固体麹の製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2014.12.24
事件番号 H26(行ケ)10103
担当部 第2部
発明の名称 固体麹の製造方法
キーワード 一致点・相違点の認定の誤り、容易想到性の判断
事案の内容 無効審判において一部無効とされた審決の取消訴訟であり、審決が取り消された事案である。
審判では一部の請求項につき、進歩性無しとして無効にされたが、裁判所では、本願発明と引用発明の相違点の認定に誤りがあり、進歩性無しとは言えないとして、審決における無効の判断が取り消された点がポイント。

事案の内容

【特許請求の範囲】

[請求項3](本件発明3)

少なくとも製麹工程において,回転ドラムが用いられ,撒水又は浸漬,蒸煮,放冷等の原料処理工程を経て製麹可能となされた製麹原料に種麹を接種することにより固体麹を製造する方法において,

前記回転ドラムは,駆動装置により回転される回転ドラム本体と,この回転ドラム本体の内部に装着された品温センサを,少なくとも備え,

種麹の接種後,製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に,

前記回転ドラムが設置された室内の温度及び前記回転ドラム本体内の温度を,共に製麹開始温度となるように調節し,

製麹原料の品温上昇後に製麹原料を常にあるいは少なくとも1~10分間隔で間欠的に攪拌し,

前記製麹原料の攪拌が,前記回転ドラム本体の回転により生じる原料層の傾斜面からの落下により行われ,

前記回転ドラム本体の回転速度は,1回転/30~90秒に設定されていると共に,

前記品温センサが前記品温の上昇を感知すると,前記回転ドラム本体内に送風して断続的に冷却を行い,

温度及び湿度が任意に調整された前記回転ドラム本体内で前記製麹原料が前記傾斜面から順次落下する時に,前記回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われ,

前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発にし

製麹を完了することを特徴とする固体麹の製造方法。

 

【審決の理由の要点】

審決は,本件訂正を認めた上で,本件発明3につき,引用発明である甲3発明と技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができないと判断した。

(注:審決では、後述する一致点および相違点1~5を認定し、各相違点は容易に想到できると判断した。)

 

【裁判所の判断】

1 取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)について

(1) 本件発明3について

イ このように,本件発明3は,製麹原料の品温が上昇した後に製麹原料を間欠的に撹拌することで,製麹原料表面や空中での菌糸の過度の生育を抑制し,製麹原料内部への菌糸の破精込みを活発にすること,すなわち,破精込みの種類として塗り破精ではなく突き破精とすることを目的とし,それに適合した回転ドラムの回転速度,回転ドラム本体内の温度調整や湿度調整を行い,製麹原料は,傾斜面を順次落下するときに,回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われるものである。

(2) 引用発明の認定

ア 甲3の2には,次のとおりの記載がある。

「私の発明は,麹及びもやしの製造工程を行う装置である。・・・麹ともやしの製造においては,アスペルギルス・オリゼ胞子は,水とともに湿らせた小麦ふすまのような培地と混合されている

以前より,十分な成長のために静置は必須と考えられていた。これは,培地の動きにより,表面に混合された胞子が移動してしまうと考えられていたためである。しかしながら,私は,ある程度の量の動きは許容できるだけでなく,非常に有利であることを発見した。これは,ある程度の量の動きは,成長を妨げないだけでなく,実際には成長を促進させ,しかも操作の無駄を大いに省けるからである。私はまた,動きのある製造では,菌糸の成長は異なっており,糸状体は短く密になり(判決注:原告は,「糸状体は短く厚くなり」という訳が正しいと主張している。),多くの枝が非常に増加し,これにより,もやし胞子の頭を生じさせる多くの端を成長させることを発見した。」(1頁11~24行)

「古い方法では塊は厚さが3ないし4インチが最大であり,この厚さでさえも,菌の成長は,厚さ1ないし2インチで行われるのと同じ程度に満足できるものではなかったところ,私の発明で構成される装置を使用すれば,塊は数フィートの厚さ,すなわち3ないし4フィート,又はそれ以上でもよい。

