基板製品を製造する方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2014.11.27
事件番号 H25(行ケ)10234
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 基板製品を製造する方法
キーワード 進歩性 阻害要因
事案の内容 本件は、原告が、本願(特表2005-524000)に対する拒絶査定不服審判の請求について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決の取り消しを求め、審決が取り消された事案。
引用発明の必須の課題を解決するための性質が引用発明と同程度確保されるか不明の場合には、引用発明の一部を他のものに置きかえることはできないと判示された点がポイント。

事案の内容

(1)本件発明の要旨(下線部とローマ数字は筆者が付した)

 基板製品を製造する方法であって、

 (i)基板を提供するステップと、

(ii)該基板の表面にカーボンナノチューブの懸濁液を塗布し、前記基板の表面にカーボンナノチューブ層を形成するステップであって、該カーボンナノチューブ層は複数のカーボンナノチューブ相互が絡み合う不織布状態であり、且つ、該カーボンナノチューブ層は実質的に無定形炭素を含まない、ステップと、

(iii)前記カーボンナノチューブの不織布状態から実質的に全ての溶剤を除去するステップと、

(iv)所定のパターンに従って前記カーボンナノチューブ層の一部を選択的に除去し、製品を製造するステップと、を含むことを特徴とする方法。

(2)審決では、本願発明は刊行物1(特開2001-130904)、刊行物2(WO02/27844)および刊行物3(特開平10-149760)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断された。

   審決では、刊行物1に記載された発明(刊行物1発明)の内容、本願発明と刊行物1発明との一致点及び相違点を以下のように認定した。

<刊行物1発明の内容>(下線部とローマ数字は筆者が付した)

 基板上にパターン形成されたカーボンナノチューブ薄膜を形成する方法であって、

 (I)基板を準備する工程と、

 (II)基板上にパターン形成材料からなるパターンを形成する工程と、

 (III)基板上に、カーボンナノチューブの懸濁液をスプレー塗布し、溶媒を蒸発させることにより、カーボンナノチューブを堆積させる工程と、

 (IV)非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去する工程と、を含む方法。

 <一致点>

 「基板製品を製造する方法であって、

  基板を提供するステップと、

  該基板の表面にカーボンナノチューブの懸濁液を塗布し、前記基板の表面にカーボンナノチューブ層を形成するステップであって、該カーボンナノチューブ層は複数のカーボンナノチューブ相互が絡み合う不織布状態であるステップと、

  前記カーボンナノチューブの不織布状態から溶剤を除去するステップと、

  カーボンナノチューブ層のパターニングを行い、製品を製造するステップと、を含む方法。」である点。

 <相違点1>

 カーボンナノチューブ層のパターニングを、本願発明においては、基板上にカーボンナノチューブを形成した後に、「所定のパターンに従って、前記カーボンナノチューブ層の一部を選択的に除去し」て行うのに対し、刊行物1発明においては、「基板上にパターン形成材料からなるパターンを形成する工程」及び「非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去する工程」によって行う点。

 <相違点2>

 本願発明においては、「カーボンナノチューブ層は実質的に無定形炭素を含まない」という限定及び「実質的に全ての溶剤を除去する」という限定がされているのに対し、刊行物1発明においては、それら限定がされていない点。

(3)争点

 ・一致点の認定の誤り(取消事由1)

 ・相違点の判断の誤り(取消事由2)

  ・相違点1に係る判断の誤り

  ・相違点2に係る判断の誤り

【裁判所の判断】

1 取消事由2(相違点の判断の誤りについて)

(1) 相違点1について

 審決は、刊行物1発明におけるカーボンナノチューブ層のパターニング方法を刊行物3発明における「カーボンナノチューブ層の形成後にカーボンナノチューブ層をリソグラフィ技術でパターニングするという方法」に変更して、相違点1に係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得ることである旨判断した。

 しかし、刊行物1発明は、「ナノチューブ薄膜は固着性が悪く、接触や空気の流れ(たとえば空気掃除機)により容易に除かれるほどである。」(【0003】)ため、「適切な固着性を有し、より有用で堅固なデバイス構造の形成を可能にするより便利で、融通のきく方法」(【0005】)を開発することを課題とし、これを実現するため、パターン形成材料にカーボン分解材料、カーバイド形成材料、低融点金属などを用いてパターン形成し、これにナノチューブを堆積させた上でアニールすることによって、カーボン分解、カーバイド形成又は溶融を誘発させて、固着性(「ASTMテープ試験D3359-97で、2A又は2Bスケールを十分越える固着強度を指す。」(【0006】【0013】))を確保するものである。

