回転歯ブラシの製造方法及び製造装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2013.06.06
事件番号 H24(行ケ)10365
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 回転歯ブラシの製造方法及び製造装置
キーワード サポート要件
事案の内容 特許無効審判の請求不成立審決の取消訴訟。原告の請求は棄却された。
発明の詳細な説明に、想定され得る全ての実施態様についての記載がないからといって、そのことが直ちにサポート要件違反を構成するものではない、と認定された点がポイント。

事案の内容

【本件発明の要旨】

【請求項2】(本件発明1)

多数枚を重ねて回転ブラシを形成するブラシ単体の製造方法であって、

多数の素線を束状に集合させてなる素線群を台座に設けた挿通孔から外方に一定量突出させる第1の工程と、

この素線群の突出端の中央にエアを吹き込んで素線群を放射方向に開く第2の工程と、

開かれた素線群を台座に固定した状態で素線群の中央部分を溶着する第3の工程と、

溶着された中央部分の中心部を切除する第4の工程と

からなる回転ブラシのブラシ単体の製造方法。

【請求項3】(本件発明2)

多数枚を重ねて回転ブラシを形成するためのブラシ単体の製造装置であって、

多数の素線を束状に集合させてなる素線群を通す挿通孔を設けた台座と、

素線群を掴んで台座の挿通孔から一定量突出させて保持するチャックと、

素線群の突出端の中央にエアを吹き込んで素線群を放射方向に開くノズルと、

開かれた素線群を台座に固定する押え体と、

素線群を台座に固定した状態で素線群の中央部分を溶着する溶着機と、

溶着機による溶着部分の中心部を切除する切除手段と

を備えている回転ブラシのブラシ単体の製造装置。

 

【審決の理由】

改正前の特許法36条4項の規定(実施可能要件)、同条6項1号(サポート要件)の規定に違反しない。

 

【取消理由】

(1)実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由1)→省略

(2)サポート要件に係る判断の誤り(取消事由2)

(3)取消事由2について、原告の主張の要旨

・請求項2及び3の記載は本件各具体例の構成を含む包括的な記載となっているが、発明の詳細な説明には、本件各具体例の構成についての記載はなく、本件出願時の技術常識に照らしても、本件各具体例の構成を備えた本件各発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できない。

他の具体例2:「開かれた素線群」について、エア以外の他の接触手段(たとえば押し込み装置などの機械的手段)によっても開かれた素線群とするもの

他の具体例4:「台座に固定した状態」について、溶着後に素線群が溶着手段にくっついて持ち上がるのを防止するために継続的に非加圧固定した状態とするもの

他の具体例6:完全には溶着されていないものの部分的に又は工程進行的に溶着されつつある状態で切除する構成

他の具体例8:溶着部分の中央側であって、溶着されない非溶着部分の中心部を切除する構成

・本件各発明は、先に溶着工程を完了し、中央部分を完全に固化した状態にしてから切除工程を行う構成とすることによって、ブラシ単体の厚みが不均一になるという課題を克服したものであり、この点が本件各発明の本質的部分である。しかるところ、本件具体例6の構成のように「溶着中の切除」では、切除前に中央部分が完全に固化した状態にならないので、ブラシ単体の厚みが不均一になるという問題を解決できないはずであるが、本件明細書には、それを回避する手段についての記載もないから、本件各発明は、サポート要件に違反している。

 

【裁判所の判断】

1.事実認定→省略

 

2.取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について

(1)サポート要件について

特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。

そこで検討するに、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件各発明(請求項2及び3)の各構成及びその実施例が記載されており、本件明細書に接した当業者において、本件各発明の各構成を採用することにより、ブラシ単体の厚みを均一とするのに熟練を要し、しかも、工程数が多く複雑な工程を要するため、一貫した連続製造が困難であるという本件各発明の課題を解決できると認識できるものと認められるから、本件各発明に係る本件特許は、サポート要件に適合するというべきである。

 

(2)原告の主張について

特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、前記(1)で述べた基準により判断されるべきものであり、発明の詳細な説明に、想定され得る全ての実施態様についての記載がないからといって、そのことが直ちにサポート要件違反を構成するものではない。したがって、原告の主張は理由がない。

 

なお、仮に原告の主張の趣旨が、本件各具体例の個々の構成について本件明細書の発明の詳細な説明に記載がないことのみを問題とするのではなく、請求項2及び3の記載が、本件各具体例の構成を全て備えた特定の発明を含むものであることを前提として、発明の詳細な説明には当該発明の記載がない上、本件具体例6の構成を有する当該発明においては本件各発明の課題を解決することができないことを理由に、本件各発明はサポート要件に違反する旨を主張するものであるとしても、以下に述べるとおり、原告の主張は理由がない。

 

・本件明細書には、本件具体例6の構成に関する記載はないのみならず、本件各発明において台座の下側から切除することができることを明示した記載もない。

・しかしながら、素線群の中央部分を切除する場合における切除の方向は、通常は、台座の上側から下側に向けて切除するか、台座の下側から上側に向けて切除するかのいずれかであるから、本件明細書に接した当業者であれば、本件各発明の「切除する第4の工程」(請求項2)及び「切除する切除手段」(請求項3)における切除の方向は、本件明細書の実施例の構成のほかに、台座の下側から上側に向けて切除する構成をも含むことを容易に理解するものといえる。

・加えて、当業者であれば、切除手段として先端が円形又は円筒状の切除刃、治具等を用いることができ、この切除手段を、挿通孔を介して上下にスライドすることでブラシ単体の孔を形成することができることを容易に理解するものといえるから、本件各発明において、本件具体例6のような台座の下側から切除する切除手段を設けることには格別の困難はないものと認められる。

・そして、本件各発明において溶着による固化がされた状態で切除が行われるのはブラシ単体の孔を均一の形状に保つ必要があることからすると、本件明細書に接した当業者であれば、開かれた素線群の中央部分を溶着する工程を開始し、溶着による固化がある程度の範囲で進行し、切除後に中心部分に形成される孔が維持される程度に固化している段階であれば、当該固化している部分を切除することができることを理解し、固化の進行状況、切除手段の動作速度、切除手段を構成する部材の強度等を考慮し、切除のタイミングを適宜設定することにより、切除により形成される孔を一定の形状(均一の形状)に保つように当該固化している部分を切除することに格別の困難はない。

・以上によれば、本件明細書に接した当業者は、請求項2及び3の記載に含まれる本件具体例6の構成を有する上記発明においても、本件各発明の課題を解決できると認識できるものと認められるから、原告の上記主張は、理由がない。

 

3.結論

以上の次第であるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、原告の請求は棄却されるべきものである。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると感じた。

 

審査基準には、第36条第6 項第1 号の規定に適合しない類型として、以下の4つが示されている。

(1) 発明の詳細な説明中に記載も示唆もされていない事項が、請求項に記載されている場合。

(2) 請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明瞭となる場合。

(3) 出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合。

(4) 請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することとなる場合。

 

本判決を踏まえると、上記(3)の「拡張又は一般化」と、実施例との関係について、「請求項に記載されている範囲の全てをカバーする多数の実施例が要求されるものではない。発明の詳細な説明において、発明の詳細な説明に記載されている実施例と出願時の技術水準のもと、当業者が、実施例の不足部分を補い、課題を解決することができる程度の記載があれば、サポート要件を満たすことができる。」との解釈ができると考える。

 

以上