私の発明は,塊が連続的に攪拌されるように装置を構成し,これにより,塊の粒子は,空気に接近させるために,連続的に表面に導かれる。しかしながら,この攪拌は,塊における菌糸の糸状体の形質を変えることはあっても,菌の成長を実質的に妨げるような激しさはない。

この攪拌は,粒子に1周期の動きを遂げさせるようにし,1分間当たり約1回ないし2回を超えないようにし,好ましくは,この攪拌の速度は,適当に増加させてもよいが,私は,1分間当たり10周期に達すると,成長は実質的に妨げられることを見い出した。」(1頁31行~2頁6行)

「ドラムの各ヘッド2には,空気導管12が突出する中央開口が備えられている。各空気導管は,ドラムの回転中,静止が保持されるように,適切なフレーム13に搭載されている。これから理解されるように,ドラムは前記導管に関して自由に回転する。導管の内側の端部は,14がドラムの回転方向になるように,ドラム中心から放射状に向けられている。これにより,前記導管の開放端が,回転中に降りていくドラムの側面側に向けられる。これらの導管は胴体15に接続されている。導管の一つは吸引送風機に接続されており,送風機の操作により,通路又は導管から円筒を経てドラムに向かう空気の流れが生み出され,送風機に接続されている導管から出て行く。導管15には,ドラムを通る空気の流れを調整する適度な室16が備えられている。これらの導管は,ドラム内に適当な空気の循環状態を生み出せる任意の大きさであればよい。」(2頁31行~3頁6行)

「ドラムは,ドラムの内壁面に,径方向に内向きに突出した邪魔板又は羽根板を備えており,これらはドラムが回転するにつれて,粒状の物質又は材料をドラム内で持ち上げ,これらを転回させる動きを与える。私は,図示した等間隔で6つの邪魔板又は羽根板をドラムの周囲に配置したドラム内の割合を好む。邪魔板は,ドラムの外殻から距離を離して支持され,媒体の粒子が降下する小さな空間を備えるようにしたことが好ましい。これにより,邪魔板が長さ全体に亘りドラムの外郭に接しているようになり,媒体の粒子は邪魔板で圧縮されないようになる。」(3頁29行~36行)

「ドラムは,発芽準備のために停止させてもよいし,この期間中緩やかに,すなわち,5分間中に約1回の速度で回転してもよい。この準備的な停止,又は緩やかなドラムの回転の後は,ドラムは30時間ないし40時間の期間,1分間ないし3分間ごとに1回転の速度で回転させる。この期間は,通常,ジアスターゼ形成物,すなわち本事例である麹の発芽を完結させるに十分である。」(4頁16~21行)

「ドラムの回転中,邪魔板25(これまでに説明した)は,底部の培地の塊を持ち上げ,塊の頂部で崩す作用をし,塊がドラムの底部に重力で動き又は崩れると,胞子形成物の塊の新たな部分は,空気の流れの動きに連続的に向けられることが理解される。これは,塊が空気の流れに連続的に向けられるという強く望まれる最適な結果であることが理解される。」(4頁22~26行)

イ したがって,甲3には,「アスペルギルス・オリゼ胞子を水で湿らせた小麦ふすまのような培地と混合し,発芽準備のために停止した後に,回転ドラムを1分間ないし3分間ごとに1回転の速度で30~40時間の期間回転させて,ジアスターゼを含む麹を製造する方法」の発明が記載されており,この限度において,審決の甲3発明の認定に誤りはない。

(3) 本件発明3と甲3発明の対比

ケ 対比

以上を前提とすると,本件発明3と甲3発明の一致点,相違点は次のとおりであると認められる(上記のとおり,製麹原料の違いについて当事者が問題にしていないので,この点は一致点であることを前提とする。)。