 したがって、固着性の確保は刊行物1発明の必須の課題であって、刊行物1発明におけるパターニングの方法については、刊行物1発明と同程度の固着性を確保できなければ、他のパターニングの方法に置き換えることはできないというべきである。そして、刊行物3発明のパターニング方法におけるカーボンナノチューブの固着性についてみると、刊行物3発明は、「カーボンナノチューブを塗布、圧着、埋込み等の方法で合成樹脂製の支持基板12上に供給する」と記載しているのみであって、固着性について特段の配慮はされておらず、カーボンナノチューブ層が支持基板12に対して、いかなる程度の固着強度を有するかも不明である。

 よって、刊行物1発明に刊行物3発明を適用することには阻害要因があるから、刊行物1発明に刊行物3発明を適用して相違点1に係る本願発明の構成とすることを当業者が容易に想到し得るとした審決の判断には誤りがある。

(2) 被告の主張について

 被告は、刊行物3発明についても、刊行物1発明と同様に金属層の上にカーボンナノチューブ層を形成するところ(【0060】ないし【0063】)、カーボンナノチューブを「塗布」のみならず、「圧着」や「埋込み」等の方法で基板上に供給するものであって(【0052】)、基板とカーボンナノチューブとの固着性を考慮するものであると主張する

 しかし、前記判示したとおり、上記記載のみでは、どの程度の固着強度を確保できるか不明であって、上記記載があるからといって、刊行物1発明に刊行物3発明を適用することはできない。

 また、被告は、刊行物3発明の「基板上にカーボンナノチューブ層を形成した後にパターニングする方法」であっても、基板の材料として刊行物1発明のパターン形成材料を用いたり、カーボンナノチューブ層の形成に先だって基板の表面に同材料の層を形成したりして、刊行物1発明と同様の手法でカーボンナノチューブの固着性を確保することも十分可能であって、刊行物3発明においても基板表面の状態やナノチューブとの接触状態を選択すること等により基板とカーボンナノチューブとの固着性を確保する必要性は認識されており、具体的な固着強度は当業者が適宜に設定する設計的事項であるというべきであると主張する。

 しかし、刊行物1発明においては、「基板(10)はカーボンと本質的に非反応性である必要がある。たとえば、カーバイドを形成しないか、カーボンを分解せず、典型的な場合、少なくとも1000℃といった比較的高い融点をもつ必要がある。」(【0008】)とされているのであるから、基板の材料に刊行物1発明のパターン形成材料であるカーボン分解材料、カーバイド形成材料又は低融点金属を用いることには阻害要因がある。また、刊行物1発明は、カーボンナノチューブの固着性の確保を重要な課題の一つとした発明であって、刊行物1発明と同程度の固着性を有することが設計事項であると認めることはできない。

 したがって、被告の主張は理由がない。

(3) 小括

 以上によれば、刊行物1発明に刊行物3発明を適用することはできないので、当業者が本願発明の相違点1に係る構成を容易に想到することができたということはできず、取消事由2(1)は理由がある。

 4 なお、今後の特許庁における審理のため、一言付言する。審決は、刊行物1発明を主引用例、刊行物3発明を副引用例として容易想到性を判断したものであり、本判決は、このような判断の枠組みに従って、本願発明を容易想到であるとした審決には誤りがあると判断するものである。もっとも、刊行物3には、カーボンナノチューブを塗布するなどの方法で基板にカーボンナノチューブ層を形成し、リソグラフィ技術でパターニングする技術が開示されており、本願発明と相当程度一致する部分があると認められるところ、本判決は、刊行物3発明を主引用例とした場合に、本願発明の容易想到性を判断することについてまで否定するものではない。したがって、今後の審理においては、単に刊行物1発明を主引用例とした場合の容易想到性のみを判断するのではなく、刊行物3発明を主引用例とした場合の容易想到性についても検討する必要があると思われる。

【所感】

 刊行物1発明の必須の課題である固着性の確保について、刊行物3発明のパターニングの方法では、刊行物1発明と同程度の固着性を確保できるか不明のため、刊行物1発明のパターニングを刊行物3発明のパターニングに置きかえることはできないとした裁判所の判断は妥当であると考える。

 被告は、刊行物3発明についても、カーボンナノチューブを「塗布」のみならず、「圧着」や「埋込み」等の方法で基板上に供給するものであるから、基板とカーボンナノチューブとの固着性を考慮するものであると主張している。審査段階において、最後の拒絶理由通知や拒絶査定でこのような主張をされるのを避けるために、最初の拒絶理由通知に対する意見書の中で、例えば、「刊行物3には、『カーボンナノチューブを塗布、圧着、埋込み等の方法で合成樹脂製の支持基盤12上に供給し』(刊行物3:段落0052)の記載があるが、上記記載のみでは、どの程度の固着強度を確保できるか不明であって、上記記載があるからといって、刊行物1発明に刊行物3発明を適用することはできない」と予め主張しておくことが有効と思われる。