということになって,そのような安定化技術の適用が考慮されることはない。』とし,さらに,

『そこで,以下,本件優先権主張の日前において,甲第2号証に記載のCI-981半カルシウム塩の投薬時の形態として開環ヒドロキシ-カルボン酸の形態で用いることを志向させる何らかの動機づけがあったか否かについて検討する。』として,甲2の記載からは開環型の形態とすることについて何らの示唆がされているとすることはできないとした。この判断において,審決は,CI-981半カルシウム塩がラクトン体に比べて有利な化合物であり,そのことは本件発明において見出されたとの事実を前提としたものと解される。

・・・

このように,本件明細書には,CI-981半カルシウム塩が「もっとも好ましい化合物」として記載されている。そして,他にも,CI-981半カルシウム塩が有利な化合物であるかについての本件明細書の記載として,「特に重要な化合物」(第10欄39~43行)であり,「もっとも好ましい活性な化学成分」(第19欄44~46行)であるという抽象的な記載があるものの,開環型であるCI-981半カルシウム塩とラクトン型とを比較して,開環型の方が何らかの有利な効果を有するものであることを具体的に明らかにしているわけではなく,逆に「実際に,塩形態の使用は,酸またはラクトン形態の使用に等しい。」(第16欄3~4行)との記載もあるところである。

・・・

甲2の特許請求の範囲の請求項6には,本件発明1のCI-981半カルシウム塩に相当する化合物・・・が記載されている。・・・甲2に示される化合物・・・が,血中コレステロールを低下させる,高コレステロール血症の治療剤として有用であり,・・・製剤化され,経口投与されることも記載されている。・・・甲2に示される化合物について,まず塩の製造方法が記載され,塩形態の使用は,酸またはラクトン形態の使用に等しいことが記載され,続けて,適当な塩がいかなるものか説明され,さらに酸の製造方法に関しても説明されている。そしてCI-981半カルシウム塩に該当する化合物が「最も好ましい態様」であることが記載されている。

そうすると,審決が判断の前提としたように,CI-981半カルシウム塩がラクトン体に比べて有利な化合物であり,そのことは本件発明において見出された,と評価することはできないのであり,本件発明1は,単に「最も好ましい態様」としてCI-981半カルシウム塩を安定化するものと認めるべきである。したがって,甲1発明との相違点判断の前提として審決がした開環ヒドロキシカルボン酸の形態におけるCI-981半カルシウム塩についての認定は,本件発明1においても,また甲2に記載された技術的事項においても,硬直にすぎるということができる。この形態において本件発明1と甲2に記載された技術的事項は実質的に相違するものではなく,この技術的事項を,甲1発明との相違点に関する本件発明1の構成を適用することの可否について前提とした審決の認定は誤りであって,甲1発明との相違点の容易想到性判断の前提において,結論に影響する認定の誤りがあるというべきである。

 

【所感】

裁判所は、本件発明と先行技術に記載の技術的事項とは、実質的に差異はないと判断した。しかしながら、化合物に関する特許に関して、複数の引例を組み合わせて進歩性を否定された場合において、一部の引例に複数の化合物が単に並列的に記載されているに過ぎず、本願の目的とする効果等に基づく一の化合物の使用の志向が明示されていない場合には、反論の余地がある。(阻害要因がある、とまで言えなくとも、積極的に組み合わせる動機付けが具体的に明らかにされていないとの主張が可能である。)