(一致点)

少なくとも製麹工程において,回転ドラムが用いられ,撒水又は浸漬,蒸煮,放冷等の原料処理工程を経て製麹可能となされた製麹原料に種麹を接種することにより固体麹を製造する方法において,前記回転ドラムは,駆動装置により回転される回転ドラム本体を少なくとも備え,種麹の接種後,製麹原料を常に攪拌し,製麹原料の攪拌が,回転ドラム本体の回転により生じる原料層の落下により行われ,前記回転ドラム本体の回転速度は,1回転/60~90秒に設定されていると共に,回転ドラム本体内で前記製麹原料が落下する時に,前記回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われ,製麹を完了することを特徴とする固体麹の製造方法。

(相違点1)

本件発明3において,回転ドラム本体の内部に品温センサが装着されているのに対して,甲3発明では明らかでない点。

(相違点2)

本件発明3において,回転ドラムが設置された室内の温度及び回転ドラム本体内の温度を共に製麹開始温度になるように調節しているのに対して,甲3発明では明らかでない点。

(相違点3)

本件発明3において,「種麹の接種後,製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に」「製麹原料の品温上昇後に」製麹原料の攪拌を開始するのに対して,甲3発明では「発芽準備のために停止」させた後に製麹原料の攪拌を開始する点。 (注:審決では、甲3発明において品温が上昇していることを前提として、進歩性を否定した。)

(相違点4)

本件発明3において,「品温センサが前記品温の上昇を感知すると,前記回転ドラム本体内に送風して断続的に冷却を行い,」製麹原料が傾斜面から順次落下する時に,回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われるのに対して,甲3発明では,「品温センサが前記品温の上昇を感知すると,前記回転ドラム本体内に送風して断続的に冷却を行う」ことが明らかでない点。

(相違点5)

本件発明3が「前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発にし」ているのに対して,甲3発明では明らかでない点。

(相違点6)

本件発明3では,回転ドラム本体内の湿度が任意に調整されているのに対し,甲3発明ではドラムの回転中に湿度の調整が行われているか明らかではない点。

コ 結論

以上のとおり,審決は,甲3発明においては,回転ドラム本体内の湿度調整が行われているか明らかではないにもかかわらず,湿度調整をしているかどうかという相違点を看過したものといえる。

そして,上記相違点の看過が,本件発明3の進歩性判断に影響を与える可能性があるから,取消事由1は,その限度で理由がある

 

2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について

(2) 相違点3に関する判断について

ア 甲3には,製麹原料である穀物からのふすまに種麹を接種した後のドラムの動きについて,「発芽準備のために停止させてもよいし,この期間中緩やかに,すなわち,5分間中に約1回の速度で回転してもよい。この準備的な停止,又は緩やかなドラムの回転の後は,ドラムは30時間ないし40時間の期間,1分間ないし3分間ごとに1回転の速度で回転させる。この期間は,通常,ジアスターゼ形成物,すなわち本事例である麹の発芽を完結させるに十分である。」(甲3の2の4頁16~21行)と記載されている。

ここで,「発芽」とは胞子から菌糸が出ることをいい(甲25),麹菌は,製麹原料に接種された後,水分を吸収して膨潤し,発芽,繁殖するが,その呼吸熱により製麹原料の品温は上昇するものである(甲15,27)。他方,「準備」とは,あることをするのに必要な物や態勢を前もって整えることをいう(広辞苑第6版)。甲3の2の「発芽準備」期間を,字義通り解釈すると,発芽に必要な態勢を前もって整える期間であって,未だ発芽していない期間ということになり,発芽していない段階である以上,品温は上昇していないということになる

