周期的分極反転領域を持つ基板の製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.09.28
事件番号 H23(行ケ)10056
担当部 第1部
発明の名称 周期的分極反転領域を持つ基板の製造方法
キーワード 進歩性
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
引用文献では、課題の解決手段として「Mgなどの添加物を加えること」を採用した場合の問題点を指摘して、他の手段を採用している。したがって、引用発明の構成にMgを添加することには阻害要因があると判示された点がポイント。

事案の内容

【出訴時クレーム】(下線は審判請求後の補正箇所)

[請求項1]

MgOをドープした,単一分極されたC板の定比組成(ストイキオメトリ)または定比組成に近いタンタル酸リチウム単結晶からなる基板の+C面および-C面に電極を設け,少なくとも一方の電極は周期電極とし,前記電極間に電界強度が1[kV/mm]以下の直流電界を1[秒間]以上印加し,前記基板に周期的分極反転領域を形成することを特徴とする周期的分極反転領域を持つ基板の製造方法。(本願補正発明)

[請求項2]

請求項1に記載の周期的分極反転領域を持つ基板の製造方法において,前記基板のLiO/(Ta+LiO)のモル分率が,0.495以上0.505未満であることを特徴とする周期的分極反転領域を持つ基板の製造方法。

 

【審決概要】

(相違点1)引用発明は、『MgOをドープした・・・タンタル酸リチウム単結晶』との特定を有しない。⇒引用発明+周知技術で容易相当

(相違点2)引用発明は、『電極間に電界強度が1[kV/mm]以下の直流電界を1[秒間]以上印加し』との特定を有しない。⇒引用発明+周知技術で容易相当

 

【取消事由】

(取消事由1)相違点1の判断の誤り

(取消事由2)相違点2の「直流電流」とすることについての判断の誤り

(取消事由3)相違点2の「電界強度と印加電圧」に関する判断の誤り

(取消事由4)格別な効果の看過

 

【被告の反論】

■取消事由1について

・・・審決の認定した引用発明のタンタル酸リチウム単結晶は,「Ta過剰で定比組成に近いモル分率0.495~0.50のタンタル酸リチウム単結晶またはLi過剰で定比組成に近いモル分率0.500~0.505のタンタル酸リチウム単結晶」であり,「Ta過剰定比結晶」と「Li過剰定比結晶」を含む。また,引用例では,「Ta過剰定比結晶」には,「安定して光損傷に強い結晶を提供するためには,Mgなどの添加物を加えることが必要であった。」のであるから、原告が引用発明の課題に関して「引用例記載の発明は,・・・Mgなどの添加物を加えることなく」とした点は,引用発明のタンタル酸リチウム単結晶を「Li過剰定比結晶」のみに限るものであり,誤りである。・・・審決では,引用例にはMgを添加してはならない旨の記載の事実がないことを指摘するとともに,引用発明として認定したタンタル酸リチウム単結晶全体についてMg添加が除外されているわけではないことを示したものである。

■取消事由3について

本願補正発明でいう直流電界は,1秒間以上の幅を持つ電界強度が1kV/mm以下である単一パルスともいえるから,甲20の0.22s,2.4kV/mmの単一パルス8)及び甲21の0.9s,2.1kV/mmの単一パルスと格別相違しない。・・・甲20及び甲21は,学会で発表する論文であるから,その基となる実験では,他の研究者の検証に耐える優れた特性の試料を得ることが,製造手段の簡素化より重視されるべきとも考えられる。してみれば,甲20及び甲21に,概ね2kV/mm以上の電界強度でパルス電圧を印加することが記載されているからといって,1kV/mm以下の電界強度で1秒間以上の直流電圧を印加することを試みることが,学術論文を執筆する研究者以外も含むタンタル酸リチウム単結

晶を用いた基板の製造に携わる当業者にとって,技術常識に反していたとはいえない。・・・より低い電界強度を目指す方向で研究が進められたといえる。そして,本願出願日である平成16年1月21日の2か月後に開催された学会の発表に係る講演予稿集である甲22に0.6kV/mmの電界を単一パルスで印加することが記載されており,講演予稿集投稿に先立って実験計画立案,機材準備,実験,データ分析,執筆等の時間が必要であることにかんがみれば,1kV/mm以下の電界強度でパルス電圧を印加することが本願出願前時の技術水準であったといえる。

 

【裁判所の判断】(下線は担当が付与)

■取消事由1について

・・・引用発明は,タンタル酸リチウム単結晶(以下「LT単結晶」という。)のうち,Ta過剰で定比組成に近いモル分率0.495~0.50のもの(以下「Ta過剰で定比組成に近いLT単結晶」という。)を基板に用いた周期的分極反転構造を持つ光機能素子において,Mg又はMgOを添加すると,以下の《1》,《2》の問題点があることを開示している。

