外科医療用チューブ事件

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判決日 2011.8.9
事件番号 H22(ネ)23188
発明の名称 外科医療用チューブ
キーワード 技術的範囲の属否
事案の内容 原告が、被告に対し、差止請求等を行い、請求が一部認められた事案。
「直接隣接」がどの程度の大きさを表すのかについて、「カフの近位端と吸引孔との距離は,分泌物の性質,吸引孔からの吸引力,分泌物の除去期待度等に照らして適宜設計されるものであって,どの程度のものであればよいと一概にいえるものではないと解される。」と判示した点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第3241770号(登録日:2001年10月19日)

(2)出願番号:特願平3-317917(出願日:1991年12月2日)

(3)特許請求の範囲(構成要件の分説)

 

チューブを挿入する体腔の壁でチューブの外側をシールするように形成した膨脹しうる部分でチューブを包囲し,かつ両端の各カラー部分によりチューブに取付けるカフ,

カフの近位端の区域にチューブに沿って延在させた吸引管腔,および

管腔からカフの近位端に直接隣接するチューブの外部に開口する吸引孔を有する

D 外科医療用チューブで,

カフ(12)の近位端を裏側に折り重ね,カフの膨脹しうる部分(25)の少なくとも1部分を近位カラー部分(24)に重ね,近位カラー部分(24)をカフの膨脹しうる部分(25)を越えて延ばさないように構成した

F 外科医療用チューブにおいて,

G 吸引管腔(14)をチューブ(1)に沿いチューブの壁厚内に延在させたこと,

カフ(12)を気管(2)に対しシールするように形成し,吸引管腔(14)に導通している吸引孔(19)を介し吸引管腔(14)を用いてカフ上の気管に集められる分泌物をカフ(12)の直近上部で除去するようにしたことを特徴とする

I 外科医療用チューブ。

 

【争点】

(1)被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(上記の太線の構成要件)。

(2)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか。

(3)被告が被告製品を製造しているか。

 

【当裁判所の判断】

1 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(争点(1))について被告製品が,構成要件A,D,F,G及びIを充足していることは当事者間に争いがない。

(1) 構成要件B及びEの充足性(争点(1)ア)について

省略(結論→B,E共に充足)

 

(2) 構成要件Cの充足性(争点(1)イ)について

ア 構成要件Cの「カフの近位端に直接隣接する…吸引孔」の意義について

(ア) カフの近位端に「直接隣接する」の意義について検討する。

「直接」とは「中間に隔てるものがなく,じかに接すること」をいい,「隣接」とは「となりあってつづくこと」をいう(広辞苑第6版)。

 しかし,上記「直接」も「隣接」も技術用語ではなく,日常用語であるから,その語義から本件発明における「直接隣接する」の意義が直ちに明らかになるものではなく,「直接隣接する」の意義は,本件発明の技術的特徴に照らして,技術的見地から確定されるべきものである。

(イ) 本件明細書によれば,…(以降省略)

(ウ) 省略

(エ) したがって,従来技術の問題点を解決するためには,《1》カラーの取付部分の存在が障害となって吸引孔がカフ上端部に近接することができないという状態を解消するか,《2》吸引孔を突出させてチューブの外部で吸引孔をカフ上端部を近接させながらも,吸引孔が気管の繊細な表面を刺激する等の問題点が発生しないような方法を工夫するかのいずれかの方法が考えられるところ,本件発明では,これらの課題の解決方法として,上記《1》の解決策を提案したものと考えられる。

すなわち,本件発明においては,「吸引管腔をチューブに沿いチューブの壁厚内に延在させ」外部に突出させることとはしないとともに,他方,「カフを気管に対しシールするように形成し,吸引管腔に導通している吸引孔を介し吸引管腔を用いてカフ上の気管に集められる分泌物をカフの直近上部で除去するように」した(段落【0004】)。ここで示された「直近上部で除去する」という課題解決による効果をもたらすための具体的な構成が,構成要件Cにおいて,「カフの近位端に直接隣接するチューブの外部に開口する吸引孔」として示されているものと考えられる。

しかし,本件発明における課題解決手段からみて,「直接隣接する」とは,カラー部分の障害による吸引孔とカフ上端部との離間を回避する手段を講じることによって達成されるものであるから,カラー部分の存在による障害をいかなる構成によって回避したかという点の考察と無関係に,「直接隣接する」の具体的な意義を決定することは相当ではない。

 したがって,構成要件Cの「直接隣接する」の意義は,カフとカラーとの関係を具体的に示した構成要件Eの内容と切り離してこれを理解することはできないものというべきである。

 