もっとも,甲3の分割出願明細書(甲4)にも「発芽準備」期間という同一文言が存在するところ,甲4における「発芽準備」期間とは,麹菌接種後「10ないし12時間」のことを指す(甲4の2の3頁22行)。甲3と甲4は別々の明細書であるから,両明細書で共通して使用されている言葉を当然に同じ内容として解釈しなければならないわけではないが,両明細書について,同一の文言を別の意義で使用したことをうかがわせる証拠がない以上,甲3における「発芽準備」期間とは,麹菌接種後「10ないし12時間」を指すものと解されるというべきである。そして,麹菌接種後,環境を変化させる旨の記載はないから,そのままの状態で,上記「発芽準備」期間後に,1~3分間ごとに1回転の速度でドラムを回転させ,その後,30~40時間の間,更にドラムを回転させると,最終的には発芽が完結することになるから,麹の発芽状況を微細に観察すれば,上記「発芽準備」期間に発芽が全くない状態とは考えられない。甲3発明とは製麹原料が異なるが,増殖が最も緩慢とされる白米を用いて麹を接種した後の状況を経時的に観察した場合でも,胞子が着床した部分から菌糸が出て白米中に潜り込む様子は,早いものでは2時間後,多くは3~4時間後に確認されている(甲25)。したがって,上記のとおり,「発芽準備」期間に全く発芽がないとは考えられず,字義通り解釈するのが相当とはいえない

イ 他方,麹菌の増殖に関しては,次のような証拠が存在する。

(ア) 甲49は「清酒製造技術研修講座」と題する刊行物であって,「蒸米上で適当な条件が整うと,麹菌分生胞子は数時間の内に発芽し,菌糸を伸ばして増殖が始まり,蒸米表面や内部に菌糸が侵入していきます。」(31頁8~9行)と記載され,麹菌の増殖経過の一例として下記図4.14(31頁)が示されている。

(イ) 乙1は,「麹学」と題する書籍であって,蒸米に種麹を接種した後,「接種した分生子は,環境の温度が30から35℃,湿度95%以上で3から5時間で発芽し,菌糸は伸長し,8~10時間頃から発熱による品温の上昇が顕著になる。そして,接種後18時間目頃からは,発熱がますます盛んになり,40℃を越すことになる」(261頁10~13行)ことが記載されている。

(ウ) 乙2は,「麹菌と麹 (その1)麹菌の特性」と題する論文であって, 「麹の原料は,主として米,麦,大豆と小麦の混合物で,酵素生産にはふすまが用いられる。麹菌の増殖には窒素源の多いものが適しており,米での増殖が最も緩慢である(第7図)。」(877頁左欄15~18行)と記載され,下記第7図が示されている。

(エ) 乙3は,「酒精(製法,性質,用途)(十九)」と題する記事であって, 「第七節 麬麹製造法」には,小麦粉製造の際生産される小麦表皮であるふすまを用いたふすま麹はタカヂアスターゼ製造の原料であること(43頁上欄24~27 行),ふすまに麹菌を接種した後12~16時間経過すれば,菌はわずかに繁殖を始めて温度が上昇すること(44頁上欄21~22行)が,記載されている。

ウ 製麹の進行状況は,製麹原料や麹菌の種類,麹菌接種量,温度,湿度等の培養条件の違いにより異なるというのが,技術常識である(甲13,27)。このような技術常識からすると,上述の各証拠に記載された製麹の時間的進行を,甲4と直接比較することはできないから,蒸米の場合には麹菌接種後8~10時間頃から品温が上昇する旨の乙1の記載から,直ちに,甲4の「10ないし12時間」の間に,ふすまの品温が既に上昇していると認めることはできず,甲3の「発芽準備」期間においても,ふすまの品温が上昇していると認めることはできない。甲4において,その後の「30ないし40時間」の間は,ドラムの回転速度を早めて,麹の発芽が完結するとされていることからすると,この間に品温の上昇が見られ,ドラム内の空気の流れの調整によって品温を下げるという技術思想が現れているのに対し,発芽準備期間である「10ないし12時間」の間は,ドラムを停止させても,緩やかに回転させてもよいとされているだけであるから,品温が十分上昇した後にドラムを回転させるという技術思想は現れておらず,ここにいう発芽準備期間は,品温が上昇していないか,少なくとも十分な品温の上昇がないことを意味すると解される。ふすまを製麹原料とした場合,麹菌接種後少なくとも約15時間後まではほとんど酸素呼吸が観察されないという記載(乙2)や,12~16時間後に温度が上昇するという記載(乙3)からしても,ふすまを用いた標準的な製麹においては,麹菌接種後「10ないし12時間」後には品温は上昇していないか,十分な品温上昇があるとは認められない。

