回転角検出装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.11.24
事件番号 H27(行ケ)10026
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 回転角検出装置
キーワード サポート要件
事案の内容 特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟であり、審決が取り消された。
「当業者は,訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載から,いかなる場合において課題に直面するかを理解できないのであり,したがって,特許請求の範囲に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載等や,出願当時の技術常識に照らしても,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。」と判断されたことがポイントである。

事案の内容

【経緯】

出願:平成12年1月28日(2000.1.28)

設定登録:平成15年6月13日(特許第3438692号)

無効審判請求:平成24年8月31日(無効2012-800140号事件)

訂正請求:平成24年11月30日

審決:平成25年6月17日(請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。)

審決取消訴訟:平成25年7月22日(平成25年(行ケ)第10206号)

審決取消:平成26年2月26日

訂正請求:平成26年5月22日

審決:平成27年1月8日(請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。)

審決取消訴訟:本件

【争点】

(1)新規性欠如

(2)進歩性欠如

(3)明細書の記載不備(明確性要件,サポート要件

【請求項1】(訂正発明1)

金属製の本体ハウジング(15)と,

この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石(22)と,

前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状のカバー(24)と,

このカバー側に固定された磁気検出素子(25)とを備え,

前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップ(34)が形成され,

前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において,

前記磁気検出素子は,その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。」

 

 

【0007】

【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明の請求項1の回転角検出装置では、樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する場合に、該磁気検出素子をその磁気検出方向とカバーの長手方向が直交するように配置したものである。このようにすれば、磁気検出素子の磁気検出方向がカバーの短尺方向となり、カバーの熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくすることができ、磁気検出方向の磁束密度の変化を小さくすることができる。これにより、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度を向上できる。

 

【裁判所の判断】

1 訂正発明及び訂正明細書の記載事項について

(1) 訂正発明1について

ア 訂正明細書

省略

イ 訂正発明1の概要

以上の記載によれば,訂正発明1について,以下のとおり認められる。

~省略~

 訂正発明1は,カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上できる回転角検出装置を提供することを目的として(【0006】),熱変形しやすい樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する場合に,磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するように配置し,磁気検出素子の磁気検出方向がカバーの短尺方向となり,カバーの熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくする,すなわち,磁石と磁気検出素子との間に形成されたエアギャップの寸法変化を小さくできるようにしたものである(【0007】。【0008】)

(2) 訂正明細書の記載事項について

 訂正明細書では,「磁気検出素子」の位置について,樹脂製のカバーにモールド成形されたステータコアに固定されることが記載されているものの(【0007】,【0008】,訂正後の請求項2~4),図2,7,8に示すほかは,カバーにおける磁気検出素子の設置位置を示す記載はない。

 また,図6において,~省略~ 磁気検出素子を備えたステータコアの位置が,熱変形によってずれるか否かや,そのずれの方向を確認した実験結果又はその確認方法は示されていない。

 さらに,樹脂製のカバーの形状,厚みについても,縦長形状とするほかは訂正明細書には記載がなく,これが,均質組成の平板であり,その内部温度分布が均一なものであるか否かは明らかでない。しかも,通常,熱変形は2次元的に発生するものではなく,3次元的にも生ずるものであると解されるところ,3次元的な変形についての記載はない。

 このほか,樹脂製カバーと金属製本体ハウジングの固定について,~省略~ ボルト止めの数や位置に関する記載は,明細書本文中にも図面にもない。

2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について

 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するからである。

 特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明について,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか,また,その記載や示唆がなくとも出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。

 そして,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できるというためには,当業者が,いかなる場合において課題に直面するかを理解できることが前提となるというべきであるから,以下,この観点から,訂正発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。

