圧力波機械付きの内燃機関事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.09.08
事件番号 H22(行ケ)10345
担当部 第4部
発明の名称 圧力波機械付きの内燃機関
キーワード 進歩性
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
本事案は、引用例2の「排気冷却・中間加熱器」が機関の排気側の管路において圧力波機械に流入する排気を熱源等により加熱することで圧力波機械のコールド・スタート特性を改善する本件補正発明の「加熱装置」に相当するか否かがポイントである。

事案の内容

(1)  本件は、補正とともにした拒絶査定不服審判の請求に対して、補正が却下された上で請求不成立の審決がなされたことに対し、これを不服とする原告が、その取消を求めた事案である。

(2)  審判では、

(1)補正後の請求項1に係る発明(本件補正発明)は、引用例1を主引用発明とした場合に、引用例1記載の発明と、引用例2等の周知技術とに対して進歩性を有しておらず、

(2)引用例2を主引用発明とした場合に、引用例2と、引用例1等の周知技術とに対して進歩性を有していないため、独立特許要件を満たさない、

として補正が却下され、補正前の請求項1に係る発明(本願発明)は、引用例1,2等に対して進歩性を有していない、と判断された。

(3)  本件補正発明は以下の通りである。なお、下線は補正箇所を示している。

[請求項1]

圧力波機械と,

機関と圧力波機械との間に配置した調整済み三元触媒と,

触媒および圧力波機械に作用する加熱装置と

を組み合わせた火花点火機関において,

機関の排気側の管路において,加熱装置が前記管路の上流側に設けられた触媒と前記管路の下流側に設けられた圧力波機械との間に配置してあり,

加熱装置が空気,燃料供給源からなるバーナあるいは電気式加熱装置であることを特徴とする、

火花点火機関。

(4)  引用例

引用例1:特開昭62-20630号公報(甲13)

引用例2:特公昭60-2495号公報(甲14)

(5)審決における本件補正発明の進歩性判断について

(5-1)引用例1に記載の発明(引用発明1A)を主引用発明とした場合:

審決では、本件補正発明と引用発明1Aとの主な相違点として、引用発明1Aが「触媒および圧力波機械に作用」し,「空気,燃料供給源からなるバーナあるいは電気式加熱装置である」「加熱装置」を備えておらず、「排気通路(排気側の管路)」の上流側に設けられた「触媒(触媒)」と,「排気通路(管路)」の下流側に設けられた「圧力波過給機(圧力波機械)」との間に,「加熱装置」を配置した構成を備えていない点が認定された(相違点3)。また、引用例2に記載の発明(引用発明2B)について、「機関の排気側の管路において,加熱装置が前記管路に設けられ」ている、と認定された。

(5-2)引用例2に記載の発明(引用発明2A)を主引用発明とした場合:

審決では、本件補正発明と引用発明2Aとの主な相違点として、引用発明2Aが「調整済み三元触媒」を備えておらず、「排気流路(排気側の管路)において,排気冷却・中間加熱器(加熱装置)が排気流路(管路)の上流側に設けられた触媒と,排気流路(管路)の下流側に設けられた圧力波機械(圧力波機械)との間に配置」されていない点が認定された(相違点5,6)。また、引用例1に記載の発明(引用発明1B)について、「機関の排気側の管路において,前記管路の上流側に触媒」が設けられ、「前記管路の下流側に圧力波機械」が設けられている、と認定された。

 

【裁判所の判断】

1.引用発明1Aとの関係における本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤りについて

1-1.引用発明2Bの認定の誤りについて

本件明細書の記載によれば,本件補正発明における「加熱装置」は,内燃機関の排気側の管路のうち,三元触媒と圧力波機械との間に設けられたバーナ又は電気作動式ヒータであり,触媒の最適な動作温度がより急速に得られ,かつ,ガスがより高い温度で圧力波機械に達するようにすることで,特にコールド・スタート特性を改善するものであるといえる。