エ 以上のとおり,甲3の記載から,「発芽準備」のためにドラムの回転を停止させている間に,製麹原料の一部が発芽しているとしても,品温が上昇していないか,十分上昇しているとは認められない。したがって,甲3発明において品温が上昇していることを前提とした審決の相違点3に関する判断には,前提において誤りがあるといわざるを得ない(この点の誤りが審決の結論を左右するものであるか,すなわち,撹拌開始時における品温を甲3発明から本件発明3のように変更することが容易想到か否かは,下記(3)で併せて述べる。)。

 

(3) 相違点4に関する判断及び相違点6について

原告は,相違点6の存在を主張するが,回転ドラムの回転時における回転ドラム本体内における温度調整,回転ドラムの回転に伴う製麹原料の動き及びそれによる熱交換のあり方に関して相違点4と重複する部分があるので,相違点4及び6を併せて,容易想到性について,以下,検討する(ただし,製麹工程の最初の段階で回転ドラム内の温度を管理するために室温を調整する点は,相違点2に含まれているから,前記(1)で述べたとおりである。)。

ア 断続的な冷却について

本件発明3は,「前記品温センサが前記品温の上昇を感知すると,前記回転ドラム本体内に送風して断続的に冷却を行」うものであるのに対して,甲3には,品温センサや品温上昇に応じた断続的な送風について記載されていない。

しかしながら,甲3には,送風機に接続した空気導管がドラム内に開口しており(図1及び図2の14),送風機の操作により空気の流れが生み出されること(甲3の2の3頁1~6行),及び,製麹のためのドラムの回転中に邪魔板により持ち上げられた製麹原料は,落下する際に空気の流れに連続的に向けられること(同4頁22~26行)が記載されているから,甲3の製麹装置においても製麹中に回転するドラム内への送風が行われていることが理解できる。そして,過度の発熱による製麹原料の温度上昇は,製麹の促進にとってマイナスであることは技術常識であるから,製麹原料の品温上昇をセンサで感知して回転ドラム内に断続的に送風して冷却を行うことは,製麹分野の本件出願時の技術常識である(甲1,7,9)。よって,甲3の製麹装置に品温センサを設置して送風を断続的に行うことに,困難性は認められない

イ 回転中のドラム内の温度及び湿度の調整について

上記(1)アで述べたとおり,製麹において,室温及び回転ドラム内の温度を調整することは,周知技術である。また,製麹に当たって湿度調整することについても,麹の乾燥防止(甲1・21頁右欄14行,甲16・4頁右下欄11行~5頁左上欄1行),所定の酵素組成達成(甲15・152,155頁),製麹の促進(甲6・1頁2欄20~35行,甲14・2頁左上欄11行~右上欄2行,甲15・72頁,甲16・4頁右下欄11行~5頁左上欄1行,甲27・218頁)といった様々な観点からなされることは技術常識であり,甲5,9には,製麹原料や室内の空気ではなく,回転ドラム本体内の湿度を調整することについての記載もある。このように,製麹装置の回転ドラム内の温度及び湿度を任意に調整すること自体は周知であるといえる。