(オ) そこで,構成要件Eをみると,「カフ(12)の近位端を裏側に折り重ね,カフの膨張しうる部分(25)の少なくとも1部分を近位カラー部分(24)に重ね,近位カラー部分(24)をカフの膨張しうる部分(25)を越えて延ばさないように構成した」ものである。すなわち,カフとカラーとの関係に関する構成としては,《1》カフの近位端が裏側に折り重ねられていること,《2》近位カラー部分がカフの膨張しうる部分を越えて延ばさないように構成されていること,に特徴がある。

言い換えると,本件発明は,カフのカラー部分との関係でのカフの膨張態様に特色のある発明であり,カフの近位カラー部分がカフの膨張しうる部分を越えて延ばさないようにされていること,カフの膨張しうる部分が近位カラー部分の先端まで到達している構成とされた発明である。

以上の明細書の記載及びその課題解決のためのカフとカラー部分との関係について示した構成要件Eの記載に照らして,「直接隣接する」の技術的意義を検討すると,本件発明は,従来技術において,カフ上端部の分泌物を吸引するについて,カラーの延在部よりも上部に吸引孔を設けざるを得ず,その結果,吸引孔とカフ上端部の位置が遠ざけられ,そのためカフ上端部の分泌物を十分吸引できなかったのを,カラーに被せるようにカフを膨らませ,気管をシールすることによって,カラー部分の存在によるカフ上端部からの吸引孔の離間を回避し,カフ上端部と吸引孔の近接を可能にしたことにあると認めるのが相当である。

 したがって,「直接隣接する」の意義は,カラー部分の存在による吸引孔とカフ上端部との離間が防止されていること,すなわち,カラー部分の存在によりカラー部分を隔てて吸引孔とカフ上端部が隣接することが回避されていることを意味するものと介される。したがって,カフの近位端と吸引孔の間の空隙の有無が直ちに「直接隣接する」か否かの評価に結び付くのではなく,カラー部分に重なるようにカフが膨らむ構成によって,カラー部分の距離がそのまま吸引孔を設けることの障害となっていた従来技術と比較して,カフの上端部(近位端)と吸引孔の間の空隙を短縮することができているのであれば,「直接隣接する」と評価することができるものというべきである。

この点,被告は,吸引孔とカフの近位端との間に空隙が存在する場合には,かかる吸引孔によりカフの最も近い上部においてカフ上の気管に集められる分泌物のすべて,又はそのほとんどをも除去することはできない旨主張するから,カフの近位端に「直接隣接する」とは,カフの近位端と吸引孔との間に空隙(すき間)が存在しないことをも意味する旨主張するものと解される。

 しかし,本件明細書の図2をみるに,カフ(12)の近位端と吸入孔(19)との配置関係は,カラー部分(24)が存在することなく隣り合っているものの,その間隔はゼロではなく,すき間があるものが示されている。加えて,本件明細書【0010】には,「吸引孔19をカフ12の膨脹しうる部分25に直接隣接して配置することができ,このためにカフ上に集められる気管の上部からのいかなる分泌物を,たとえカフ上に残留するとしても,極めて少量の分泌物でも孔19を介して吸引除去することができる。」と記載されており,カフ上に残留する分泌物を十分に吸引除去できる程度の吸引孔の配置が示唆されているというべきである。

そうすると,カフの近位端に「直接隣接する」とは,カフの近位端と吸引孔とが両者間に近位カラー部分が介在しない状態で隣り合っており,吸引孔がカフ上の残留物を十分に吸引除去できる程度にカフの近位端と隣接していることを意味すると解するのが相当である。そして,カフの近位端と吸引孔との距離は,分泌物の性質,吸引孔からの吸引力,分泌物の除去期待度等に照らして適宜設計されるものであって,どの程度のものであればよいと一概にいえるものではないと解される。

(略)

(カ) 以上をまとめると,構成要件Cの「カフの近位端に直接隣接する…吸引孔」とは,カフの近位端と吸引孔とが両者間に近位カラー部分が介在しない状態で隣り合っており,吸引孔がカフ上の残留物を十分に吸引除去できる程度にカフの近位端と隣接していることを意味するものと解される。

 

イ 被告製品の充足性について

別紙イ号図面のとおり,被告製品は,カフ上部吸引ライン(8)の一部として,カフの上端部分(近位端〔3〕)に隣接して吸引管腔(7)からチューブの外部に開口する吸引孔(6)を有し,当該吸引孔とカフの上端部分(近位端)との間に上部カラー部分(近位カラー部分)は存在しない。

ところで,証拠(乙14)によれば,被告製品は,《1》吸引孔下端からカフのカラー接着部上端までの距離が3.6mm~4.2mm,《2》気管を模した透明アクリル管に挿入した状態における吸引孔の下端から膨張時カフの上端までの距離が2.7mm~3.9mmであることが認められる。