これに対して,引用例2の記載によれば,引用例2に記載の発明における「排気冷却・中間加熱器」は,2段式給気を行う内燃機関からの排気がガスタービンの許容入口温度を越えないようにする一方,ガスタービンからの排気の圧力波機械における仕事能力低下を防ぐために,これらの各排気の間で熱交換を行わせ,もって内燃機関からの排気の温度を降下させることに伴ってガスタービンからの排気の温度を上昇させるものである。すなわち,「排気冷却・中間加熱器」は,機関の排気系において,ガスタービンの上下流の各排気間で常に加熱と冷却を伴う一体不可分の熱交換を行う装置である。さらに,引用例2に記載の発明では,高圧圧縮段用の排気タービン式過給機と低圧圧縮段用の圧力波機械とを逆にして使用することも可能であって,この場合,「排気冷却・中間加熱器」は,圧力波機械との関係では圧力波機械に流入する排気を冷却させることになり,圧力波機械の仕事能力を低下させる面を有することになる。

以上によれば,本件補正発明の「加熱装置」は,機関の排気側の管路において圧力波機械に流入する排気を外部の熱源又は電気エネルギー源(以下「熱源等」という。)により加熱することで特に圧力波機械のコールド・スタート特性を改善するものである一方,引用例2に記載の「排気冷却・中間加熱器」は,2段式給気を行う機関の排気系において排気間での熱交換を行うものであって,排気を外部の熱源等により加熱するものではなく,むしろ圧力波機械を高圧圧縮段用に配置した場合には圧力波機械の仕事能力を低下させるものであるから,本件補正発明の「加熱装置」とは,その構成,機能及び作用がいずれも異なっているというほかない。

 

1-2.相違点3についての判断の誤りについて

本件補正発明は,エンジンのコールド・スタート特性を改善することを主たる技術的課題としているが,これは,内燃機関の技術分野において一般的に存在する技術的課題であると認められる。

しかしながら,引用例1には,エンジンのコールド・スタート特性に関する記載や示唆がない。しかも,引用例1に記載の発明は,低速領域で圧力波過給機の吸気導入口から排気吐出口への吸気の吹き抜け量を増やすことができるとともに,圧力波過給機の吸気吐出口から吸気に混入される内部EGR量が増大することを抑制するものであって,エンジンのコールド・スタート時には,この機能があるからといって圧力波過給機又はこれに流入する排気の温度を上昇させる作用が生じるとは考え難い。むしろ,引用例1に記載の発明は,吸気の吹き抜け量の増加により,圧力波過給機を冷却する可能性を内包するものであるから,圧力波機械に流入する排気を加熱する構成を採用する上では阻害事由があるというべきである。

引用例2にも,エンジンのコールド・スタート特性に関する記載や示唆がない。また,引用例2に記載の発明は,「排気冷却・中間加熱器」を備えてはいるが,これは,機関からの排気が持つ熱を熱源としているところ,コールド・スタート特性が問題となるのは,機関からの排気及びその有する熱が十分ではない状況であるから,「排気冷却・中間加熱器」による熱交換によっては,コールド・スタート特性を改善するに足りる排気温度の上昇を想定することができない。むしろ,引用例2に記載の発明における「排気冷却・中間加熱器」は,熱交換により高圧圧縮段の過給機(圧力波機械を含む。)に流入する排気を冷却するものであるから,圧力波機械に流入する排気を加熱する構成を採用する上では阻害事由があるというべきである。

以上のとおり,引用例1及び2は,いずれもエンジンのコールド・スタート特性に関する記載や示唆がないから,当該特性の改善とは関係のない技術に関するものであって,これらに記載された発明を基にしてコールド・スタート特性を改善することを想到するに足りる動機付けがない。むしろ,引用例1に記載の発明は,圧力波機械を冷却する可能性を内包しており,引用例2に記載の発明は,熱交換により圧力波機械を含む過給機に流入する排気を冷却するものでもあるから,圧力波機械に流入する排気を加熱する構成を採用する上では,いずれも阻害事由がある。したがって,コールド・スタート特性の改善が一般的な課題であり,かつ,火花点火機関に三元触媒を用いる技術及び内燃機関の排気側の管路に,空気,燃料供給源からなるバーナや電気式加熱装置である加熱装置を設ける技術が周知であったとしても,引用発明1Aに接した当業者は,当該課題を解決するため,引用例2に記載の発明及び上記周知技術を適用し,「空気,燃料供給源からなるバーナあるいは電気式加熱装置」である「加熱装置」を三元触媒と圧力波機械との間に配置することで圧力波機械に流入する排気を加熱する構成(相違点3)を採用することを容易に想到できなかったものというべきである。