しかしながら,室温及び回転ドラム内の温度調整といっても,目的に応じて様々なものがあり,甲1で示されている乾燥防止のための温度調整では,製麹温度が40℃前後で終始するために良質の麹ができないという問題点も指摘されているとおり(甲1・22頁右欄18~20行),製麹を活発にすることはできない。また,甲2では,連続回転式の無通風製麹装置において,製麹時の室温は25度が良好とされているが,通風時に温度管理は不明であるし,品温上昇の有無で製麹の旺盛さを判断しているため,破精込みの種類に応じた製麹の適温に関する示唆はなく,まして,品温が一旦上昇した後に製麹原料を撹拌するという具体的な示唆はない。甲5で示されているのも,人力で時間の経過に伴って撹拌の頻度を変えることの困難性を解消するためにタイマーを利用するという技術思想だけであって,破精込みの種類に応じた製麹の適温に関する示唆はなく,まして,品温が一旦上昇した後に製麹原料を撹拌するという具体的な示唆はない。甲6で示されているのも,放冷のために送付される空気の温度調整が抽象的に記載されているだけであって,それ以外の観点からの温度調整ではない。甲7で示されているのも,一定の温度以下になれば送風を停止し,発育適温の上限の温度に達すれば通気を行うというものであって,破精込みの種類に応じた製麹の適温に関する示唆まではなく,まして,品温が一旦上昇した後に製麹原料を撹拌するという具体的な示唆はない。甲9で示されているのも,ドラム内の水滴付着防止のための室温管理や自動的な品温管理についての技術思想にすぎず,35度の風を送り,品温を33度にすることの技術的意味についての具体的な記載はなく,破精込みの種類に応じた製麹の適温に関する示唆まではなく,まして,品温が一旦上昇した後に製麹原料を撹拌するという具体的な示唆はない。甲14において,品温を,発芽期は30~35度に,その後20~25度とするのも,酵素力価の高い麹を作るためであり,破精込みの種類についての言及はない。甲15には,品温が30度以下だと発芽しないこと,品温が40度以降になると麹菌の生育が阻害されることから,品温の温度を前半は35~40度くらい,出麹近くになると40度前後とし,そのために送風温度を30~32度とすること,雑菌の繁殖を抑えて麹菌の破精込みを良くするためには,温度管理が必要であることといった技術思想の開示はあるが,破精込みの種類に応じた具体的な温度管理についての言及はない。甲16には,内部に菌糸を伸ばす「突ハゼ」麹を目指して,温度を自動的に管理することやそれに適した具体的温度が記載されているが,撹拌前の温度管理や撹拌を1度だけする場合の温度管理であって,継続的に間欠的に撹拌をする場合についてのものではない。したがって,いずれの技術も,本件発明3における温度調整の役割を果たすことができない性質のものである。

また,甲15には,床麹法において,引込後約10~14時間経過後に,種麹を振ってよく混ぜ,予め保温した麹室の床に堆積しておいた結果28~33度から33~35度に温度上昇した蒸麦を,崩して塊をほぐすという切返し作業を行うこと,甲16には,ドラム回転式ではないが,回転軸の外周に湾曲状の爪を突設した設備を用いて,製麹を撹拌させる装置を用い,麹米引込後12時間後という温度上昇後に撹拌を行うこと,乙3には,上記切返し作業後に3~8時間静置させた後に盛り作業を行うことについて,それぞれ記載されており,これらは,品温上昇後に撹拌する場合における適正温度管理という技術思想を示したものである。しかしながら,これらの公知例において,撹拌は単発的になされるのみで,その後は静置されることが予定されているから,撹拌を継続的に行うことを前提とした技術ではなく,本件発明3において当然に温度調整として使用できるとは限らない性質のものである。よって,いずれの技術も,本件発明3における温度調整の役割を果たすことができない性質のものである。

