回転角検出装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2018.01.29
事件番号 H30(行ケ)10073
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 回転角検出装置
キーワード サポート要件

事案の内容

【経緯】
平成12年 1月28日 特許出願(特願2000-24724号)
平成15年 6月13日 設定登録(特許第3438692号)
平成24年 8月31日 無効審判請求(無効2012-800140号)
平成24年11月30日 訂正請求(1回目)
平成25年 6月17日 訂正認容の上,維持審決
平成25年 7月22日 審決取消訴訟提起(平成25年(行ケ)第10206号)
平成26年 2月26日 審決取消判決確定(以下「第1次判決」)
平成26年 5月22日 訂正請求(2回目)
平成27年 1月 8日 訂正認容の上,維持審決(以下「第2次審決」)
平成27年 2月12日 審決取消訴訟提起(平成27年(行ケ)第10026号)
平成27年11月24日 審決取消判決確定(以下「第2次判決」)
平成28年 1月18日 訂正請求(3回目)
平成28年 7月 6日 訂正請求(4回目。以下「本件訂正」)
平成29年 2月21日 訂正認容の上,無効審決(以下「本件審決」)
平成29年 3月25日 審決取消訴訟提起
 
【本件訂正発明の要旨】
【請求項1】(本件訂正発明1)(筆者注記:下線は、訂正箇所を表している)
 自動車の電子スロットルシステムに用いる回転角検出装置であって,
 アルミニウム製の本体ハウジングと,
 この本体ハウジングの上側部に軸受を介して回転軸が回転支持され,この回転軸周りの回動に応じて内燃機関の吸入空気量を制御するスロットルバルブと,
 前記本体ハウジングの下側部に配置され,前記スロットルバルブを駆動するモータと,
 前記回転軸の先端部に固定され,前記回転軸の回転に応じて回転する磁石と,
前記本体ハウジングの開口部を前記スロットルバルブ及び前記モータを一括して覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状のカバーと,
 このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え,
 前記カバーは,自動車の電子スロットルシステムに使用される樹脂で成形され,
 前記カバーは,前記スロットルバルブと前記モータとを長手方向に配置する縦長形状であり,
 前記カバーは,前記本体ハウジングにボルトで固定され,
 前記磁気検出素子は前記カバーの上部内側に前記磁石と同心状に配置されて,前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され,
 前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記スロットルバルブの回転角を検出する回転角検出装置において,
 前記カバーは,前記本体ハウジングに対して前記カバーの長手方向及び短尺方向の位置ずれ発生が皆無でなく固定され,
 前記磁気検出素子は,前記カバーの熱変形による位置ずれが生じた際前記カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きい位置に,前記磁気検出素子の磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置され,前記カバーの熱変形による位置ずれが生じた際の磁気検出方向の位置ずれ量を小さくしていることを特徴とする回転角検出装置。
 
【本件審決の概要】(筆者注記:下線は、ポイントとなる箇所を表している。以下同じ)
 訂正発明1は,上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり,サポート要件を充足するものとはいえない。
 
