印刷物事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2012.12.17
事件番号 H24(行ケ)10413
発明の名称 印刷物
キーワード 進歩性動機付け
事案の内容 本件訴訟は、特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。審決は取り消された。

事案の内容

【本願発明】
特願2005-120502(出願日:平成17年4月19日)
(特開2006-297687)

 

1 特許庁における手続及び本件訴訟の経緯
被告(脱退)は,発明の名称を「印刷物」とする本件特許第4646686号(平成17年4月19日出願〔特願2005-120502号〕,平成22年12月17日設定登録,特許公報は甲7,請求項の数4)の特許権者であった。
原告は,平成23年7月4日,本件特許につき無効審判を請求した(無効2011-800117号)。その中で,被告は,平成23年9月27日付けで訂正請求をしたところ(甲23,特許請求の範囲の減縮を行うとともに,請求項3及び4を削除。),特許庁は,平成24年1月31日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は同年2月9日原告に送達された。

 

2 本件発明の要旨
(1) 訂正前の請求項
【請求項1】(訂正前発明1)
「左側面部(2)と右側面部(3)が中央面部(1)の方へ折られて重ねられた印刷物であって,
分離して使用するもの(4)が一方の側面部に印刷されており,分離して使用できるように周囲に切り込み(9)が入っていること,
分離して使用するもの(4)が落下しないように,中央面部(1)と,分離して使用するもの(4)とが一過性の粘着剤により貼着されていること,
かつ,分離して使用するもの(4)を除く側面部(2及び3)と中央面部(1)とが一過性の粘着剤により貼着されていることからなり,
当該一方の側面部を開いても分離して使用するものが付いてこないことを特徴とする印刷物。」

 

(2) 訂正後の請求項
【請求項1】(訂正発明1)
「左側面部(2)と右側面部(3)が中央面部(1)の同一の面の方へ折られて重ねられた葉書付き広告用印刷物であって,
葉書(4)が一方の側面部に印刷されており,分離して使用できるように周囲に切り込み(9)が入っていること,
該葉書(4)が落下しないように,中央面部(1)と,該葉書(4)とが一過性の粘着剤により貼着されていること,
かつ,該葉書(4)を除く側面部(2及び3)と中央面部(1)とが一過性の粘着剤により貼着されていることからなり,
当該一方の側面部を開いても該葉書が付いてこないことを特徴とする葉書付き広告用印刷物。」(下線部は訂正部分)

4 審決の理由の要点
(1) 特許法36条6項1号違反について

(2) 進歩性について

② 訂正発明1と甲1発明の一致点と相違点は次のとおりである。
【相違点2】
分離して使用するものについて,訂正発明1は「葉書(4)」であるのに対し,甲1発明は「プリペイドカード」である点。

 

イ 相違点2について
甲1発明において,隠蔽する必要のある「プリペイドカード」と「中紙3」とは,密接に関連しており,通常,葉書は隠蔽する必要のないものであること,「プリペイドカード」は,通常,筆記性が要求されるものではないのに対し,「葉書」は,通常,筆記性が要求されるものであること,甲2の段落【0002】に「葉書きは大きさと厚さが定められているので一定の大きさ,特に厚さの基準に合致するため・・・」と記載されているように,葉書には基準が定められていること等を考慮すると,甲1発明における「プリペイドカード」を,隠蔽する必要がなく,筆記性が要求され,さらに基準が定められている「葉書」に代える動機が甲1には見出せず,また,各甲号証から甲1発明の「プリペイドカード」に代えて「葉書」を採用する動機を見い出すことはできないから,甲1発明において,相違点2にかかる構成を採用することは当業者が容易に想到し得ることとはいえない。

 

