外光遮断層、外光遮断層を含むディスプレイフィルタおよびディスプレイフィルタを含むディスプレイ装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2013.02.27
事件番号 H24(行ケ)10200
担当部 知財高裁 第3部
発明の名称 外光遮断層、外光遮断層を含むディスプレイフィルタおよびディスプレイフィルタを含むディスプレイ装置
キーワード 明確性、実施可能要件
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求不成立審決の取消訴訟。原告の請求は認容された。
請求項の「前記金属粉末は、黒色の金属である」との記載について、金属粉末の色が黒色であることを意味すると認定された点がポイント。

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【本件発明の要旨】
(1)本件発明は、外光遮断層、外光遮断層を含むディスプレイフィルタ、ディスプレイフィルタを含むディスプレイ装置に関する。

 

(2)プラズマディスプレイパネル(PDP)装置は、PDP装置から放出される電磁波と近赤外線の放出を所定値以下に抑制することが求められている。このため、電磁波遮断、近赤外線遮断、光表面反射防止および/または色純度の改善などの機能を有するPDPフィルタが採用されている。しかし、従来技術に係るPDP装置では、
i)明室の条件においてコントラスト比が低下し、PDP装置の画面表示能力が劣る、
ii)PDP装置の輝度が低下して視野角が狭くなる、
という問題があった。
そこで、本件発明は、輝度、視野角および明室条件におけるコントラスト比を向上させることができる外光遮断層を提供することを目的とする。

 

(3)拒絶査定不服審判請求後に補正された請求項1の記載
【請求項1】(争点に下線を付す)
透明樹脂材質の基材と、
前記基材の一面に一定の周期で互いに離隔して形成され、0.5~1.5wt%重量濃度で着色剤を含む樹脂を含むくさび形遮光パターンとを含み、
前記基材の一面の面積に対する前記くさび形遮光パターンの底面の面積の割合が20~50%であり、
前記着色剤を含む樹脂は金属粉末を前記樹脂に添加したものであり、
前記金属粉末は、黒色の金属であることを含むディスプレイフィルタ用外光遮断層。

 

【審決の理由】
(1)本願発明の「黒色の金属」の意義は明確でなく、本願発明に係る特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項2号に違反する。
(2)本願明細書の発明の詳細な説明には、表面が黒く処理された金属を金属粉末として樹脂に添加した後も、「黒色の金属」という物理的性質を保持するための具体的手段が開示されておらず、自明ともいえないから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、同条4項1号に違反する。

 

【裁判所の判断】
1 事実認定
本願発明に係る特許請求の範囲の記載と、本件明細書の段落0001、0008、0010、0020、0027、0030、0031の記載を参照。
【0031】
基材234は紫外線硬化性樹脂で形成され、遮光パターン236は光の吸収が可能な黒色無機物および/または有機物、金属で形成されたりする。特に、金属で形成される場合は、電気伝導度が大きく、すなわち電気抵抗が低いため、金属粉末を添加して遮光パターン236を形成する場合、金属粉末の濃度による電気抵抗の調節が可能であり、遮光パターン236は電磁波遮断機能を遂行することができる。ひいては、表面が黒く処理された、または黒色の金属(これを“ブラックメタル”という)を用いる場合、外光遮断機能および電磁波遮断機能を効率的に具現することができる。また、遮光パターン236としては、カーボンブラック、アセチレンブラック、アニリンブラックまたはブラックメタルなどの着色剤を含む樹脂を用いたりする。ここで、着色剤を含む樹脂としては、紫外線硬化性樹脂または熱硬化性樹脂などが用いられたりする。」

 