【裁判所の判断】
2 取消事由について
(1) 本件訂正発明1の課題
 ・・・本件訂正発明1の課題は,次のとおりであると認められる。
 スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出する従来の回転角検出装置において,ホールIC(ホール素子(磁気検出素子)と信号増幅回路とを一体化したIC)を固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく,縦長形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大きく,しかも,ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため,カバーの熱変形によって,ステータコアと磁石とのギャップが変化して,磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていたので,カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく,回転角の検出精度が低下するという欠点があった。
 そこで,本件訂正発明1は,カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することを目的とするものである。
 上記によると,
A 樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製のスロットルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が大きいことにより,カバーの熱変形が生じ,スロットルボディー(本体ハウジング)との間にカバーの長手方向又は短尺方向の相対的な位置ずれが生じること,
B 縦長形状に形成されたカバーの長手方向の熱変形量が大きく,Aの位置ずれの長さ(延び)は,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,
C Bの位置ずれの結果,カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ,磁気検出素子と金属製のスロットルボディー(本体ハウジング)に固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。),
D Cの位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,が備われば,当業者は,本件訂正発明1の上記課題に直面し,これを理解できると解される。
(2) 要件A~Dについての判断
ア 要件A及びBについて
(ア) 本件訂正後の請求項1には,「樹脂製」の「カバー」が「自動車の電子スロットルシステムに使用される樹脂で成形され」,「前記カバーは,前記本体ハウジングにボルトで固定され」,「樹脂製」の「カバー」は,「アルミニウム製」(すなわち「金属製」)の「本体ハウジングより熱膨張率が大きい」ことにより,「カバーの熱変形」が生じることが特定されている。
 また,カバーと本体ハウジングとの固定に関して,「前記カバーは前記本体ハウジングにボルトで固定され」,「前記カバーは,前記本体ハウジングに対して前記カバーの長手方向及び短尺方向の位置ずれ発生が皆無でなく固定され,」と記載されている。
 本件訂正明細書には,本件訂正発明1におけるカバーと本体ハウジングとの固定に用いられるボルトにつき,ボルト止めの数や位置に関する記載がない。
 そうすると,カバーに熱変形が生じる場合であっても,ボルト止めの数や位置によっては,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力との関係において強い場合には,2次元的な熱変形によるカバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれが,常に生じるとは限らないと解されるが,位置ずれが起こることがあり得ることは理解することができる。
 しかし,カバーが2次元的に「熱変形」する場合,カバーが均質組成の平板形状でなかったり,カバー内部の温度分布が均一でなかったりするときであっても,縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて熱変形量(延び)が常に大きくなるということについては,本件訂正明細書に記載されておらず,そのような技術常識があると認めるに足りる証拠もない。
 そして,本件訂正後の請求項1にも,本件訂正明細書にも,本件訂正後の請求項1の「カバー」が平板形状であるか否か等,その断面形状がどのような形状であるかを特定する記載はなく,カバー内部の温度分布に関する記載もない。
 したがって,仮に,カバーが2次元的に「熱変形」することにより「カバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれ」が生じたとしても,本件訂正後の請求項1の記載からは,「縦長形状に形成されたカバーの長手方向の熱変形量が大きく,Aの位置ずれの長さ(延び)は,短尺方向よりも長手方向が大きいこと」という要件Bを充足するとはいえない。
イ 要件C及びDについて
(ウ) ・・・ボルト止めの数や位置や,ボルトの固定力については,本件訂正後の請求項1において,特定されていない。そうすると,「前記カバーの熱変形による位置ずれが生じた際前記カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きい位置に,前記磁気検出素子の磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置され」と特定されたところで,「前記カバーの熱変形による位置ずれが生じた際前記カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きい位置」を特定することができないし,本件訂正明細書を参酌しても,そのような位置が具体的にどこになるのか,明らかでないから,当事者において,磁気検出素子の配置される位置を理解することができるとはいい難い。
 そして,特定し得ない位置に磁気検出素子を配置することを前提として,当業者が,要件Dを充足すると理解することはない。
(エ) 以上によると,本件訂正発明1において,要件Dは備わっているとはいえない。
したがって,本件訂正後の請求項1の記載から,当業者が「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて位置ずれが大きくなること」という本件訂正発明1の課題の前提となる事実を認識し得るとはいえないから,本件訂正発明1 は,「樹脂製のカバーは,その長手方向の位置ずれが大きく,カバーの熱変形によって,ステータコアと磁石とのギャップが変化」することを避けるとの課題を有するものであるか不明である。
ウ まとめ
 以上のとおり,本件訂正発明1は,課題を認識し得ない構成を含むものであるから,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり,特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を充足するものとはいえない。
(4) まとめ
 以上によると,本件訂正発明1~4の特許請求の範囲の記載は特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を充足していないから,原告の取消事由には理由がない。
 
【所感】
 裁判所の判断は、厳しすぎると感じた。
 裁判所の判断には、技術常識が考慮されておらず、「縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて熱変形量が常に大きくなる」条件について本件訂正発明1に記載することが求められている。
 一方、本件訂正発明1には、「前記磁気検出素子は,前記カバーの熱変形による位置ずれが生じた際前記カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きい位置に,前記磁気検出素子の磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置され,前記カバーの熱変形による位置ずれが生じた際の磁気検出方向の位置ずれ量を小さくしていることを特徴とする」と記載されている。そのため、当業者であれば、「本件訂正発明1は,「樹脂製のカバーは,その長手方向の位置ずれが大きく,カバーの熱変形によって,ステータコアと磁石とのギャップが変化」することを避けるとの課題を有するものである」と認識できると考えられる。