卵パックを移載するロボットシステムおよび移動式のラックに複数段に積まれた状態の卵パックを生産する方法 審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2023.11.30
事件番号 R4(行ケ)10124
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 卵パックを移載するロボットシステムおよび移動式のラックに複数段に積まれた状態の卵パックを生産する方法
キーワード 実施可能要件、サポート要件
事案の内容 本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟であり、原告の請求が棄却された。本件では、特許法36条4項1号違反(実施可能要件違反)、および、同条6項1号違反(サポート要件違反)が争点となった。

事案の内容

【手続の経緯】
令和 元年12月13日 原出願 (特願2019-224975号)
令和 3年 5月28日 分割出願(特願2021-89955号)
令和 3年12月 7日 設定登録(特許第6989989号、以下、本願特許と表記)
令和 4年 3月15日 原告による無効審判請求
令和 4年10月19日 請求棄却
令和 4年12月 9日 本件訴訟を提起
 
【特許請求の範囲】
【請求項1】
 ロボットヘッドとロボットアームと制御部とを備え、展開された使用状態と収納状態との間で状態変更可能な棚板を複数枚有する移動式のラックに前記ロボットヘッドで保持した卵パックを移載するロボットシステムであって、
 収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段をさらに備え、
 前記展開させる手段は、卵パックを移載するロボット又は卵パックを移載するロボットとは異なる装置であり、
 前記ロボット又は前記装置は、卵パックが移載された棚板の上段側にある収納状態の棚板を使用状態に展開させる、ロボットシステム。
【請求項2】
 前記展開させる手段は、棚板を把持する手段を含む、請求項1記載のロボットシステム。
【請求項3】
 ロボットヘッドとロボットアームと制御部とを有するロボットシステムを用いて、展開された使用状態と収納状態との間で状態変更可能な棚板を複数枚有する移動式のラックに複数段に積まれた状態の卵パックを生産する方法であって、
 前記ロボットヘッドで卵パックを保持するステップと、
 保持した卵パックを使用状態の棚板上に移載するステップと、
 収納状態の棚板を使用状態に展開させるステップとを備え、
 前記展開させるステップは、卵パックを移載するロボット又は卵パックを移載するロボットとは異なる装置を用いたステップであり、
 前記ロボット又は前記装置は、卵パックが移載された棚板の上段側にある収納状態の棚板を使用状態に展開させる、移動式のラックに複数段に積まれた状態の卵パックを生産する方法。
 
