多関節ロボット装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2014.05.22
事件番号 H25(ワ)18288
担当部 東京地方裁判所民事第47部
発明の名称 多関節ロボット装置
キーワード 技術的範囲
事案の内容 本件は、多関節ロボット装置に関する特許権(特許第3488393号)を有する原告が、被告に対し、被告によるガラス基板搬送用ロボットの製造、販売、販売の申出の行為に対して差止及び損害賠償を請求し、その請求が斥けられた事案である。

事案の内容

【争点】

(1)争点1 (被告各製品の構成) ※争点1については省略。

(2)争点2 (被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か)

本件発明における回動基部と被告各製品における回動部分との比較

 

多関節ロボット装置とは,各装置100,200の略中心に配置され,第1の多関節アーム手段に取り付けられたハンド21と第2の多関節アーム手段に取り付けられたハンド121による処理前基板の取り出し,処理箇所への搬送及び処理済み基板の返送を同一垂直線上で互い違いの対称関係で同時進行するように構成されているものである(段落【0010】)。

 

【本件発明/被告製品】

(1)本件発明

A-1  一方の端部に設けられた第1のハンドを待機位置と動作位置との

間で平行移動する平行移動機構を有する第1の多関節アーム手段と,

A-2  一方の端部に設けられた第2のハンドを待機位置と動作位置との

間で平行移動する平行移動機構を有する第2の多関節アーム手段とを,

A-3  主基部に対して回動駆動される回動基部に配設し,

A-4  基板を含む搬送物を前記第1のハンドと前記第2のハンドにより

所定装置に対して移載するための

A-5  多関節ロボット装置において,

B-1  前記回動基部が,

B-2  上基部と,

B-3  前記上基部と対向して配置された下基部と,

B-4  前記上基部と前記下基部とに連結され,前記回動基部の前記主基

部に対する回動中心線からずれて立設された支柱部と,

B-5  からコ型に形成されたアーム支持部を有し,

C      前記第1の多関節アーム手段と前記第2の多関節アーム手段とが上下方向に重ねて配設されるように,前記第1の多関節アーム手段の他方の端部を前記上基部の下面に取り付けると共に,前記第2の多関節アーム手段の他方の端部を前記下基部の上面に取り付けた

D      ことを特徴とする多関節ロボット装置。

 

(2)被告製品

a-1  一方の端部に設けられた第1ハンドを待機位置と動作位置との間で

平行移動する平行移動機構を有する第1多関節アーム部と,

a-2  一方の端部に設けられた第2ハンドを待機位置と動作位置との間で

平行移動する平行移動機構を有する第2多関節アーム部とを,

a-3  ベース部に対して回動駆動される部分(台座,コラム,第1の支持

部材及び第2の支持部材)に配設し,

a-4  ガラス基板を第1ハンドと第2ハンドにより所定位置に対して移載

するための

a-5  ガラス基板搬送用ロボットにおいて,

b-1  ベース部に対して回動する部分(台座,コラム,第1の支持部材及

び第2の支持部材)が,

b-2  第1の支持部材と,

b-3  第1の支持部材と対向して配置された第2の支持部材と,

b-4  ベース部に対する回動中心からずれて設けられた第1の支持部材及

び第2の支持部材を連結する端部と,

b-5  から形成された略コの字状の支持部を有し,

c    第1多関節アーム部と第2多関節アーム部とが上下方向に重ねて配

設されるように,第1多関節アーム部の他方の端部を第1の支持部材

の下面に取り付けると共に,第2多関節アーム部の他方の端部を第2

の支持部材の上面に取り付けた

d       ガラス基板搬送用ロボット。

 

【裁判所の判断】

○本件発明のクレームの解釈

…また,本件発明は,従来技術の問題点(段落【0006】)を克服すべく,

①…,②…,③ 第1と第2のハンドの平行移動軌跡を設置面から低く設定するという目的を達成するものである(段落【0007】)。

・従来技術(2組のアームが水平線上に並ぶ)

…第1と第2のハンド(1、1’)をアーム3、3’の回動端部に対して取り付けるためには、ハンドの機械的干渉を防止するために上下方向ハンドが重なるように配置しなければならないことから、上方の第1のハンド1を固定する為のオフセットアーム2と下の第2のハンド1’を固定する為のオフセットアーム2’が必要となる。これらのオフセットアーム2,2’を夫々設けることで,第1と第2の多関節アーム手段の取付け面から,搬送されるべき基板までの高さが高くなり…(段落【0006】)

 

・本件発明(2組のアームが垂直線上に並ぶ)