(1)訂正発明に係る特許請求の範囲について

 訂正発明1の特許請求の範囲は,前記第2,2に記載のとおりであるところ,磁気検出素子の位置について「縦長形状のカバー」側に固定されていることは特定されているものの,この磁気検出素子がカバーのどの位置に固定されるかは特定されておらず,磁気検出素子がカバー側の任意の位置に固定されること,又は,磁気検出素子が固定されたステータコアがカバー側の任意の位置に成形されることを包含するものである。また,「カバー」について,金属製の「本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状」であることの特定はあるが,カバーの形状,厚み等についての特定はなく,均一な平板でないものや,凸凹があるもの,左右対称でないもの等も包含するものである

 また,訂正発明1においては,回転角検出装置の用途についての特定はない

 なお,訂正発明2以下においても,ステータコアが樹脂製のカバーにモールド成形され,このステータコアに直径方向に貫通するように形成された磁気検出ギャップ部に磁気検出素子が固定されていることの特定はあるが,カバーのどの位置に同素子又はステータコアを配置するかに関する特定はなく,回転角検出装置の用途についての特定もない

(2) 課題について

 訂正明細書によれば,訂正発明1の課題は,次のとおりである。すなわち,スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出する従来の回転角検出装置において,ホールIC(ホール素子(磁気検出素子)と信号増幅回路とを一体化したIC)を固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく,縦長形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大きく,しかも,ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため,カバーの熱変形によって,ステータコアと磁石とのギャップが変化して,磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていたので,カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく,回転角の検出精度が低下するという欠点があった。そこで,カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することを目的とするものである。

 上記によれば,

 A 樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製の本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことにより,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横(水平)方向の相対的な位置ずれが生じること(以下「横すべり」ともいう。),

 B カバーが縦長形状に形成されているため,長手方向の熱変形量が大きく,Aの横すべりの長さ(延び)は,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,

 C Bの横すべりの結果,カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ,磁気検出素子と金属製の本体ハウジングに固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。),

 D Cの位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,

 が備われば,当業者は,訂正発明1の上記課題に直面し,これを理解できると解される。

(3) 以上を前提として,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。

ア まず,カバーと本体ハウジングとが,ボルトにより固定されるのが通常であることについては,当事者間に争いがないところ,原告は,カバーと本体ハウジングの位置ずれを防止するためには,ボルトをできるだけ強く締めてカバーを固定すべきことは技術常識というべきであるから,ボルト固定力が比較的弱い場合を前提に議論する審決は誤りであり,そもそも,課題に直面することはないと主張する。

 しかし,甲15には,「図10-15に示すようにボルト軸直角方向に振動外力Pが作用する場合,被締付け物間にすべりが発生すると,ボルト・ナット間にゆるみ回転が発生する」(549頁左欄最下行から2行目~右欄1行)との記載があり,部材同士がボルトにより固定されていても,ボルト軸線と直角方向の荷重を受けた場合に被締付け物間にすべりが発生する場合があるということが,本件特許出願時点において機械工学における技術常識であったことが認められる。

 したがって,原告の主張するように,できるだけボルトを強く締めてカバーを固定するとしても,熱や振動によって,ボルトにゆるみが発生し,カバーと本体ハウジングとの間に横すべりが生じる場合があり得ると解され,そのような場合を想定して課題を設定することに問題はない。したがって,原告の上記の主張部分は採用できない。

 もっとも,カバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれ(横すべり)は,常に生じるものではなく,審決が述べるように,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力との関係において強い場合には,横すべりはそもそも生じず,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力を下回る場合にのみ,横すべりが生ずる場合があり得るということになる。

イ また,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横方向の相対的な位置ずれ(横すべり)が生ずるとしても,短尺方向よりも長手方向に大きくずれるということ(上記B)が常に生ずるものではない。

 すなわち,審決も,「熱膨張率が方向によらず均一であり,カバーが縦長形状であれば,その長手方向が短尺方向より大きい」としているように,カバーが均質組成の平板形状でなかったり,カバー内部の温度分布が均一でなかったり,熱膨張により3次元的に変形したりする場合には,実証実験を行うなどして確認しない限り,縦長形状のカバーにおいて横すべりが生じるものとしたとしても,縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて,熱変形量(延び)が常に大きくなるともいえない。

