地盤強化工法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2015.10.14
事件番号 H27(ワ)14339
担当部 東京地裁民事第29部
発明の名称 地盤強化工法
キーワード 発明のカテゴリー
事案の内容 侵害差止等の請求が棄却された事案。
住宅の賃貸行為は、方法発明としての地盤強化方法の実施には該当しないと判断された。

事案の内容

【請求項1】
A 鉄骨などの構造材で強化,形成されたテーブル1を地盤5上に設置し,
B 前記テーブル1の上部に,立設された建築物7や道路,橋などの構造物,または,人工造成地を配置する地盤強化工法であって,
C 前記テーブル1と地盤5の中間に介在する緩衝材3,4を設け,前記テーブル1が既存の地盤5との関連を断って,地盤5に起因する欠点に対応するようにしたこと
D を特徴とする地盤強化工法。

<被告の行為>
 被告(相模原市)は、相模原市営上九沢団地(以下「本件市営団地」という。)を賃貸して賃料収入を得てきた。
 本件市営団地は、建設工事に伴って本件市営団地の敷地内に、免震人工地盤(以下「本件免震人工地盤」という。)が施工された。

<原告の主張>
 本件免震人工地盤の構成は、構成ア~エである。

ア 緑で囲まれた街区の中央部にクスノキ広場とせせらぎ広場を設け、この二つの広場を8の字型に囲む人工地盤を構築し、
イ 前記人工地盤上に6階建てから14階建てまでの21棟の集合住宅群を配置し、
ウ 前記人工地盤と地盤との中間に介在させた242体の免震装置が街区全体を支持する免震構造物となっている
エ ことを特徴とする免震人工地盤

(構成ア,イ,ウは省略)
 構成エの「免震人工地盤」は,分説Dを充足する。
D を特徴とする地盤強化工法。
 すなわち,上記「免震人工地盤」は,免震を目的とした人工地盤を構築して地盤を強化するものであるから,地震を含めた地盤の欠点に対応するようにテーブルを構築して地盤を強化するとする分説Dと同意義である。

 鹿島建設らが21棟の集合住宅群の敷地に施工した本件免震人工地盤は,本件免震人工地盤の上部に配置される同集合住宅群を地震から保護する作用効果を目的とするものであるから,地震対策という面において本件特許発明と同じ作用効果を有する。

 以上のとおりであるから,鹿島建設らが本件工事において施工し,被告が引渡しを受けた本件免震人工地盤は,本件特許発明の技術的範囲に属する。

<第4 当裁判所の判断>
1 争点1-ア(本件特許発明は物の発明か)について
 「物の発明」は,技術的思想である発明が生産,使用又は譲渡のできる対象として具現化されているものをいうと解されるから,「物の発明」についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになる。
 これに対し,方法の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,経時的要素(時間的要素)を記載して特定することになる。

 以上を前提に,本件特許発明について見るに,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1には,その末尾に「地盤強化工法」と記載されているところ,「工法」の通常の意味は,「工事の方法」であると解される。
 この点,原告は,建設業界において,「工法」を「構造・構成」と同義に使用することは当業者の常識である旨主張するが,本件証拠によっても,そのような常識の存在を認めるには足りない。
 また,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては,願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮すべきところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,「上記構成の地盤強化工法によれば,鉄骨などの構造材で強化され,テーブルを地盤上に形成し,前記テーブルの上部に,建築物や道路,橋,などの構造物,または,人工造成地を配置するようにしたので,」(段落【0005】),「施工手順としては,…テーブル1を配置し,しかる後に,テーブル1内に基礎6を設けて,建築物7を築造する」(段落【0008】)などと記載されており,分説Aと分説Bの時間的前後関係を裏付ける記載がある。
 そうすると,本件特許発明の構成要件のうち,分説A「鉄骨などの構造材で強化,形成されたテーブルを地盤上に設置し,」と分説B「前記テーブルの上部に,立設された建築物や道路,橋などの構造物,または人工造成地を配置する地盤強化工法であって,」によれば,本件特許発明は,地盤に「テーブル」を設置した後に,「テーブルの上部」に構造物等を配置する「工法」であると解され,分説A及び分説Bの「テーブル」は,そのような順序で施工されるものと解するのが相当である。

 この点,原告は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載のうち,「設置し」,「配置する」との文言については,施工の手順を意味するものではなく,「物の発明」であっても,仕様説明のために動詞によって記載することは本件特許の出願時の当業者にとって常識であった旨主張し,これを裏付けるものとして、鹿島建設株式会社が有する発明の名称を「防災都市」とする特許第3160659号の特許(以下「鹿島特許」という。)を掲げる。
 しかし,鹿島特許の特許請求の範囲の各請求項の末尾には,「防災都市。」と記載されていることから,同特許に係る各発明は,「防災都市」に関するものであることが一義的に明らかであって,「工法」に関するものと解する余地はなく,したがって,鹿島特許の存在は,何ら原告の主張の根拠となるものでない。
 以上によれば,本件特許発明は,「物の発明」でなく,「方法の発明」であることが明らかであるというべきである。

 上記をひとまず措いて,原告が主張するように,「工法」を「構造又は構成」と解することを想定したとしても,「物の発明」であるというためには,いかなる「物」の構造又は構成についての発明であるかが当該特許請求の範囲に明確に示されていること,換言すると,生産,使用又は譲渡の対象となる物が特許請求の範囲に示されていることが必要である。
 しかし,原告は,「テーブル」と「緩衝材」によって構成される「構造」につき,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0005】の作用や段落【0015】の効果を得ることを目的とする「物の発明」である旨主張するにとどまり,「テーブル」と「緩衝材」によって構成される「物」が何か,すなわち本件特許発明の対象となる「物」が何であるかを明らかにした主張をしていない。

 また,本件特許の出願時において,本件特許発明の対象となる「物」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であったとか,およそ実際的でなかったなどの事情は,何ら主張立証されていないから,仮に,本件特許発明を「物の発明」と解するならば,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合しないことになるところ,本件特許が出願され,特許査定されたものである以上,あえて本件特許発明を「物の発明」であるとして上記要件を満たさないとするよりも,前記のとおり,本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載に従って,これを「方法の発明」と解釈することが合理的であることは,明らかである。
 以上によれば,本件特許発明は,「方法の発明」であって,「物の発明」であるとは認められない。
 これに反する原告の主張は,いずれも採用することができない。

【所感】
 判決は妥当であると考えられる。
 なお、施工業者に対する訴えは、1審,2審ともに原告が敗訴している(平成25年(ワ)第5071号、平成26年(ネ)第10030号)。
 このため、発明のカテゴリーを、物を生産する方法として捉え、「本件市営団地は当該方法によって生産されたものであるので、本件市営団地の譲渡および賃貸は、本件特許の侵害行為を構成する」と主張するのでは勝算がないと考え、本事件において無理筋な主張をしたようである。