そして,被告製品は,別紙イ号図面のとおり,本件発明と同様に,カフの上端部分(近位端〔3〕)を裏側に折り重ねて(図3の上部カラー部分〔5〕参照)いるのであって,カフ上の分泌物を十分に吸引除去するために,カフの近位端と吸引孔とを近づけて構成しているものと解される。また,カフの近位端と吸引孔との距離が近すぎるとカフの膨張状態によっては,吸引孔が塞がれる可能性もあるから,ある程度両者の距離に余裕を持たせることも必要と解される。

そうすると,被告製品は,カフの近位端と吸引孔とが両者間に近位カラー部分が介在しない状態で隣り合っており,カフの近位端を裏側に折り重ね,カフ上の分泌物を十分に吸引除去するために,カフの近位端と吸引孔とを近づけて構成しているのであるから,カフの近位端と吸引孔との間には距離は存するものの,適度な距離をもって,カフ上の分泌物を十分に吸引除去できる程度にカフの近位端と隣接しているものと認めるのが相当である。

被告は,被告製品は十分な吸引力を有しないものと主張し,その証拠として乙15号証,乙20号証を提出する。これらは,被告製品についての吸引試験を報告したものであるが,被告製品が持続的な吸引の場合は20mmHgを,間歇的な吸引の場合は150mmHgの吸引圧を超えないこととされている(甲5)ところ,上記試験はどのような吸引であるか明示しないで70mmHgの吸引圧で行われたことが報告されるのみであるから,直ちに採用し難い。

ウ 小括

以上のとおり,被告製品は,構成要件C(「管腔からカフの近位端に直接隣接するチューブの外部に開口する吸引孔を有する」)を充足する。

 

(3)構成要件Hの充足性(争点(1)ウ)について

ア 構成要件Hの「カフの直近上部で除去する」の意義について

…(中略)…

しかしながら,上記(2)ア(オ)のとおり,カフの近位端と吸引孔との距離は,分泌物の性質,吸引孔からの吸引力,分泌物の除去期待度等に照らして適宜設計されるものであって,どの程度のものであればよいと一概にいえるものではないと解されるから,カフの近位端と吸引孔との距離のみによって「直近」の意義を解することはできないというべきである。

イ 被告製品の充足性について

そして,被告製品は,《1》吸引孔下端からカフのカラー接着部上端までの距離が3.6mm~4.2mm,《2》気管を模した透明アクリル管に挿入した状態における吸引孔の下端から膨張時カフの上端までの距離が2.7mm~3.9mmであるところ,カフの近位端を裏側に折り重ね,カフ上の分泌物を十分に吸引除去するために,カフの近位端と吸引孔とを近づけて構成しているのであるから(上記(2)イ),カフの近位端と吸引孔との間には上記程度の距離は存するものの,カフの「直近」上部で除去するものと認めるのが相当である。

ウ 小括

以上のとおり,被告製品は,構成要件H(「カフ(12)を気管(2)に対しシールするように形成し,吸引管腔(14)に導通している吸引孔(19)を介し吸引管腔(14)を用いてカフ上の気管に集められる分泌物をカフ(12)の直近上部で除去するようにしたことを特徴とする」)を充足する。

 

4 まとめ

以上のとおり,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属するところ,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。他方で,被告は,被告製品を輸入,販売しているものの,その製造をしていないから,原告の請求は,被告に対し,《1》特許法100条1項に基づく差止請求として被告製品の輸入,販売の禁止,《2》同条2項に基づく廃棄請求として被告製品の廃棄を求める限度で理由がある。

 

【感想】

 「直接隣接」の解釈について、明細書の記載に基づき解釈した点は、今までの判決例(例えば、座椅子事件_平成21年(ワ)第31831号)と同様に、妥当である。

 また、「直接隣接」がどの程度の大きさを表すのかについて、「カフの近位端と吸引孔との距離は,分泌物の性質,吸引孔からの吸引力,分泌物の除去期待度等に照らして適宜設計されるものであって,どの程度のものであればよいと一概にいえるものではないと解される。」と判示した点は参考になる。

 機械分野では、請求項の構成要件を具体的な数値で特定することが困難な場合があり、「隣接」や「中央」等の文言で特徴を表現する場合がある。

 この場合でも、上記文言が奏する効果を明細書に記載しておけば、権利解釈の際に参酌される。よって、明細書中に効果を記載することが重要であると考える。

 また、明細書中に限定解釈されない程度に定義付けをしておいても良いと考える。

例えば、「直接隣接とは、カフの近位端と吸引孔とが直接に隣り合っている必要はなく、吸引孔がカフ上の残留物を十分に吸引除去できる程度にカフの近位端と隣接していれば良い。」