 上記において述べたとおり,訂正発明1の特許請求の範囲にはこの点を特定する記載はない。

ウ これらの点を措いて,カバー内部の温度分布を均一とするとともに,カバー自体が均質組成で,熱膨張により2次元的に変形し,3次元的変形量は無視できるものと仮定したとしても,以下のとおり,横すべりの結果,横すべりが長手方向に大きく生じること(上記B),磁気検出素子の位置がずれ,磁石とのギャップが変化すること(磁気検出素子と磁石との位置ずれ,上記C),及び,その位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと(上記D)が生じるとは限らない。

 すなわち,縦長形状のカバーにおいて,長手方向及び短尺方向の寸法変化(位置ずれ)の大きさは,カバーのボルト等による係止位置とカバー内における磁気検出素子の取付位置との相互の位置関係や,ボルト等の締付力と大いに関係するもので,このことは当業者にとって明らかであり,審決も認めるところである。

 例えば,長方形のカバーを,その左右の長辺に沿ってそれぞれ均等に3か所,計6か所をボルト等で係止した際に,熱応力とボルト固定力との関係で,カバーの熱応力が勝って熱変形が生じ,かつ,その熱変形量について長手方向が短尺方向よりも大きいとしたとしても,つまり,上記のA及びBを満たすとしても,磁気検出素子をカバーの中心点(対角線の交点)に配置した場合には,磁気検出素子の位置を起点として熱変形が生ずることとなるから,長手方向にも短尺方向にも位置ずれは生じないこととなる。また,左辺側のボルトの締付けが右辺側のボルトに対して相対的に強い場合,右辺側ボルトの近傍の位置においては,短尺方向が長手方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなることは,当業者にとって明らかである。

 そうすると,磁気検出素子の位置は,少なくとも,長尺方向の熱変形の影響により,短尺方向よりも大きく動く位置に配置される場合でなければ,訂正発明1の課題に直面することはないといえるが,訂正発明1に係る特許請求の範囲には,前記のとおり,カバーにおける磁気検出素子の位置についての特定はない

 以上によれば,訂正発明1の特許請求の範囲の特定では,訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり,結局,上記課題自体を有するものであるか不明である

 そして,仮に,磁石と磁気検出素子とのずれが,短尺方向に大きく生じる場合においては,磁石と磁気検出素子との間のエアギャップの磁気検出方向への寸法変化は大きくなってしまうのであるから,訂正発明1の課題解決手段である「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても,出力変動は抑制されず,回転角の検出精度も向上しない

 よって,訂正発明1は,上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり,サポート要件を充足するものとはいえない

(4) 審決及び被告の主張について

~省略~

(5) 小括

 以上によれば,当業者は,訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載から,いかなる場合において課題に直面するかを理解できないのであり,したがって,特許請求の範囲に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載等や,出願当時の技術常識に照らしても,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。

 そうすると,訂正発明1の特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たしていないから,取消事由2には理由があり,審決の結論に影響を及ぼすものといえる。

 結論

 よって,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。

【所感】

 現状のクレームでは、効果を奏さない範囲を含んでおり、サポート要件を満たしていないとの裁判官の判断は一理ある、しかし、本願では、明細書に樹脂カバーの形状、厚さ、ボルトの止め位置、ボルト固定力、樹脂カバーのどこに磁気検出素子が配置されているか等が記載されていないのでこれらを特定、限定することはできずで、サポート要件を満たすように補正することは困難と思われる。また、仮に、これらが明細書に記載されており、その内容で特定、限定できたとしても、その権利範囲は極めて狭いものになる。したがって、サポート要件を満たしつつ広い権利範囲を有するようにクレームを作成することは困難と思われる。