…上下の多関節アームが上下方向に重なっている為に,従来のように改めてハンドを重ねる為の部品であるオフセットアーム等のハンド取付け用の部品が不要となる。…(段落【0022】)。

→③ 第1と第2のハンドの平行移動軌跡を設置面から低く設定するという目的を達成するものである(段落【0007】)。

 

…回動基部にアーム支持部以外の部分を設ける場合,とりわけアーム支持部よりも下に何らかの構成を設けるような場合には,上記③の目的を阻害することにもなりかねない。

そうすると,本件発明において,

「前記回動基部が…コ型に形成されたアーム支持部を有し」(構成要件B-1ないしB-5)とは,

「前記回動基部が…コ型に形成されたアーム支持部を構成し」の意味に解するのが相当である。

原告は,特許請求の範囲の請求項1の記載からすれば,本件発明のアーム支持部は回動基部の一部であると主張するが,本件発明の回動基部は,それ自体がコ型に形成されたアーム支持部を構成するもの,すなわち,それ自体がコ型に形成されたアーム支持部であると解するのが相当であり,このように解しても,「前記回動基部が,・・・アーム支持部を有し」の語義に反するものとはいえない。原告の上記主張は,採用することができない。

○本件発明と被告製品との比較

…本件発明の回動基部は,主基部に対して回動駆動されるが(構成要件A-3),構成要件B-1ないしB-5は,この回動基部自体が…コ型に形成されたアーム支持部を構成するものであって,この上基部の下面に第1の多関節アーム手段の他方の端部が取り付けられ,下基部の上面に第2の多関節アーム手段の他方の端部が取り付けられることになる(構成要件C)。

 

これに対し…被告各製品において,本件発明の主基部に該当するのはベース部であり,これに対して回動駆動される部分は回動中心に一端が取り付けられた台座,台座の回動中心とは反対側の端部から略垂直に立設するコラム,コラムの側面に取り付けられた第1の支持部材,第2の支持部材及び連結部材であって(構成a3),第1の支持部材と,…第2の支持部材と,…連結する連結部分(各端部及び前記連結部材)とが略コの字状の支持部を構成し(構成b-2ないしb-5),本件発明の第1の多関節アーム手段に相当する第1多関節アーム部は第1の支持部材の下面に,第2の多関節アーム手段に相当する第2多関節アーム部は第2の支持部材の上面に取り付けられている(構成c)。

 

このように,被告各製品は,上記の回動駆動される部分がコ型に形成されているとはいえないから,それ自体がコ型に形成された回動基部が存すると認めることはできない…。そうすると,被告各製品が本件発明の構成要件A-3,B-1ないしB-5及びCを充足するとは認められないから,被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属しない。

以上の次第であるから,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は全て理由がない。よって,原告の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

 

【所感】

本判決の判断は妥当でないと考えられる。裁判所は、本件発明の明細書中に記載の、③ 第1と第2のハンドの平行移動軌跡を設置面から低く設定するという目的を達成することに関して、設置面の用語の解釈を誤解していると思われる。おそらく裁判所は設置面=地面と捉え、地面からハンドの設置を低く設定するためには、アーム支持部よりも下に何らかの構成を設けるような場合には,上記③の目的を阻害することにもなりかねないから、回動基部はそれ自体がコ型に形成されたアーム支持部であると解している。

しかし、本件発明の明細書中には、アーム取付け面から下段側の基盤下面までの高さを低くすることができる(段落【0022】)との記載があることから、設置面の用語の解釈としては、設置面=アーム取付け面が正確なのではないかと推察される。そのように設置面を解釈すると、アーム取付け面からハンドの設置を低く設定するためには、アーム支持部よりも下に何らかの構成を設けようがいまいが、アーム取付け面からハンドまでの高さには何ら影響はない。よって、本判決中で判断された「前記回動基部が…コ型に形成されたアーム支持部を有し」(構成要件B-1ないしB-5)とは,「前記回動基部が…コ型に形成されたアーム支持部を構成し」の意味に解するのが相当である。ことについても判断が異なってくるため、本判決のような結論とはならないと考えられる。

今回の設置面では、明細書中に他に設置面を説明する記載がなかったのが問題であると思われる。これを防ぐには、こうした単語の解釈に誤解が生じぬよう単語の解釈を明記する、もしくは、設置面ではなくアーム取付け面に単語を統一すべきであると感じた。このように、単語の解釈を明記すること、もしくは同義のものを示す場合には同一の単語を使うこと、を明細書を作成するにあたって守るべきであると感じた。