回路接続材料事件

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  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.09.10
事件番号 H23(行ケ)10315
担当部 第2部
発明の名称 回路接続材料,及びこれを用いた回路部材の接続構造
キーワード 手続き違背
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
本事案は、審決において新たに引用された公知文献に基づいてなされた進歩性判断には手続き違背の違法があると指摘された点がポイントである。

事案の内容

(1)本件は、特許出願(特願2003-403482)に対する拒絶審決の取消訴訟である。

 

(2)本願発明の要旨(本件手続補正書(甲8)の特許請求の範囲の請求項1に記載されたもの。行頭の分説記号は,本訴において原告が付した。)

A.第1の回路基板の主面上に第1の回路電極が形成された第1の回路部材と,

B.前記第1の回路部材に対向して配置され,第2の回路基板の主面上に第2の回路電極が形成された第2の回路部材と,

C.前記第1の回路部材の主面と前記第2の回路部材の主面との間に設けられ,前記第1及び第2の回路部材同士を接続する回路接続部材と,を備える回路部材の接続構造であって,

D.前記第1の回路電極又は前記第2の回路電極のいずれかが,インジュウム-亜鉛酸化物回路電極であり,

E.前記回路接続部材が,絶縁性物質と,表面側に導電性を有する複数の突起部を備えた導電粒子とを含有し,

F.前記回路接続部材の40℃における貯蔵弾性率が0.5~3GPaであり,且つ,25℃から100℃までの平均熱膨張係数が30~200ppm/℃であり,

G.隣接する前記突起部間の距離が1000nm以下であり,

H.前記突起部の高さが50~500nmであり,

I.前記第1の回路電極と前記第2の回路電極とが,前記導電粒子を介して電気的に接続されていることを特徴とする回路部材の接続構造。

 

(3)審決では、刊行物(特開平11-73818号公報,甲10)を主引例として、本願発明の進歩性が否定された。なお、この進歩性判断の際には、下記の相違点3,4が認定され、特開2000-243132号公報(甲13)の記載を根拠とする判断がなされた。

<相違点3>

本願発明では,隣接する突起部間の距離が1000nm以下であるのに対して,刊行物に記載された発明では,凹凸の凸部の表面密度は1000~500000個/mm2の範囲であるが,隣接する凸部間の距離は不明である点。

<相違点4>

突起部の高さが,本願発明では,50~500nmであるのに対して,刊行物に記載された発明では,0.05~2μmの範囲である点。

 

(4)裁判所の判断では、甲13を根拠とする相違点3,4に対する判断に基づく審決の結論には手続き違背の違法があるとして審決が取り消された。

 

【裁判所の判断】

(1) 平成20年7月4日付け拒絶理由通知書(甲2)

…上記拒絶理由では,引用文献1(甲16)に記載された発明が主引用発明であり,引用文献2(甲10)ないし4に記載された発明は副引用発明として主引用発明への組み合わせが検討されている。注1

そこでは,特開2000-243132号公報(甲13)は示されておらず,突起部間の距離及び突起部の高さに関しては,「各々の範囲を設定したことによる臨界的意義あるいは具体的な格別の効果について,多くの組合せを検討・検証し,当該範囲に至り,その根拠が開示されているものとは到底認められない。」と述べるにとどまった。

(2) 拒絶査定(甲4)

平成20年10月24日付け拒絶査定(甲4)では,…,(1)の拒絶理由通知とは別の理由を示さなかった。

(3) 本件拒絶理由通知書(甲7)注2

…この拒絶理由通知では,刊行物1(甲16)に記載された発明が主引用発明であり,刊行物2(甲10)に記載された発明は副引用発明として主引用発明への組み合わせが検討され,刊行物3,4は周知例として引用されている。注3

本件拒絶理由通知書においても,特開2000-243132号公報(甲13)は示されておらず,突起部間の距離及び突起部の高さに関しては,「凸部間の距離をどのような値とするのかは,必要とされる導電接続の安定性,導電性粒子の直径,凸部の高さ等を考慮して当業者が適宜決定し得たものである。」と述べるにとどまる。

(4) 審決の判示(省略)

(5) 相違点3に関する判断について

…審決は,「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることは,以下に示すように本件出願前から普通に行われている技術事項である。例えば」,として,甲13の記載を技術常識であるかのように挙げているが,その技術事項を示す単一の文献として示しており,甲13自体をみても,回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることが普通に行われている技術事項であることを示す記載もない。