第5 当裁判所の判断
2 取消事由2(訂正発明1,2の進歩性の判断の誤り)について
(1) 訂正発明1,2について
訂正明細書(甲7,25)によれば,訂正発明につき,次のことを認めることができる。訂正発明は,中央面部又は一方の側面部に分離して使用するもの(例えば葉書等)が印刷され,かつその葉書等の周囲に切り込みが入っている印刷物に関するものであるところ,分離して使用するもの(葉書,チケット,クーポン券等)を広告等の印刷物より切り取る必要がなく,かつその周囲に切り込みが入っているにもかかわらず,広告等の印刷物に付いていて紛失させることなく,しかも手間がかからず葉書,チケット,クーポン券等の分離して使用するものを利用することができる印刷物を提供することを課題とし,その解決手段として,左側面部(2)と右側面部(3)が中央面部とからなる印刷物であって,一方の側面部には,所定の箇所に所定の大きさの分離して使用されるものが印刷されており,当該分離して使用するものが落下しないように,当該分離して使用するものの裏面の中央面部に重なる所定の部分,及び/又は中央面部の裏面の当該分離して使用するものに重なる所定の部分に一過性の粘着剤が塗布されていること,当該左側面部の裏面及び当該右側面部の裏面,及び/又は当該中央面部の裏面の分離して使用するものを除く所定の部分に一過性の粘着剤が塗布されており,そのため,当該左側面部の裏面及び当該右側面部の裏面を当該中央面部の方へ折った場合,当該中央面部に貼着し,かつ中央面部は当該分離して使用するものに貼着すること,当該分離して使用するものの周囲に切り込みが入っていることからなるという構成を採用したものである。

(2) 甲1発明について
甲1によれば,甲1発明につき,次のことを認めることができる。甲1発明はプリペイドカードを添付してなるプリペイドカード付きシートに関するものである。従来のプリペイドカードには磁気読取り方式や情報表示方式があるが,情報表示方式とは,磁気記録層を持たず,キーワード等の情報を掲載表示するだけの方式であって,例えば情報としてキーワードを表示した場合,そのキーワードをカード提携会社に連絡すると,カード購入時に購入者が先払いした金額相当のサービスを当該カード提携会社から受けることができるというものである。従来の情報掲載方式のプリペイドカードにおいては,カード基材の表面に表示された情報に財産的価値があり,該情報(有価証券情報)の盗用を防止するために有価証券情報上にスクラッチを塗布して有価証券情報を隠蔽し,カード購入者のみがスクラッチをコイン等で擦って有価証券情報の取得ができるようにしていた。しかし,このような従来のプリペイドカードはスクラッチの塗布行程等が複数にわたることからカード製造工程でカードの汚れ,有価証券情報等の欠損等の不良が発生しやすい,スクラッチを強く擦りすぎると有価証券情報までも擦り取られてしまうおそれがある,スクラッチは構造上コイン等で容易に擦り落とせるものであるため,利用者による購入前にスクラッチが剥がれ落ちてしまう可能性などの不具合があった。甲1発明は,製造過程での不良品の発生が少なく,高速・大量生産に好適で,かつカード購入者にキーワード等の有価証券情報を正確に伝えることができ,また当該有価証券情報を確実に隠蔽できるプリペイドカード付きシートを提供することを課題とし,その解決手段として,用紙を折り畳み,その用紙の折畳み対向紙片同士を疑似接着してなるとともに,上記折畳み対向紙片の内側面に有価証券上を印字し,その有価証券情報の印字部を含む上記折畳み対向紙片の一部に,これをプリペイドカードとして抜き取り可能とする加工を施してなるということを採用したものである。そして,折畳み対向紙片同士の疑似接着により有価証券情報が隠蔽し,カード購入者に有価証券情報を正確に伝えるとともに,カード製造過程からスクラッチ塗布行程を省略することでカードの汚れや欠け等のカード不良を減少させることが可能となるという効果があるものである。また,キーワード等の有価証券情報が印字された部分はプリペイドカードとして抜き取って携帯することができるものである。

(3) 上記(2)からすれば,甲1発明は,プリペイドカードに記載された情報の隠蔽を課題とするものであることが認められる。
一方で,甲1発明は,前記のとおり,
「用紙を折畳み,その用紙の折畳み対向紙片どうしを擬似接着してなるとともに,上記折畳み対向紙片の内側面に有価証券情報を印字し,その有価証券情報の印字部を含む上記折畳み対向紙片の一部に,これをプリペイドカードとして抜き取り可能とする加工を施してなるプリペイドカード付きシートであって,