《1》    安定して光損傷に強い結晶を提供するためにMgを添加すると,Mg元素を結晶内に均一に分布させ光学的品質を劣化させずに結晶を育成するために,無添加結晶の場合に比べて結晶育成速度を遅くしなければならず,生産性が悪くなること

《2》    MgOを添加した定比組成に近いLT単結晶は,耐光損傷性に優れるものの,分極反転の制御性がMgO濃度に依存するため,無添加の定比組成に近いLT単結晶よりも分極反転構造を持つ光機能素子を再現性よく作成するのが難しくなること

そして,引用発明は,上記問題点の解決を課題とし,Li過剰で定比組成に近いモル分率0.500~0.505のLT単結晶(以下「Li過剰で定比組成に近いLT単結晶」という。)で周期的分極反転構造を持つ基板を形成することにより,上記の課題を解決し,「Mgなどの添加物を加えなくても耐光損傷閾値が高い」ことや,「分極反転制御性に優れた素子が実現できる」ことという作用効果を奏するものである。このように,引用発明は,定比組成に近いLT単結晶を基板に用いた(周期的分極反転構造を持つ)光機能素子において,定比組成に近いLT単結晶へのMg又はMgOの添加により生じる上記問題点《1》及び《2》を解決すべき課題とし,Li過剰で定比組成に近いLT単結晶を用いる。

また,甲3及び甲4には,定比組成に近いLT単結晶からなる周期的分極反転構造を持つ基板を製造するに際し,Mg又はMgOを添加することが記載されているにとどまり,それにより前記問題点《1》,《2》が生じ得ること及びその解決方法については,記載も示唆もされていない。

そうすると,引用発明において,上記の周知技術を適用し,Ta過剰で定比組成に近いLT単結晶又はLi過剰で定比組成に近いLT単結晶にMg又はMgOを添加することには,阻害要因があるといわざるを得ず,引用発明において,相違点1に係る構成とすることが,上記の周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであると認めることはできない。

引用例の記載に接した当業者は,Ta過剰で定比組成に近いLT単結晶へのMg又はMgOの添加により生じる問題点《1》及び《2》を解決するために,Li過剰で定比組成に近いLT単結晶を用いることで,Mg又はMgOを添加せずに済むことに想到するものと解するのが自然かつ合理的であるから,引用例の記載から「引用発明として認定したタンタル酸リチウム単結晶全体についてMg添加が除外されているわけではない」とする被告の主張は合理的でなく,採用することができない。

■取消事由2について

甲2及び甲5には,LT単結晶のような強誘電体材料からなる周期的分極反転領域(構造)を持つ基板を製造するに際し,直流電界を印加する方法が開示され,また,甲6には,強誘電体材料に1kV/mm~100kV/mmの電圧を印加して,分極反転構造を形成するようにしたことが開示されている。

しかし、・・・甲2,甲5及び甲6には,「MgOをドープした」定比組成又は定比組成に近いLT単結晶からなる基板に,直流電界を印加することにより,周期的分極反転領域を形成することは記載も示唆もされておらず,上記直流電界の強度や印加時間を,本願補正発明のように設定することについても記載も示唆もない。・・・さらに,甲2,甲5及び甲6には,本願補正発明のように,直流電圧印加領域全体にわたって均一な周期で分極反転構造が得られ,パルス電圧を印加するための複雑な構成や強電界を印加するための複雑な構成を必要とせず周期的分極反転領域を持つ基板を製造することができるという効果を奏することについて,記載も示唆もされていない。・・・そうすると,引用発明において,相違点2に係る構成とし,それにより本願補正発明と同様の作用効果を得ることは,周知技術(甲2,甲5,甲6)に基づいて当業者が容易に想到し得たものということはできない。

・・・以上のとおり,原告主張の取消事由1ないし4はいずれも理由があり,その誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れない。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると考える。

引用例(特開2002-72266)では、「安定して光損傷に強い結晶を提供する」との課題に対する従来の「Mgなどの添加物を加える」アプローチに対して、かかるアプローチへの問題点「生産性低下,再現性低下」を指摘して、他のアプローチ(かつ、従来のアプローチの問題を解決し得る)「Li過剰で定比組成に近いLT単結晶を用いる」を採用している。したがって、引用例の構成に対してMgを添加することには阻害要因があるとの裁判所の認定は合理的であると感じると共に、この点についての特許庁の認定は(非常に)不合理であると感じた。