すなわち,甲13の特許請求の範囲の請求項1には,「…皮膜最表層に0.05~4μmの微小突起を有し,且つ該皮膜と該微小突起とは実質的に連続皮膜であることを特徴とする導電性無電解めっき粉体。」が記載され,実施例には製造されたいくつかの導電性粒子の突起の大きさが表2に示されている。しかし,表2に記載されているのは,甲13に記載された発明の実施例であって,これらの例が周知の導電性粒子として記載されているわけではない。しかも,表2に記載されているものには,実施例4(0.51μm),実施例5(0.63μm)のように,突起の大きさが500nmを超えるものある。したがって甲13の記載から「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすること」や,「回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすること」が周知の技術的事項であるとはいえない。

してみると,審決は,新たな公知文献として甲13を引用し,これに基づき仮定による計算注4を行って,相違点3の容易想到性を判断したものと評価すべきである。すなわち,甲10を主引用発明とし,相違点3について甲13を副引用発明としたものであって,審決がしたような方法で粒子の突起部間の距離を算出して容易想到とする内容の拒絶理由は,拒絶査定の理由とは異なる拒絶の理由であるから,審判段階で新たにその旨の拒絶理由を通知べきであった。しかるに,本件拒絶理由通知には,かかる拒絶理由は示されていない。

そうすると,審決には特許法159条2項,50条に定める手続違背の違法があり,この違法は,審決の結論に影響がある。

(6) 相違点4に関する判断について

…審決は,「回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすることも,本件出願前に周知の技術事項である(例えば」,として甲13を挙げるけれども,甲13自体をみても,回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすることが,本件出願前に周知の技術事項であることを示す記載がないことからすると,相違点3についてと同様,審決は,甲13を副引用発明として用いて,相違点4の容易想到性を判断したものである。甲10を主引用発明とし,相違点4について甲13を副引用発明として容易想到とする拒絶理由は,拒絶査定の理由とは異なる拒絶の理由であるから,審判段階の拒絶理由通知でその旨示すべきであったのに,本件拒絶理由通知には,かかる拒絶理由は示されていない。

そうすると,相違点4について甲13の記載を挙げて検討し,これを理由として拒絶審決をしたことについては,審決には特許法159条2項,50条に定める手続違背の違法があり,この違法は,審決の結論に影響がある。

 

注1 平成20年7月4日付け拒絶理由通知書における引用文献は下記の通りである。

引用文献1:特開2001-288244号公報(甲16)

引用文献2:特開平11-73818号公報(甲10,審決における刊行物)

引用文献3:特開2003-323813号公報

引用文献4:特開平09-312176号公報

 

注2 「本件拒絶理由通知書」…審判段階における拒絶理由通知書である。

 

注3 審判段階での拒絶理由通知書において引用された刊行物は下記の通りである。

刊行物1:特開2001-288244号公報(甲16)

刊行物2:特開平11-73818号公報(甲10,審決における刊行物)

刊行物3:特開2002-75660号公報(甲11)

刊行物4:特開2002-75637号公報(甲12)

 

注4 審決では、甲13に実施例2,3として記載されている,導電性無電解めっき粉体の平均粒径,突起物の大きさ及び個数を、球の表面積の公式に基づく下記の数式に代入して、突起物の距離が1000nm以下になることを示した。

一個当たりの突起物が占める円の半径R:

R=√((4r)/n)=2r/√n(rは粉体の半径,nは個数)

隣接する突起物までの距離L:

L=2(R-s)(sは突起物の半径(突起物の大きさの半分))

 

【所感】

本件では、審判段階で周知技術を示すものとして新たに引用された文献について、周知技術を示すものではなく新たな引例に相当する、と判断された。単一の特許文献に実施例として開示されているだけの事項は、それがそのまま周知技術の根拠とはなり得ないことがあらためて判示されたと言える。本件に関して言えば、審判段階では主引例の入れ替えも行われており、出願人の保護という観点から考えると、裁判所の判断は妥当であると思う。

ところで、本件明細書には、実施例として、突起間の距離が500nmの実施例が開示されているのみである。進歩性の判断がやりなおされたときには、問題となった甲13を引例として挙げられることも考えられる。そうすると、私見ではあるが、進歩性の判断がやり直された場合に、本件発明に対して肯定的な判断が得られるかは疑問である。