2 判断
(1) 取消事由1(特許法36条6項2号に係る判断の誤り)について
ア 審決は、本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち、「黒色の金属」について定義がされておらず、具体的な物質・部材等を特定するための説明もないから、色彩として黒く見える(黒色の)金属、例えば、鉄・コバルト・ニッケル・クロム等の黒色の光沢を持つ金属も含まれることとなり、技術的外縁が不明で、その意義が明確であるとはいえないとして、特許法36条6項2号に違反すると判断する。
しかし、審決の上記判断には、以下のとおり、誤りがある。すなわち、本願発明に係る特許請求の範囲の記載及び本願明細書の発明の詳細な説明の上記記載によれば、本願発明は、PDP装置において、明室条件では、外部環境光がPDPフィルタを通過してパネルアセンブリ内に流入し、パネルアセンブリ内の放電セルから発生した入射光との重畳が発生する結果、コントラスト比が低下し、PDP装置の画面表示能力が劣るところ、輝度、視野角及び明室条件におけるコントラスト比を向上させることができる外光遮断層を提供することを目的とし、透明樹脂材質の基材の一面に一定の周期で互いに離隔して、所定濃度で着色剤を含む樹脂を含むくさび形遮光パターンを、所定の面積割合で形成するものであり、着色剤を含む樹脂は金属粉末を樹脂に添加したもので、その金属粉末は黒色の金属であるというものと解される。
そして、本願発明における遮光パターンは、0.5~1.5wt%重量濃度で着色剤を含む樹脂を含むものであり、その着色剤を含む樹脂は、金属粉末を前記樹脂に添加したもので、その金属粉末は、黒色の金属であると特定されている。そうすると、本願発明に係る特許請求の範囲の「前記金属粉末は、黒色の金属である」との記載は、その文言どおり、樹脂に添加される金属粉末の色が黒色であることを意味するものと理解することができる。
また、本願明細書の発明の詳細な説明の記載(段落【0027】、【0031】)を参照すると、本願発明における遮光パターンは、外部からパネルアセンブリに流入する外部環境光を遮断するものであり、光の吸収が可能となるように、黒色の金属粉末を用いるものと解されるから、本願発明における金属粉末の「黒色」とは、外部環境光の吸収が可能な程度の黒色であると理解することができる。さらに、金属粉末は比表面積が大きいため、通常、大気中では表面が酸化された状態にあるところ、金属の酸化物に黒色のものが存在することは当業者に広く知られた事項であり(甲6)、金属粉末として黒色のものが存在することも技術常識といえるから、当業者は、黒色の金属粉末が具体的にどのようなものであるかを理解することができるものと認められる。
したがって、本願発明に係る特許請求の範囲の「前記金属粉末は、黒色の金属である」との記載の意味は明確といえる。

イ 被告の主張について
これに対し、被告は、①単に「黒色の金属」と表記した場合、当業者は、これが鉄やコバルト、ニッケル、クロム等であると認識するのが通常であるところ、鉄やコバルト、ニッケル、クロムは、実際には白色や銀白色で、光沢のある金属であるから、鉄やコバルト、ニッケル、クロムから形成された微粒子たる金属粉末について、本願発明における外光遮断機能を有する「黒色の金属」に含まれるのか否かは明確でない(※参考資料2を参照)、②本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0031】)の記載からは、「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」との関係が明確でないと主張する。
しかし、上記のとおり、本願発明の特許請求の範囲の「黒色の金属」とは、樹脂に添加される金属粉末が、黒色の金属粉末であることを意味するものにすぎず、金属の種類(鉄など)を特定するものではないから、被告の上記主張は、前提において相当でない。また、黒色の金属粉末であるかどうかは、その金属粉末の色により決定されるものであり、金属粉末が白色で光沢があるものであれば、色が黒色でない以上、黒色の金属粉末に含まれないことは明らかである。
さらに、本願明細書の発明の詳細な説明には、「表面が黒く処理された、または黒色の金属(これを“ブラックメタル”という)を用いる場合」(段落【0031】)と記載されており、「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」とは異なる概念であると解され、両者の関係が問題となる余地があるところ、本願発明は、平成23年2月7日付け手続補正書において、特許請求の範囲の請求項1について、「前記金属粉末は、黒色の金属であること」として、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」のうち、「黒色の金属」に特定したものと解されるから、発明の詳細な説明に「表面が黒く処理された、または黒色の金属」と記載されていることをもって、本願発明の特許請求の範囲に記載された「黒色の金属」が不明確であるということもできない。
したがって、被告の上記主張は、採用することができない。