他方,湿度調整に関しても,上記のとおり様々な目的があり,目的が異なれば実質的にその適正な湿度も変わってくるから,乾燥防止の湿度調整では,製麹を活発にすることは必ずしもできない。また,所定の酵素組成達成といっても,どの酵素の組成を目指すか,製麹の促進といっても,いかなる破精込みを目指すかによって,その内容は異なっており,少なくとも,破精込みの種類に応じた湿度調整に限定した技術的な開示はなく,当業者が過度の試行錯誤なくしても適宜調整できるものとまではいえない。甲16についても,突き破精に適した湿度管理についての具体的な記載はあるが,撹拌前の湿度管理や撹拌を1度だけする場合の湿度管理であって,継続的かつ間欠的に撹拌をする場合についてのものではない。したがって,いずれの技術も,本件発明3における湿度調整の役割を果たすことができない性質のものである

菌糸の伸長の種類や程度は,製麹原料や麹菌の種類,それまでの製麹工程における諸条件,すなわち,製麹開始温度をどの程度に設定するか(相違点2),攪拌をいつ開始するか(品温が既に上昇した状態で撹拌するか。相違点3),どの程度の早さで攪拌するか,どの程度の品温上昇があれば送風を開始するのか,具体的な送風をどのように行うか(湿度をどの程度に設定するか。相違点6)などによって異なるものであり,何を課題にするかによって適正な条件の組合せは異なり,当該課題に適した組合せは,当業者が相当程度の試行錯誤なくして見出すことは困難である。上記で説示したとおり,甲3には,本件発明3に示されるような,破精込みを単に良くするのではなく,突き破精を目的とし,そのために品温を上昇させてからドラムを回転させるということについての動機付けを見出すことはできないから,それまでの製麹工程における諸条件を変更して本件発明3と同様の熱交換となすことは,当業者といえども甲3発明及び技術常識から当然に導き出せることではない

ウ 以上のとおり,審決の相違点4に関する判断には誤りがある。

 

(4) 相違点5に関する判断について

本件発明3は,請求項に記載されたとおりの製麹工程を採用したことにより,「前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発に」することを達成したものである。

それに対して,甲3発明は,製麹原料として穀物からのふすまを用いてタカジアスターゼの原料となる糖化物を製造するものである。この糖化物において,糖化力が重視され,ふすま表面に十分菌糸が乳白色に発育しているものが好ましいとされており(乙3),上述の本件発明により製造される固体麹とは,破精込みの態様の点で相違するものである。

本件特許請求の範囲において「前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発に」するための各種条件等が十分特定されているかはともかく,甲3発明において,原料表面や原料外空中での菌糸の生育が抑制され,原料への菌糸の破精込みを活発にすることの動機付けはなく,上述したとおり,甲16にも撹拌中においてなお突き破精を促進するという技術的思想まで開示されているとはいえないから,相違点3及び4が容易想到とはいえない以上,相違点5に係る構成もまた,当業者が,甲3ないし周知技術から導き出すことはできないというべきである

したがって,審決の相違点5に関する判断には誤りがある。

 

【解説・感想】

審判での結論を否定した裁判所の判断は、妥当と思われる。本願は、訂正により、製麹条件(製造条件)に係る構成要件を多く限定している。パラメータ等の製造条件に係る構成要件は、適宜最適化可能であって容易想到であるとして拒絶されやすいが、課題や目的により適切な条件が異なる場合には、課題等の示唆が無ければ、進歩性は認められるべきと考えられるためである。

ただし、本願において、湿度についての記載は、[0014]に、「温度及び湿度が任意に調整されたドラム内で製麹原料が落下する時に、熱交換が行われ、適切な製麹温度が維持されることになる。」との記載があるだけである。請求項3には、突き破精を目的とすることは記載されているが、判決文に「各種条件等が十分に特定されているかはともかく」との記載があるように、上記目的を達成するための具体的な手段が十分に特定されているとはいえないと考えられる。すなわち、発明の外縁が十分に明らかとは言い難いと考えられる。そのため、相違点の認定の誤りが認められると共に、引用文献に対して進歩性無しとする審決は否定されたが、記載不備等の理由により、本願の特許性が認められることは困難と考える。