前記用紙は,中紙3と中紙3の両側の一の外紙2と他の外紙4からなる用紙1を用い,一の外紙2は中紙3の方へ折られて重ねられ,中紙3と他の外紙4を永久接着せず,常時開いた状態に設け,一の外紙2の擬似接着面2a側に有価証券情報7を印字するとともに,中紙3と一の外紙2をオープンタイプフィルム5で疑似接着し,その有価証券情報7の印字部を含む外紙2の一部に,これをプリペイドカード8として抜き取り可能とする抜き型での加工を施し,
前記抜き型による加工は,スリット9が,外紙2を切断し,オープンタイプフィルム5の一方のフィルム5aをほぼ切断する深さとなるように有価証券情報7の印字部外周に施されたものであり,
前記疑似接着の手段としてのオープンタイプフィルム5は,糊状のものを適用することができる
プリペイドカード付きシート。」
であるが,上記下線部分,すなわち,有価証券情報の印字部外周に施された抜き型による加工はプリペイドカードを抜き取り可能とするためのものであるところ,これは,プリペイドカードが単に有価証券情報をカード購入者に通知するのみならず,利用者による携帯を予定しているため,有価証券情報が記載されているとともに有価証券情報を隠蔽してもいる折畳み対向紙片から分離させる必要があるために設けられたものと解される。すなわち,購入者に交付されるシートからプリペイドカードを分離して使用できるようにすることも,請求項1~8にその構成が包含されているのみならず,考案の詳細な説明の段落【0010】,【0024】,【0026】,【0030】,【0031】,【0035】にその構成が独立して説明されている事項であり,甲1発明において技術的課題の一つとされていたというべきである。
そうすると,甲1発明は,折畳み対向紙片の内側面に印字された部分が有価証券情報のように隠蔽される必要のないものであっても,折畳み対向紙片の内側面の一部分を独立して抜き取る(折畳み対向紙片から分離させる)必要性があれば,プリペイドカードに代えてかかる分離させる必要があるものを採用するについての動機付けを包含するものというべきである。
かかる見地から見るに,広告の一部に返信用葉書を切取り可能に設けることは,本件出願前に既に周知の技術であったと認められる(特開2004-133065号公報〔甲3〕,特開平3-55272号公報〔甲16〕)。そして,広告の一部に返信用葉書を設ける場合,返信のために葉書部分を分離させる必要があることは明らかである。したがって,消費者等が受領したシートや紙面から分離して使用するものとして,甲1発明の「プリぺイドカード」に代えて「葉書」を採用することは当業者にとって容易想到であるというべきである。

(4) 別の角度からみるに,返信用葉書を備え付けた郵便物であって,当該返信用葉書に受取人の個人情報(氏名・会員番号・生年月日・電話番号・性別・住所など),預金残高,借入金額などの隠蔽すべき情報が予め記載されたものも本件出願前において周知の技術であった認められる(特開2000-177277号公報〔甲17〕,特開平2-108073号公報のマイクロフィルム〔甲19〕)。したがって,隠蔽されるべき情報が記載され,かつ,顧客等に送付ないし交付される郵便物や書面から分離して使用されるべきものとしてプリペイドカードと葉書は共通する一面を有しているといえるから,甲1発明の「プリぺイドカード」に代えて「葉書」を採用することは当業者にとって容易想到であるということもできる。
いずれにせよ,この判断と異なり,甲1発明の「プリペイドカード」に代えて「葉書」を採用することは想到容易でないとし,甲1発明との間の相違点2,3に係る訂正発明1の構成は容易想到ではないとした審決の判断は誤りであり,これを前提とした訂正発明1,2についての容易想到性判断は誤りである。

(5) なお,審決は,「プリペイドカード」を筆記性が要求され,さらに大きさや厚さの基準が定められている「葉書」に代える動機が甲1発明には見出せないとした。しかし,筆記性や大きさや厚さといった基準の差異については,「分離して使用されるもの」の単なる物品特性上の相違にすぎない。また,甲1発明が,プリペイドカード付きシートが購入者によって受領された後はプリペイドカードを分離させることに意義があり,そこに技術的課題を見出したことからしても,「葉書」に筆記性が要求され,大きさや,厚さといった基準があるからといって,「プリペイドカード」を「葉書」に代える動機がないということはできないというべきである。

第6 結論
以上より,原告の主張する取消事由2(訂正発明1,2の進歩性の判断の誤り)には理由があり取消しを免れないから,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

 

【感想】
引用発明と本願発明が近似しているため、判決は妥当と考える。ただし、本判決において、引用発明の課題および本願発明の課題を、明細書中に記載されている課題ではなく、明細書中に課題として記載されていない課題を各発明の構成から導き出している点は、ややバランスを欠いているように感じた。