ウ 以上のとおり、本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち「黒色の金属」の意義は明確であり、特許法36条6項2号に違反しない。

 

(2) 取消事由2(特許法36条4項1号に係る判断の誤り)
ア 審決は、①本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0031】)に記載された「表面が黒く処理された」金属は、例えば、顔料の素材のように導電性を持たないものを含むところ、そのような物質では、「電磁波遮断機能を効率的に具現することができる」との効果を発揮することができない、②本願明細書の発明の詳細な説明には、「表面が黒く処理された」金属を金属粉末として樹脂に添加した後も、「黒色の金属」という物理的性質を保持するための具体的手段が開示されていないとして、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、特許法36条4項1号に違反すると判断する。
しかし、審決の上記判断には、以下のとおり、誤りがある。すなわち、上記のとおり、本願発明は、特許請求の範囲において、「前記金属粉末は、黒色の金属である」とし、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」のうち、「黒色の金属」に特定したものと解される。
そして、上記のとおり、金属粉末として黒色のものが存在することは、技術常識というべきであり、当業者は、黒色の金属粉末が具体的にどのようなものであるか理解することができるものと認められる。そうすると、「金属粉末の表面が黒く処理された」金属について実施可能要件を満たすか否かにかかわらず、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「黒色の金属」については、特許法36条4項1号に違反しないものと認められる。

イ 被告の主張について
これに対し、被告は、①鉄やコバルト、ニッケル、クロム等の白い光沢を持つ金属の金属粉末は、外光遮断機能を具現化することができない、②本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「金属粉末の表面が黒く処理された」金属について、「12~20μm」よりはるかに小さな微粒子とした場合にも、依然として電磁波遮断機能及び外光遮断機能を備えた「黒色の金属」として存在し得るのかが明らかでなく、その表面処理の方法も明らかでないと主張する。
しかし、上記のとおり、本願発明は、樹脂に添加される金属粉末が、黒色の金属粉末であるとするものにすぎず、金属の種類(鉄など)を特定するものではない。
また、本願発明は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」のうち、「黒色の金属」に特定したものと解される。したがって、被告の上記主張は、その前提に誤りがあり、採用することができない。

ウ 以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり、特許法36条4項1号に違反しない。

 

3 結論
以上のとおり、原告が主張する取消事由には理由があり、審決は取消しを免れない。その他、被告は、縷々主張するが、いずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。

 

【所感】
請求項1の「前記金属粉末は、黒色の金属である」との記載を、金属粉末の色が黒色である、とした裁判所の認定は、妥当ではないと感じた。
例えば、「前記金属粉末は、黒色である」「前記金属粉末は、黒色の粉末である」などと記載されていれば、裁判所の認定通りで問題ないと感じるが、「前記金属粉末は、黒色の金属である」と記載されている以上、普通に読んで、金属粉末が黒色の金属から形成されるという解釈の余地が生じると感じる。また、段落0031の「表面が黒く処理された、または黒色の金属(これを“ブラックメタル”という)を用いる場合・・・」との記載からも、金属粉末は、黒色の金属または表面が黒く処理された金属から形成されるように読み取れる。裁判所は、本願発明の目的から、金属粉末の色が黒色であると認定したと思われるが、その部分の理論構成には疑問を感じた。

一方、段落0031の「表面が黒く処理された、または黒色の金属(これを“ブラックメタル”という)を用いる場合・・・」との記載に関する明確性(特許法36条6項2号)および実施可能要件(特許法36条4項1号)について、請求項1では「黒色の金属」に限定されているため、問題なしとした裁判所の判断は、妥当だと感じた。