【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分)
1 取消事由1(実施可能要件違反に関する判断の誤り)について
(1) 特許法36条4項1号の実施可能要件について
 特許法36条4項1号は、特許による技術の独占が発明の詳細な説明をもって当該技術を公開したことへの代償として付与されるという仕組みを踏まえ、発明の詳細な説明の記載につき、実施可能要件を定める。このような同号の趣旨に鑑みると、明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するためには、当該発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、特許を受けようとする発明の実施をすることができる程度の記載があることを要するものと解される。
(2) 本件発明について
ア 物の発明である本件発明1は、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」を、方法の発明である本件発明3では「収納状態の棚板を使用状態に展開させるステップ」を備えるものとされ、「前記展開させる手段」は「卵パックを移載するロボット」(A)又は「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」(B)であるものとして、この二種類の選択的な構成を示した上、「前記ロボット(A)又は前記装置(B)」は「卵パックが移載された棚板の上段側にある収納状態の棚板を使用状態に展開させる」ものであるとされる。
 そして、上記の「前記展開させる手段」が「卵パックを移載するロボット」(A)である場合については、本件明細書の発明の詳細な説明には、卵パックPを移載するロボットヘッド1の把持部11で折り畳み式の棚板R1を吸着して手前側に移動させることで棚板R1を展開する構成について具体的に記載されている(【0032】、図6、図7等)。一方で、「前記展開させる手段」が「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」(B)である場合については、「折り畳み式の棚板R1を展開させるステップは、卵パックPを移載するロボットとは異なる装置を用いるなどしてもよい。」(【0043】)としか記載されていない。
 原告は、上記Bの場合に関し、明細書に実施可能な程度の記載がない旨主張するが、本件明細書には、「卵パックを移載するロボット」が「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」としても機能する構成(一台二役の構成)が記載されているのであるから、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」を「卵パックを移載するロボット」とは別個の装置(専用の構成)として実現することは、技術的には容易であり、明細書に具体的な開示がなくても、当業者であれば技術常識に基づいてさほどの困難を伴うことなくこれを実施できるといえる。
イ 次に、本件発明2では「前記展開させる手段」は「棚板を把持する手段を含む」と規定しているところ、本件明細書の段落【0021】では、棚板を把持する具体的な方法として、「吸着」による手段を開示している。
 原告は、この点につき、「吸着以外」の手段についての開示がないから実施可能要件に違反する旨主張するが、「吸着」による場合の具体的な構成、手順、バリエーションが明細書に開示されている以上、本件発明2の構成である「棚板を把持する手段」を実施することに困難性があるとはいえず、「吸着以外」の手段の開示まで要求されると解すべき根拠はない。
ウ 以上によると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。
(3) 原告の主張について
イ また、原告は、本件発明に関し、本件明細書には、棚板を使用状態に展開させる手段として「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」を用いる場合に、卵パックを移載するロボットに対して当該装置をどのように配置し、どのように制御して卵パックを移載するロボットとの干渉を回避して作業させるかについての開示がないと主張する。
 しかしながら、上記「異なる装置」の配置や制御をどのようにするかは当業者が適宜なし得る設計事項にすぎず、具体的に明細書で開示しなければこれを実施できないなどとは考え難い。しかも、卵パックの移載と棚板の展開は同時に行う必要がなく、2つの装置が交替で動作するように配置・制御しても実現できることであり、そのような配置・制御が特に困難であることを認めるに足りる証拠もない。原告は、本件発明が前提としているロールインナーでは、ロボットアームが作業できる開口部が前面部と上面にしかないことや、棚板を載せるレールと係止している仕組みの間にある間隙や障害物への配慮が必要であるなどとも指摘するが、本件出願当時の技術常識に照らして、特許を受けようとする発明の実施を困難とするような事情とは認められない。
(4) 小括
以上により、原告が主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(サポート要件違反に関する判断の誤り)について
(1) サポート要件について
 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に実質的に裏づけられていなければならないというサポート要件を定めるところ、その適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(2) 本件発明について
ア 本件発明は、「卵パックを移載するロボット」(A)又は「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」(B)が、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる」手段を有するロボットシステム(請求項1)又はステップを有する方法(請求項3)に関する発明であるところ、本件明細書の発明の詳細な説明においては、棚板の展開について具体的に記載されているのはAの場合のみであり、Bの場合に棚板を展開する構成についての具体的な記載がないことは、実施可能要件に関して上述したとおりである。
 しかしながら、上記1(2)ア、(3)イで述べたところに照らすと、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」が「卵パックを移載するロボット」とは別個の装置によっても実現されることを、当業者であれば容易に理解できるといえる。そうすると、上記Bの場合に着目したとしても、本件発明がサポート要件に違反するということはできない。
イ また、上記1(2)イのとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には吸着以外の手段を用いて棚板を展開する構成についての記載はないが、棚板を展開する動作自体が格別複雑なものとはいえないことは上記1(3)ウ記載のとおりである。本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、吸着以外の手段であっても棚板の展開が実現されることは、当業者であれば容易に理解できるといえ、この点でも本件発明がサポート要件に違反するということはできない。
(3) 原告は、サポート要件違反の主張に関しても、実施可能要件違反について述べたところと同様の主張をするが、これらが採用できないことは、上記1(3)ア~ウに記載のとおりである。原告が主張する取消事由2も理由がない。
3 結論
以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
 
【所感】
 特許・実用新案審査基準に記載されている判断基準と同様の基準で判断がなされたと言え、新たな判断が示されたわけではないが、実施可能要件やサポート要件の理解を深める上で参考になる。
 本願特許の明細書には、確かに、「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」や、「吸着」以外の手段や、「卵パックを移載するロボットとは異なる装置が棚板を把持する手段を備える」構成について具体的な記載はない。しかしながら、「卵パックを移載するロボットによって棚板を吸着把持して展開する構成」について具体的に説明されていることや、棚板の展開が複雑な動作ではないことを考慮すると、実施可能要件違反やサポート要件違反に該当しないとした裁判所の判断は妥当であると考える。