よって,引用発明1Aを主引用発明とした場合,当該発明,引用発明2B及び周知技術に基づいて当業者が本件補正発明を容易に想到し得たとして,独立特許要件を欠くことを理由に本件補正を却下した本件審決は,その判断を誤るものである。

 

2.引用発明2Aとの関係における本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤りについて

2-1.本件補正発明と引用発明2Aとの一致点並びに相違点5及び6の認定の誤りについて

前記のとおり,引用例2に記載の発明における「排気冷却・中間加熱器」は,本件補正発明の「加熱装置」に相当せず,引用例2に記載の発明は,「加熱装置」との構成を備えているとは認められないから,本件補正発明と引用発明2Aとの一致点並びに相違点5及び6の認定にも誤りがある。

そして,本件補正発明と引用発明2Aとの一致点は,「圧力波機械を備えた内燃機関」であり,相違点5及び6は,「本件補正発明では,「調整済み三元触媒」が「機関と圧力波機械との間」に配置され,「空気,燃料供給源からなるバーナあるいは電気式加熱装置」である「加熱装置」が「排気側の管路において,前記管路の上流側に設けられた触媒と前記管路の下流側に設けられた圧力波機械との間に配置

してあ」るのに対して,引用例2に記載の発明では,本件補正発明のような「調整済み三元触媒」及び「加熱装置」を備えていない点」に尽きるというべきである。

 

2-2.認定した相違点に基づく容易想到性についての検討

引用例1及び2は,いずれもエンジンのコールド・スタート特性に関する記載や示唆がないから,当該特性の改善とは関係のない技術に関するものであって,これらに記載された発明を基にしてコールド・スタート特性を改善することを想到するに足りる動機付けがない。むしろ,引用例1記載の発明は,圧力波機械を冷却する可能性を内包しており,引用例2に記載の発明は,熱交換により圧力波機械を含む過給機に流入する排気を冷却するものでもあるから,圧力波機械に流入する排気を加熱する構成を採用する上では,いずれも阻害事由がある。したがって,コールド・スタート特性の改善が一般的な課題であり,かつ,火花点火機関に三元触媒を用いる技術及び内燃機関の排気側の管路に,空気,燃料供給源からなるバーナや電気式加熱装置である加熱装置を設ける技術が周知であったとしても,引用発明2Aに接した当業者は,当該課題を解決するため,引用発明1B及び上記周知技術を適用し,上記本件補正発明と引用発明2Aとの相違点に係る構成を採用することを容易に想到できなかったものというべきである。

よって,引用発明2Aを主引用発明とした場合,当該発明,引用発明1B及び周知技術に基づいて当業者が本件補正発明を容易に想到し得たとして,独立特許要件を欠くことを理由に本件補正を却下した本件審決は,その判断を誤るものである。

 

【解説】

本件は、引用例1,2のそれぞれを主引例とした場合の判断が示されている点で特徴的な事案であると言える。ただし、主引例をいずれにした場合であっても、その判断に著しい差はなかった。

審決と判決とでは、引用例2の「排気冷却・中間加熱器」について、本件補正発明の「加熱装置」に相当するか否かで判断が相違した。具体的に、審決では、排ガス同士の熱交換による加熱と、バーナなどの外部の熱源を用いた排ガスの加熱とは同じである、と認定されたのに対し、判決では、それらは全く異なる構成である、と認定された。この判断の相違は、特許庁では、文言上に現れている構成・機能・作用に重点をおいて判断されるのに対して、裁判所では、発明の解決する課題に基づいた構成・機能・作用に重点をおいて判断されるためであると考えられる。